ナルディロが呼びつけた黒髪メイドを隣に立たせ、こちらを見るように促した。
え、それアリ?
「なかなか奴隷には出てこない兎人族ですが、ブラヒム語はもちろん、バーナ語も話せます。
作法も身につけていますので、何かあれば尋ねるのも良いでしょう。
ミツキ殿が求めている条件にも合うのではないですか?」
アコルト 兎人族 ♀ 16歳 村人Lv6
他に比べて細いケモ耳だとは思ったが、狼人族や猫人族ではなく兎人族だった。
所謂バニーガールのような大きく長いウサギの耳ではなく、耳が短い種族なのだろうか。
黒髪に短いウサ耳、身長は目測で160cm弱くらいだろうか。
スレンダーなクール系美少女だ。
まじまじと見つめていたので、綺麗なブラウンの瞳を伏せてしまった。
ナルディロがアコルトを後ろに下がるように命じる。
お辞儀をして部屋の隅に移動したのを確認して、小声で聞いてみる。
「……彼女はいくらですか?」
「希少な兎人族で処女。
レポル語……つまりは兎人族の言語、バーナ語、ブラヒム語を扱い、作法もこなす器量よしです。
初年度奴隷ではありませんので、75万ナールというところですね」
さすがに高い。
3割引きでも50万ナール強だ。
所持金のほぼすべてを持っていかれることになる。
「彼女と話してみても?」
「構いません、呼びましょう」
ナルディロがアコルトを呼び戻し、テーブルの横につかせた。
「お客様はお前を気に入られたようだ。
質問に答えるように」
「かしこまりました」
アコルトが澄んだ耳心地のいい声で返事をした。
「私はしばし席を外しますので、何かあればこちらのベルでお呼び下さい」
おそらく自分が購入すると確信しているのか、したり顔でテーブルの隅に呼び鈴を置いてナルディロが退室する。
この部屋には黒ウサメイドと自分だけだ。
「座ってもらえますか」
「かしこまりました」
透き通る声でそう応えると、その場に座ろうとしたので制止する。
向かい側のソファに座るように言ったが、それはできないと固辞された。
さっきまで当主が座っていたところと同じ場所に座るのはダメらしい。
「立ったままでいいので質問に答えてもらえますか?」
「お答えできるものであればなんなりと」
頑固クールかわいいな。
このままだとただの世話係に全財産を突っ込んでしまうことになるので、戦えるかも聞いたほうが良いだろう。
「迷宮に入ったことは?」
「ございます。
奴隷になる前に狩りの途中に入りましたが、そのまますぐに出ました」
「狩りというと、何を獲物にするのですか?」
「スローラビット等の魔物や、魔物以外の動物です。
食料にする場合もありますが、作物の外敵駆除が主な目的です」
普通の狩りのようだ。
というか兎人族もウサギを狩るのか。
現代でも人間だって猿を駆除するし、ヒトと似ていても魔物や動物は別ということだろう。
「戦うことはできますか?」
「ご命令なら戦いますが、戦力にならないと思います。
剣も弓も下手でしたので、狩人の祖父からは避け方や逃げ方を徹底して教えられました。
狩りでも手伝いだけでした」
うーん、さすがにこの子に矢面に立ってもらうのは厳しい気がする。
しかし才能がなくても狩りについて行くくらいだから、戦闘自体が嫌というわけではないのだろう。
というか聞いたこと以上にこちらの欲しい情報をくれる。
頭の回転が速そうだ。
「兎人族は耳がいいのですか?」
「他の種族よりも離れた距離でも音を聞き取れます。
私は兎人族の中でも耳が小さいからか、他の兎人族よりはその距離が短いようです」
音による索敵には、他の種族よりは向いているのかもしれない。
見たことはないが、他の兎人族はもっと耳が大きいらしい。
迷宮に連れて行くとしたら索敵兼回復役で、僧侶か巫女あたりの後衛が無難だろう。
「家事は得意ですか?」
「得意というほどではありませんが、身の回りの仕事は一通りこなせます」
雑務もこなせて、3言語も話せてこれだけかわいい。
なのに初年度奴隷ではないということは、少なくとも年を跨ぐ間は売れていないということだ。
種族が珍しいということなら貴族が金を積んで引き込むんじゃないのか?
昨日までの大きな商談でも決まらずにここにいるということは、何か問題があるってことだ。
少々酷だが聞いておかなければならない。
「自分の契約がなかなか決まらない理由は何が思い当たりますか?」
「……私をお気に召す方がいらっしゃらないことかと」
いや、それはない。
妾奴隷を見せてもらったが、その中に居ても遜色ない容姿だ。
もっと踏み込むか。
「貴族でも購入できない理由があるんですか?」
「……!
……………”制約” があります」
制約?
