異世界迷宮と斉奏を   作:或香

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170 鈍亀

 ちょうど家にワープしたところで夕方の鐘の音が聞こえる。

 リカヴィオラもシャオクも、すでに帰宅済みだったので迎えてくれた。

 

 買い物については2人で行ってきたようだ。

 予め渡しておいた代金の残りは、今後も買い物があるであろうリカヴィオラの手持ちに加算しておいてもらおう。

 

 数個だけ残っていたラム肉は昨日放出してしまったし、今後はピッグホッグの豚肉が主体かな。

 アイテムボックスに入って、消費期限を考慮しなくていいドロップアイテムには、鶏肉がないんだよな。

 

 商店で買える鶏肉は迷宮食材ではないから、安めではあるが肉質はそんなによくない。

 高品質なそれの代わりになるのが、竜皮や竜肉なのかな。

 質はもちろん比べ物にならないくらい良いモノのはずだが、そのためにドラゴンを狩らなくてはいけない世界は困っちゃうよ。

 

 

 夕食には、魚醤を使って甘じょっぱい煮付けにした白身と赤身だ。

 隣に添えるのは、魚を取り出した後の煮汁に野菜を煮込んだスープを足して、そこに(はまぐり)と溶き卵を混ぜ入れてある。

 

 葉物のサラダには、ワインビネガーとオリーブオイルを合わせ、塩コショウとハーブを散らしたドレッシングをかけてみたが、そのままだと酸味が強かったので、砂糖も少量足さないと皆の食が進まなかったので要調整だ。

 好みを訴えるくらいには食にこだわりが出てきて嬉しいぞ。

 

 

 食べ終えれば、本日2回目の入浴である。

 

 本日の迷宮では薬を全然消費しなかったので、お風呂の準備するのは一向に構わない。

 洗濯物が多くなる時は、今日のように手分けしてやってしまえばいい。

 

 冬場になったら朝夕で入って温まったほうがいいんだろうか?

 その前にモコモコの毛布を手に入れたいところではあるが。

 

 エアコンでもあればいいのだが、この世界にはそういった機械の類まだないと思うし、風魔法と火魔法では暖房ではなくて熱風しか出来上がらない。

 そういえば元々のこの家には暖炉すらなかった。

 一応ミトラグの宿のロビーには、夏場に使われていないそれっぽいものがあったが、シームの冬はそんなに厳しくないんだろうか。

 考え事が始まると長風呂になってしまうのでここまでとして切り上げ、入浴を終えることにした。

 

 髪を拭いてもらいながら毛先を確認する。

 毎日の手当てスキルのおかげか、迷宮アイテムを混ぜた石鹸のおかげか、今回も傷んでいる様子はない。

 手指についてもそうだし、他の子達も同様なので、ケアが出来ている分にはいいだろう。

 

 ただ、髪についてはまた長さを整えてもらおうかな。

 なんだかんだでこのロングヘアにも愛着は湧いているが、流すかヘアピンをしないと前髪が邪魔になってきている。

 シャオクは髪も伸びが早いしな。

 

 一般的な奴隷と違っておしゃれや手入れする余裕はあるのだから、皆長くするのもアリではあるが。

 

 今後の予定は、あと数日でセナクロワが合流することくらいだ。

 休職していた騎士団は、穏便に退団できたんだろうか。

 そもそも、彼女が言っていた通り半月程度で手続きを終えられるのか?

 

 まぁなってみなければわからないか。

 難しそうなら便りの1つでも寄越すだろうし、果報は寝て待てというやつだな。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 夏の中月28日。

 

 急ぎの用事もないため、差し当たっては迷宮攻略を進めよう。

 目標は牛肉……をドロップするはずの、シームの25階層に出現するモロクタウルスまで到達することだ。

 

 牛頭(ごず)を持つ()()らしいが、()()()とは違うんだよな。

 魔物としてミーラスカのような生物に出てきてもらっても困るので、いかにも魔物とした見た目の奴らに出てきてほしさはある。

 

 

 

 シームの23階層の途中の小部屋からスタートだ。

 

 タルタートルとの戦い方は分かっているし、蜂や蝶の処理にも十分慣れてきた。

 風魔法と土魔法の2種類で戦い、前方で飛び回る魔物が麻痺や石化で落ちたら、土魔法の連打で耐久のある亀を先に仕留める。

 ミーラスカの大盾で、直接飛んでくるビッチバタフライもグラスビーの毒針も防げるし、状況判断を任せられるシャオクと身軽なアコルトで状態異常付与もバッチリだ。

 

 戦闘は順調でも、なかなか待機部屋へとは辿り着けない。

 まだ通ったことのないルートを探さなくては。

 

 

 幾度目かの通路の途中で、掲げた大盾がギリギリ通れる程度の幅の細い道を見つけた。

 壁を擦りはしないが、若干角度をつけるくらいが通りやすいか。

 アコルトに確認してもらうと、奥からの反響音からして別の通路に繋がってはいるらしい。

 

 

「行ってないとしたらこの先だよねぇ、どうしよっか」

 

 

 どうしようと言っても、行ってみるほかないしな。

 

 そうだ、大盾を先頭にして押し出すように進めば、敵を押し留めながら進行できるのでは?

