異世界迷宮と斉奏を   作:或香

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163 贈物

 スコーンに似た焼き菓子と飲み物を頂きながら、最近通っているシームの階層を伝えたりしたのだが、フェルスお姉様は先ほど説明したクレープにご執心のようである。

 確かに、食べると欠片が零れたり、口の中の水分を持っていかれる菓子よりは、同じ甘いジャムを乗せても柔らかい物の方が会話もしやすいか。

 

 同席したカルムからは特に質問などは飛んでこず、粛々と聞いている様子だ。

 前に自分が、状態異常耐性の装備ができたらシームの迷宮に入るようにするなどと言ったので、自身が提供したモンスターカードの融合がある程度成功したのだと判断しているのだと思う。

 

 まだ依頼している分のカードもあるが、これまでも蟻や潅木のカードは5,6枚ずつは入手しているので、明らかな前衛のシャオクとミーラスカの分の装備くらいはできていると思われてもいいだろう。

 これまでまともに成果を伝えていなかったし、そもそも取引以外で他人にアイテムの所持状況など公開することはないしな。

 一般的に言われているカード融合の成功率を鑑みれば、その程度の枚数でいくつも成功しているとしたらかなり運のいい部類になるのだが、流石に使用分がすべて成功しているとは思うまい。

 

 

 近況報告というには当たり障りのない内容を話した。

 伯爵家が内情を他者に詳しく説明できるわけもないので、どこの飲食店が美味しかったとか、香水の話とかばかりである。

 こちらとしても話せるのは家の改築が進んでいるくらいで、迷宮で毎日数百の魔物を倒していたなどとは言えるわけもない。

 

 食事についてはいいが、香りについてはよくわからないよなぁ。

 嗅いでみれば好きとか嫌いとかはあるが、どの香りがどういう服装とか場面に相応しいなどと聞かされても、いまいちピンとこない。

 自分の代わりにアコルトやリカヴィオラが強く頷きながら聞いているようだから任せよう……。

 

 

 そろそろ定められた時間だということで、騎士に促されたフェルスが渋々立ち上がる。

 そこでやっと小箱を思い出して、慌てて掴んで駆け寄った。

 

 

「なぁに、ミツキ?

 ふふっ、寂しくなっちゃったのかしら」

「いえ、その……これを」

 

 

 小箱を開いて見せて、フェルスの目の前へと差し出した。

 

 彼女はちらりと周囲の侍女と騎士へと視線を送ったが、事前にチェックは通しているのでプレゼントは大丈夫なはずだ。

 受け取りの許可が下りたらしいのは、その表情からすぐに分かった。

 

 

「ミツキから(わたくし)に?

 何かしら、見せてちょうだい!」

()()()()()()()()がエテンネル方面に行った際に、お土産を買ってきてもらいまして……。

 いくつかの中からフェルスさ……、お姉様に似合いそうと思ったものを選びました」

 

 

 待ちきれないといった様子でフェルスは箱からガラスのブローチを取り出し、灯りに透かすように枝葉の形をしたそれを角度を変えながら眺めている。

 表から見ると、背面に塗られた釉薬のようなものが、取り入れた光にキラキラと反射する。

 単純な作りだが綺麗で、主張しすぎないところがいい。

 

 

「ありがとう、ミツキ!

 綺麗で素敵ね、…………っほら、どうかしら?」

 

 

 慣れた手つきで鎖骨のあたりにササッと付け、ポーズをとってみせるフェルスを、カルムと一緒に称賛する。

 美人は様になるなぁ。

 珍しく照れたりしているが、衣服が上品すぎるので、ワンポイントくらいにしかなっていない気もする。

 それでも、思っていたより気に入ってくれたようなので嬉しい。

 

 自分にも同じものがあるのだとポーチから取り出すと、フェルスがお揃いだと喜んで手に取り、こちらの胸元に付けてくれた。

 購入の際に、同種のものをアコルトが遠慮したのはそういうことか。

 あの時は一回り小さく蕾の形をしたものを選んで、今は身につけていないようである。

 似たようなものを先につけていると、プレゼントの印象が変わってしまうことへの配慮だと思う。

 

 エテンネルまでの移動ができる冒険者の伝手があること自体には特に何もなかった。

 移動時間までは伝えていないので、日数をかけて休憩していけば現地に繋がる手段を、伯爵家も持ち合わせているんだろう。

 そもそも存在しない不詳の冒険者なので、ツッコまれても困るからありがたい。

 早くリカヴィオラのジョブが育ってくれると、誤魔化しも楽になるんだけどな。

 

