ラエチッタから移動をすること3回、ズアゴという街に着いた。
送ってくれた冒険者が言うには、この街からならエテンネル行きの便が出ているとのことらしい。
ズアゴは大きな河に面していて、高い建物が少ない。
この大河の向こうにエテンネルがあるそうだが、高台もなく平坦に近いかなり緩やかな傾斜しかないために、ほとんど向こう側が見えない。
遠く水の上に、白い壁のようなものが僅かばかり見えるのがそれのようだ。
近場にいた女冒険者がちょうど目的地行きの引率者だったので、移動の人数待ちの時間に簡単に説明してくれた。
エテンネルは遮蔽セメントで造られ、外壁を高くした人工島らしい。
島内は冒険者ギルドの一部のみフィールドウォークが使用可能で、ギルドから出たところでインテリジェンスカードのチェックを受け、税を払ってからようやく他の施設まで出歩けるようになるそうだ。
作中の職人都市とほぼ一緒の特徴だが、出入りする者を管理するには移動を制限してカードのチェックを挟むのが一番有効だからだろう。
「もしかして住人を連れ出すと重罪だったりしますか?」
「あら、知ってたの?
試してみたら、って言おうと思ってたのに……冗談よ」
お茶目で済まされないだろうそれは。
連れ出す理由もないのでしないけれども。
こちらが見つめる視線の冷たさを感じ取ったのか、冒険者がわざとらしく咳払いをして誤魔化そうとしたところで、移動希望の客が揃った。
そのまま有耶無耶にされて、冒険者がフィールドウォークの呪文を唱えた。
ゲートを抜け出る。
振り返ると、他の街と同じような冒険者ギルド内で、壁掛けの絨毯から出てきた事が分かる。
違うのは入り口付近に揃いの装備を身に着けた者たちがいるくらいか。
鑑定してみると、推測通りの騎士のジョブだ。
すぐにパーティー解放とメッセージが思い浮かび、「ではこれで」と冒険者は去っていった。
周りを見てみると、自分と一緒のパーティーだった者の他に、違うパーティーで移動してきたであろう集団もいる。
パンッと手を叩く音がしてそちらを見つめると、男性が胸の前でその手を合わせてニコリとしていた。
服装からするとギルド職員だろうか。
「ようこそいらっしゃいました。
こちらはエテンネルの冒険者ギルドです。
初めての方もそうでない方も、規則の説明を致しますのでお聞き下さい。
まず、この街は───」
真剣に聞いていると、内容は移動前に冒険者に聞かされたものとほとんど一緒であった。
なんなら文言がそのままの箇所だっていくつかある。
エテンネルへの移動を生業としているのなら、毎回聞かされることで諳んじられるほどに覚えられても不思議ではない。
親切そうに教えてくれて、駄賃を欲しそうな雰囲気を醸し出していたから、移動の料金とは別でお礼に銅貨を何枚か渡したが、……まぁそういうことだったのだ。
すぐにいなくなったのも、きっとそれだろう。
少額だし、カモられたのはこの際いい。
教えられた情報が間違っていなさそうなのが救いだな。
図らずも2回聞けたことで、内容もちゃんと頭に入った。
ギルド員は説明の最後に、「以降は説明を受けていないといった類の弁明は却下されます」と付け加えたので、この説明が来訪者に街のルールを適用させるための条件だったらしい。
いかがわしい行動を取っても、フィールドウォークの移動元はこの冒険者ギルドしかないので、逃げられずにここで捕まることになる。
インテリジェンスカードのチェックのために、騎士も常駐しているこの場所でだ。
言い逃れの芽は摘んでおくということだな。
ここでジョブが魔法使いと確認されて、もし顔を覚えられていたらワープでの移動が難しくなるので、自分はカードのチェックを受けて外には出られない。
他パーティーのフィールドウォークの出入りに紛れてワープゲートを設置し、一気にラエチッタまで戻って来る。
1人での移動なら距離は飛んだ感覚はあったが、盛ったMP補正のおかげでそこまででもない。
パーティー外になっているため、虱潰しに商店街を回る羽目になるかと覚悟していたが、わりと短時間で合流できた。
あちらには音の聞き分けのできるアコルトと、鼻の利くミーラスカがいたので、見つけてもらったというのが正しいが。
「───というわけで、鏡を買ってきてほしいんだよね。
自分たちが家で使う分だから、装飾はなくていいよ。
代わりに、なるべく映りがいいものがいいな」
顔が映る程度のサイズのものと、立ったまま全身が入る大きなものを2つ。
用途を伝え、手入れの仕方も聞いてきてほしいと、入市税のことも話して金貨と銀貨を預ける。
自分が行けたら3割引も狙えるかもしれないが、市内に出られないので多めに渡しておこう。
大きな鏡はシャオクとミーラスカが、小さな物はリカヴィオラが運べるだろうとして、アコルトは自分に付くことになった。
移動だけなら短時間しか留まらないので1人でもいいが、時間潰しの間は主人に付いていたほうがいいだろうとの判断だ。
