シームの迷宮23階層へと潜る前に、状況の確認をする。
22階層のボスであるキラービーを突破した際は、23階層の入口小部屋に出てからすぐに移動してしまったので、この階層の魔物とはまだ戦っていない。
シャオク、ミーラスカ両名による調べでは、出現するメインの魔物はタルタートルである。
水属性の全体魔法を使ってくるなんて話だが、アコルトとシャオクの防具にはまだ『魔法耐性』のスキルを付与していなかった。
魚のカードの『耐性増強』を一緒につけるか悩んでいるところだったが、結局効果の程を検証できていない。
スキル名的に強化はされそうだが、状態異常耐性だけという可能性もあるし、属性耐性側だけという可能性も大いにある。
しかもそれを数値で見ることはできないので、魔物から、あるいは味方との模擬戦で攻撃を食らってみて体感するしかないというのがキツい。
単体で意味をなさないということだし、そういう意味でも不遇スキルなんだろう。
うーん、2人の胴装備の残り1枠のスキルは、そのまま魔法耐性で埋めてしまうかぁ。
これで耐えきれないほど厳しい難易度の階層まで進んだら、さすがに装備を切り替える余裕くらいはあるはずだしな。
ケトルマーメイドらの単体魔法と違い、詠唱が完了すれば必中の全体魔法について備えるほうが大事だ。
融合すると決まれば、鍛冶師の出番である。
鯉とコボルトのモンスターカードを2セット取り出して、ニッコリと微笑みつつシャオクにお願いする。
目の泳いだシャオクが溜息を吐いて、観念したようにカードを受け取った。
自分がカード融合したのだから当然分かっているのだ、これが4スキル目の付与になるということを。
これまでも失敗はないのだから大丈夫なことは頭では理解しているのだろうが、怖いものは怖いはずだ。
頼みますよ、鍛冶師様。
耐痺のミスリルメッシュトップ(麻痺耐性 毒耐性 物理耐性 魔法耐性)
頑強のダマスカスメイル(物理耐性 毒耐性 麻痺耐性 魔法耐性)
それでもこなしてくれるのがうちのシャオクだ。
スキルの光が収束した後はしっかりと褒めてあげて、戦闘パーティー4人の胴装備はこれですべて4つ目のスキル枠が埋まった。
自分とアコルト、シャオクとミーラスカの防具はすべて同じスキルが付いているわけだが、その順番はバラバラだ。
スキルの並び順をソートしたい欲に駆られるけれども、そんな機能はない。
自分の鑑定か、ギルド神殿での正式鑑定以外では見えないものなので、気にしないことにするしかないのである。
装備も整えたのでいよいよ迷宮へと向かう。
ブリーフィングを重ねつつ索敵をしてもらうと、いつもの羽音とは別に、重量感のあるゆっくりとした動作音が聞こえてくるという。
おそらくそれがタルタートルなんだろう。
原典の中ではボスのトータルタートルの方しか描写がなかったが、特に触れていないということは普通の亀みたいな容姿に違いない。
名前通りで現代に居た虫や動物と似たような魔物の場合は、そういう記述の傾向にある。
通路から曲がってくるのは、見慣れたグラスビーが2体。
それらの弱点属性であるブリーズストームと、遊び人のスキルに設定しておいた、タルタートルに有効な土属性のサンドストームを連続で浴びせてみるが、向かってくる蜂の奥には、まだ他の魔物は見えてこない。
亀だから足が遅いのか?
