異世界迷宮と斉奏を   作:或香

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156 姿態

 ニカドーに水受けの確認をしてもらったが、特に傷んでいる様子もなく綺麗に使われているとの評価を貰った。

 染め物のわりには床に染料の汚れすらないので不思議そうにしていたが、魔法による高温の湯を流したり、洗浄するための薬を使っているのだとそれっぽい言葉でごまかした。

 そんなもんか、とさすがに専門外のことは詳しく突っ込んでこなかったが、冷や汗が出るところだったな。

 

 料金については合意が取れたので、一先ず金貨を10枚ほど渡してニカドーを見送る。

 この場ですべて支払ってもいいのだが、使いづらい金貨ばかりでなく銀貨だとありがたいと言われたので、残りの金貨と合わせて後で家に届けることにした。

 自分たちも取引で得た金貨は普段使いには困るため、それなりの買い物をするときにはなるべく崩すようにしていたので、自分のアイテムボックスに仕舞い切れなくなりそうな分を、この際整理しようか。

 

 リカヴィオラのアイテムボックスでも、500枚以上の銀貨を持ち運べるので一緒について行ってもらおうかと思ったが、その前に決めなくてはいけないことが出来た。

 

 竈での煮炊きができないとなると、外食で済ませることになるので、昼休憩で家に戻ってくる必要がなくなる。

 朝に皆で洗濯を済ませてしまえばリカヴィオラの行動にも制限も無くなるため、迎えに行ければどこに居てもらっても構わないのだ。

 

 石窯がしっかり乾燥して横の竈が使えるようになるまでの4,5日の間ではあるが、どう過ごしてもらおうか。

 流石にこれから階層を上げていこうという迷宮につれていくというのは難しいし、本人がやりたいことがあればそれを優先したい。

 

 

「パン屋の女将様に確認して参っても、よろしいでございましょうか?」

 

 

 謎翻訳による心配になる言葉遣いだが、店の手伝いなどで日中を過ごさせてもらうというのもアリかもしれない。

 前にもパン作りを教えてもらっていたし、良好な関係のようだから、食事や諸経費を負担すれば引き受けてくれるだろうか。

 主人としても、直接お願いに出向いた方がいいはずだ。

 

 

「うん、急だしお願いに行ってみよう」

「ありがとう存じます!」

 

 

 前に自分が行った時に対応してくれた、店番のおばちゃんがどうやら女将さんだったらしい。

 商店街での覚えがめでたいミーラスカもつれて、リカヴィオラと3人で向かうことにする。

 アコルトとシャオクには夕食の準備をしていてもらうかな。

 

 

 

 

「あれ、どうしたんだい?

 朝の量じゃ足りなかったかい?」

 

 

 店まで来てみると、片付けをしていたパン屋の女将さんがこちらに気付き、リカヴィオラを見て聞いてきた。

 

 

「いえ、女将様。

 今回は御願いがあって参りましたのでございます」

「おや、ミーラスカちゃんと……()()()()()もいるじゃないか。

 お願いってなにさ、言ってごらんよ」

 

 

 ……名前が出てこなかったんだろう。

 自分が買いに来たのは数回だし、購入以外でまともに会話したのはこの前の1回きりだし、しょうがない。

 

 そうやって並ぶと姉妹みたいだねなんて言われつつ、改めての挨拶と明日からの日中、リカヴィオラを居させてもらえないか確認する。

 夕方の鐘が鳴るくらいには迎えにくるし、食費やその他にかかる代金はこちらが持つと伝えた。

 リカヴィオラ自身も店の手伝いをしたいと述べ、依頼料だって払ってもいいと自分が付け足す。

 

 

「そぉかい、リカヴィオラちゃんをねぇ……。

 確かに助かるけども、手伝いったってうちじゃあせいぜい昼前まで居てもらえれば手は足りるから、昼からはまたパン作りでも教え───」

 

 

 女将さんが鼻の頭を掻く手を止め、何かを思いついたように音を出して手を合わせる。

 

 

「そぉだ!

 店に配達に行ってもらって、昼からはそこで手伝えばいいじゃないの!

 まかないも貰えるだろうし、料理も詳しくなりたいって言ってたわよねぇ!

 うちにいたらパンしか出ないし結局買ったりするんだから、どぉかしら、名案よねぇ!」

「相手のお店にもご迷惑じゃ……」

 

「いいのいいの、アタシが話しといてあげるからさ!

 どうせ昼なんてどこも手は足りないんだし、リカちゃんみたいに可愛い子ならお客も増えるかもしれないしね。

 エルフだし、ブラヒム語もサリニク語もできて丁寧だし、どこも大助かりよ!