なんだそれは。
「”制約” って?」
「申し訳ありません。
ナルディロ様にご確認下さい」
その後も質問してみたが、”制約” に関してはナルディロへ聞くようにと返されるばかりだった。
おそらく命令されているのだろう。
埒が明かないので、ベルを鳴らす。
すぐにナルディロが戻ってきて、正面に座る。
アコルトは頭を下げたままだ。
「”制約” とはなんですか?」
ナルディロが顔色を変えずに目だけでアコルトを一瞥すると、観念したように手を鳴らした。
「なるほど、ご慧眼でいらっしゃる。
質問に答えろと言ったのは私ですし、これは致し方ない」
アコルトを退室させると、ナルディロが机越しにずいっと寄って口を開く。
「希少な兎人族で器量もよく、よく学ぶので買い手も数多かと思われますが、なかなかの"制約" がありまして」
「それで制約とは?」
「家族の為にあの娘が自分を売ることにした際、父親が奔走したそうです。
”人間には売らないこと” 、"貴族には売らないこと" を条件になんとか付け加えたのです。
娘が使い捨てにされないように、という親心でしょう」
種族として一番多い人間を不可にし、資産のある貴族もダメとなると、買い手がいないんじゃないか?
大成した平民なんて、結構な年ですでにパートナーがいそうだし。
美麗な世話係なら、制約なんて面倒なものがついていない妾奴隷が選び放題だろう。
「担当した奴隷商はそれでも売れると踏んだのですが、まぁお察しの通りです。
特殊な契約形式でしたので内容も変更できず、何軒かの商館に所属を変えつつ、今はこちらで預かる形になっております」
「なるほど」
「最近では少しでも利を出そうと、専らレポル語の通訳の派遣になっているという状態です。
先日の商談でも決まりませんでした」
そこで自由民でエルフの自分、というわけか。
おそらくナルディロは、紹介状で大体の情報を得たときに自分に買わせる算段を立てたのだろう。
扉を開ける係で顔合わせなんて仕込みとしか思えない。
おかげでバッチリ術中にハマってしまっている。
嘘を言って契約すれば、詐欺となって盗賊に堕ちてしまう可能性がある。
そのため、聞かれない限りは制約の存在について答えさせない。
制約の内容については、主人であるナルディロに確認するよう答えさせるように命令をしておいたのだろう。
人間でも貴族でもなく、代金を払える客が来た時には、相手が契約する気になった時に注意事項で伝えればだけだ。
あなたには関係ない話ですが人間や貴族相手に売買や譲渡できませんよ、と。
現代にいた頃の、キャンペーン広告の片隅に小さい文字で書かれた注意事項を思い出して辟易した。
こちらから仕掛けてみよう。
先程ナルディロが一時退室した際にアイテムボックスからこっそり金貨を巾着袋に移し、すでにデュランダルのボーナスポイントも3割引に振り直してある。
「60万ナールでどうでしょう」
一気に15万ナールの値引きで吹っ掛けてみる。
ナルディロは少し考えた後、にこやかに頷いた。
「ええ、ではそちらの金額でいきましょう」
「よろしいんですか?」
「はい。
気が変わりまして、不足分は初めの契約をした奴隷商人に補填してもらうこととします。
当館が制約付きを売ったという事実が大事になります故」
なるほど。
他の商館が持て余した奴隷を捌ける手腕は、同業からも評価される。
難しい商談や手に余る高額案件も回ってくるようになるのだろう。
おっと、忘れてはいけないことがあった。
「もう一つよろしいですか?」
「なんでしょう」
「あの子が着ていた衣装も付けてもらえませんか?」
「給仕服ですか?
気に入っていただけたようで何よりです。
それではあの娘と服を合わせてまして60万2200ナールのところ、これからの御縁とミツキ殿のご慧眼を讃えまして42万1540ナールとさせていただきましょう」
よし、バッチリ3割引だ。
件の商人の補填額が倍になっている気がするが、そんなのは知らない。
巾着袋から硬貨を取り出し、ナルディロに支払った。
所持金の8割が持っていかれたが、割引のお陰でまだ十数万ナールは残っている。
装備を整え、宿を取り直してもしばらくは大丈夫だろう。
今度はナルディロがベルを鳴らすと、アコルトがお辞儀をして入ってきた。
伏せ気味に倒れたウサ耳が緊張を表している。
「ミツキ殿がお前をお買い上げになられた。
その服も一緒にとのことなので、着替えの必要はない」
「かしこまりました」
「ミツキ殿、それではご契約を」
腕を掲げると、ナルディロがインテリジェンスカードの操作を行った。
カードを出現させる呪文の後にも何かを唱えているが、これが主人を登録する契約呪文なのだろう。
やがて操作が終わったカードを確認するように促されたので、言われたままに覗き込む。
スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 魔法使い 自由民
所有奴隷 アコルト
空欄だった箇所に、アコルトの名が刻まれていた。
これでアコルトは自分のものとなった。
思わず見つめてしまったためか、アコルトがハッとしたように腕を近づけて見つめ返してくる。
「ご確認下さい」
「え、ああ、ありがとう?」
アコルト 兎人族 ♀ 16歳 村人 奴隷
所有者 スズシロ・ミツキ
たしかに自分の名が所有者として刻まれている。
お返しに自分のカードも見せてあげた。
驚いていたが、カードって奴隷にあんまり見せるべきではないんだっけ?