一旦、ズアゴの街に全員で移動してから、3人をエテンネルの冒険者ギルドへと送る。
軽く説明はしておいたが、改めてギルド員からちゃんとした説明を受けられるだろう。
アコルトと2人でズアゴの街を歩く。
川向こうにもエテンネル以外の都市はあるだろうが、こちら側の輸送路としてはこのズアゴが拠点になるのだろう。
通りの道がなだらかで幅が広いのは、先程から行き交っている馬車のためのようだ。
大きい一点物の鏡は冒険者任せになるだろうが、小物を大量にということならば陸路での輸送が主になるらしい。
鏡だけでなく他の製品もあるはずだ。
店に入ってみれば、ガラス製と思われるグラスや器を置いている。
オイル類を保管する瓶なんかはどの街にもあるが、それとは違って様々な形状の商品が並んでいるのは、製造地が近いからであろう。
家では食器に木製や金属製、陶器っぽいものを使っているが、見目以外でガラスにするメリットは……そんなにない。
現代の耐熱ガラスや強化ガラスと違って、熱の変化で割れたりしそうだし。
異世界素材はそういう部分も強くなっていたりするんだろうか。
他には、ガラス製のブローチなんかの装飾品も売っている。
特殊な薬液が裏側から塗ってあるようで、光の反射で多彩な色を放っていて綺麗だ。
枝葉の形をして親指くらいのサイズで銀貨2枚と強気だが、こういうのはエテンネル内で買えば安かったりするんだろうな。
自分はまだ入れないし、今日ここに来た記念として買ってみるか?
修学旅行で、旅先と関係ないキーホルダーが無性に欲しくなって買っちゃうやつだ。
でもほら、鏡もガラス製品と言えばそうだし、関係なくもない分こっちのほうがいい。
なんとなく自分の左手を見て、フィンガーバングルのリングに付いた花のモチーフが目に入る。
ああ、自分には皆とお揃いのこれがあったんだった。
ブローチは……フェルスお姉様にお土産にでもするか?
招いてもらったりでご馳走になるばかりで、家としての取引以外ではこちらから彼女に対しては、ほとんどしてあげたことはない。
ドレスだって、こっちが皆の分を揃えようとしたついでにデザインをフェルス好みにしてもらっただけで、着て見せただけだしな。
リボン付きの小袋も付けてもらって割引を利かせて購入し、次回の料理での登城の際に渡すことにした。
来訪記念のつもりが人の手に渡ることになってしまったのがもったいない気がして、結局自分の分も買ってしまった。
見つめる視線がそこはかとなく羨ましそうに感じたので、アコルトにも買ってあげようかな。
今は皆もいないし、一番奴隷なのだし、いいだろう。
売り物は微妙にサイズが違っていたので、中でも一番大きいものをフェルス用に、ほぼ同じサイズの物を自分に、アコルトは遠慮したので一回り小さいものに決める。
露骨に付けるのも変な気がしたので、次の迷宮が休みの時くらいにでも身に着けてみようかな。
隠すわけじゃないが、聞かれるまではわざわざ皆にも伝えなくていいだろう。
お礼を言って受け取ったアコルトは、手のひらにのせたブローチを眺めて小さく口角をあげると、大事そうに鞄に仕舞う。
なんだかその様子にこちらも嬉しくなって足取りが軽くなりつつ、2人並んで店を出た。
街に面した河は運河的な利用もされていて、至る所に倉庫っぽい建物が建っている。
上流の方で伐採された木材を乾燥させている施設も目に入った。
迷宮で採れる木の板程度じゃ、長さも太さも建築するには足りないんだろう。
シームも森林地帯が近いのもあって似たような建物はあったが、こちらは輸送拠点といった感じで数が違う。
見て回っているだけでも面白いが、時間は限られている。
食料品店には干し魚があったり、シームの方ではあまり見かけない果物が売られていたりと発見もあった。
大河が近く肥沃ということで、米というかオーレズなるものも期待したが、このあたりにもないらしい。
ラエチッタからこのズアゴは東方にあたるそうなので、やはり南へ向かわないといけないようだ。
異世界の植物、ヨクワカラナイ。
そんな感じで過ごした後、そろそろ合流しようとエテンネルの冒険者ギルドに移動する。
絨毯から出て辺りを見るも、まだシャオクたちは戻ってきていないようだ。
パーティーの縁取りはそう遠くない場所で3人固まっているので、買い物中だろうか。
装飾が要らないと言ったから、それ探して回っていたら申し訳ないな。
ギルドの隅の方に移動してしばらく待とうかとアコルトと話しているうちに、縁取りが近づいてくるのが分かった。
入口脇に身を寄せ、扉を通ってくるのを待っていると、ミーラスカを先頭に冒険者ギルドへと入ってくる。
厚手の布に包まれた縦長のモノを抱えており、その後ろに続くシャオクも同様に手荷物を持っている。
最後のリカヴィオラは、肩幅よりやや大きい程度の正方形を抱きしめるようにしてついてきていた。
どれも割れ防止のためか布に包まれていて中身は確認できない。
「おかえり~、買えたみたいだね」
「はい、ミツキ様!