 

 

 フェルスがこちらのメンバーに順に声がけをした後、「また料理の研究が進んだ頃に招待する」と言い残し、騎士と侍女に連れられて上機嫌で部屋を出ていった。

 良い香りのするハグには未だに慣れないので、キョドっているとアコルトにジト目で見られてしまう。

 そのアコルトも、指通りの良い髪を撫でられて気恥ずかしそうにしていたのでおあいこ(?)だろう。

 

 

 扉が閉まるのを見届けてから、カルムが咳払いをして口を開く。

 

 

「本日も、ご招待にお応え頂きありがとうございます。

 贈答品も事前にご確認頂きまして助かりました。

 もともと今日のご予定を組んだ時点でご機嫌でしたが、一層喜ばれたと思います」

 

 

 やっぱり確認しておいて正解だったな。

 おそらく自分なんかより親しい間柄であっても、その場での手渡しでは、本人同士はよくても危機管理上すぐに受け取れないんだろう。

 

 さて……、と婚約者溺愛モードから仕事向けの表情になったカルムが、メモを取り出す。

 

 

「以前よりご依頼頂いております、スライムと鯉のモンスターカードにつきましては、もう少々お時間を頂きます。

 他のご依頼で本日までに入手できましたカードは、蟻、ウサギ、魚のカードが1枚ずつ。

 そして芋虫が2枚とコボルトが3枚となりますが、本日お取引をされていかれますか?」

「お願いします」

 

 

 シャオクに預けておいた硬貨と、巾着袋から代金を支払って、商品を受け取る。

 これで依頼の残りは潅木と珊瑚と芋虫が1枚ずつに、魚が2枚、コボルトが7枚か。

 

 大量買いで値段が釣り上がらないように抑え気味ではあるとは聞いていたが、それでも若干値上がり傾向ではあると聞いている。

 使い方の難しい魚のカードは安めだったが、他は銀貨数枚ずつ高いような気もする。

 

 カルムも立場があるから、周囲を無視して落札し続けることは難しいんだろう。

 それなのにどこかの誰かが毎回十数枚ずつ依頼してくるしな。

 別の地域の仲買人も本格的に探さなくては……。

 

 ひとまず追加の依頼はないとして、会談を終えることにする。

 

 

「改めまして、この度はありがとうございました。

 お帰りにつきましては、登城の際と同様にシャイルヴェがお送りいたします」

「こちらこそありがとうございました。

 今後ともよろしくお願いします」

 

 

 退室の準備をすると、脇にいた騎士が扉を開いてくれ、その向こうに冒険者が待ってくれているのが見えた。

 

 まだこの後も忙しいらしいカルムに見送られ、体格のいいエルフに続いて絨毯の部屋へと戻る。

 すれ違う侍女たちが、畏まって礼をしてくれている。

 たまたま伯爵令嬢に気にかけてもらっているだけの身でしかないので、この対応はこそばゆい。

 丁重に扱ってもらえること自体が、フェルスへの忠誠心でもあると考えれば、甘んじて受ける他ないが。

 

 

 移動中、こちらに歩幅を合わせてくれる気遣いを見せながら、シャイルヴェに確認される。

 

 

「お送り先は、眠る人魚亭前でよろしいですか?」

「はい、そちらでお願いします」

 

「かしこまりました。

 少々お待ちください」

 

 

 返答をしたタイミングで立ち止まると、ぴったり絨毯の前だった。

 続けるようにフィールドウォークの呪文が唱えられ、黒塗りの壁が現れる。

 

 

「では、ご案内いたします」 

 

 

 その背に続いてゲートを通り抜けると、昼過ぎぶりの宿屋の看板が目に入った。

 数時間前にも来ているのに、なんだか長く離れていた気になってくる。

 

 シャイルヴェに家まで付き添うか確認されたが、人数もいるしここで大丈夫だと伝えると今回は引いてくれた。

 ドレス姿といえど、流石にこの人数で自宅までの短時間なら問題も起こるまい。

 

 パーティーが解散された後、深々と礼をして冒険者がゲートの向こうに去っていった。

 

 

 

 

「───っはー、疲れた!」

「楽しそうじゃありませんでしたか、お嬢様?」

 

「うん。

 楽しかったし、嫌だったわけじゃないんだけど、気を張ってたらさ」

 

 

