異世界迷宮と斉奏を   作:或香

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 これまで立ち寄った都市の防具屋を巡りつつ、セナクロワの装備を買い集めていく。

 

 甲斐甲斐しく毎回値引きを挟もうとしてくれる彼女であったが、短時間で何度も()()()()()()を目の当たりにしては口数が減っていった。

 絶句、というよりは口に手を当てて考え込む様子に見える。

 店員は当たり前のような口調で大きく価格を落とすのだから、不思議に思うのも当然か。

 

 だからといって、このボーナスポイントでの金貨単位での値引きを止めるなどという選択肢はない。

 収入や税金の心配はしばらくする必要はないといえど、出費が抑えられるに越したことはない。

 

 装備をだいたい買い揃えて自宅に帰還するまで、終始腕を組んで考え込んでいた様子のセナクロワが、着いた途端に悟ったような澄んだ表情になった。

 

 

「アコルト殿が言っておられました。

 『お嬢様は、お嬢様ですので』、と」

 

 

 その発言のどこに合点がいったのか分からないが、どうやら複数のジョブを併用したり、自身やパーティーメンバーのジョブを変更できたり、想像の外をいく魔法を使えたり、そもそも無詠唱だったり……、と想像の外をいく能力を包括した内容らしい。

 彼女たちにとっては因果もよく分からない値引きがあったとしても、日々の生活としても迷宮へのと備えとしてもプラスになっているし、何より金銭に目敏い商人が自ら値段を下げるなど、認識してみれば普通ではない力が働いていることだけは分かる。

 

 

「───というわけで、姫が姫たる魅力の為せる業と思うことにしたのであります」

「う、うん。

 じゃあそれでいいよ……」

 

 

 説明しろと言われたところで、ボーナスポイントや、それを振ることでなぜ他者に対して割引きだの割増しが適用されるのかの理屈にはならない。

 まるでゲームみたいな仕組みになっていると伝えたとて、そうなっているからとしか話せないし、どんなシステムなのかも自分は把握できていないのだ。

 ゲームという単語が通じるとも思えないしな。

 

 HPやMPを数値として確認くらいさせてもらえませんかねぇ?

 

 ともかく、主人は()()()()()()だと認識されて、追及されないならそれでいい。

 妙な信仰が進んでいる気もするが、セナクロワについてはジト目要員の追加にはならないだろう。

 

 

 

 軽く休憩した後は、最後の装備収集と皆の迎えのために帝都へと移動する。

 

 ワープゲートを抜け出た先は、昼に皆を送った商業地区の共用絨毯だ。

 集合場所は、雑貨や服飾の店が並んでいるあたりなので、先に防具を揃えてしまおう。

 

 目をつけていた装備のスロット数に誤りがないことを鑑定で確認して、もちろん3割引で購入した。

 さっきまで訝しんでいた女戦士が、小さく手を叩いてお見事ですと耳打ちしてくるのは、これはこれで怖い。

 神格化されないうちに、(てい)の良い理由でも並べたいところだが、そんなものが思いつく頭なら、皆とのコミュニケーションは最初からもっとうまくいっていただろう。

 

 

 装備を人目に触れないようにアイテムボックスに回収した後は、店を出てボーナスポイントをMP回復速度へと振り直しつつ、アコルトたちを探す。

 普段ずっとパーティーを組んでいるため気にも留まらなくなってきていたメンバーの縁取りも、なかったらなかったで不便だな。

 

 雑貨屋に寝具店と、候補の店を順に巡って、食材店へと歩みを進める。

 

 出かける度に服が増えていく気がしたので、今回はそれ以外ではどうかと提案してみたのだ。

 落ち着いたらカルメリガのブティックや工房にも行くし、どこだろうとワープで買いに戻るのも簡単なので、いつもと違う種類の店を見て回ることで、色んなものに食指を動かされることが彼女たちの経験になることを期待している。

 

 この世界は移動のハードルが高い。

 街と街であったり、身分であったりと、実力や資金、またはその両方が選択の幅を狭めてくる。

 

 自在に移動できるワープと、自由民という肩書、それに今では資産にも恵まれた、このポンコツ主人のもとにせっかくやってきてくれたのだ。

 手の届く範囲で、興味関心の種を増やしていってほしい。

 

 

