最初に遠目に見たときのキリッとした高身長の女性が、今はまるで忠義を示すかのように片膝をついて自分を見つめている。
拭ってはいるが、一度涙を溜めた目は少し赤い。
『
その『イクティスム様』なる姫様(?)の見た目が、そんなに自分にそっくりだったんだろうか。
見た目……といえば、パッと見は自分によく似ているリカヴィオラと間違えて……いや、名乗らずとも本名を見通せる鑑定にだって、リカヴィオラはリカヴィオラとしか表示されなかった。
それに自分とリカヴィオラは、横並びで見比べれば親戚くらいには思えるかもしれないが、しっかり見れば別人の顔であることくらいは判別できる。
不可解なことばかりだが、このセナクロワという猫人族の女戦士に話を聞く他ないだろう。
セナクロワには立ち上がってもらい説明を求めると、この集会所前は誰かが突然経由地として現れるかもしれないので、場所を移すことにした。
彼女はどうやらここ、ヘネゴには来たことがあるらしく、話し合えそうな場所へと案内してくれるみたいだ。
名前は名乗ってくれたので、こちらの他のメンバーも名前だけは紹介しておいた。
「ちょっと村の奥まで来すぎじゃないですか……?」
「申し訳ないであります。
私についての説明のためにも、見ていただきたいものがございまして。
目的の場所には絨毯は設置されておりましたので、お帰りの手間は取らせないのであります」
アコルトとミーラスカに周囲に気を配ってもらっているが、だれかが潜んでいる様子もないらしい。
2人に感知されないような手練れがいるようなら困るが、そのときはなりふり構わず脇に生えている木からでもワープで逃げよう。
追ってこられても、同じゲートに入れるのは女戦士だけだし、それも出た先で離脱させればいい。
そんなことを考えていると、女戦士が足を止めた。
くるりと振り返り、その背後には一軒家が建っている。
彼女の家……という感じでもなさそうだ。
草が家の前にも伸びているので、ここしばらくは使われていない家のように思える。
「改めまして、私の名はセナクロワであります。
歳は27、ジョブは戦士。
只今居りますこのソロンブルク帝国の南、アウダニア王国のリバルケという町の騎士団に所属しており、現在は休職中の身であります」
名前と年齢、それにジョブは鑑定で確認済みだ。
それ以降の情報が初耳になる。
「あくまで騎士団所属というだけでありまして、
ヘネゴにご用がおありのようでしたので、私の求めている情報をお持ちではないかと思ったのであります」
「情報……?」
「少し長くなるのでありますが……」
***
セナクロワの言っていた
名前からも察せる通り、アウダニア王国の第三王女だったそうだ。
セナクロワがその王女と出会ったのは、王家側の業務の一環であったリバルケの町の視察の時らしい。
王女が6歳で、セナクロワが12歳の時だったそうだ。
幼少期から聡明だったようで、お飾りで同行したのではなく、ちゃんと意味を理解していたという。
ただの住民であったセナクロワが、野次馬のように遠巻きに見ていたところに、護衛を帯同したイクティスム王女が近づいてきて手招きされた。
『強くなったら、私に仕えさせてもいいわよ』と、同世代の者より少し背が高かっただけの自らに直接声を掛けられたことで、それをセナクロワは運命だと思ったそうだ。
……チョロすぎないか。
しかしその年代の子どもが、王族の者に見込みがあるなどと直接声を掛けられたら舞い上がってしまうものなのかもしれない。
それも幼いながらも惹き付けるカリスマ的なものがあったらしい王女なら、しょうがないんだろうか。
ま、まぁ感じ方は人それぞれということにしておいて、続きを聞く。
実際に王国に仕えるのなら騎士団、ということでセナクロワは騎士ジョブの派生元である戦士のジョブに就き、修練を重ねつつ従騎士として王都の騎士団に所属することができた。
だからとて、一介の見習い騎士程度が王女の周囲に近づけるわけもないことは彼女も分かっていた。
騎士のジョブになれたとしても、やっと正式な団員としてのスタートラインである。
それでも、忠節を尽くして、いつかお目通りが叶った際に言葉を伝えられればいい。
そう思いながら任務にも精力的に励むことにした。
しかし、イクティスム王女は15歳の成人を迎えたあたりから、全く人前に出なくなる。
もっと幼い頃、セナクロワが講演の外警備の雑用をしていた時の方が、遠目にもお姿を拝見する機会があったくらいだ。
年も明ける頃、病を患ったのだと発表される。
外での公務は難しく、療養と引き継ぎだけで手一杯なのだという。