工房をいくつか回って、要望通りのものを手に入れられたと思います!」
ここで布を解くと大変そうなので、早々に家に帰ろう。
リカヴィオラは持ちづらそうにしていたので、アコルトが代わってあげたようだ。
***
フィールドウォークを詠唱してからワープを念じてゲートを開き、まずはズアゴに移動する。
さすがに近距離なのでMP消費は大したことはない。
次はズアゴからラエチッタまで。
こちらは割と距離があるので、2人通るごとに強壮丸を使用する。
装備を付けたままの移動と似たようなMPの減り方だ。
回復を挟みつつラエチッタからメレデー、アルヴナを経由して、シームの自宅へと帰還した。
小さい方の鏡は、40cm程度の正方形に近い大きさだ。
流石に現代の鏡ほど綺麗ではないが、すこしばかり曇った程度なので十分見やすい。
シームラウ家に通された時にあった鏡もこれくらいの反射だったか?
手に持って近くで見られる分、こちらのほうが見やすいような気もしてきた。
金属っぽい銀色で断面は縁取られているので、持っても手を切ったりはしない。
職人の説明を聞いたシャオクたちによると、
みたいなというのは、そっちの方面の知識がまるでないので、自分がたぶんそうだろうと勝手に解釈したということだ。
鏡面の裏側には薄い木の板が貼り付けられている。
木の板に鏡部分が接着され、それをさっきの合金で外れないように縁取ってあるという状態である。
装飾とかはないので、最低限の加工といった感じだな。
2つの姿見の方も、包み布を開けられて取り出される。
こちらはアコルトの身長ほどの高さで、幅は先程の鏡と同じくらいだ。
周囲は木枠がはまっていて、スタンドのように立てられるようになっている。
重しで倒れないように固定するだけでも十分そうだ。
少し離れれば、ミーラスカの長身だって頭の先から足の先までしっかり映るだろう。
「小さい方が4000ナール、大きい方が1枚9000ナールと言われましたが、小さい方はスタンドも不要にして、合わせて金貨2枚にまけてもらいました」
3軒ほど工房を回って、鏡自体の出来はほとんど変わらなかったので、一番安い所で交渉したそうだ。
シャオクが得意気に話す。
「あれ、スタンドなし?」
組み立て前で別にしてあるのかと思ったが、正方形の方はさっきの縁取られた板張りだけらしい。
「はい。
お風呂場で使われるとのことでしたので、立てるよりも壁に取り付けてしまった方が倒れる心配もなく安全だそうです」
答えたのはミーラスカだ。
足を引っ掛けたり手桶や椅子をぶつけてしまうことを考慮していると、「それなら壁に貼っちまえばいい」と職人に言われたそうだ。
風呂場だとは伝えていないが、場所が決まっていて動かさずに使うなら、固定する方法もあると声を掛けられたらしい。
鏡の裏が板なので、絨毯の設置にも使う、お湯に溶かしたコーラルゼラチンなら壁に貼ることができるみたいだ。
女性陣がどうしようか考えているところに、思わずアドバイスをしてしまったのだろう。
職人が提案を称賛され、お礼を言われている間は満更でもない様子だったが、スタンドが不要になって値引きの場面になると会計の店員に睨まれていたそうだ。
本来は壁に貼り付けたり、家具に鏡を埋め込んで、後からその周りに装飾を施していく手法なのだろうが、今回は装飾が不要だ。
削られた分だけ値段は下げられるだろうということで、2000ナールほど値切ってこれたみたいだ。
倍額くらいは預けてあったのでかなり余裕なはずだったが、意外と
手入れとしては、水垢が付いていたら、蟻酢酸を水で薄めたもので拭くといいらしい。
料理用の酢と違って迷宮産なので、余計なものが入っていないのがいいそうだ。
希釈したものでも非常に傷みにくいので、蟻酢酸そのものをギルドで買わずに、すでに薄めてあるもっと安いものが雑貨屋で売っているらしい。
