149 刺激
ワユヌの町は、規模感は一通り設備が揃っていたホスリムより小規模、といった程度だ。
前回立ち寄った際にも、冒険者に「補給地点としては寄ることもあるが、それならアルヴナで済ませるべきだ」と言われたくらいである。
アルヴナに近いということもあって、ドワーフが少しばかり多いという印象くらいしか残らない。
リカヴィオラに聞いてみたが、この町には来た覚えも、名前にひっかかることもないという。
大人数で商店を冷やかすのも申し訳ないので、シャオクとミーラスカにチラッと見てきてもらう。
案の定というか想定通りに目新しいものはなく、細かな金属製品や木工品などは置いているものの、アルヴナに行けば揃うものばかりだったそうだ。
住んだりするならアルヴナよりもこちらの方が気安いのかもしれない、……でもそれくらいか。
皆にも確認して次の場所へと移る。
続いての土地はブデナザという村だ。
こちらはアコルトの故郷のサラトタと同程度の、一般的な規模の村のようである。
こちらも冒険者の口ぶりでは、先程のワユヌの町と同じく、アルヴナと次のメレデーという街の中継地点にしか過ぎないらしい。
ここもリカヴィオラの記憶にはないようなので、スルーで良さそうだ。
出入りする場所として最低限、寄合所の絨毯だけを覚えておけば、あとは忘れて良さそうでもある。
視察としては空振りばかりなものの、皆揃っての移動は小旅行気分で楽しさが湧いてくる。
普段の日中はほとんど屋内の迷宮に籠もっているので、自分も含め良い気晴らしになる。
あとは美味しい食事でも取れればいいのだが、名産品もなさそうな小さな町村では難しいだろう。
この分だと昼までにまともな店を見つけられなそうなので、都市内部を回るよりもとりあえずの町移動だけを早めることにした。
メレデー、トハキマと進めていって、大きめの都市であるラエチッタの街までやってくる。
こちらはシームとは違う伯爵領だったかの領都だと前に案内を受けたのだが、それに近い規模らしい。
リカヴィオラはここでやっと、見覚えのある場所であると口に出した。
とすれば今のところ、アルヴナ以南ではこのラエチッタしか記憶に留めておく必要はなさそうである。
奴隷としての移動の際にどこかしらを中継したんだろうが、田舎の景色というのは似たりよったりで、わざわざ見回ったり案内をしてもらわなければ覚えていられないだろう。
それこそ後ろ暗さのある奴隷商の移動など、経由先だって特定の家の中の可能性もある。
肌の色が淡褐色の者が増えてきた様子に、アコルトたちもキョロキョロとしている。
自分とリカヴィオラ以外にはほとんどいなかったからな。
大都市の冒険者ギルドなどの人がたくさん集まる所では見かけることもあったが、そのへんを歩いている街の住人らしき人の肌の色がそのようになっているのは物珍しいのだろう。
ススッと寄ってきたアコルトが、真剣な顔をして小声で囁く。
「(やはりお嬢様が一番可愛らしいです!)」
「(う、うん、ありがと……?)」
よくわからない宣言をされたが、この一番奴隷様にはよくあることなので聞き流しつつ、冒険者ギルドの職員のもとに向かった。
通ってきた場所以外の地名を把握しておきたい。
その中にリカヴィオラの知っている地名があれば尚良しということだ。
「すみません、このラエチッタ周囲の町や村の名前を教えてもらってもいいですか?」
こういう時の相手は、面倒見が良さそうなおばさん職員に限る。
無駄に小柄な容姿を武器にしつつ、鑑定で相手の年齢まで通し見ることに抵抗がなくなってきた。
結果的に楽になるからだ。
おじさんでもいいんだが、たまに変な視線で見てくる奴もいるからな。
「おや、お嬢ちゃん。
あんたはどっちの方から来たんだい?」
「メレデーを通ってトハキマからです」
「そこ以外、ってことはねぇ……。
まずは東の───」
矢継ぎ早に都市名を挙げられるが覚えられる気がしない。
みんなにも聞こえているので後で1つずつ聞けばいいだろう。
途中から自分で聞き取るのを諦めて、リカヴィオラの反応を見ていた。
「───は、はぁ、ありがとうございます……」
「わかったかい?」
分からなかったといえば第2ラウンドが開催されてしまう。
もう十分だと情報代のつもりで銅貨を何枚か差し出したが、「悪いわねぇ、これはサービスしないと」と改めてそれぞれの町や村の紹介をし始めたので、相槌をうつだけのロボットに成り果てた。
誰だよ、世話好きおばさんに聞けとか言った奴。
最初はついでに美味しい飲食店についても尋ねようなんて考えていたが、この
喋りきって満足そうな職員に礼をすると、逃げるように冒険者ギルドから退場して、広場の隅に寄って相談する。
「リカが聞き覚えがあるって場所は……」
「ヘネゴの村、でしたね」
目を配っていたらしいシャオクが答える。
おばさんの述べていた村の特徴を皆で再度確認するが、どうやらリカヴィオラが最後にいた村の特徴と似ているらしい。