 

 調味料や乾物等が置いている店で、アコルトたちと合流できた。

 藻塩っぽいものや、魚の干物などが置かれていたが、どれもこれも高額だ。

 海から距離もあるし、帝都価格というやつだろうか。

 

 乾物といっても、迷宮外の貝類は毒持ちなので置いていないし、その他の商品についてもブノーの商店や冒険者のテオドナフに聞いたほうが、もっと割安で質の良いものを見つけられると思う。

 

 リカヴィオラが気になっていたのは、乾燥させたハーブの粉末だ。

 こちらも育てれば自家製だって作れそうではあるが、流石帝都というだけあって種類が豊富だ。

 店員も、これなら買ってくれそうだと思われたのか、熱心に説明してくれる。

 

 小さな植物の種子もあって、こちらは水を吸わせて柔らかくして料理に使うと辛味があるらしい。

 いつかの弁当にも使われていたマスタードもどきがこれを使っているようだ。

 蜂蜜なんかと一緒に使ってもよさそうなので買っておこう。

 

 他にもいくつかの香辛料なんかも確保して店を出ることにした。

 

 嵩張るからと遠慮していたらしい肌触りのよいシーツ用の布を寝具店へと買いに戻ったりしつつ、必要なものは揃えられたとして帰宅する。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 香辛料や雑貨を仕舞い込み終えたら、今日揃えたセナクロワの装備の確認だ。

 オーレズの処理の方は今からだと時間が足りないので、やはり明日の日中だな。

 

 ミーラスカに借りていた装備の礼をしたセナクロワが、奥の寝室へと一旦引っ込む。

 やがて扉が開いたかと思うと、新たな装備に身を包んだ女戦士が登場した。

 

 

セナクロワ 猫人族 ♀ 27歳 戦士Lv31

 装備

  ダマスカスの兜(○ ○ ○)     ダマスカスの胸当て(○ ○ ○ ○)

  ミスリルグローブ(○ ○ ○ ○)  ダマスカスソルレット(○ ○ ○)

  白銀の長剣(○ ○ ○ ○ ○)   身代わりのミサンガ(身代わり)

 

 

 持ち前の長身と姿勢の良い立ち姿で、流石は元女騎士といった出で立ちに、皆口々に褒め称える。

 

 

 

 なんとか3スロット以上の装備で固めることができたし、ミスリルが淡く光を反射する長剣は圧巻の5スロットだ。

 素材だけで選べば全身白銀製になれたものの、あれだけの防具屋を回ってもスロットに恵まれた装備は見当たらなかったので仕方あるまい。

 

 ダマスカスソルレットは、何枚ものダマスカス鋼の金板を重ねて可動性を高めたブーツだ。

 数ある足装備からセナクロワ自身が選んだそれは、全面金属ではなく革や当て布で軽量化も図られているため、前衛で受け流すタイプだと言っていた彼女にはうってつけだろう。 

 

 所持しているモンスターカードのうち、コボルトは2枚。

 カード融合の際は毎回強化スキルで行っているため、すぐに付けられそうなのは2つか。

 

 なるべくは防具の耐性から埋めていきたいが、一番効果を発揮できそうな『物理耐性』のスライムのカードは依頼中で、まだ手元にはない。

 カルムは今月末には揃えられるだろうと言っていたので、今日の月末大オークションの結果次第か。

 

 迷宮に今すぐ向かうわけでもないし、ある分から埋めていくことにしよう。

 

 アコルトやリカヴィオラにのせられてポーズをとっているセナクロワと、その装備した姿を鍛冶師目線で眺めているシャオクを近くに呼ぶ。

 

 

「とりあえず、長剣にウサギとコボルトでお願い」

「わかりました!」

 

 

 今は融合数が少ないので、シャオクも快く引き受けてくれる。

 ……普通の鍛冶師なら1回のモンスターカード融合で失敗の不安が押し寄せるのだと思うが、順調に感覚が麻痺しているおかげで元気な返事がもらえたな。

 

 見るのは2回目となるセナクロワは固唾を呑んで見守っているが、他の皆はチラチラ見るくらいで夕食の準備へと移っていく。

 まぁ、迷宮の中でやったこともあるくらいだしな。

 中でもまだ見た回数の少ないリカヴィオラは、手早く調理の準備をしながらもこちらに顔を向けているが。

 

