「じゃあアコには、鞭を試してもらおう。
この後の買い物で装備も見てもらうから、そのときにでも考えよう」
「私は狩人ではありませんが」
「えーっと、あー。
一番大事かもしれないことを言います。
自分はパーティーメンバーのジョブを変更できます」
まーたアコルトを固まらせてしまった。
仕方なくアコルトのジョブを探索者に変更した。
「信じられないかもしれないけど、アイテムボックス操作って言ってみて」
「……。
アイテムボックス操、作……!?」
今アコルトには呪文の羅列が浮かんでいるのだろう。
その目が、見えない文字を追うように横に流れる。
「……八百千五百のお宝を、収めし蔵の掛け金の、アイテムボックス、オープン」
いくつか街を移動してきたそうだから、冒険者の呪文を聞くこともあったのだろう。
読み方につっかえずすんなりと詠唱した彼女の前には、彼女にしか見えない箱が1つ浮かんでいるはずだ。
「色々といきなりで申し訳ないけど、これで信じてもらえたと思う。
今探索者に変更したように、アコを狩人のジョブに就かせられるんだ。
ここで勝手に変更しているので、ギルドに所属するわけではなく、変えた時の罰則とかもない」
「どんなジョブにも就かせることができるのですか?」
「いや、その人が現在就くことができるジョブだけだよ。
別の種族固有のジョブにはできないし、探索者で修練を積まないまま冒険者にはなれない」
「つまり、ジョブの変更ができるだけであって、そのジョブになるための条件は満たさないといけないのですね」
やはりこの子は理解力が高い。
ジョブの取得さえしてしまえば、必要な場面でジョブを切り替えればいいことも分かっているようだ。
「どれも突拍子もないことだとは思うけど、大丈夫かな?
同じテーブルで一緒に食事をしたり、同じようにベッドで寝たり、自分と同等の生活をすること。
自分の知識不足をなるべくフォローして、率先して行動してくれるとありがたいということ。
自分のスキルやジョブが変更できることについては、他人に秘密にしておくこと。
この3つかな」
「承知いたしました。
至らぬ点もあると思いますが、お嬢様のお力になれるように尽くします」
お嬢様が引っかかるが、まあいいだろう。
アコルトが慣れてくれるなら今はそれが一番いい。
ジョブを探索者から狩人に戻す。
「ジョブについては、対外的にはしばらく自分が魔法使いでアコが探索者ということにしておこう。
パーティーを組んでいるというのも不自然がないし、ダンジョンウォークも……」
ワープを説明していないのに気付いた。
あの場で驚かせないように商館から歩いてきたが、見せることすら忘れている。
「ダンジョンウォーク
奴隷は増やしていくつもりなので、人数が増えればジョブのごまかしは段々楽になるはずだ」
「かしこまりました。
先ほど苦い顔をされましたが、何か言い忘れておいでですか?」
もう表情だけで心中を把握されてるよ。
会話の中での成長に泣けてくるね。
「ごめん。
もっと大変なのがあったのを思い出した。
宿の内壁ってフィールドウォークは使えないよね?」
「はい。
大抵の建物の壁は遮蔽セメントが使われています」
「今から冒険者ギルドへ飛ぶから、実際に移動しても驚かないでね。
一回出たらまたすぐここに戻ってくる」
「……かしこまりました」
ジト目で見られつつ、ワープを念じる。
部屋の壁が扉1枚分黒塗りに変化し、その中へ進むとウサ耳をピクピクさせながら後ろからアコルトが続いた。
抜けた先はクラザの冒険者ギルドだ。
ゲートが消えると、いかにもなにか言いたそうなアコルトが無言でこっちを見てくる。
後から答えるとして詠唱のフリを頼むと、フィールドウォークの呪文を諳んじてくれた。
その正面に宿へのワープゲートを開いた。
今度はアコルトに続いてゲートに入り、宿へと戻ってくる。
壁が元に戻ったのを確認し、口を開く。
「とまあこんな感じに、ワープって言って、行ったことがあればどこにでもゲートを開けるんだよね」
「開けるんだよね、じゃありません!