それから程なくして、王都には後継者争いの話題が増えていく。
王は現在も存命ではあるものの、他の王子や王女の派閥争いが少しずつ表面化していく中、セナクロワは関せず与えられた任務をこなすことに集中した。
イクティスム王女が快方に向かい、戻ってこられた際にお支えできるような能力を身に付けよう。
その一心でこれまで以上に励むも、それから3年経った年の秋、思いも虚しく王女が亡くなられたとの発表がされることになった。
セナクロワが24歳、奇しくも騎士になることができた年である。
葬儀が執り行われ、献花の隊列でしばらくぶりにまともにその姿を見ることができた。
おそらく死化粧はしてあったのだろうが、その姿が自分、スズシロ・ミツキにそっくりらしい。
……聞いてはみたが、完全に他人の空似じゃないか。
葬儀までした王女様じゃ、名前どころか身分も違いすぎる。
それにセナクロワとの年齢差も考えれば、仮に今も存命だったらそのイクティスム王女は21歳になっているはずだ。
インテリジェンスカードを見てもらえば、全く関係がないと分かってもらえるだろう。
まともに会話する機会もなかった、思い焦がれた相手とそっくりの者が現れたので、感極まって王女と同一視してしまっただけのようだ。
よくよく考えてみれば、これは自分を見て泣いたり、姫様と呼んだことについてであって、『ヘネゴに用事がある者に聞きたいこと』というのはまた別の話か。
女戦士の半生を聞いた後に何だが、関わりがありそうなのはこっちの方だ。
仕えたいと思った相手がいなくなり、派閥争いが進む王都での生活に辟易してきたセナクロワは、生まれ育ったリバルケの町に騎士団の所属を変える。
王都とは比べ物にはならないがそれなりに栄えている町で、漫然と騎士団の業務をこなしていたそうだ。
家族もいないので、仕事に忙殺される方が考える時間も生まれなくて済む。
それでも今後の目的を考えてしまうのだと同僚に相談すると、そういう時は酒でも飲んで忘れるのだと、仕事終わりに酒場へと連れて行かれた。
鍛錬ばかりで酒は嗜んでいなかったが、飲んでみたら強かったのか、落ちた気分のせいで酔うことが出来ない。
代わりに周りの客の話に耳を傾けつつ、うつらうつらしていると、噂が聞こえてきた。
強まっていく後継者争いの飛び火を恐れて、疎開のように王都を離脱する継承権の低い子女がいるとかいないとか。
逃げ出すくらいだから後継に収まる気はさらさらないが、権利だけは残っているせいで排除されかねない、みたいなことだろうか。
酔いが回っていたのか、それとも実は覚めて冴え渡っていたのか分からないが、意志もなく流されるままに消化されていく状況よりも、そういった方々をお守りするのが自分の役目ではないだろうかと考え始める。
騎士団を辞さなくてはならないかもしれないが、必要とされるなら力になりたいし、逃げ延びている者にとっては人手などいくらあっても足りないはずだ。
それ以降セナクロワは、騎士団の任務はこれまで通りこなしながらも、非番やの出張に合わせて情報を集めるようになった。
もちろん、明確に場所の割れている噂などあるはずもなく、与太話であることがほとんどだ。
追手が出ているかもしれない者たちが素人にも分かる情報を残していくわけもないし、仮に本当だったとしたら自身より先にその追手が見つけているので、その場所にはもういないだろう。
時間をかけて情報を整合し、話にあった現地にも行ってみる。
空振りばかりだが、だいぶ昔に滞在していたと思われる場所が見つかることもあった。
生活するのだって、全く他人と関わらずにどこでもいい、というわけではないのだから。
「そして今年の春季の終わり頃に、このヘネゴの村に行きついたのであります」
やっと現在に話が戻ってきた。
目の前のあばら家を指差してから、中に見せるものがあるとずかずかと入っていったので、アコルトたちと顔を見合わせてからその背に続いた。
小さめの一軒家の中は、ひっくり返したように物が散らばっている。
空き家、というか夜逃げ後みたいだ。
壁際には絨毯が掛かっていた。
張り付けてあるのではなく、巻き取って持ち運びが可能な器具で置かれた状態だ。
それもあって、必要なものだけ持って逃げだした、という印象を受ける。
「ここは……いったい……?」
「誰かが住んでいて、理由あってフィールドウォークで逃げ出した、というところでありますな」
それはまぁ、なんとなくわかる。
でも、冒険者の仲間のいる盗賊の拠点だったなんてものなら、いくらでもあるんじゃないか?