こちらから姿が見えないということは、あちらも視認外ということになるはずなので、まだ魔法が飛んでくることはないはずである。
目視以外の視覚拡張を亀型の魔物が持っているとは考えにくいしな。
それでも用心するに越したことはないので、アコルトに指示を出して先行してもらうことにした。
風魔法でグラスビーを翻弄していて、こちらの相手はシャオクの槍とミーラスカの大盾で事足りるため、詠唱中断の付いている鞭の一振りでも入れてくれた方がいいだろう。
回避力を上げる浮草のタクティカルブーツのおかげか、蜂たちの横をススッと抜けて、アコルトが駆け出した。
命じてあるのは魔法陣が出てきていたら止めるだけで、追撃は不要だと伝えてある。
クールタイムごとに体勢を乱されるグラスビーたちが煙に変わる頃、視線を向けるとアコルトは曲がり角のあたりで鞭を振るっていた。
自分たちも歩みを進め、通路の先にちょこんと見えた何かを鑑定する。
タルタートル Lv23
やっとウインドウが表示された。
そのまま近づいて全容を確認するが、……なんだぁこいつは。
甲羅というか胴が大きくて手足が短く、亀といえば亀だが、どちらかといえば樽の底から頭が突き出て、そこに手足が生えたような魔物だ。
手足というか転倒防止の固定具といった感じだ。
それが重たい体を持ち上げ、のそり、のそりと移動している。
噛みつき動作をする頭だけは結構速く動くように見えるが、首の伸びる範囲は決まっているので、結局機動力が足を引っ張っているようだ。
本来はその甲羅の防御力で攻撃を凌ぎつつ、水魔法でパーティーを削ってくる厄介な相手なんだろう。
だがうちのパーティーは、リーチの長い鞭と槍で詠唱を止め、さらに状態異常で拘束しつつ、高火力の魔法で仕留めるのだから、ハッキリ言ってカモだ。
足が遅すぎて、同じ群れの魔物との距離が開いてしまうくらいが懸念点ではあるが、それを考慮したって問題はなさそうだ。
だから作中でも詳しく触れることがないほど、名前通りにしか見えないたいしたことのない魔物だと認識していたんだろう。
風魔法と土魔法でダメージを与えていたので、タルタートルにもグラスビーたちとほぼ同量のダメージが入っているはずだ。
それでもまだ煙に変わらないということは、さすがに蜂よりは亀のほうが耐久は高いということだろう。
姿も確認できたので、最後にサンドストームを連続で念じると、すぐに茶色い斑模様の何かに変わった。
鼈甲
……えーっと?
やたら画数が多いが、
ちらりとシャオクを見る。
「これがベッコウでしょうか」
「ベッコ?」
「タルタートルのドロップアイテムは、ベッコウだと本には書かれていました」
なるほど、
眼鏡のフレームとかの加工品のイメージしかないが、そういえば亀から取れるんだったっけか?
持ったことなどないし、触れてみるとプラスチックとは若干違うような手触りだが、高級品なんてとんと分からない。
たまに駅に貼り出されていた物産展の広告くらいでしか見ないもんな。
聞いてみれば、こちらの世界でも使用先は装飾品が多いらしく、櫛とか食器とかにもなったりするようだ。
ボスのトータルタートルの方はというと、クリア鼈甲というものを落とすらしい。
クリアという名の通り、通常の鼈甲の黄褐色の斑模様と違って、透明なんだとか。
そっちは確かに加工品として便利そうだ。
その後も数戦ほどタルタートル主体の群れを倒してみたが、詠唱中断武器が心強いので苦戦することはなかった。
動きが少ないので、群れの魔物の数が少なければサンドウォールによる継続ダメージの全弾ヒットを狙えるが、如何せん体が大きいので何体も巻き込んで、というのは少し厳しい。
魔法による遠距離攻撃をしてこないのであれば、分断して各個撃破していくということも戦略に入れられそうではあるものの、その戦法はゴーレムとかそういう奴らまでお預けになりそうだ。
それからもなるべくグラスビーとビッチバタフライのいる群れを避けつつ、亀を狙って狩りを進めていく。
なにせドロップアイテムの売却額が倍ほどに違うと聞いたからだ。
同じ階層に出現して討伐までの手数もほとんど変わらない強さなのに、魔物のランクが違うと恩恵も違う。
魔物の種類によっては、素材の需要や供給統制のためにギルドが買取額を抑えているものもあるそうだが、基本的には深層に向かうほど高額になる。
できればすべての魔物が上のランクになる25階層まで早めに上がりたいが、深度によって広さも違うのでなかなか難しい。
夕食までの時間は、待機部屋も探しつつ鼈甲狩りを続けていった。
***
さすがに相手取る魔物を選り好みしつつの探索では待機部屋まで辿り着けなかった。
何個目かの魔物の出ない小部屋を今日の到達地点として、自宅までのワープゲートを開く。
「ただいま~」
「……おかえりなさいませ、皆様方!」
帰宅を伝えた声に、近くにいたらしいリカヴィオラから言葉が返ってくる。
リカヴィオラが使っている寝室にごっちゃりとしていた、仕舞いきれなかった衣類を、増築した部屋で整頓していたようだ。
窓際のあたりに、日の当たる位置で干し台が置かれていて、室内干しもできそうな感じだ。
