「悪いね、ミツキさん!
監督だけじゃなくて料理も手伝ってもらえるなんて」
「作ったのは普段調理している担当者じゃないって、ちゃんと伝えてくださいね……」
食堂に入ってきたミトラグが、取り分けてあったフライを味わってから安堵の声をあげた。
落ち着いて作れば彼らにだって同程度の料理はできるとは思うのだが……、Lv8程度の料理人の補正がどこまで効いているのか分からない。
なによりもはや自分が作るものとして、従業員たちが考えてしまっているのでしょうがない。
ミトラグがフェルスの部下から聞いたのは、『この宿の料理』というよりも『今後シームラウ家が提供する料理の原型』の模索のニュアンスが大きいのだという。
おそらく気負いしすぎないように、普段通り作ってくれればいいとの配慮も含まれているとも思う。
だがミトラグは、『今回お出しするのが、この宿が今後並べてみたい料理』として自分の料理を出すつもりらしい。
要はフェルス向けにがんばっちゃいましたので、明日からすぐにこれが宿で食べられるものではありませんということだ。
あちらの目的には沿っているとは思うが、自分にとってはむず痒い評価だ。
とりあえず乗り切るだけ乗り切ろう。
約束の時間になる前に、パンケーキの試作もしておくか。
卵を卵黄と卵白に分け、卵黄の方のボウルに酪を加えて混ぜておく。
小麦粉にコボルトフラワーとシェルパウダーを少量削って、
先程の溶液にしっかりと混ぜ、ダマが出来ないようにする。
混ぜているのは持ってきたホイッパーもどきだが、調理員もミトラグも興味深そうに聞いてきたので、もう片方を分解してみせた。
空気を含ませて混ぜやすく、バラして洗えるので便利だと伝えると、今作っているもの次第では導入を検討するらしい。
果物をカットするついでに、柑橘類っぽいものの汁を卵白に加え、砂糖も少量足してメレンゲを作る。
砂糖は何度かに分けて加え、途中でリカヴィオラに代わってもらったりしながらも、固めの角が立つまでしっかりと泡立てた。
3割ほどのメレンゲを生地に混ぜ、残りをいれてさっくりと馴染ませたところで、フライパンにバターを溶かす。
遠火の弱火でバターが泡立ち始めたところで、ボウルから生地を掬って3つ程の山を作った。
蓋をして少しだけ蒸し焼きにする間に、ラズベリーっぽい形の黄色い果物を手鍋に入れて、砂糖を加えて火にかける。
ある程度形が残るくらいにほぐしていると、甘酸っぱい香りが広がった。
フライパンの蓋を取り、膨らんできた生地をヘラでひっくり返すと、きれいな焼色と香ばしい小麦粉の匂いに周囲から声があがる。
このあたりの時間の見極めの勘も、料理人ジョブのおかげなのか?
今度は蓋をせず、もう片面を焼いている間に、皿にフルーツを並べてもらった。
串を突き刺して生焼けでないことを確認し、3つのパンケーキをそれぞれの皿に取り分ける。
バターを乗せた後ベリーソースを掛け、リカヴィオラのアイテムボックスから蜂蜜を取り出してもらってケーキの上に置く。
ドロップアイテムなので、被膜に包まれた球形の蜂蜜はオシャレだ。
ミントのような清涼感のあるハーブがあるかと聞くと、料理で刻む前の生葉があったのでそれを蜂蜜の隣に添えた。
粉糖でもあればさらにそれっぽいんだが、今回は急なのでこれで十分頑張った方だ。
スフレパンケーキなら、フライの後でも軽くいけるだろう。
「できあがりです!」
「す、すごいね……」
本当はホイップクリームとかチョコソースとかも欲しいが、前者は氷がないと厳しいし、後者は材料すら手に入る気がしない。
熱でとろけるバターが染み込むパンケーキの上の蜂蜜玉にナイフの刃を当てると、ふかふかの表面に粘度のある甘い香りが広がっていく。
それぞれをナイフとフォークで切り分け、皆順番に一口ずつ食べ始めた。
バニラエッセンスとかもないので、自分にとっては物足りなさもあるが材料から考えればこれだけできれば満足だ。
アコルトたちも従業員もミトラグも頬をほころばせて食べている。
「いやぁ、おいしいねミツキさん。
でも果物に酪に蜂蜜に……、ちょっとうちじゃあ普段の料理には出せそうにないね……」
原価無視だもんな。
蜂蜜やコボルトスクロースに、シェルパウダーなんかは自前で回収できるが、酪の買値は400ナールもする。
蜂蜜だって買えば300ナールはするので、大量にして買取依頼を出したり、調達部隊の伝手がないと商売ではやっていけないだろう。
酪は家畜の乳に代えたり、ソースはワインに砂糖を足して煮詰めるくらいなら代用は利きそうだが、後は提供の仕方次第になる。
たぶん宿内の食堂よりも、パンケーキだけを売る店のほうが色々と管理も楽なはずだし。
サービス業なんてまっぴらだし、経営の方は全くわからないので、自分はするつもりなどないが。
「とにかく、料理の方は一介の宿屋にしてはさっきのとこれで十分すぎるくらいだと思う。
同じように出してもらえればこっちも話はなんとかするからさ、お願いできるかな?」
「わかりました。
こちらの柔らかいパンについてはシャオのお祝いでも食べさせたいので、あんまり触れ回らないようにお願いします……!」
「はは、うちじゃ簡単にできないものを大っぴらにはできないから大丈夫だよ!
