アコルトと二人きりになった。
ここまで黙ってついてきてくれたが、今からは説明をしなければならない。
自分はベッドに腰掛け、アコルトに荷物を置くように言った。
何度も妄想の中でシミュレートしてきた自分の奴隷との会話だ。
商館で質問した時の様子から、この子は頭の回転が速く理解してくれるはずだ。
「もう片方のベッドに腰掛けて話を聞いてほしい。
これは命令ね」
「……かしこまりました」
アコルトは躊躇したが、命令としたことで固辞する前に素直に動いてくれた。
こちらに向き直り、まっすぐに見つめてくる。
ピンと立ったウサ耳が可愛い。
「これから色々と話すんだけど、疑問に思ったことがあったら、あとで質問してほしい。
いや、その都度でも構わない。
分からないままにしておくと、今後の行動に支障が出るので困る。
口を挟んでも、罰を与えたりはしない」
「かしこまりました」
真剣な表情で頷いてくれたので、大丈夫だろう。
「まず、自分は常識がない」
ん?
この言い方はおかしいか?
「いや、えっと……、ものすごい田舎の山奥に住んでいたので常識的な知識がない、だ。
パンは1個だいたいいくらするだろうとか、強壮丸は冒険者ギルドに売っている、とか普通の生活で身につけているであろう知識が備わっていない。
奴隷ならこうすべきだし、主人ならこう振る舞うべきってのも明確に分からない」
「そういったことを私の知る限りお伝えすればいいということでしょうか」
「そうだね。
できれば自分がおかしな行動をする前にフォローしてくれるとありがたい」
「かしこまりました」
話が早くて助かる。
金持ちに買われたと思ったら、主人が要介護者だったのは申し訳なくなる。
いや、奴隷なんだから主人の世話をするのは普通の話か?
「あと自分は読み書きができないので、代読や代筆もしてもらいたい。
会話は問題ない。
ブラヒム語、バーナ語、ドリード語、サリニク語は聞き取れて話せる。
そういえばサリニク語って何?」
「人間族の言葉です」
人間語……。
思えば盗賊の言葉を聞き取れたのも、もしかしたらサリニク語だったのかもしれない。
まともに会話はしなかったが、目の前で軽口を叩いていたのも、相手に通じないことを前提で言い合っていたのだろう。
「ありがとう。
ちなみに今は何語で会話してる?」
「……ブラヒム語です」
確かアコルトはブラヒム語の他に、バーナ語とレポル語が話せるとナルディロは言っていた。
「ブラヒム語とバーナ語でありがとうって言ってみて」
「かしこまりました。
ではブラヒム語です。
ありがとうございます」
「うん」
「次にバーナ語です。
"ありがとうございます"」
……全く切り替わりが分からない。
自分は学習で身につけたわけでなく、謎の自動翻訳で勝手に聞こえているだけなのだ。
きっと発音の口の形と全然合っていなくても、相手に通じる言葉が発生し聞き取れるのだろう。
読唇術に強いぞ!
「まあこんな感じで、他人におかしいと思われそうになったらなんとか助けてほしい。
出来なくても怒ったりしないので、できる範囲で構わない」
「努力いたします」
日常生活の方は追々勝手が分かってくるだろう。
「次に、自分の奴隷は奴隷のような扱いはあまりしないので、自分にとってはそれが当たり前だと思ってほしい」
アコルトが身構える。
言葉足らずが過ぎる。
「あー……えっと、すまない。
今自分と同じ様に座ってもらっているけど、食事も同じ様に椅子に座って同じテーブルで一緒に食べたり、ベッドもそれぞれ1つずつ使って寝てもらうことになる」
「そのようにされますと、主人と奴隷の立場が……」
「関係ない。
命令されずとも、同じ卓で食事をして、同じ様に暮らしてほしい。
奴隷だからといって無茶な命令をする気はないし、アコルトの具合が悪くなれば予定を中止して看病にあたるつもりだ」
「……はい」
「必要だと思ったら許可を取らなくても行動しても良いし、自分のことを考えての行動なら多少間違っていても咎めたりしない。
そうだな、家族……姉だと思って接する感じでいいよ」
「姉と思って、ですか」
「なんなら余りにもおかしいことをしたら、アコルトが注意して窘めてほしいくらい。
いけません!って」
「はあ……」
普段の凛としたクールなアコルトも可愛いけど、面食らって表情が崩れると年齢相応の少女だ。
かわいいね、アコちゃん。
「そうだ。
アコルトのことをこれからアコって呼んでいい?」
「お好きに呼んで頂いて構いません。
私は何とお呼びしたらよろしいですか?」
「なんでもいいよ」
「なんでも、ですか?」
「好きに呼んでいいよ。
ご主人様でも、ミツキ様でも、マスターでも」
「ではお嬢様とお呼びします」
どうしてだ。