 シャオクが呪文を唱え、眩く手元が光ると、2枚のカードのみが剣を残して消え去った。

 

 

強権のミスリルロングソード(詠唱中断 ○ ○ ○ ○)

 

 

 謎翻訳が連続の助詞を調整するためなのか、鑑定結果がカタカナの武器種となったものの、問題なく成功した。

 いや、失敗する要素はないんだけどさ。

 

 もう1枚のコボルトのカードはどれに使うべきか。

 防具に1耐性だけ付与したところであまり意味はないので、回避力の蝙蝠でも付けておくとしよう。

 

 アイテムボックスから蝙蝠とコボルトのカードを取り出して、続いての融合を指示した。

 

 

浮草のダマスカスソルレット(回避2倍 ○ ○)

 

 

 今回は素体武器の名称変更がなかったな。

 装備したままの防具にスキル付与という珍体験に興奮を隠せないセナクロワと、コボルトのカードが尽きたことでモンスターカード融合は打ち止めという事実に安堵したシャオクの対比が面白い。

 

 スキル装備となったところでそれ自体の見た目は変わらないわけだが、身に着けていた装備が確かに光を放ったという事実は、一種の成功体験だろう。

 あ、融合のスキルは成功しているんですけど。

 

 長身の猫人お姉さんが、スキルが付いたことで動きやすくなった気がするとはしゃいでいるが、発動するのは戦闘時のみなので完全にそいつはプラシーボ効果である。

 

 

 実戦はまた今度ということで装備を片づけさせようとしたところで、アコルトが近寄ってくる。

 

 

「どなたかがこちらへと近づい、……この足音はシャイルヴェ様ですね」

「えっと……。

 あ、カルム殿のところの!」

 

 

 名前だけだとパッと思い出せなかったが、使用人の冒険者のエルフのことだと気付くことができた。

 歩行は規則正しいリズムで、まっすぐにこの家へと向かってきているようだ。

 アコルトに言わせると、どうも気付かれやすいようにわざと足音を立てているようにも思えるそうだが。

 

 

 そんな話をしている内に、玄関がノックされて呼び出しの声がかかる。

 あげられた名乗りは聞き覚えのある声で、カルムの使いだと名乗った。

 

 只今お開けします、とアコルトが応えて扉へと向かう。

 

 

「ありがとうございます。

 ミツキ様、皆様もお揃いのようで、先日はご足労ありがとうございました。

 主人のカルムの命により、競売結果のご連絡に参りました」

「こちらこそありがとうございます。

 シャイルヴェ殿が伝令に来られるとは思いませんでした」

 

 

 確かカルムの使用人の1人と説明されたが、シームラウ家の城の中でも他の使用人たちよりも重要そうな扱いだったはずだ。

 側近とかそういう感じの。

 

 聞いてみれば、普段はスケジュールを人員を考えて手の空いた者を寄越すそうだ。

 今回は競売依頼を受けてからだいぶ待たせているので、モンスターカードの落札が完了次第すぐに、その場にいたシャイルヴェが伝令の指示を受けたらしい。

 滞っていたスライムのカードは元々手に入りにくいと言われていたし、セナクロワの加入するまで差し迫った必要性はなかったのでこちらはそれほど気にしていなかったが、それでも依頼自体は結構前だったと思う。

 

 オークションなので、出品されないものはどうやったって落札できないのだから、気にしなくてもいいのにな。

 でも、そこは依頼を受けた仲買人のプライドの問題か。

 顧客に対しての気遣いを欠かさないことが、信頼に繋がるからとも言える。

 

 

 シャイルヴェから落札のカード内訳のメモを受け取り、今から送迎するのでも構わないと告げられる。

 流石にそこまで切羽詰まった状況でもないし、月末オークションならカルム自身が所属ギルドの仕事で忙しいはずだろうと、今日のところは断らせてもらった。

 明日以降にルテドーナの商人ギルドに向かえばいいだろう。

 

 返事の確認をすると、シャイルヴェは深く礼をして帰っていった。

 最寄りの絨毯は眠る人魚亭か商店街になるので、ちょっと歩かなきゃいけないのが大変そうだな。

 