まあ良いだろう。
「奴隷を持つのが初めてかと思われますので、決まり事をご説明したほうがよろしいでしょうな。
奴隷の税金は1人1万ナールですので、ミツキ殿が納める時に一緒に支払う形で問題ありません。
そして規約として食事と住まいを与える必要があります。
ミツキ殿なら間違いはないと思いますが、奴隷を不当に扱うと罰則が与えられますのでご注意を」
作中にも書かれていたのと同じ感じだな。
ぼんやりとしか覚えていなかったが、不安だったらアコルトに確認すればいいだろう。
「遺言の作成や変更も承っておりますので、当館にお申し付けください。
契約についてのご質問でも、
そうなのだ。
前衛を受け持ってもらう戦闘奴隷をまだ手に入れていない。
結局また契約することになると見越しての値引きだったのだろう。
その時はまた3割引にさせてもらうんだが。
ナルディロはその後アコルトと何やら話していたが、特に荷物が増えるわけでもなくすぐに終わったようだ。
最後の挨拶とかなのだろうか。
***
商館を出て門を抜けたところで、振り返る。
アコルトはすぐ後ろをしずしずとついてきていた。
自分が担いでいたリュックは背負われてしまった。
これから日用品や装備を買うにも、生活していく上でも色々と相談する必要がある。
どこかに腰を据えて話し合いたい。
「この街の宿屋ってどこにあるか分かる?」
丁寧語からタメ口っぽくしてみた。
奴隷とかいう自分の所有物みたいな扱いってどうしたらいいんだろう。
何を言っても全肯定なのだろうか。
「通りをもう少し進んだ先の右手に、大きめの宿があります。
他の宿もあるかと思われますが、存じ上げません。
申し訳ありません」
回答できているのに申し訳ないことはないだろう。
もう少し砕けてもらいたい。
「ありがとう。
とりあえずそこに行ってみよう」
右の方に注意を割きながら足を進めると、すぐに宿らしき建物が見つかった。
入ってすぐのカウンターの男を鑑定すると旅亭だったので、間違いないだろう。
「いらっしゃい。
泊まりかな?」
「はい。
ツインだと1泊いくらですか?
あと食事を付けたりするとどうなりますか?」
「ツインだと420ナールだよ。
夕食つきなら2人分で520ナールだね。
朝食は宿泊代に入っているから、朝忘れても返せないよ」
ベッドが二つな分、前の宿よりちょっと高いが初日だしいいか。
相談の際に今後はグレードを落とす場合もあると伝えればいいだろう。
「食事付きで2泊でお願いします。
夕食後にお湯ももらえますか?」
「1桶20ナールだけど、いくついるんだい?」
「1日2桶ずつでお願いします」
「それじゃ合わせて1120ナールのところ、連泊してくれるから特別に784ナールでいいよ」
桁まで変わってるのにこの旅亭は違和感を覚えないのか。
こういう不自然なまでのゲーム感は、今更気にしたら負けなんだろうな。
銀貨7枚と銅貨84枚をカウンターに並べた。
カルクの使える相手だと受け渡しもスムーズで助かる。
インテリジェンスカードの提示を求められたので、後ろに控えていたアコルトも呼んだ。
奴隷だと思われると何かあるかと思ったが、特に対応は変わらなかった。
奴隷という存在そのものがこの世界ではありふれているからだろう。
旅亭が鍵を取り出して先導する。
部屋は4階らしく、何度も階段を上がると一番奥の部屋に案内された。
角部屋だ。
クローゼットや鍵付き棚の設備説明が終わると、出かける際には鍵を預けるようにと繰り返して旅亭が退室した。
スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 魔法使いLv12
魔法使いLv12/英雄Lv14/探索者Lv20/戦士Lv16
(村人5 剣士5 僧侶7 商人1)
アコルト 兎人族 ♀ 16歳 村人Lv6
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次回は7/9更新の予定です。
24/06/27
誤字訂正(ご報告いつもありがとうございます。)
24/07/22
レイアウト変更
24/08/06
数字表記変更
活動報告002で数字表現について述べておりましたが、作品全体で統一を図るため「◯◯万△△△△ナール」という表記に変更いたしました。