帰宅を済ませ、一時休憩としてテーブルについてから、セナクロワに渡されたメモをアコルトに読んでもらった。
パーティーメンバーの皆は周囲に居るが、リカヴィオラは飲み物を淹れてくれた後、洗濯物の取り込みに出てしまっている。
今日はよく晴れているのですぐに乾いたみたいで、手伝いを申し出たが自身の日課だからと遠慮された形だ。
メモの表にはセナクロワが泊まるラエチッタの宿の住所が書かれているようで、何かあれば言伝をと添えられている。
肝心の裏面だが、どうやら書かれているのは単語と数字のようだ。
「リーヴァク、10。
ジャタンヒル、13。
ニルエミノ、7……」
「名前と、年齢……かな?」
「おそらくは」
リストの初めに『こちら方面の地域での候補です』と走り書きがあるらしい。
こちらの奴隷の姓の話を受けてからまとめたのだとしたら、セナクロワは感情的に見えて計算高いのかもしれない。
たぶんもっと重要な情報も握っているのではないだろうか。
「……スイェドク、9。
大きさを抑えて小声になったアコルトから出た言葉に耳を疑った。
「どうしよう……、これ?」
名前と年齢だけの一致だが、10人にも満たないリストでピンポイントに一致することが普通あるか?
本当にアウダニア王国の王家の血筋だったとしてだ。
セナクロワが言っていたのは、遠縁の者や、後継者争いから離脱したい者を支えたいという話だった。
ならば直系からは離れているが一応繋がっている程度なら、別の国の街で暮らす分には問題なさそう……か。
奴隷になれば繋がりが切れるというのも、今のリカヴィオラにはプラスに働いているようにも思える。
彼女自身は物心ついたときには父親との転居生活だったというし、かなり初期から離脱している分、争いとは関係ないのかもしれない。
それよりも一緒にいた父親が、
いや、すでにいなかったという母親の方が血筋という場合もあるか。
そのあたりに関しても情報を持っている可能性があるのはセナクロワの方だろう。
話しぶりからすると、リカヴィオラの存在を伝えたところで、王都に戻って然るべき所に知らせて、根絶やしにするために追手を……ということはなさそうだが、どうだろう。
そういう追手から守るためにセナクロワが今の活動をしているはずである。
あの女戦士の話を鵜呑みにするのなら、だが。
「リカさんに伝えて、希望をお聞きしてから考える形がよろしいかと思います」
「ボクも……、本人が知りたいかが一番だと思います」
「だよねぇ……」
アコルトもシャオクも、本人に判断を委ねた方がいいのだと、メモを見つめながら言う。
ミーラスカは、これまでのリカヴィオラの生活の大部分を占めていた父親との血縁関係を明らかにすることや、その影響と心情を思うと悩ましいと溢す。
「如何されましたでしょうか?
はっ、飲み物が渋すぎたのでございますか!?」
取り込んだ洗濯物を畳み終わったリカヴィオラが戻ってきた。
「ううん、美味しいよ!
その……」
どの道リカヴィオラを、村の名前と特徴が記憶と一致していたヘネゴに連れていくことは約束している。
へネゴと偽って別の村につれていくことも可能だが、将来的に彼女が冒険者となった際に思い浮かべて移動した先が違っていたら、なぜ謀ったのかという話になってしまう。
君のことを思って、というのはされた側の慰めにはならない。
まずは現地を確認し、場所に見覚えがあったなら、さらにセナクロワに情報を求める、という方針でいこうか。
今日知り得た話を彼女にするのは、確認を終えてからでもいい。
「ヘネゴの村へは問題なく行けたから、この後行ってみる?」
「よろしいのでございますか!」
戻ってきたばかりなら、あのセナクロワも現地にはいないはずだ。
行ってみたら違う場所だった、で終わりになる話かもしれないし。
ミーラスカにパーティー勧誘してもらって、リカヴィオラには着替えてきてもらう。
その間に他の皆に意向を伝えておいた。
「お待たせ致しました!」
「うん、じゃあ行こう」
戸締まりをして、ワープを念じた。
***
アルヴナの冒険者ギルドを経由して、ヘネゴの集会所へと出てくる。
即座にMPも回復したので問題ない。
ゲートを抜け出て、集会所の外に出たリカヴィオラが辺りを見回してから小さく頷いた。
「見覚えがございます故、おそらくは
…………あたっちゃったか。
そうなると例のリストのことや今後の対応を、真剣に考えなくてはいけなそうだ。
「少し歩いてみて、なにかあれば教えてね」
「はっ!