「こそこそと暮らしている者、となれば王族に連なる子女よりも圧倒的に賊の情報の方が多いでありますからな。
……私も
セナクロワが拾い上げたのは折れている柳葉刀だ。
装備品としての体裁を保てていないので、鑑定してもアイテム名は表示されない。
それでも残っている形状は、自分のアイテムボックスに眠るものと酷似しているので柳葉刀で間違いないだろう。
「柳葉刀なら武器屋に置いている街もありましたが」
「確かに折れた柳葉刀でありますが、問題はこちらについている印であります」
手首を返して差し出された刀の柄頭を見ると、自分の持つ柳葉刀にはない装飾が取り付けられているのが分かる。
長年使用したような摩耗とは別に、割れているように思えるが。
「刃が折れて、印が割れてからも大事に保有していた物のようなのであります。
……そしてこちらの印自体は、アウダニア騎士団の隊章でありますが、装着された武具は身分の高い方しか携帯を許されておりません。
装備品に直接取り付けながらも、アイテムボックスに入れることができる特殊な加工がされており、偽造は難しいのであります」
なんだか悔しそうな表情をしながらセナクロワが続ける。
「賊が騎士団になりすます場合、居場所の分かりやすい高位の者をわざわざ選び、印章を利用するとは考えにくいのであります。
偽るなら鎧等の見た目の方が国民に馴染みが深いのでそちらにするでしょうし、なにより本物の騎士団の関係者にしても、そこから奪った賊にしても、刀を残していくのはおかしいのであります」
セナクロワは実際に騎士団所属だったのもあるが、落ち延びた子女の力となるために調べていたらしいのでかなり詳しい。
でも、本来騎士として仕えるべき王国を見限るような発言をしているのは大丈夫なのか?
「価値を知らない者が刀を含めて色々と持ち出して逃げたが、折れた刀は不要と思い捨て置いた、というのが順当な線だと考えたのであります。
私が辿り着いた時には生活の跡からそう時間は長く経っていないと思い、絨毯を残したままにしていたりと杜撰なところが多々見受けられたので、ヘネゴを中心に捜査をすることにしたのであります」
休職というのも、王国外に長期で居るためにしたそうだ。
騎士のジョブを一時的に返上することで、行動の自由度も上がったらしい。
あの街移動の冒険者にも、定期的に報酬を与えてヘネゴ行きの者を見つけたら引き合わせるように取引していたみたいだ。
ラエチッタ周囲で網を張りつつ調べていたところに、ヘネゴ行きの大勢の希望者が見つかり、会ってみれば亡き王女様とそっくりの自分がひっかかったということである。
これはもう何かしらの情報を持っているとの確信があったが、見た目に感情が飲まれてしまったようだが。
う~ん、申し訳ないが心当たりが……。
よくわからないけど、大事な人に似ていてすみません。
かなりこちらに対して情報を公開してくれたようだが、力になれそうもない。
「すみませんが、心当たりがなくて……」
「…………皆殿のご様子からもそのようですね。
ちなみに、ヘネゴにはどんなご用事でこられたのでありますか?」
「フィールドウォークの中継地点を増やして、休憩しつつ無理せず移動できるようにと考えております」
「お若そうですので、大人数での移動は難しそうでありますからな」
アコルトがすらすらと答えてくれた。
あとはここにはいないメンバーなんですが、と自分が続けようとしたところで今更ながら気付く。
そもそも食材や取引先探しの南下ルートで寄らなかったヘネゴにわざわざ来たのは、リカヴィオラが父親と暮らしていたかもしれない場所だから、である。
リカヴィオラは父親が亡くなった途端に、世話になっていたはずの村の住人に騙されて(?)身売りをされ、その結果奴隷となり自分たちのもとへと来た。
その住人が誰かを貶めた後に、今でも留まっていると考えられるか?