 実際、シェフたちと話すのは面白かった。

 道具や食材の使い方に制限ともいえる利用法の違いがあっただけで、調理に関しては長年従事してきたプロたちなのだ。

 簡単に説明しただけでも手際よく作り上げていたし、あの様子ならあとは任せておけば発展させてくれそうだ。

 今後カメリアオイルなどのアイテムの買取依頼とかが、シーム内のギルドに貼り出されるかもな。

 

 

 自宅へ向けて歩き出した頃、夕方の鐘が鳴り響く。

 

 工事は終わっているだろうし、商店街も近いので、ニカドーたちがいるかもしれない酒場にお邪魔して、当日のうちに改築のお礼をしようかとも考えたが、格好も格好なので酔っぱらいに絡まれるのを避けるのを優先することにした。

 間違いなく、飲めと言われそうだしな。

 

 弟子たちの種族はまばらであるが、親方であるニカドーがドワーフなことを忘れてはいけない。

 

 

 裾に気をつけながら家まで帰ってくると、人の気配もないし、鍵も閉まっていた。

 完全に撤収したんだろう。

 

 皆まずはとドレスを脱いで、軽装の室内着に着替える。

 そこでドッと疲れがやってきたが、夕食はどうしよう。

 早めとはいえ昼食を食べ、お茶会もしたので、自分は正直お腹は減っていない。

 

 それぞれに聞いてみると、そんなに量はいらないが入れておきたいという意見が多かった。

 ごく一部の一番奴隷の方は、通常量で構わないとも言っていたが、あなたのは普通の量ではないんです。

 

 

 それから、増改築現場を皆で見て回った。

 

 廊下から続く扉は真新しい木の香りがしたが、これまでもそこにあったかのように違和感なく収まっている。

 抜けた先の増築された部屋はフラットなセメントの床で、収納家具が届けば衣装部屋には十分すぎる広さだ。

 

 かさばる冬物がこれから多くなっても、住人自体が増えたとしても寝室を圧迫することはないだろう。

 アイテムボックスを圧迫する使わない装備品の置き場としても、役目を果たしてくれるに違いない。

 

 家の裏に回ってみると、屋根も壁面もしっかり接着されていて、継ぎ目も見えないほどの丁寧な仕事じゃないか。

 塗り直しが入っているとはいえ、従来の家の壁に馴染ませてあって、もともとの建築物のようにも見えるくらいである。

 屋内はもちろん、作業現場周囲も掃除してくれたみたいで、撤収も見事だ。

 

 丁寧で仕事が早く、要望にも応えてもらえる、良い大工と知り合えてよかったな。

 感謝は明日伝えるとして、夕食の準備に移ろうか。

 

 

 

 お茶会が甘い物ばかりだったので、魚醤と粉末のシェーマの葉、ショウガもどきの芽を刻んでピリ辛に仕上げた豚バラ炒めにしたところ、結局皆いつもの量の夕食分くらいは食べてしまった。

 甘辛は無限に進んでしまう。

 

 食べた後は片付けを任せ、自分はお風呂のお湯づくりだ。

 明後日に箪笥等が届けば、衣装部屋に置くと入浴後の着替えの用意も格段に楽になるだろう。

 

 8割くらい溜めたところで早々に皆を呼び、後は入りながら補充していけばいい。

 

 

 体を洗い、湯船に口元くらいまで沈んでブクブクとしながら、凝りを湯で溶かしていく。

 人が入る度に水嵩が増して、たまにむせ返りつつも、ボーっとしながら予定を考える。

 

 決まっているものは2日後に家具が届くことと、3日後に眠る人魚亭でシャオクの鍛冶師転職の祝賀会、他は月末のセナクロワの到着くらいだ。

 秋季に向けてのんびりと過ごすのも悪くない。

 

 でも、せっかく魔法使いや探索者がLv45まできているのだ。

 どうにか50の大台に載せたいところでもある。

 気になる森林保護官の先のジョブもあるしな。

 

 15階層で明確にLv37だったレベルキャップを考えれば、今は22階層でLv45……、つまり7階層上がって8レベル上昇している今は、すでに階層の上限になっている可能性もある。

 1階層分で1レベル分の上限上昇ではないことは分かっているが、あと数回層は進まないと中位職になるのは難しそうだ。

 

 23階層からは魔物の種類のテーブルが変わるのだし、戦士時代に30階層を経験済みというセナクロワの合流を待つのも良い。

 

 目先の目標としては、剣士をLv30にして派生先を確認することかな。

 その後は条件を検証しつつ、錬金術師のレベルも上げていくのが順当に思える。

 

 あとは───

 

 

「お嬢様!」

 

 