道具とかはもしかしたらまた今度相談させてもらうかもだけど」
「ええ、その時はいつでも」
卵の生食はないだろうから、オムレツとかもしっかり熱が通ったものになりそうだしな。
ドレッシングを作る時くらいはホイッパーも役立つかもしれない。
「ミトラグさん!」
表にいた従業員が食堂へと入ってきた。
どうやらフェルスの先触れが来たらしい。
「じゃあ料理の方をお願いね!」
それだけ言って、対応のためにミトラグも出ていってしまった。
調理しやすいように片付けつつ、しばし時を数える。
「いらっしゃったようですね」
頭の上の耳をピクリと動かし、アコルトが来客を告げる。
話し声は聞こえるようだが、部屋の外に出るわけにはいかないので大人しく指示を待った。
自分がここにいることもだが、リカヴィオラを見られたら根掘り葉掘り聞かれそうだ。
ミーラスカだってカルムには顔を合わせたことがあるものの、フェルスには直接会ってはいない。
一行が客室の方に向かったようだとアコルトから耳打ちされてすぐ、厨房のドアがノックされる。
「料理をお願いします!」
客室担当の従業員が知らせに来てくれた。
すぐに料理に取り掛かる。
炒め物用のタレが揚げ物のつけダレにもなっているが、揚げている間にこちらの味も調整しておく。
それとは別に、昼のスープの残りに溶き卵を加えて、水溶きスライムスターチでとろみを加えた餡掛けダレも作る。
提案したら任せると言ってもらえたので、小皿に2種類のタレを用意した。
メインの方の二度揚げも終わり、焼色も綺麗に仕上がったので、高さが出るように盛り付けて完成だ。
付け合わせにはエシャロットのようなシャキシャキとした野菜を千切りにして水にさらし、水分をよく切ってから添えてある。
こちらも両方のタレで食べても美味しいのは確認済みだ。
依頼があったのは3人前で、揃ったものから配膳担当が運んでいく。
途切れなく運んでいった最後の皿を見送り、一段落だ。
アコルトがハーブティーを入れて、カップを置いて隣りに座った。
「お疲れ様でした、お嬢様」
「うん、ありがとう……。
ミトラグさんは、新作の方はあちらの希望があればお願いするとは言っていたけどたぶん作ることになるよね」
「フェルス様でしたら熱望されるでしょう。
しかしお嬢様、リカさんを含めフェルス様にお目通りされるなら、ご来訪された際にご挨拶されたほうがよかったのではないでしょうか」
「え?
いや、会わなきゃいけないのは最終手段だよ。
自分がいるって分かった時にリカだけ置いてきて、後からバレちゃったら隠してるみたいでしょ」
「……家事奴隷なら留守番でも不自然ではありませんが」
「あ」
「それに新作のパンも、あればよいとのことでしたので今回は宿の料理だけでもご満足されたかと思われます」
「…………」
アコルトはてっきり、自分がネタバラシのようにフェルスに挨拶するつもりだったのだと考えていたようだ。
褒められて頼られたことで調子に乗って、避けられる要素に全部乗っかって逃げ場をなくした奴がいるらしい。
これでシェフとして呼び出された日には……。
「新作もお願いします!」
思考がぐるぐるする中、追加オーダーの声が響く。
てんてこ舞いになったバイト時代を思い出しながらも返事をし、パンケーキを作り始める。
分離してしまうから生地を作り置きできないのが面倒だな。
調理を進めながらも思考する。
なんとかリカヴィオラとミーラスカを自宅に退避させられないかな?