……ハッ!
大変失礼しました、申し訳ありません」
すぐに床に伏せて詫びるアコルトを引っ張り上げて立たせる。
秘密の共有でちょいちょい崩れてきたアコルトさんの冷静さも、流石に限界だったらしい。
「いやいいよ、さすがに自分が悪かった。
ごめんなさい」
「いえ、取り乱して申し訳ありません。
ですが、探索者や冒険者のスキルならまだしも、聞いたことのないスキルまでは対処できません」
「人に見られるような場所では使うつもりはないから、大丈夫だと思う。
さっきだって、ギルド側からは普通のフィールドウォークにしか見えないはずだし」
「確かにそうですね……。
行ったことがあれば、とおっしゃっていましたが、もしかして迷宮の中にも?」
「うん、行けるよ。
ゲートを開く場所さえ気をつけていれば、行きはフィールドウォークに見えて、出た先ではダンジョンウォークに見えるはず」
使い所さえ間違わなければ、非常に便利な魔法であると説いた。
迷宮から一時撤退で即宿屋に戻れたり、その逆も然り。
アコルトもその有用性は理解してくれたと思う。
遮蔽セメントの壁や迷宮の通路の壁といった、ありえない場所での出入りの現場を押さえられたら弁明し辛いので、そこだけは重々気をつけるようにと言われてしまった。
「本当にこれくらいだと思う。
他に何かあったとしても、その都度説明する機会を設けるから許してほしい」
「許すも何も、お嬢様が気をつけていただければ問題ありません。
これからもよろしくお願いします」
なんか立場が逆転しているような気がしないでもないが、必要な説明は出来ただろう。
実は別の世界の住人でしたとか、エディットエルフにTSしましたとかは意味不明すぎて不要だ。
現実としては、エルフの女性として生きていくしかないんだから。
ボーナスポイントもややこしいから、その時の手札で相談していけばいい。
大きな買い物をする時は自分が立ち会うはずだし、割引や価格アップも問題ないだろう。
あとはアコルトに聞いていく番だ。
「今度はアコに色々聞いていきたいんだけど、大丈夫かな?」
「はい、構いません」
「それじゃあ───
今日って何月何日?」
***
1秒が60で1分。
1分が60で1時間。
1時間が24で1日。
1日が360で1年。
どうやら地球とほぼ同じらしい。
端数が出ないようで、こっちのほうが計算が楽だ。
うるう年のような調整もなく、整然としたゲーム設定のようにしか思えないが気にしないことにする。
試しに30秒数えてもらったが、自分とアコルトのタイムはほぼ同じだったので、1秒の間隔も同様だろう。
違っていたのは、1ヶ月の考え方だった。
1年360日を90日ずつの季に分ける。
春夏秋冬に分けられ、90日をさらに上中下の30日ずつに分ける。
春の上月1日。
これが基準の日になる。
この日で年が明け、インテリジェンスカードの年齢が加算される。
31日目には、春の中月1日となり、61日目には春の下月1日となる。
春季が終われば夏の上月1日となって、冬の下月30日が1年の締め日だ。
冬季の間に1年の税金を支払うらしい。
市民は3万ナール、奴隷が1万ナール。
自由民は10万ナール。
自分はアコルトの分と合わせて11万ナールを納めなくてはならない。
ちなみに今は春の下月25日とのことだ。
ここクラザは年間通して安定した気候らしく、夏や冬には気温が上下するにしても日本ほど寒暖差は激しくないらしい。
年明けから数えて85日目、差し引くと納税期限まで275日。
所持金は13万ナール弱なので増やしていかないとな。
どうしても収入のあてが見つからなかったら、経験値効率を捨てて結晶化促進64倍をつけて迷宮に籠もればいいだろう。
1体1魔力換算でも160体くらい倒せば、10ナールの黒魔結晶が1万ナールの緑魔結晶に早変わりだ。
ギルドでの売却なら3割アップが適用できるので、冬季に入ってからでも間に合うだろう。
結構話し込んでしまったが、まだ日は高い。
昼過ぎに商館へ行って、今は15時くらいだろうか。
日用品や装備を買わなくては。
メイド服は可愛いが、迷宮に潜るには汚れるし不適当だ。
小さいリュックをクローゼットから引っ張り出す。