風通しもいいので、台を移動させれば陰干しにもよさそうである。
昼にピザもどきを食べたので、夕食はシンプルに肉を焼いて、パンや野菜スープと共に頂くことにする。
毎回凝ったものにするのも大変だし、明日は宿での祝賀会に魚料理も多くなるだろうから、そちらに期待したい。
食後にはいつも通りお湯の供給と洗い物の作業分担だ。
魔法の使用回数的に、他よりMPの補正の大きい魔剣士を育てるべきかとジョブを確認したところで、魔法使いのレベルが上がっていることに気付いた。
スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 魔法使いLv46
魔法使いLv46/英雄Lv42/探索者Lv46/森林保護官Lv44/遊び人Lv42/錬金術師Lv27
あと4レベル。
先日見た氷魔法を自分で使える日も近い。
氷冷室……は無理そうだが、それなりの大きさの氷冷庫なら作ってもらえるだろうか。
シームラウ家の厨房で見たのは、湿気に強そうな木材の扉で、内側に金属が敷き詰めてあった部屋だった。
あれと同じ構造を一般家庭用のサイズで作ってもらえないかな。
まず一般家庭に魔道士はいないとかは置いておいて。
自前で氷を補充できるので、半日程度の間、温度を維持できる設備さえあれば十分だ。
もうちょっとアレの造りについて聞いておけばよかったな、せめて発注先くらい。
普通の大工では管轄外な領域な気がする。
でもニカドー親方に聞いてみたら、案外依頼先と関係があるかもしれないか。
明日の集まりにも来るようだし、聞いてみようかな。
入浴に移り、髪と体を洗ってから湯船に入りつつ、ぼんやりと皆を見る。
指折り数えて1週間も過ぎれば、浴室に設置した鏡にも慣れたようだ。
鏡自体はその少し前から部屋に置いていたので、そこから覗く自身の姿には驚くこともなくなっていた。
零れ落ちそうなミーラスカの肢体だって、すごいとは思うが扇情的だとか、羨ましいとかいう感情にはならないしな。
……後者は全員がそう思っているかは分からないが。
スキルだとか魔法だとか、そういう要素には惹かれるのは現代にいた頃と変わらないのに、あちらの方面への興味が希薄なのは、やはり種族変更と性別変更のあたりでおかしくなってしまったんだろうか。
答えの出ない疑問はお湯に溶かし、着替えて寝室に移動する頃には、明日の料理へと関心が移っていた。
手伝いも朝からというわけではないし、ゆっくりと過ごしていいだろう。
***
急ぐ必要はないと伝えても、うちの子たちは勤勉である。
家事などの仕事を済ませてから休憩を取ろうという考えらしく、朝食までの時間はほとんど変わらない。
えらいよ、えらいけども。
やるべきことを後回しにしろとも言えないので、主人はもそもそとパンを頬張り、スープを流し込む。
迷宮には向かわないのでラフな格好のまま、片付けと洗濯、各所の水補充を終えて、布団も干し始める。
一通り終えたらベッドで休もうと考えていたことに気付いたのは、干し終えてからだった。
しかたないので椅子に座り、テーブルに頬杖をついて休む。
眠る人魚亭だって、宿泊客のチェックアウトを済ませないことには動けないだろうし、今行っても邪魔になるだけだしな。
コトリと音がして顔を上げると、アコルトがハーブティーを淹れてくれたようだった。
そのまま彼女も隣に座って、同じく用意した飲み物を飲みながら一息ついている。
特に頼まずとも振る舞ってくれた気遣いに感謝を述べ、カップに手を伸ばして喉を潤した。
普段は任せっきりの食器や雑貨の整理整頓なんかも手伝ったりして、のんびりと過ごしていると、そろそろ移動してもよさそうな時間へと近づいた。
部屋着からカジュアル目な服装に着替え、出発の準備をする。
祝賀会なんていってもドレスを着るわけもなく、ワンピースやパンツルックだったりと、身内向けのちょっといいくらいの装いだ。
リカヴィオラに普段預かってもらっている食材や、硬貨の一部を確認しておく。
アイテムボックスを使えるのは探索者である彼女と、鍛冶師のシャオクしかいないことになっているからな。
ワープでの移動も控えて、ぞろぞろと宿に向かう。
迷宮やお出かけでいつもは通ることのない時間帯なので、万が一の人目を避けた形である。
「いらっしゃいませ、生憎本日は貸し切……、ああ、ミツキさんたち!」
「こんにちは~」
よく見かける宿の従業員に声を掛けられたので、手伝いに来たと告げる。
宿泊客の送り出しを終えて、新規客の断りを兼ねて宿の前の掃除をしていたらしい。
自分たちの用向きはしっかりと周知されていたので、挨拶もそこそこに中へと通された。
「お、いらっしゃい。
うちの連中はまだ何人か客室の清掃に行ってるけど、お客さんは帰し終えたところだよ」
「そろそろお手伝いにきた方がいいかと思いまして」
上の階ではまだ慌ただしそうだが、ミトラグを含め、従業員の顔色はいい。
本日の客はもう取らず、身内だけの飲み会となれば気分もあがるか。
「迷宮食材をあんなに提供してもらったんだし、気にしなくてもいいよ!