自分たちはたまたま居合わせたって
片面を焼き終えてひっくり返し、最後の盛り付けの準備をしつつ周囲に目を配る。
声がかけられるとしたら、このデザートを食べ終えてからだろう。
ならば配膳の間に商店街へと周り、絨毯からワープさせられるんじゃないか?
それだ。
説明が面倒な2人だけでもこの場にいなければ、せめてもうちょっと落ち着いた場面での紹介にできるかもしれない。
料理人の勘らしい何かでパンケーキの焼き上がりを悟り、盛り付けを終えて従業員に運搬をお願いする。
ミーラスカとリカヴィオラの手を取って、その移動の先に行かせてもらうことにして扉へと向かった。
「───ッ!
お待ち下さいお嬢様!」
いい、アコルト。
今は一刻を争うのだ!
コン、コン
こちらが扉にたどり着くよりも早く、
オーダーはさっき通したのだから誰が来る必要が?
反射的に手を握っていたリカヴィオラを引き寄せ、離した手でドアを開いた。
「失礼致しま……す?」
眼の前に居たのは鎧を着た女騎士だ。
兜を被るその顔は、商人ギルドやシームラウ家の城でフェルスに付いていたのを見たことがある。
今の声の主も彼女だろう。
そして彼女がいるということは───
「あら、ミツキ……が……2人?」
思い出した。
フェルスが白金貨何枚にもなるダブルスキルの杖を、取引の場で試しにつつこうとするような娘であることを。
結果的にあれは止められたわけだが、伯爵の前でもそんなことをする女性なのだ。
目的の料理以外になにやら新作があると聞けば、待っていられず
「ま、まずはお料理を!
たった今出来上がりましたのでお運び致します!」
「そ、そうね!
せっかくのお料理だもの、……お話は後から聞かせてもらうわよ」
どちらかというと騎士の方に視線を合わせつつ、料理を持って後ろから来ていた従業員に道を譲る。
部屋まで戻っていくフェルスたちを見つめつつ、姿が見えなくなってから大きく息を吐いた。
───終わった。
肩を落とし、振り返って視線を上げると、久々のアコルトさんのジト目が迎えてくれた。
墓穴を掘る、とは自分のための言葉に思える。
***
さてどうしようか。
顔も見られたので逃げるわけにもいかない。
名前と容姿くらいは説明してあったフェルスのことや自分との関係についてを、改めてミーラスカとリカヴィオラに説明しておく。
本人は気さくだし好意的ではあるが、帯同の騎士までは考えを読めないので言動を気をつけるようにと伝える。
だってほら、手順を間違えるとこうなる悪い例が目の前にいるしな。
そうしているうちに厨房のドアがノックされ、入ってきたのはミトラグだった。
「ミツキさん、まずはありがとう。
料理については大変お喜びで、美味しかったことと、予想以上に参考になったと直接言葉を頂けたよ。
……詳しくは直接ミツキさんに聞くとも言っていたけど」
「はい……」
「こっちの片付けの残りはやっておくからいいよ。
あと、果物とか買ってきてくれたものの精算があれば、後で教えてもらえるかな?」
「それでしたら、こちらに」
アコルトがメモとしてまとめてくれていたようだ。
予め蜂蜜やらの持ち出し分は請求しないと言ってあるから、果物と酪くらいだろう。
スライムスターチの残りは我が家で使えるしな。
「……うん、わかった。
帰る時までに用意しておくよ。
えーっと、じゃあ気を付けて……?」
「ありがとうございます……」
なんとも返しをしづらい応援ではあるものの、こちらを慮っての言葉であることは分かるので、礼を述べつつ重い足取りで客室へと向かった。
「ミツキです」
ノックをしてからそう名乗ると、返事があってから内側から扉が開いた。
開けてくれたのは宿の従業員だ。
食事を終えた器を持って、自分たちと入れ替わりで下がっていく。
「いらっしゃい、ミツキ。
と言っても、本日
綺麗にセットされた毛先を触りつつ、ウインクをしてこちらを見つめてくる。
これを自然にやってのけるのが愛され令嬢様なんだよなぁ。
部屋の中にはフェルスと先ほどの女騎士、それに見慣れぬ男性が2名だ。
鑑定をしてみると椅子に座っている方のジョブは
警護と料理の推薦者、あとは移動係ってところだろうか。
フェルスに振り回される人たちという共通点でもある。
まずはこちらのメンバーの名前を紹介し、あちらも簡単に説明をしてくれたが、おおよそ推定通りだった。
「ううーん。
彼女について詳しく聞きたいんだけど……、先に本来の予定を終わらせなくちゃね」
視線が奥にいたリカヴィオラとミーラスカに向けられたが、すぐの追及はしてこなかった。
「まずはあの揚げものだけど、ミツキが考えたのかしら?