 隙間からチラッと1体視認できれば、魔法で群れ全体を攻撃出来るのだし。

 

 天井との隙間を越えてきそうな分だけ、槍や鞭で狙ってもらえばいい。

 倒しきれるまでかかっても数分となれば、そんなに気負う必要もない。

 

 先の方からグラスビーの羽音が聞こえてくるらしいが、待っていたって他のパーティーが倒してくれるわけでもないし、進もう。

 

 

 ミーラスカを先頭に自分、アコルト、シャオクの順で進む。

 魔法の発動には敵を確認する必要があるし、大盾に近すぎてはリーチのある武器も使いにくい。

 後方からの挟撃が一番困るので、この隊列が一番いいはずだ。

 

 蜂特有のブーンという音が近づいてきて、傾けてもらった大盾の隙間と壁の隙間からグラスビーを見定める。

 

 

グラスビー Lv23

                           グラスビー Lv23

                             ビッチバタフライ Lv23

 

 

 鑑定の連打で、飛来する魔物のウインドウが表示された。

 突出してきている1体の他は、まだこちらに気付いていないらしい。

 先程考えた戦法通りに、大盾を構えたミーラスカにじりじりと詰めてもらう。

 

 ブリーズストームとサンドストームのエフェクトが発動すると、ダメージが入ったことで残りの虫たちもこちらに向かってくる。

 それでも通路ギリギリの大盾を突破することは叶わず、ダマスカス鋼の壁に針や体をぶつけるのみだ。

 

 高さを越えてこようとしたところを突き出してきた槍が止め、鞭で打たれたグラスビーは麻痺したのか、その場で落下した。

 そんな調子で魔法攻撃を続けていると、羽音が消えて一気に静かになる。

 

 傾けてもらった大盾から顔を出してみると、蜜蝋と膠灰が残されているだけだった。

 なんだ、心配するほどでも───。

 

 

「まだ居ま───」

 

 

 アコルトの警告とほぼ同時に視界が歪む。

 

 ごぼぉと自身の声が空気の玉となって目の前を昇ったことで、全身が水に包まれているのだと分かった。

 息が吸えないというより、押し込められているような重圧が全身にかかっている。

 

 

「───カハッ!」

 

 

 水が一瞬で消えて、圧迫されて強張っていた身体が解放された。

 こちらの魔法と違ってエフェクトが消えた後は濡れた様子もない。

 ゴホゴホと咳込みつつも、片目で通路の奥を見る。

 

 

タルタートル Lv23

 

 

 あいつか!

 そういえば蜂たちより耐久が高かったんじゃないか。

 同じ群れでも、倒しきれていなかったのだ。

 

 呼吸は乱れたままだが、詠唱省略のおかげで念じるだけなので支障はない。

 お返しとばかりにサンドストームを二重に発動し、タルタートルを鼈甲へと変えた。

 

 

 振り返ると浅く呼吸を繰り返していたアコルトと、彼女を支えるようにして後方の警戒も怠らないシャオクが目に入る。

 猶予が欲しいのでオーバーホエルミングを発動してからパーティライゼーションを念じて滋養丸を指定し、3人に連続使用する。

 複数回ずつ回復させ、自分にも使用するかと指定し直したところで加速が終了し、感覚が戻ったタイミングでミーラスカが全体手当ての詠唱を完成させた。

 それにより自分の受けたダメージも和らいだ気がする。

 

 ほっと息を吐き、無事の確認だ。

 

 それぞれに魔法耐性のスキルを付与してあるので、半減とまではいかないにしろ、タルタートルの全体水魔法の何割かは軽減したはずだ。

 自分の使う水魔法とは違う種類の、水圧によって押し付けられるようなダメージは受けたが、HPを何割も削られたわけではない。

 

 アコルトも威力というより、意識外からの初の魔法ダメージということの方に衝撃を受けたんだろう。

 防具についても上等なものを装備させているし、ジョブレベルだって魔物と比べて高いしな。

 