でも誰かに言われないと自分が女性である認識が薄れそうだから、とりあえずそれでいいか。
本当にダメなら、後で命令で呼び方を変えさせれば聞いてくれるだろう。
ちょっとアコルトの我が出てきたのも、関係の前進と捉えよう。
「質問をしてもよろしいでしょうか?」
「いいよ。
何?」
「対等に近い関係をお求めなら、なぜ平民のパーティメンバーではなく奴隷をお選びになられたのですか?」
そう思うのが道理だろう。
雑事を任せるにしても、それ用のもっと安い奴隷を雇って、パーティメンバーと対等な関係を築けば良い。
「それには理由があって、これから話す自分の秘密を黙ってもらえる確証が必要だったんだ」
「秘密、ですか」
「商館で自分のインテリジェンスカードを見てもらったと思う。
魔法使いになっていたはずだ」
「拝見させていただきました。
確かに、魔法使いのジョブと書かれていました」
「自分は、それ以外のジョブのスキルも使うことができる。
例えば……」
ボーナスポイントを操作し、詠唱省略を解除する。
「友に応えし信頼の、心のきよむ誠実の、パーティー編成」
「……えっ!?」
アコルトには加入承諾のメッセージが届いたのだろう。
周囲を見回し、部屋の扉や窓が閉まっていることを確認している。
ピンと立った耳でひとしきり物音を確認し終わったのか、肯定してくれたようでアコルトがパーティーに加入した。
再度ボーナスポイントをいじって、今度は詠唱短縮を取得する。
「ちなみに呪文はスキル名に短縮することもできる。
アイテムボックス操作」
ずらっと自分にしか見えない箱が並び、そこからレイピアを取り出した。
「こんな風にね」
アコルトは驚くと口が開いたままになるらしい。
ポカンとしてレイピアの柄をペタペタと触っている。
「ちょっと下がってもらっていい?」
「かっ、かしこまりました」
アコルトを部屋の隅に寄らせ、自分は少し離れたところでレイピアを持ったままゆっくりと腕を広げて間合いを確認する。
多少振り回しても、家具にはぶつかりそうもない場所に立つ。
詠唱省略までボーナスポイントを振り、ラッシュを念じた。
対象を選ぶように促される。
しまった、的が必要だ。
アコルトを待たせたままリュックを漁り、一番使い古した手拭いを引っ張り出した。
先程の位置に戻り、手拭いを丸めて放り投げる。
空気の抵抗で広がりながら落ちる手拭いを指定して、ラッシュと念じる。
レイピアが風を切る音を立てて振るわれると、鋭い一撃で手拭いを貫いた。
アコルトはその場でこちらを見つめたまま固まっている。
「これは戦士のラッシュ。
魔法使いでありながら、他のジョブのスキルを使うことができるんだ。
今みたいに詠唱をせずともスキルを発動することもある」
「そう……なのですね。
……たしかにこれは他人に知られたら危険と思われます」
「というわけで、奴隷以外を仲間にするのは難しいということなんだ」
「理解いたしました。
お答えいただきありがとうございます」
そう言えばパーティーになったので、ボーナスポイントのパーティー項目解放を選択してみる。
ジョブ設定の派生にパーティージョブ設定が出現した。
ボーナス魔法にもパーティライゼーションも追加されている。
パーティジョブ設定を取得し、アコルトを対象に発動すると取得済ジョブが表示された。
アコルト 兎人族 ♀ 16歳 村人Lv6
(探索者1 農夫1 狩人1)
狩人ってなんだ。
祖父が狩人と言ってたのは、仕事のことじゃなくてジョブだったのか。
狩人
効果 器用中上昇 体力小上昇 敏捷小上昇
スキル 命中小アップ 状態異常確率小アップ
中上昇1つに小上昇2つで効果補正が高い。
スキルの『命中小アップ』も気になるが、問題は『状態異常確率小アップ』だ。
作中で猛威を振るった暗殺者のパッシブスキルだが、こちらは小アップとついているのでそれよりは補正が低いのだろう。
だとしても狩人の上位ジョブがあるようなら、戦士を経由して暗殺者になる分の経験値を回して育てたほうがよいのではないか。
とりあえずアコルトのジョブを狩人へと変更した。
「狩人ってジョブについて何か知ってる?」
「兎人族だけがなれるジョブです。
祖父が熟練の狩人で弓の扱いがとても上手いと評判でしたが、以前申し上げた通り私は武器の扱いが下手で、狩人になるのは勧められませんでした」
「手伝いはしていたんだっけ?」
「はい。
手先は器用でしたので、手入れや簡単な罠づくり、獲物の解体は一通りできます」
おそらくそのあたりの行動で、狩人のジョブ取得条件をクリアしたのだろう。
美少女で努力家なら、自分が親だったら狩人よりは内業をしててほしくはある。
残念ながら一緒に迷宮に潜ってもらうわけなんだが。
あれ、直接聞いたっけ?