コップなどの日用品入れになってしまっているが、今日はアコルトの分も追加で購入しなくてはならない。
準備をしている間に普段のリュックを先に背負われてしまった。
***
フロントに鍵を預け、古着屋の場所を聞く。
どうやら宿の向かいの通りにあるらしい。
冒険者ギルドから商館までの通りがけに武器屋もあったように、向こう側が商店街でこちら側が住宅街になっているようだ。
大通りを突っ切ってさらに一本内側の通りに入ると、活気のある商店街になっていた。
教えられた通りの場所に古着屋があったので、さっそく入ることにする。
「普段着、というか迷宮に入る装備の下に着るものや、下着を選んでね。
必要になればまた買い足すけど、とりあえず3日分であとは洗濯しつつ着回す感じにしたい」
「かしこまりました」
新品の服やオーダーメイドで好きなものを選べるようになるのはいつになるだろうか。
アコルトは並んでいる古着の中から、神妙な顔つきでじっくりと服を選ぶ。
やはり女性の買い物は長くなるのか。
やがてチュニックやワンピースのような服を選びだしたアコルトがこちらに掲げたかと思うと、服と肩のラインを合わせようとする。
違う、そうじゃない。
「ごめん、アコ。
さっき言った3日分というのは、アコの着る服を選んでほしい」
「私の分は……いえ、ありがとうございます。
ですが、こちらはお嬢様にお似合いかと思います」
「自分の分はもう十分だよ。
クローゼットにかかっていたよね?」
「そうですね、失礼しました」
すました声で応えるも、耳がシュンとなっている。
わかったわかった。
一目惚れで契約した時点でなんかこうなる気がしていたが、アコルトにはどうしても甘くなる。
「気が変わった。
それも買おう」
「そうですか。
とてもお似合いになると思います。
私の分はすぐに選んで参ります」
耳を立たせてすっ飛んでいき、上着もズボンも下着もさっさと掴んで戻って来る。
自分のものを選ぶのには躊躇がないらしい。
割引を利かせて購入し、店から近い雑貨屋へと移動する。
今後宿を移る際には、今クローゼットにおいてある服も全て入れなければならないので、大きめのリュックが必要だ。
それからアコルトの分のコップや水筒といった必要なものも買っていく。
メモ帳サイズに束ねられたパピルスや羽根ペン、インクも買った。
このサイズのもので質の悪い紙ならそこまで値段もしないみたいだ。
ブラヒム語の数字くらいは教えてもらおう。
雑貨屋での買い物を終えたので、大通りに戻り防具屋に入る。
武器屋と隣合わせなのは外観で見て取れたが、店内も繋がっていた。
店員に話を聞くと、会計もまとめてできるらしい。
アコルトの装備を選んでいくが、とりあえずは無難に竜革製でいいだろう。
耳の邪魔をしないように頭部装備は竜革のカチューシャを選ぶ。
本人に聞きつつ動きやすさを考えて胴は竜革のジャケット、足元はブーツではなく竜革の靴とした。
竜革クラスで腕装備にあたるものはミトンしか置いていないそうだ。
たしかカルメリガの防具屋で購入した際に竜革の手袋も1つしか置いてなかったので、揃えられるのはこれだけになるだろう。
ミトンでは鞭が握りにくそうなので、自分の手袋と交換だ。
スキルスロットも空いているし、防具はこれでいいと思う。
そのまま武器屋の方へ移動することにした。
スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 魔法使いLv12
魔法使いLv12/英雄Lv14/探索者Lv20/戦士Lv16
(村人5 剣士5 僧侶7 商人1)
アコルト 兎人族 ♀ 16歳 狩人Lv1
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次回は7/15更新の予定です。
時間の規格については、思い切って簡略化しています。
複雑にして異世界感を出すよりも、感覚的に理解し易いほうが書いていても読んでいても没入しやすいと思ったからです。
24/07/22
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