 バーナ語だって返事くらいはできてなかったかしら?」

「返答と数字の発音ができる程度には学んでおりました」

 

 

 なんだかどんどん話が進んでいく。

 

 自宅では皆ブラヒム語が使えるので意識はしていなかったが、本人が拙いと思って特に報告していなかったバーナ語も多少なりとも使えていたらしい。

 ブラヒム語の教育がいらなかった分、商館で多言語の基礎知識くらいは頭に入れたんだろうか。

 

 パン屋にきたブラヒム語が扱えない獣人の客の相手に翻訳を買って出た、なんて初耳の話も出た。

 女将さんは人間で、ブラヒム語とサリニク語以外は苦手だったみたいで、そのあたりの対応から今の交友になったんだろう。

 

 自分たちが迷宮に行って不在の間、リカヴィオラは結構商店街に出歩いているようだった。

 女将さんが候補に挙げた飲食店の場所も知っていたようだし、シームでの生活を楽しんでいるみたいでなによりだ。

 

 

 最終的に決まった内容はこうだ。

 

 リカヴィオラは明日から5日間、朝にはパン屋に出向いて手伝いをし、昼前には配達で飲食店へと移動。

 そちらでの手伝いをしつつ過ごして、夕方には自分たちが迎えに行き、食事をしてから帰宅、という流れである。

 

 洗濯や掃除については、彼女を朝送り出した後、自分たちが済ませてから食事や迷宮等に向かうことになる。

 その間にニカドー親方たちも到着するだろうし、引き継いでから家を空ければいい。

 

 5日間としたのは、6日後にあたる中月23日はシームラウ家に向かうことになっているし、石窯の製作が1日ズレたとしても終わっているだろうから、竈での煮炊きはできるはずだとの想定だからだ。

 

 

 女将さんはこれから飲食店の方に話を通しに行くと言っていたが、流石に明日お世話になるかもしれない1軒目くらいはと、ついていくことにした。

 

 目的の店は、以前にも出店でタレ焼きの肉なんかを買った所だったが、すでに話を通してあったかのようにすんなりと合意された。

 リカヴィオラのことは知っていたようだし、女将さんが言うならとすぐに具体的な時間なんかも決まっていく。

 豪語するだけあって顔は広いようだ。

 

 ついでに自分たちの朝食もこちらで調達できるように注文しておいて、代金も支払っておいた。

 朝から店を探さずとも用意してもらえるし、ガッツリ食事分となればリカヴィオラを除いた4人のはずがなぜか6,7人分となるのでそこそこの金額になる。

 売上にも貢献できたので、あちらも喜んでいた。

 

 2軒目以降に向かおうとした際には、女将さんから後は1人でも問題ないと言われたので、その場で別れることになった。

 家でアコルトたちが食事の準備をしていることを知ってか、早く帰ってあげなさいと見送られてしまった。

 

 

 ここまで出てきたので、ついでにニカドーの家に寄る。

 別の工事で使う予定だった資材をこちらの工事に回して追加発注したり、追加の人員を手配したりと大変そうだったので、残りの代金を納めて退散することにした。

 

 日中は不在になることは伝えておいたので、明日からの工事も大丈夫そうだ。

 

 

 

 帰宅して、今度はアコルトとシャオクにパン屋での顛末を伝える。

 リカヴィオラが朝から出ることや、自分たちは注文した店に料理を取りに行き、食べて家事をこなしてから迷宮に赴くこともだ。

 自分は商店街へのワープと、洗濯用にぬるま湯を作るのと、大工たちが使う水の手配と、朝からなかなかMPを消費しそうである。

 

 夕食には余っていた野菜を使い切り、アイテムボックスから取り出した肉や魚は、半端に残して仕舞えなくならないようにアイテム1つ単位で使う。

 ハーブティーも多めに作って今日飲む分とは別に水筒に入れ、炭束も納屋へと移してしまった。

 竈が使えなくなるのも一苦労だ。

 

 

 火を落とす前に、浴室に鏡を付ける作業も忘れない。

 竈に残った最後の炭で、作業用の手鍋に少量のお湯を沸かし、そこにコーラルゼラチンを入れてみる。

 木べらで混ぜているとだんだん粘度が出てきたので、火から外してシャオクに練り混ぜてもらいながら浴室へと移動した。

 

 鏡を貼り付ける予定の場所では、ミーラスカとアコルトが待機している。

 リカヴィオラに炭の始末をお願いしてあるので、終わってからこちらへ来るだろう。

 

 普段体を洗ったり体を流す所で、椅子に座ってよく見える位置に設置個所を決め、鏡を裏返す。

 ゾル状からゲル状になってきている接着剤を手鍋から掬い取り、背板の上に薄く延ばした。

 この時点でそれなりに温度は下がってきているので、熱で鏡が割れるということもないだろう。

 

 背面全体に塗り終えたあと、中央にもうひと掬いほど接着剤を乗せ、予定の壁の位置にググっと押し付ける。

 アコルトの指示で曲がらないように高さを調整しつつ、ミーラスカとシャオクによってしっかり押さえてもらっていると、少しすると手を離しても落ちてきそうにもないほどに固定されてきたようだった。

 

 絨毯すら貼り付けられるほどの粘着力が出るのだから、この程度のサイズの物など当たり前に接着できるのも当然か。

 リカヴィオラも途中から合流していたので、代わる代わる椅子に座って、それぞれの姿が映ることも確認した。

 