……と、自分は今初めて聞いたが、すでにリカヴィオラがその他の掃除用に買って使っているそうだ。
考えてみればシェルパウダーの重曹もどきと違って生活の中でも発見しやすいし、代用品も多いので、商館で家財の手入れを学べば身につけられる範囲か。
そういう家のために必要な購入品は、お小遣いの中からではなく補填するので伝えるようにと改めて皆に周知した。
気づけばもう夕方だ。
コーラルゼラチンの正しい使用法をニカドー親方に聞こうかと思ったが、明日にしよう。
せっかく買ってきた鏡の接着に失敗したくないので、浴室の分は後回しだ。
増改築やピザ窯の相談もあるしな。
今日のところは夕食を食べつつ、ヘネゴへの移動での対処など、皆の認識をすり合わせることにする。
食事も終え、入浴後は寝間着というか、このところは暑いのでほぼ肌着だけなのであるが、寝室に置いた姿見の前を通ると自身の姿が目に入る。
…………これは確かに、うん。
湯上りで赤みを増した肌に触れつつ反射した像を見てみると、身長の割にはかなり女性的な体つきだ。
新しい石鹸を使ったので、しっとりと肌も髪も艶が出てきた気がする。
前より香りもいいので、色気……的な……?
あったとてどこに使うんだよとセルフでツッコみを入れつつ、思いついたことがあったのでボーナスポイントを操作してデュランダルを出してみる。
身体に当ててみたが、この世界に来た当初からたぶん身長は伸びていない気がする。
18歳という年齢でもう成長はしないのか、2ヶ月弱という期間では実感がないだけなのか、エディットで数値決定したボディだから固定されているのかは分からない。
でも髪や爪は伸びてたりするんだよなぁ。
じゃあもう背が伸びなくなったってことで合っているのか。
それはそれで悲しくなりながら、デュランダルをポイントに戻した。
ボーッと鏡の前に立っていた自分を、お風呂から戻ってきた面々が不思議そうに見つめてきたが、それぞれが鏡の前を通るときは足を止めてしまっていたので皆一緒だ。
普段まじまじと眺めることない自身の姿なのだから、気になるよね。
自分だって現代でネクタイを締める時くらいしか鏡を意識することはなかったが、物理的に周囲に鏡がない環境に長くいれば、そして容姿が変わっていれば、気になって見ちゃうもん。
……翌朝からの支度に、1階と分散しても鏡の前が混み始めるようになったので、もう一つくらい買えばよかったと悩み始めることになったのだが。
スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 魔法使いLv39
魔法使いLv39/英雄Lv38/探索者Lv39/巫女Lv31/遊び人Lv35/僧侶Lv30
(村人5 農夫1 戦士30 剣士9 商人30 錬金術師1 細工師30 薬草採取士30 森林保護官39 賞金稼ぎ19 騎士1 暗殺者1 武器商人1 防具商人1 奴隷商人1 料理人22 博徒26 盗賊30)
アコルト 兎人族 ♀ 16歳 狩人Lv30
シャオク ドワーフ ♀ 19歳 鍛冶師Lv28
ミーラスカ 牛人族 ♀ 24歳 巫女Lv26
リカヴィオラ エルフ ♀ 15歳 探索者Lv24
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次回は10/2更新の予定です。
150話になりました。
区切り的には前話からかなぁと思って章を変えました。
今月は体調不良もあって更新を1回飛ばしてしまいましたが、読み続けられてご評価も頂けるような作品にしていきたいです。
感想を出しにくい、フラグ立ての回が続いている自覚はありますが、少しずつ進んでいくので暖かく見守って頂けたら励みになります。