父親の墓があれば訪れておきたいし、リカヴィオラが奴隷になる原因を作った住人も確認しておきたい。
……リカヴィオラの世話自体はちゃんとしてたようではあるが、言葉巧みに身売りに誘導したり、資産を奪うような真似をしていたのか気になる。
かといって相手のジョブが盗賊でなければどうこうできないし、リカヴィオラがそれを望んでいるとも限らない。
仮に目的の村だったとして、そもそもその住人がまだ居るのかもわからないしな。
まだ昼には若干早いし、行き先だけでも増やしておこうか。
広場でそのままヘネゴ行きの冒険者を探すも、全然見つからない。
皆、そんな寂れた村に行きたくないというのではなく、「あったな、そんな村」程度の認識だ。
あの苦行にも近いおばさんの話を聞いた価値が出てきた。
その後も何人かに聞いていると、飛ぶことができると答えた者がいた。
狼人族の冒険者で、年齢は50代。
垂れた耳を気だるげに持ち上げて言葉を続けた。
「ヘネゴ行きだが、1つ条件がある。
明後日……いや、明日にしてくれないか。
もう1人行きたいって奴がいたんだが、運ぶ約束をしてるんだ。
なんならそいつが他の客の分も金を出すとも言っててよ」
その者に連絡を取って、明日の昼過ぎに来てもらえれば間に合わせると言ってくる。
なんとも怪しいのでその相手を聞いてみると、女性らしい。
長身の猫人族で青い髪を結んだ女だ、と冒険者は言う。
リカヴィオラに目配せをするも、心当たりはなさそうに首を振る。
何かしらの罠かもしれないと思ったが、単純に寂れた様子の村に1人で行きたくないとかかもしれない。
もしかしたらリュタルゴのように盗賊の根城になっていて、そっち方面に行きたいが危ない噂を耳にして……な可能性も0じゃない。
一旦返事を待ってもらって少し離れ、皆と相談する。
「どうだろう?」
「心配ではありますが、お嬢様おひとりでなければ問題ないのではないでしょうか」
「料金は向こう持ちということなので、リカさんは家に待機してもらっていて、残りは全員移動するというのはどうでしょう?
冒険者の方とその猫人族の方、こちらはミツキ様にアコさん、ミラさん、ボクでちょうど6人です」
人数的にもこちらのパーティーに入ってもらえば、パーティーの権利を冒険者に握られることもない。
ミーラスカを探索者にして全員勧誘すれば、勝手に逃げられたりもしないのでいいだろう。
ゲートを開いて冒険者だけが逃げ去られても、こちらもアコルトが冒険者だったことにして、ワープを偽装すれば戻ってこれる。
猫人族の女がただの移動目的なら、現地で別れればいいし、もしもの場合にもこちらのメンバーの移動後にパーティーから脱退させればいい。
ジョブが盗賊かは合流した時に鑑定可能だし、敵意を持ってきた場合だって、こちらにはオーバーホエルミングと無詠唱の魔法がある。
眼の前に突然ファイヤーウォールでも出せば怯んでくれるだろう。
同パーティーの効果が適用されていても、相手が猫人族なら種族差で膂力の強いシャオクとミーラスカが押さえればいいし、アコルトの鞭なら先制できるはずだ。
数発あたりさえすれば麻痺に、石化した場合は……柔化丸を買いに行って、縛り付けてからパーティライゼーションで治療すればいい。
それも難しそうな超高レベルの相手だったら、当日にキャンセルしたっていい。
日を改めれば対処方法が増やせるのはこっちの方だ。
1度移動だけ済ませれば、安全な後日リカヴィオラを連れてヘネゴの村の確認ができる。
あとは女が普通のジョブで、手引した先で囲まれて……というのが懸念点だが、そもそもヘネゴを選んだのはこちらだからな。
辺鄙な所に用事がある者を狙ってというのは、網の広げ方にも狙い方にも疑問点が残る。
想定を巡らせ、冒険者の男には肯定の返事をした。
移動の人数についても了解が取れたので、先程考えた流れで明日の移動をすることになる。
その猫人族の女性が何者かだけが気になるな。
時間はそろそろお昼になる。
何か名物でもあればいいが、入った店で聞くことにして冒険者ギルド周りの店を適当に選んだ。
ギルド周りで小綺麗な店なので、服が汚れる心配もない。
メニューを読み上げてもらうが、どれも聞き馴染みのある料理名ばかりだ。
鶏肉や豚肉を使った炒め料理や煮込み料理だと書かれているようで、だいたいは想像がつく。
注文した店員が何か言いたげだったが、自分とリカヴィオラの顔を見てから何やら納得したように戻っていく。
「なんだろうね、さっきの」
「確認して参りますね」
間を置いてから顔を見合わせてみると、アコルトが席を立って聞きに行った。
少しして帰ってきた彼女が口を開く。
「どうやらこの地方のお料理は、香辛料をたくさん使った辛い料理が通常なんだそうです。
お嬢様とリカさんをご覧になって、ご存じだろうと思われたそうでして……」
いやまぁ肌の色は地元民に似てるけどさ。
地域外の人には、わざわざ説明するくらいの辛さなのか?