彼女の父親がアウダニア王国の騎士団の関係者だったら?
「……セナクロワさん」
「どうされたでありますか?」
「お探しの疎開された王族の血を引く子女の方々、というのはお名前は分かったりしますか?」
「なぜ……。
ええと、血族といっても沢山いらっしゃるので、ここ15年分の命名記録までしか確認しておりません」
もう1つ確かめておきたいことがある。
作中での情報が、この世界でも同じなのかをだ。
「名字を持っている者が奴隷に堕とされた場合、表記はどうなりますか?」
「……?
当然、剥奪されて名前のみとなるであります。
万が一解放されて再興する場合に、同姓での登録も可能ではありますが、家としては別の扱いとなり家系としては断たれた状態となります。
どの国でも同じですし、インテリジェンスカードの記載もそうなるはずでありますが、どうして当たり前のことを……」
やはり、そうか。
彼女の父親の名前までちゃんと聞いておけばよかったが、考えていたことの点と点がだんだん繋がりだした。
昼に見たリカヴィオラの顔を思い出す。
まだ定かになっていないが、過去がどうあれ、今を楽しんでいる彼女をどうするべきか。
ヘネゴの現状を別物として伝えて違う村に案内し、あやふやなままに済ませたほうがいいか。
可能性としての情報を伝え、このセナクロワに引き合わせた方がいいか。
それとも伝えても、かえって会わせないほうが問題も増えずにいいか。
もやもやする。
そう簡単に見つかるとは私も思っておりませんので、と後れ毛を摘みながらセナクロワがはにかむ。
「ですがこのヘネゴでの内容はご内密にしていだきたいのであります。
他人に話したところで、噂の寄せ集めでしかないと思われるかと思いますが、万が一繋がった場合がどうなるか」
「わかりました。
……自分たちはラエチッタに戻りますが、セナクロワさんもご一緒されますか?」
「そうさせていただくと、ありがたいであります!」
手掛かりが見つからずに落ち込んだ様子であったが、移動の手助けには喜んでくれた。
隣町に移動してから便を探して戻るつもりだったらしい。
一日中徒歩とかやばいだろ。
「お送りいただき助かりましたであります」
「いえ、こちらこそ、結果的に代金まで頂いてすみません」
ラエチッタの冒険者ギルドに戻ってきた。
行きはセナクロワが料金を持ってくれて、帰りはセナクロワの移動代としてもらってしまった。
スケジュールが前倒しにできるから向こうも有難がっていたからいいか。
「しばらくはラエチッタにおりますので、何かあればこちらにお願いするであります」
そう言って小さなメモに宿の住所らしきものをささっと書いて、手渡してきた。
ミーラスカがセナクロワをパーティーから脱退させたので、これでヘネゴへの初回移動は完了だ。
姿勢よく頭を下げてから去っていく女戦士を見送ると、アコルトが耳打ちしてくる。
「裏にも何か書いてあるようです」
「え?
ホントだ」
後半に数字が並んでいる住所らしき記述の裏をめくると、こちらには短い綴りと数字が並んでいる。
とりあえずはシームの自宅に戻ってから読もう。
アコルトにメモを手渡して、ワープゲートを開いた。
スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 魔法使いLv39
魔法使いLv39/英雄Lv38/探索者Lv39/巫女Lv31/遊び人Lv35/僧侶Lv30
(村人5 農夫1 戦士30 剣士9 商人30 錬金術師1 細工師30 薬草採取士30 森林保護官39 賞金稼ぎ19 騎士1 暗殺者1 武器商人1 防具商人1 奴隷商人1 料理人24 博徒26 盗賊30)
アコルト 兎人族 ♀ 16歳 狩人Lv30
シャオク ドワーフ ♀ 19歳 鍛冶師Lv28
ミーラスカ 牛人族 ♀ 24歳 探索者Lv11
リカヴィオラ エルフ ♀ 15歳 探索者Lv24
---
次回は10/9更新の予定です。