 シャオクは迷宮経験的に魔法の被弾は初めてじゃないだろうが、軽減されているとはいえLv23の魔物から受けたことなどないはずだし、よく周囲を確認してくれていたものだ。

 

 そして何といってもミーラスカだ。

 大盾を投げ出すこともなく、慌てずに呪文を紡いでくれた。

 同じ威力の魔法を受けたというのに、体勢を崩さないタンクは頼もしい。

 ガントレットに付けた体力2倍のスキルの恩恵もあったのかもしれない。

 

 

 またこの通路で戦闘するのは避けたいので、早々に移動して通路を抜けると、ぶつかった分かれ道の先は待機部屋に繋がっていた。

 ここなら一安心だ。

 

 

 必要手数の違う魔物がいる階層では、群れの殲滅を確認できるまで気を緩めてはいけない。

 目の前の敵を倒しても、曲がり角の先に残っていたのでは、今回のようなことはままあり得る。

 今回については、そういう想定を相談する前に自分が進行を選んだせいでもあるし。

 

 1発の被弾が致命傷になるほどのダメージではなかったが、中断が難しい局面はいくらでも起こりそうなので、個別の属性魔法の耐性についても付与しておくのも必要そうだなぁ。

 あと、やっぱりパラレルジョブには回復職をどれか入れておくのが保険になりそうである。

 さっきの場面だって、自分が巫女のスキルを連打すれば立て直しも早くできたと思うし。

 階層攻略の際はレベル上げよりも安全が優先だな。

 

 

 

 少し長めに休憩を取り、心身ともに落ち着けてからボスへと挑むことにした。

 分かりにくいルートのためか、他のパーティーがすぐに来る様子はない。

 

 

スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 魔法使いLv46

魔法使いLv46/英雄Lv43/探索者Lv46/森林保護官Lv45/遊び人Lv43/巫女Lv31/博徒Lv30

 キャラクター再設定   1 鑑定           1

 ワープ         1 詠唱省略         3

 7thジョブ      63 MP回復速度20倍   63

 パーティー項目解放   1 パーティライゼーション  1

 知力         10

                       (残0/144pt)

 

 

 ボス戦突破用と割り切って、経験値関係に振っていたボーナスポイントをパラレルジョブとMP回復速度に振り切った。

 ひらけたボス部屋では詠唱中断武器が届かないことはないはずで撃たせる気もないのだが、回復職の巫女を設定し、博徒も入れておく。

 状態異常耐性ダウンの使用後はジョブを切り替えるという手もあるが、博徒にも知力補正はあるのだし、戦闘中に変更するというパニックになる要因は排除しておこう。

 

 余りは知力に振って、これでポイントの割り振りは完了だ。

 経験値を考えなければ、随分と安定した構成になる。

 

 タルタートルのボスは、トータルタートルという。

 ボスになって噛みつき攻撃が強化されているが、弱点は同じく土属性らしい。

 小説との相違はなさそうだな。

 

 シャオクたちの補足によると、他の特徴として噛みついてくるその首が長いとあったそうだ。

 作中ではワニのようだとかも書かれていたが、胴回りも含めて頭の一部のようになっているんだろうか。

 それでも、大盾ならばその顎に捕らえきれないだろうし、鞭や槍は咥えられないようにだけ気をつければ距離を取って攻められるはずだろう。

 想定しているサイズであれば、だが。

 

 

 例によってアコルトに先行してもらい、前パーティーが全滅している様子はないことを確認する。

 ……いくか。

 

 中央にミーラスカ、左右それぞれにアコルトとシャオクが位置取り、自分が最後尾としてボス部屋へと侵入する。

 入口の扉が閉じられ、煙が湧き出した。

 

 集まりだした煙が魔物を形作るわけだが……でかいな?

 なんとなく亀らしい形を大きく取りながら、添え物のように手前にも煙が集まってくる。

 こっちはお供のタルタートルだな。

 

 鑑定ウインドウが表示されるや否や、サンドストームを連続で発動する。

 

 

トータルタートル Lv23

タルタートル Lv23

タルタートル Lv23

 

 

 ゾウガメをそのまま大きくしたようなそれが、ワニのように長い頭に鋭い牙をチラつかせながら、まとわりつく砂嵐をものともせず雄大に鎮座している。

 まるでゾウの足だとの表現は比喩ではなく、皺の寄った1本1本が電柱のように太く、その巨体を支えるために体積も大きくなって付いてるのだ。

 甲羅には草が生えており、奥に見える尻尾には鱗がついているようにぬらりと迷宮光を反射した。

 