「……そうですね。
相当昔に食べたことがあったので、似たようなものが普段の材料で作れるのではないかと、宿の主人のミトラグさんに提案しました」
「パンの粉、卵、小麦粉……確かに他の料理の余りでも作れそうですな。
薄く小さければ、他の料理の肉の脂でも十分でしょうし」
それっぽく言ったのが、どうやら向こうのシェフが都合よく解釈してくれたらしい。
「それなら前回招待した時に言ってくれてもよかったじゃない!
顔を赤らめながらも頬を膨らませて横を向くフェルス。
それはそうなんだけど、「知っています」って言える雰囲気じゃなかったでしょ、あの時。
その後すぐ、横にいた聖騎士がレオニー伯爵だったのが判明して大変だったし。
「まぁまぁ、フェルス様。
その時ミツキ殿に頂いた助言通り、チーズを入れた揚げ肉で喜んでいたではありませんか」
恰幅の良い料理人が宥めるように暴露する。
いいぞ、シェフ。
「それはそれよ!
…………あら?
でもそうすると、今回はミツキの手料理を頂けたということになるのかしら?」
「……一応はそういうことになりますね」
「先程のデザートも?」
「自分が作りました」
メレンゲはリカヴィオラも手伝っていたけども。
「そう……ふふ、ならいいわ。
不問にしてあげましょう!」
なんだかよく分からないが、お許しを頂けたようだ。
フェルスが落ち着いて場が和んだところで、シェフがまた口を開いた。
「あちらの柔らかいパンについてお聞きしたいですね。
小麦粉や卵は使っているのだと思うのですが……」
こういう場合どうしたらいいんだろうか。
工程自体はミトラグや従業員に見せてしまっているし、レシピを売るとかそういうレベルに至っていないと思う。
卵の別立てとシェルパウダーの効果が分かれば誰だって作れる。
それこそ、露天のカルメ焼きと原理はほぼ同じなんだし。
その閃き自体がレシピなんだといえば確かにそうだが、広まってくれた方がこちらはありがたい。
ミトラグからはコスト的に無理だと聞かされたばかりだしな。
「実は───」
***
「では後日、改めてお招きする都合をお知らせいたしますので」
「よろしくお願いします」
たぶん日程管理も任されているだろう護衛の騎士が、言葉を続けつつ悩ましそうにメモを取る。
口頭で説明はしてシェフはなんとなく分かってくれたものの、やはり実演が必要ということで後日予定を合わせてシームラウ家に招かれることになった。
こちらの願いとしてレシピを普及してもらうためにも、作り方を見せた上で正確な計量も必要になるだろう。
自分には料理人ジョブで目分量に補正が掛かっても、モノ自体を知らないのではシェフたちでは効果は出なさそうだし。
氷で冷やすことができれば、ということで魔道士の都合もつけてくれるかもしれない。
伯爵邸の厨房、楽しみだな。
……その前に。
厭にニコニコとし始めた伯爵令嬢様が立ち上がった。
「じゃあ次は、そちらの2人について聞かせてもらおうかしら?」
スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 料理人Lv8
料理人Lv8/英雄Lv37/探索者Lv38/魔法使いLv38/遊び人Lv32/細工師Lv26
(村人5 農夫1 戦士30 剣士9 僧侶30 巫女31 商人30 錬金術師1 薬草採取士30 森林保護官37 賞金稼ぎ17 騎士1 暗殺者1 武器商人1 防具商人1 奴隷商人1 盗賊30)
アコルト 兎人族 ♀ 16歳 狩人Lv29
シャオク ドワーフ ♀ 19歳 鍛冶師Lv27
ミーラスカ 牛人族 ♀ 24歳 巫女Lv24
リカヴィオラ エルフ ♀ 15歳 探索者Lv23
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次回は9/1更新の予定です。
なんで小説を書いているだけでお腹が空いてくるんでしょうか……。