畏まりました!」
数少ない人家の方へとふらりふらりと足を進め始めたので、皆でその後ろをついていく。
やがて思い出したかのように一方向へと進み始めたリカヴィオラの背を見ながら、隣のアコルトに小声で投げかける。
「(この方向ってさ……)」
「(はい。
間違いないかと)」
少し前に自分たちがセナクロワに話を聞いていた、あのあばら家へと足が向いてる。
「こちらで生活をしていた際に、お世話になっておりました方の家がこの先にあったのだと覚えておりまする。
この道を曲がれば……、あっ、あの家でございます!」
木々の向こう側に覗いたのは、少し前にセナクロワと入った家だ。
うーん、説明を考えなくては。
さらに近づいてくると、どうやら人が住んではいない様子だとリカヴィオラも気付いたようである。
「リゾエ様とノザィ様という御夫婦が住まれていたはずなのですが……、お引越しされたのでしょうか」
どちらも40代くらいの人間だそうだ。
自身を取り巻く経緯については彼女も考えたことはあるはずだが、明確な証拠が出るまでは恩人、という見方は変えないつもりらしい。
見ず知らずだった自分と父を匿うように住まわせてくれた人たちであって、奴隷になってしまったのはあくまで資金難が原因で、待遇としても勤労主体でなく妾奴隷として扱いも良いようにしてくれたのだと。
その考え方も事実としては一応間違ってはいないが、当の本人たちが売却金目的だったら話は変わる。
……いや、リカヴィオラだってそれは分かっているんだろう。
理解力は決して低くない彼女は、分かった上で触れないように、なんとか前向きに考える努力をしているんだと思う。
それも家の中を見たら確信に変わる。
「こ、これは……」
荒らされたというより逃げ出した様子が見て取れる室内に、無造作に転がっている折れた柳葉刀を拾い上げたリカヴィオラが困惑する。
家の状態よりも、刀がここにあることに驚いているようだ。
セナクロワはあの後、刀を発見した時の状態に戻しておくと言って、自分たちの前で今落ちていた場所で向きなんかも調整していた。
彼女の発見前に誰かが侵入していなければ、逃亡時のままのはずだろう。
「……リゾエ様たちがご事情があって金銭を欲していたこと、
商館で学ぶことができましたし、御主人様方にもお会いできました故に。
しかしこちらは……」
柄頭の割れた印を大事そうに撫でた後、ぎゅっと握りしめた。
「こちらは、父上の御墓に……。
他の荷物とともに埋葬した物にございます……」
「…………」
あの印付きの柳葉刀はやはり、父親のものだったらしい。
しかし埋葬品がここにあるとなると……。
リカヴィオラが折れた刀を握ったまま、よたよたとあばら屋を出る。
そのまま家の裏に回って少し歩くと、不自然に土が盛り上がった箇所があった。
土からは周囲と同様に雑草が伸びているので、春先にはすでにこの状態になっていたということだろう。
土山の隣には、ごっそりと何かが掘り起こされたような穴が空いていて、その中には何もない。
消沈しているリカヴィオラがポツリポツリと話してくれたが、この場所を選んだのは例の夫妻だという。
父親は村の元々の住人ではないため他人の目に付きにくい、でも日当たりの良い場所としてここはどうかと勧めてくれたそうだ。
埋葬に関しても張り切って手伝ってくれて、父親が使っていた装備品や大事にしていた物なんかも一緒にしてはどうかとも言い出したのはあちららしい。
生前に世話代としてお金を渡していたのは知っていたが、奴隷として奴隷商人のもとに移るまでは親身に接してくれていた、という印象のようである。
だが、事実としてあの家は
遺体の骨すらないというのは、順当に考えれば迷宮への遺棄だろうか。
冒険者の仲間がいたのなら、運んで処理するのは造作もない。
おそらくしばらく生活できるだけの資金は父親から受け取っていたであろうが、リカヴィオラを妾奴隷として売却できるまではしっかりと世話し、代金を受け取った後は持ち物を丸々捌いて、支度が整ったのか何かに追われてか、家を放棄して逃亡したのだろう。
そもそもあの家自体が、その夫婦の物かも怪しい。
ミーラスカがリカヴィオラを抱きとめて慰めている間に、声を掛けてから形だけでも元通りにと土を均してやることにした。
一通り墓の体裁は保てるほどに整え、祈る。
皆が両手を組んでいる中で、手のひらを合わせているのは自分だけだった。
「
気丈に振る舞うリカヴィオラが、折れた刀を大事そうに仕舞う。
ここに供えていく事も考えたが、これ以上踏みにじられるよりも、形見として本人に持たせたほうがいいだろうとなったのだ。
近くの大木にワープゲートを設置し、帰ろうとしたところで考える。
セナクロワの話を聞いたほうがいいだろうか。
リカヴィオラの心情を思えば急展開な事態の連続は避けてあげたくもある。
しかし出自を知れる可能性である情報を持つあの女戦士は、教えられた宿にいつまでも滞在してるとは限らない。
それこそ休職中なのだから、一段落したら王国へと戻っていくのだろう。
あるいは全く別の方面の土地へ新たな手掛かりを探しに行ってしまうかもしれない。
ただの同年齢の同名であっただけならそれでもいい。
通信手段もほとんどないこの世界で、この機を逃したら、今後知る機会が限りなく減ることは間違いない。
ゲートを消し、リカヴィオラへと向き直る。
「リカ、あのさ……」
***
セナクロワという自称騎士団の猫人族の戦士のことと、彼女が語った内容を説明し、名前のリストを見せた。
数時間前に会っただけの者の話なので、すべてが真実とは限らないが、まだ何か情報を持っている可能性がある。
リカヴィオラ本人が気になるようなら直接会いに行ってみるが、その気がないならこれまで通りシームで一緒に生活していこう。
もしかしたら父親についても新たな事柄が分かる……いや、知れてしまうかもしれないのだが。
神妙な面持ちで皆がリカヴィオラを見つめたが、当の本人はアウダニア王族の血筋という部分には驚いたものの、それ以外の部分についてはなんとなく察していたようである。
「
その辺は父親も対応が難しかったところだろう。
それでもずっと一緒に生活し、面妖な言葉遣いを含め、リカヴィオラを形作ってきた大きな要因である人物なことには間違いない。
彼女が父上と呼び続けているのが何よりの答えだ。
「
その際にちらりとだけ覗き込めましたが、リカヴィオラの名の後ろにある程度の文字が続いているのが見えました。
しかしながら、読み取る前にすぐにその文字は消え、改めて見えたのは初年度奴隷の表記だけとなりました」
そうか!