 自分が置いておいてよいと言ったせいだが、ヘラを入れて置いた手鍋はそのまま固まってしまった。

 おそらく水を足して再び火にかければ接着剤は溶けだしてくれるのだろうが、他に使う予定も今はないので、買い直しということで迷宮に行く際に廃棄することに決めた。

 

 

 鏡の設置が一段落し、自分が給湯する間、皆には家の中を整理してもらう。

 明日から大工が大人数で増改築に訪れるので、邪魔になりそうなものを動かしたり、炊事場の石鹸等の説明が面倒そうなものを片付けていった。

 

 いつものように汗だくでお湯を溜め終わって皆を呼び、服を脱いで洗い場に進む。

 

 椅子が置かれた前に鏡があるだけで、なんだか銭湯感が増していいな。

 流石にシャワーは用意できないが、椅子に座って鏡を見ながら体を洗うのはなんだか……。

 

 ……なんか自分の身体を意識して恥ずかしいな、これ。

 映った像で自身を客観的に見られるというのがなんとも……、なんて考えている間に、アコルトたちがやってくる。

 

 お風呂に入るのはすでに日常の一部となっているので、今更お互いの姿には照れたりはしないが、自分の身体に対しての意識だけが過剰になっている。

 まぁ、これも時間が経てば見慣れて気にもしなくなるのだろうけれど。

 

 ファルフのスポンジで体を洗う際に、泡を延ばす様子が分かりやすくなったし、洗顔でも自分の顔を眺めることができるようになった。

 こうしてしっかりと見ると、リカヴィオラとの細かい違いが分かる。

 彼女の瞳の色は赤で、自分は青色だし、自分の方がややツリ目なので、やはり近距離ならば区別はつく。

 

 だからこそ、セナクロワの言うイクティスム王女にそっくりだという言葉に、違和感を覚えるのだが。

 

 他の皆が鏡に映るそれぞれを確認している様子を眺めながら、湯船に浸かる。

 鼻の下まで沈みながらぶくぶくと気泡を吐いていたら、次々に皆が入ってきて水位が上がり、むせ返ることになった。

 ボーッとしているのはよくないな。

 

 

 工事は昼からと言っていたが、資材を運びこんだり、現場の確認にはもっと早く来るだろう。

 ニカドー親方はそのあたりは早めに済ませるタイプだから朝一で来るかもしれない。

 となればいつものように遅く起きていては困らせてしまうだろうか。

 

 湯から上がり、お風呂場の片付けを済ませ、寝間着に着替えて階段を上がる。

 

 寝る前に持って上がったハーブティーを一口飲む。

 冷ましても常温だが、それでも湯上りの体にはちょうどいい。

 

 そのうち魔道士になって氷魔法で涼みたい。

 でもペース的にはその頃には秋季になってしまっているだろうか。

 明日からの迷宮通いで階層を進めていきたいなぁ。

 

 早めに起きないと、と隣に寝転ぶアコルトにお願いしてから瞼を閉じた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 優しく揺すられる感覚と、耳元で囁かれる朝の挨拶にゾクリとして目が覚める。

 そういえば自分はこの声も好きだったのだと思い出し、声の主の短いうさ耳を撫でる。

 

 目を擦りつつ上半身を起こすと、周囲に気配がたくさんある。

 薄目から次第に開いていく自分の目には、アコルトだけでなく皆が着替えている様子が映った。

 どうやらいつも全員が階下に向かう時間より、早く起こしてもらえたらしい。

 

 

「御主人様、おはようございます。

 これよりパン屋へと向かいますので、失礼いたします。

 夕方はお約束の店でお待ちしております」

「うん……。

 いってらっしゃぁ、ぁふ」

 

 

 まだ眠くてまともな返事にならなかったが、出発するリカヴィオラの手を取り握った後、部屋を出る彼女に手を振ることはできた。

 




スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 魔法使いLv39
魔法使いLv39/英雄Lv38/探索者Lv39/巫女Lv31/遊び人Lv35/僧侶Lv30
(村人5 農夫1 戦士30 剣士9 商人30 錬金術師1 細工師30 薬草採取士30 森林保護官39 賞金稼ぎ19 騎士1 暗殺者1 武器商人1 防具商人1 奴隷商人1 料理人24 博徒27 盗賊30)


アコルト   兎人族 ♀ 16歳 狩人Lv30

シャオク  ドワーフ ♀ 19歳 鍛冶師Lv28

ミーラスカ  牛人族 ♀ 24歳 巫女Lv26

リカヴィオラ エルフ ♀ 15歳 探索者Lv24



---
次回は10/23更新の予定ですが、仕事が急務なために延期する可能性もあります。
その際はこの下方に記載予定です。

前回のあとがきに追記しておりましたが、活動報告 013 にて頂いていた感想返しを投稿致しました。


10/22 0:00追記
申し訳ありません。
やはり今週は更新が厳しいので、次回は10/27更新とさせて頂きます。

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