「そんなに辛いの?」
「ご主人は『大したことはない』とは仰っていましたが、煮込み料理のスープが大分赤みがかっておりました」
げ。
うちの子たちは食べられるのか、それ。
「でしたので、すでに盛られておりました1品はそのままですが、炒め物の方は味付け前とのことでしたので控えめにお願いして参りました」
よくやった!
外食の際にそれなりにする料理にレッドスパイス……唐辛子もどきが入ってることがあったが、少量でも結構辛かった気がする。
このところは甘い味付けも多い自宅の料理に慣れきっていて、みんなも辛いのは得意じゃなかったと思うしな。
自分もある程度はいけるが、許容量は少ない方だと自覚している。
抑えてもらっても辛すぎたらどうしようなどと話している内に、料理が運ばれてくる。
香辛料をふんだんに使っているとの言葉通り、スパイシーな香りは食欲をそそる。
エスニックな肉野菜炒めにチーズがかかっているようだが、香辛料は迷宮素材ではなく地上で育てた植物由来らしい。
パラリパラリとかかった小さな赤い粉がピリ辛で、少量でもアクセントが強く、なかなかにおいしい。
これならいけるとみんなで食べ始めたところに、2人前くらいの器に入った煮込み料理が運ばれてくると、なんだか目が痛い。
どんと置かれたそれの中では、柔らかくとろけそうな肉と野菜が赤いスープに浸かっている。
ミネストローネ……じゃない。
この赤色はトマトじゃなくて、もっとドロッとしたたぶん辛い何かだ。
「ちょ、ちょっと皆、一口ずつ試そうか」
ごくり、と唾を飲んでからひとすくい口に含んだ。
あれ、思ってたよりそんなに……?
恐る恐る口を付けたスプーンを傾け、残りを流し込む。
あ、だめだだめだだめだだめだ。
水水水水!
声にならない声でひーひー呻く生物になりつつ、澄まし顔でも目を潤ませぷるぷるしているアコルト、スプーンを持つ手が固まったシャオク、汗が止まらないリカヴィオラを順に見渡した。
そんな中、平気そうに2すくい目に手を出そうかと迷っているミーラスカと目が合った。
「ミ、ミラはこれ、いけそう……?」
「はい。
美味しゅうございますが、皆様は召し上がられませんか?」
みんな揃って小さく首を横に振り、女神様に献上することにした。
ミーラスカはいつも以上に目を細めて食べている。
彼女は料理の味付けで突飛なことはしたことはないので、決して味覚がおかしいとかではない。
自分たちよりちょっとばかり色んなものの許容の範囲が広いだけなのだ。
精神力もそうだが、様々な耐久面が優れている……ということなのか?