身売りの手続きに持ち込まれたのなら、担当した奴隷商人はそのインテリジェンスカードを見て操作するはずである。
連れてきた夫妻だって、きっとそこで初めて分かったのかもしれない。
少なくとも貴族、さらに高貴そうな名字を持っている娘を貶めたのだと知ったら、荷物をまとめて逃げるしかないだろうな。
リカヴィオラを亡き者にするという方向にならなくて本当に良かった。
商館を点々としたのも、彼女が妾奴隷ながら家事を喜々として手伝い始めたこととは別に、それぞれの奴隷商人が何かしらを察して、自身のもとに長く置いておきたくなかったのかもしれない。
「奴隷となりますると家名は消えること、またその家名もしかと見ることができたわけではありませんでした故、不要と考えまして皆様にはお伝えしておらず、申し訳なくございます」
「いや、それは気にしなくていいよ!
確認する方法がないし、仮に名字があったからってリカはリカだよ」
うんうんと一同頷き、代わる代わるリカヴィオラの手をとって気持ちを確かめた。
権利も何もなくなっているし、だいたい別国で暮らしているのだから関係なんて見いだせないだろう。
「知れたからって名字は戻らないし、今後もシームで暮らしていくのは変わらないんだけど、……リカはその、セナクロワって人の話を聞きたい?」
「…………はい!
これからも御主人様にお仕えし、皆様と過ごすことには変わりありませんが、
相変わらずヘンテコな口調で、それでもしっかりとした決意で臨んでくれていることは伝わった。
伝えてからの短時間ではあるものの、意志が堅そうなのははっきりと分かる。
折れた刀の入ったバッグを抱きしめ、大きく頷いたリカヴィオラを見て、ラエチッタへと続くゲートを開いた。
***
ラエチッタの冒険者ギルドで、メモの記載された宿の場所を聞く。
住所があっても、ほぼ初見の街の位置関係など分からない。
ついでにギルド員がその宿泊費も教えてくれたが、それなりの宿のようで中の下くらいの価格帯らしい。
この世界は迷宮とドロップアイテムという共通の存在が各地にあるので、特産品以外は物価に大きな違いはない。
買取依頼なんかがあれば別だが、個々の価格をそれぞれの土地で変更していたら、フィールドウォークとアイテムボックスを持つ冒険者がいる以上、特定のギルドにだけ売却が集中してしまうからだろう。
全国均一、というのもゲームっぽさを拡大させている。
指定の宿を見つけ、フロントで旅亭に声を掛けた。
セナクロワという猫人族に用事があると伝えると、ちょうど階段を降りてきた彼女の姿が目に入る。
「
肩に掛かる程度のコバルトブルーの髪を下ろしていると、勇ましくも思えていた女戦士にも、女性らしさが増して見える。
「───ッ!
…………そちらの方は?」
長身の身体が一瞬強張るように動揺し、その双眸がリカヴィオラと自分とを見比べるように行き来した。
スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 魔法使いLv39
魔法使いLv39/英雄Lv38/探索者Lv39/巫女Lv31/遊び人Lv35/僧侶Lv30
(村人5 農夫1 戦士30 剣士9 商人30 錬金術師1 細工師30 薬草採取士30 森林保護官39 賞金稼ぎ19 騎士1 暗殺者1 武器商人1 防具商人1 奴隷商人1 料理人24 博徒26 盗賊30)
アコルト 兎人族 ♀ 16歳 狩人Lv30
シャオク ドワーフ ♀ 19歳 鍛冶師Lv28
ミーラスカ 牛人族 ♀ 24歳 探索者Lv11
リカヴィオラ エルフ ♀ 15歳 探索者Lv24
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次回は10/13更新の予定です。
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