 状態異常耐性ダウンのスキルを大亀と子亀に発動して、作戦通りに距離に気をつけて対峙する。

 

 確かに水属性には耐性のありそうな見た目だが、1体で自然を表しているような生き物のくせに土属性が弱点なんだよな。

 まぁ水生生物系も水耐性で土弱点だったから、そっち寄りの魔物なんだろう。

 

 グワッと顎を開きながら首を伸ばし、伸び切った到達点に届くタイミングで閉じる動作がかなり速い。

 これが得意の噛みつきか。

 

 中距離武器の2人は調整がうまく、数度の回避でトータルタートルの射程をだいたい掴んだようだ。

 ミーラスカも突き出した大盾を頭の接近に合わせて引いて、ボスの噛みつきを空振らせた。

 シャオクに色々習っていたようだし、日がな一日盾を構えていれば、扱いも上達するのも頷ける。

 

 動きの遅いタルタートルの方は、魔法陣を確認してから小突いて詠唱中断させるだけに留め、まずはボスの動きを止める方を優先だ。

 首と尻尾の可動範囲に気をつけつつ、とにかく手数を稼いでもらう。

 

 近接攻撃の範囲から逃れれば魔法の使用体勢に移ることが多くなり、それを鞭が、槍が中断させる。

 そのうちに麻痺も入ったりと半拘束状態になったところで、全体土魔法をついでに受け続けていたタルタートルたちが煙に変わった。

 こうなればもうボス1体だけに集中できる。

 

 全体魔法から壁魔法に切り替えて、腹の下からサンドウォールを発動だ。

 動きの遅い巨体では、効果時間中に逃れられまい。

 

 砂が残るのが難点だったが、何度も出してやればトータルタートルも足を取られるんじゃないか?

 この大きさがひっくり返ることはないにしろ、膝をつかせるくらいなら有効では……と考えたところでもたげた頭が途中で動かなくなった。

 石化である。

 

 その補正が準暗殺者ともいえる狩人ジョブと、暗殺者の状態異常付与率に匹敵すると思われるスキル武器を持つ2人に、耐性ダウンがあればボスでもこの通りか。

 後は休憩してもらいつつ、土の壁魔法を当て続けているとボスも煙と化した。

 

 砂の中に残るアイテムを鑑定する。

 

 

クリア鼈甲

 

 

 大きさはタルタートルの鼈甲と同じくらいで、透き通るほどとまでは言えないが向こう側が十分に見通せるほどの塊だ。

 少しだけスモークの入ったプラスチックみたいだ。

 これなら確かに加工品としての汎用性は高そうである。

 

 戦闘は距離にだけ気をつければよさそうなので周回しやすいボスではあると思うが、今は階層を上げていきたい。

 アイテムボックスにドロップ品を仕舞い、MPの回復もできたところで通常戦闘用にボーナスポイントを変更する。

 

 シームの次の階層の魔物は……と聞いてみると、シザーリザードだそうだ。

 トカゲにザリガニのハサミが付いているなんて想像が出来ないが、なんとそのドロップ品であるハサミは食べられるらしい。

 そんな描写あったっけ……、肉や魚のあたりしか覚えていないな。

 

 カニと同じようなら茹でても焼いてもいいのかな。

 今なら魚醤もあるし、酢醤油なんてこともできる。

 

 いや、ピザがあるじゃないか。

 マヨネーズソースとカニにチーズを乗せて焼けば……、おっと。

 期待し過ぎはよくない。

 これで食感が全然違ったら悲しすぎる。

 

 祈りを込めつつボス部屋の出口へと向かい、24階層へと足を踏み入れた。

 




スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 魔法使いLv46
魔法使いLv46/英雄Lv43/探索者Lv46/森林保護官Lv45/遊び人Lv43/巫女Lv31
(村人5 農夫1 戦士30 剣士30 僧侶30 商人30 錬金術師29 細工師30 薬草採取士30 賞金稼ぎ19 騎士7 暗殺者7 魔剣士7 武器商人1 防具商人1 奴隷商人1 料理人24 博徒30 盗賊30)

アコルト   兎人族 ♀ 16歳 狩人Lv34

シャオク  ドワーフ ♀ 19歳 鍛冶師Lv32

ミーラスカ  牛人族 ♀ 24歳 巫女Lv31

リカヴィオラ エルフ ♀ 15歳 探索者Lv29



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次回は1/12更新の予定です。


あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

まだしばらくは繁忙期で頻度は少ないままですが、週1更新は途切れさせないようにしたいと思います。
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