もともとこっちが準備するって話にしてたじゃないか」
「その、おまかせして何もしないのは手持ち無沙汰で……」
自分もだが、なによりうちのメンバーが落ち着かないようである。
賓客となるシャオクが一番所在なさげにしており、奴隷身分として同等のメンバーたちも皆そわそわしていた。
皆で一緒に準備をし、一緒に楽しみたいと伝えると、その方が気兼ねなく晩餐にありつけるということで、了承を貰えたのでそれぞれ準備に散っていった。
「料理については最近来てくれてる人が手際が良くてさ、紹介するよ」
自分は厨房の方へと案内され、何度も世話になっている従業員たちの中に見慣れない男性がいることに気付いた。
アザルボ エルフ ♂ 46歳 料理人Lv29
りょ、料理人ジョブ……の前に、振り向いた顔に見覚えがある気がする。
「アザルボさんって言って、昔帝都の方で店を出してたんだってさ。
今はシームに住んでて、10日に1,2回だけ手伝いに来てもらってるんだ。
ミツキさんは会うのは初めてだったよね?」
ミトラグがこちらに顔を向けた瞬間、人差し指を唇に当てて目配せしてきた男が口を開く。
「
お噂はかねがね伺っていますよ、私はアザルボと言います。
どうぞ宜しく」
「は、はい、どうも」
握手を交わし、その声と顔に思い当たる人物を探す。
……あ、シームラウ家の料理人の1人だ。
ガイレマ副料理長と話している間にパンケーキを作ってた人だ。
「アザルボさんはシームでは店を出したりするつもりはないそうなんだけど、どこでもやっていけそうな腕だと思うんだよなぁ」
店は出さないだろうよ、今も城勤めだもん。
専属の料理人なら表にはほとんど出てこないし、半引退して趣味程度に続けている、みたいな感じで通しているのか。
領主家に勤めているなら、貴族街の周囲に住んでいただろうし、このあたりの人たちと面識がなかったのも頷ける。
ジョブについては、旅亭であるミトラグが雇う際にインテリジェンスカードのチェック済みで料理人であることは分かっているだろうし、料理目当ての客も増えてきた眠る人魚亭としては、即戦力の人材は欲しいはずだ。
聞けば不動産業であるヤトロク伝手に、騎士団の者から紹介されたらしい。
フロラムドだっけ、あの監査官。
出処が騎士団からで腕も確かとなれば、問題もなく雇われたことだろう。
フェルスお姉様が手を回したのか、それとも別の人物が根回ししたのかは分からないが、純粋にこの宿の料理だけ学びにきているように思える。
今まで自分との接触は城での1回しかなかったし。
以前の食事会で招かれた際にトンカツもどきの習得がやたら早かったのは、結構前から潜り込ませていたからなのか……?
あ、レオニー伯の
オーバーホエルミングを使ってまで少々考えてみたが、まあいいか。
家の中でのことはともかく、外で見せている情報については探られても誤魔化せる範囲だしな。
前から知らせていた、自分たちが来る祝賀会の日に合わせて居るということは、アザルボの存在は知られても問題ないんだろう。
むしろシャオクを祝う日に、本物の料理人がいてくれることの方がありがたいか。
そう思うことにして、下拵えや部屋の準備を手伝うことにした。
スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 魔法使いLv46
魔法使いLv46/英雄Lv42/探索者Lv46/森林保護官Lv44/遊び人Lv42/錬金術師Lv27
(村人5 農夫1 戦士30 剣士30 僧侶30 巫女31 商人30 細工師30 薬草採取士30 賞金稼ぎ19 騎士1 暗殺者1 魔剣士1 武器商人1 防具商人1 奴隷商人1 料理人24 博徒30 盗賊30)
アコルト 兎人族 ♀ 16歳 狩人Lv34
耐痺のミスリルメッシュトップ(麻痺耐性 毒耐性 物理耐性 ○) → 耐痺のミスリルメッシュトップ(麻痺耐性 毒耐性 物理耐性 魔法耐性)
シャオク ドワーフ ♀ 19歳 鍛冶師Lv32
頑強のダマスカスメイル(物理耐性 毒耐性 麻痺耐性 ○) → 頑強のダマスカスメイル(物理耐性 毒耐性 麻痺耐性 魔法耐性)
ミーラスカ 牛人族 ♀ 24歳 巫女Lv31
リカヴィオラ エルフ ♀ 15歳 探索者Lv29
所持モンスターカード
・竜 1
・大木 1
・魚 2
・潅木 1
・蟻 1
・ウサギ 1
・蝙蝠 1
・芋虫 1
・コボルト 4→2
・鯉 2→0
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次回は12/22更新の予定です。
詠唱呪文について、
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