「そうだ、一緒に迷宮に入ってもらうのは大丈夫?
魔物を倒すのは魔法でやるから、アコにはその間に敵の攻撃を避けたり注意を引いてもらって足止めしてもらいたい。
1戦に長時間かかるような階層には行くつもりはないから、ある程度でいいんだけど」
「祖父の訓練を受けていたので、避けるだけなら大丈夫だと思います。
攻撃に向かなかった分、生きて逃げ延びられるように指導されました」
大げさに聞こえるが、魔物が溢れている世界なのだ。
リスポーンはなく、致命傷を受けたら終わりという事実が、日常の隣りにある。
「わ、わかった。
前線を張ってくれる戦闘奴隷は今後増やすつもりなので、様子見しつつ行こう」
「かしこまりました」
迷宮に頼らずとも収入を得るような能力だったら良かったかもしれないが、キャラクター再設定という自分の優位点は、ジョブを活用できる迷宮ありきの能力なのだ。
なるべく安全マージンを取っての攻略をしていきたい。
「お爺さんというか熟練の狩人って、どんな弓を使っても上手かったり、毒にするのも得意だったりした?」
「そうですね。
道具を選ばずとでも言うかのように、新しく触れた弓でもすぐに使い熟していました。
動物には麻痺を、魔物には毒をよく使いますが、見学していた時だけでも祖父はいつも数本以内に状態異常にしていたはずです」
アコルトのお爺さんのジョブレベルは分からないが、器用さの上昇を加味しても、命中や状態異常確率の小アップが十分に効果を発揮していたのだろう。
しかしアコルトは剣も弓も自他ともに認める下手さだと言うし、命中が多少上がってなんとかなるものなのだろうか。
それ次第では護身用でも、武器としての刃物を持たせるのは危ないかもしれない。
迷宮で弓を使うには大量の矢を持って入らないといけないし、撃った後には回収するのか?
木製なら火魔法はダメだろうし、水でも土でも風でも折れたら使い物にならないはずだ。
金属製は調達が大変そうだし。
ジュラルミンのような軽量合金がこちらにも存在するのだろうか。
それともファンタジーだからもっと便利な素材があるのかもしれない。
だとしても、そもそも狩人にはアイテムボックスがないので、その都度自分が渡すことになるのか?
懸念点が多すぎる。
それだけでは接近戦もできなそうだし、継続戦闘も厳しいとなると、弓は迷宮に入るには使いにくすぎる武器と思う。
「狩人って弓や剣の他に、何を使っていたか分かる?」
「他に、ですか……。
ええと、そうですね、鞭でしょうか」
「ムチ?」
「はい。
知り合いではないのですが、鞭を使っている兎人族の女性を見たことがあります」
それは個人の趣味ではなく?
もしくはトレジャーハンターのイメージしかない。
「武器としての鞭があるの?」
「はい。
革で出来たものや、金属を繋ぎ合わせたものがあると聞いております」
「なるほど」
攻撃が当たればダメージが発生するこの世界ならばこそ、しなりのある長物が有用になり得るのかもしれない。
遠心力で振られた先端や途中の部分が複数回命中するということもあるはずだ。
中距離武器だし、敵を牽制できるならアコルトに近接戦闘をさせないで済むかもしれない。
カルメリガの武器屋で見当たらなかったのは自分が武器として認識していなかったか、一般的ではなかったので表に出していなかったのだろう。
スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 魔法使いLv12
魔法使いLv12/英雄Lv14/探索者Lv20/戦士Lv16
(村人5 剣士5 僧侶7 商人1)
アコルト 兎人族 ♀ 16歳 狩人Lv1
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24/07/22
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