 ざばぁと音がして、気づけばミーラスカに抱えられて、足はシャオクに支えられ、アコルトに顔をぺちぺちされていた。

 のぼせたらしい。

 

 疲れているのに入浴中に考え込むのはだめだ。

 

 体を拭き上げられ、寝間着を着させられ、ベッドに寝かせられる。

 絞った手拭いを額にのせられながら思う。 

 

 氷魔法が使えるようになったら、酪を冷やしておいてお風呂上がりに飲もう、と。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 翌朝、目が覚める。

 

 

「おはようございます、お嬢様」

「おはよ~」

 

 

 体を起こし、その拍子にひらりと手拭いが落ちたことで昨晩のことを思い出したが、体調はすっかり良くなっていた。

 机の上に水の入った桶が置かれており、替えの手拭いが脇に置かれている。

 

 

「ごめん、身体はもう大丈夫そう。

 ありがとね」

「私も以前介抱して頂きましたが、お気を付けください……」

 

 

 アコルトの時は初めての入浴でわけも分からずということで情状酌量の余地があるが、自分は疲れているのが分かっていて、お湯に浸かりながら1人で考え込んでの自爆でしかない。

 交代で様子を見ていてくれたようだが、顔色が良くなっても心配をよそに主人はそのままスヤスヤと寝続けたんだろう。

 念の為アコルトが早く起きて側にいてくれたそうだ。

 

 も、申し訳ない……。

 

 着替えて階段を降り、皆に詫びと感謝を述べてから朝食の準備に加わった。

 

 

 今日は迷宮は控えて、のんびりしていようかな。

 石窯も使いたいし、食事メインにしてみようか。

 

 焼けるならピザとか、グラタンなら作れそうかな。

 前に短冊パスタを作ったが、あれを巻けばマカロニになるだろう。

 

 ホワイトソースも作ると……、やっぱり酪はギルド購入じゃなくて自分たちで入手できたほうがいいよなぁ。

 値段もそうだし、ストック量も気になってバンバン使えないのが困る。

 

 知っている迷宮で一番低階層で酪が手に入るのは、シームの25階層らしい。

 道中がモロクタウルスで牛バラを、ボスのボスタウルスがロースと酪と、ザブトン……だったっけ?

 希少部位の名前はイマイチ覚えにくい。

 

 でもそこまで行けば、魚介も豚肉も牛肉も、迷宮素材で一通り揃えられるようになるのか。

 胸が高鳴っちゃうよな。

 色恋的な感情は枯れ果てたのか全然湧いてこず、元の人格の嗜好のままに女性にはドキドキして男性には一歩引いた感情な分、昔以上に食欲に向いているのかもしれない。

 今のところそれで困ってはいないからいいか。

 

 

 朝食を食べ終えてから、家中の水の補充をしつつ、耐熱皿というか窯内の熱で割れたりしない物も必要かなぁと考える。

 そういえば、あの団扇とかチリトリみたいな、窯でピザを回転させたり取り出すために使う道具もない。

 

 鍛冶師の街であるルテドーナになら要望の品もあるのでは、とアドバイスを受けつつ、皆で家事を進めていった。

 




スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 魔法使いLv45
魔法使いLv45/英雄Lv42/探索者Lv45/僧侶Lv30/遊び人Lv42/巫女Lv31
(村人5 農夫1 戦士30 剣士Lv29 商人30 錬金術師22 細工師30 薬草採取士30 森林保護官44 賞金稼ぎ19 騎士1 暗殺者1 武器商人1 防具商人1 奴隷商人1 料理人24 博徒30 盗賊30)


アコルト   兎人族 ♀ 16歳 狩人Lv34

シャオク  ドワーフ ♀ 19歳 鍛冶師Lv32

ミーラスカ  牛人族 ♀ 24歳 巫女Lv31

リカヴィオラ エルフ ♀ 15歳 探索者Lv29


所持モンスターカード
・壷式食虫植物   1
・鯉        2
・竜        1
・大木       1
・コボルト   3→6
・魚      1→2
・潅木       1
・蝶        1
・蝙蝠       2
・蟻      0→1
・ウサギ    0→1
・芋虫     0→2



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次回は11/27更新の予定です。


土日も予定が入っていまして、月曜正午の投稿は厳しそうです。
執筆時間が取れれば、木曜を待たずして投稿する場合もあるかもしれませんが、不用意にご期待をさせても申し訳ないので、暫定で1週間後としています。

本当は時間があれば活動報告でスキルの詠唱呪文についても書きたいのですが、叶わず……。

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