繊細な味もおいしく食べるが、濃い味付けも好んでいるようである。
嗅覚は鋭敏だが、好きなものならキツくはないらしい。
それぞれの料理を平らげたが、スパイスを控えめにしてもらった料理の味はおいしかったので、また来たいくらいだ。
家では多数の者に味付けを合わせているので、もしかしたら刺激の足りないミーラスカにはいい場所だったかもしれないな。
***
店を出た後は、商店街を目指して歩いてみることにした。
武器屋や防具屋の品揃えは、カルメリガやクラザとそんなに変わらない。
帝都は別として、ルテドーナやアルヴナのようなドワーフの多い街には種類や数は劣るが、街の規模的にも決して少なくはないという程度だ。
数本だが、あの柳葉刀も置いてある。
やはり南方の地域特有の物らしい。
とするとあの盗賊連中がこちらの方にまで足を延ばしている可能性が……。
いや、盗品という可能性もあるか。
自分はそれを奴らから盗んだことになっているわけだが、とジョブ一覧の盗賊に言われた気がした。
食料品店にも足を進める。
珍しい物としては、香辛料が多いくらいか。
さすがにスパイスからカレーを作ったことはないので、ここから材料を選び抜くとかはできない。
作ることになったら、それっぽい組み合わせを何度も試して見つけていかないとだめだろう。
香りを嗅いでクミンっぽいものを探すとか、パクチーっぽいものからコリアンダーもどきを断定するとか楽しそうではある。
そもそもの野菜や果物の色が違ったりする世界なので、カレーの色になるターメリックの代替品を探すのは大変そうだ。
それができたところで米がないんだがな。
ミーラスカに聞きながら、彼女用の追いスパイスにでもといくつか香辛料を購入した。
「小麦の他に飼料になるものってありますか?」
店の裏で積荷を重ねている商人に聞いてみる。
食料品には米は並んでいなかったので、人が食べる用にはないのかもしれない。
そう思って家畜用としての物はないのかと、尋ね方を変えてみたのだ。
「んー、他にたってなぁ。
飼料なら小麦の他ならトウキビなんかだが、あれは高い種類のが多いぞ」
「なるほど……」
こちらでも穀物としてはやはり小麦ととうもろこしになるのか。
「あとは、この辺じゃ置いてないがオーレズか」
「オーレズってなんですか?」
「うん?
なんだろうな、説明し辛いな。
こう、赤黒い粒があるんだよ」
ジェスチャーも交えてくれたが、どうやら小さい粒らしい。
家畜にはそれを砕いて餌に混ぜたりするそうだ。
湿気に弱く傷みやすいので輸送には向かないが、水をよく吸うのでふやかすとかさ増しできるのだとか。
特徴だけ聞けば米っぽくはある。
古代米とか野生の稲って赤いんじゃなかったっけ。
そりゃ品種改良された現代の白米そのものが出てくることはないだろう。
伝聞の色だけでは、この世界ではなんの参考にもならない。
期待はしてみるが、仮に米に似ていても食べられるかどうかという問題もある。
海や川の貝には毒があって食べられないとかいう悲しいルールもあったしな。
あ、飼料って言っていたのだから動物は食べているのか。
それでも置いていないんじゃあ仕方ない。
さらに南方へ探索範囲を広げてから探すとするか。
もう一つ、ギルドのおば様から聞いた地名の中には、エテンネルがあった。
そう、鏡の生産都市だ。
作中で移動を制限して職人を囲っていた都市と同じように、出入りの厳しい場所らしい。
話によると遠方ではあるが、このラエチッタの街からそこそこの都市を2つほど経由すれば届くようだ。
もちろん間にはいくつか町村はあるので、それを飛ばし飛ばしで行くため距離は遠く、料金も結構するとのことだが。
原作の彼らとは違い、通商目的ではない自分たちは家で使用する分が2,3枚あればいいだけだ。
洗面に1つと、着替えをする寝室にそれぞれ姿見があれば十分すぎる。
贈答用でもなんでもないから、反射さえ綺麗なら何だっていい。
移動先を増やしてくるとして、皆にはお小遣いを出してラエチッタでブラブラしてもらおう。
気になったものは買ってしまって構わないと告げ、パーティーを解散する。
あちらはリカヴィオラが再勧誘して1グループになってもらっている間に、自分は鑑定を使いつつ広場の冒険者を探した。
スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 魔法使いLv39
魔法使いLv39/英雄Lv38/探索者Lv39/巫女Lv31/遊び人Lv35/僧侶Lv30
(村人5 農夫1 戦士30 剣士9 商人30 錬金術師1 細工師30 薬草採取士30 森林保護官39 賞金稼ぎ19 騎士1 暗殺者1 武器商人1 防具商人1 奴隷商人1 料理人22 博徒26 盗賊30)
アコルト 兎人族 ♀ 16歳 狩人Lv30
シャオク ドワーフ ♀ 19歳 鍛冶師Lv28
ミーラスカ 牛人族 ♀ 24歳 巫女Lv26
リカヴィオラ エルフ ♀ 15歳 探索者Lv24
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次回は9/29更新の予定です。
地名がいっぱい出てきましたが、文中で述べているくらい、覚える必要がないところばかりです。
遠くするために経由を増やさないといけないのは、執筆力のなさ故です。
名前を出さなすぎると不自然感が拭えなかったので泣く泣く設定しています。
それぞれの特徴とかも作成済みですが、たぶん使う予定のない地名ばかりが増えていきます。