 仕舞っておける絨毯くらいは持っておいてもいいかもしれない。

 普段は畳んでおいて、帰りくらいは広げて使ってもらうのもいいし、リカヴィオラが冒険者になれたら、うちでの普段の移動の言い訳にも使えるし。

 まぁまだ派生職すら出ていない探索者なので、冒険者になるにはレベルがまだまだ足りないんだけども。

 

 

 あっ……、とそういえば、ちょうど着替えに行っていたセナクロワはどうした。

 見回してみると、奥の部屋からおずおずと着替え終わった彼女が出てきた。

 

 

「家の中では秘密が多いとのことでありましたので、私が顔を出していいものやら躊躇していたのであります」

「出てきても大丈夫だったけど、そっか」

 

 

 眉唾なパラレルジョブで、無詠唱で奴隷商人のスキルを使って、主人登録をしたばかりだったのを思い出した。

 特に打ち合わせもないまま、貴族の関係者と話してボロが出るのを危惧したわけか。

 

 自分たちも知らないただの使い走りならまだしも、明らかに知り合い風の会話が聞こえてくれば、そう思っても不思議じゃない。

 フェルスやカルムについては説明してあったので、扉1枚向こうからその名前が出てきたら慎重にもなるだろう。

 

 実際は、セナクロワが出てきて紹介したって問題はなかったが、彼女の立場を考えると一存では決められなかったのも分かる。

 応対のシミュレーションでも考えた方がいいな。

 

 そのためにも、遺言設定の希望なんかも聞き取りしないとだ。

 

 

 

 夕食の準備を進めて食事にありつきつつ、今後の他者への説明を整えていく。

 

 やはりそうだろうと思っていた通り、セナクロワの遺言設定は、リカヴィオラへの死後相続に決まった。

 自分が万が一に死亡した場合、アコルトからリカヴィオラまでの皆は奴隷身分から解放され、奴隷身分のままのセナクロワの所有権はリカヴィオラへと移って新たな主人となる。

 

 一応はこれで全員が、不慮の事故が起きて自分だけが亡くなっても、巻き添えで殉死することはなくなった。

 

 とは言ってもこの世界に突然向かってくるトラックとかはないので、その原因は魔物か敵対した者に害されることしかないだろう。

 ……いや、病気になったり食べ物にあたって、というのはあるかもしれないか。

 

 自分の場合は後者がありそうだなぁと考えながら、だからこそエリクシールだのなんだのという解決策を目指さなくてはならないのだと思い至る。

 それにゲームなら定番の、状態異常に対しての治療スキルを持ったジョブの存在が、まだ分からないということもある。

 

 僧侶や神官の上のジョブなのか、はたまたそれだけ別なのか。

 迷宮を進み、レベルを上げ、手探りでジョブを見つけ出していかないといけない。

 

 それが楽しいところでもあるのだが、一筋縄ではいくわけがないとの不安ものしかかる。

 

 

 食事を終え、入浴も済ませ、明日からは夏の下月へと入るのだと気付きつつ、ベッドへと移動した。

 明日は落札代行の引き取りと、……そうだ、オーレズのこともある。

 

 やっとつかんだ待望の米だ、大事に検証していくぞ。

 

 白身や赤身を魚醤と共に、炊き立てのご飯で食べたい。

 でも、オーレズがそれに適していない可能性だって大きいだろう。

 

 頼むよ異世界なんて、いるかも分からない、いても日本のサブカルを拗らせていそうな神に祈りながら瞼を閉じた。

 




スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 魔法使いLv46
魔法使いLv46/英雄Lv43/探索者Lv46/僧侶Lv30/遊び人Lv43/巫女Lv34/魔剣士Lv7
(村人5 農夫1 戦士30 剣士30 商人30 錬金術師29 細工師30 薬草採取士30 森林保護官45 賞金稼ぎ19 騎士7 暗殺者7 武器商人1 防具商人1 奴隷商人1 料理人24 博徒30 盗賊30)

アコルト   兎人族 ♀ 16歳 狩人Lv34

シャオク  ドワーフ ♀ 19歳 鍛冶師Lv33

ミーラスカ  牛人族 ♀ 24歳 巫女Lv31

リカヴィオラ エルフ ♀ 15歳 探索者Lv29

セナクロワ  猫人族 ♀ 27歳 戦士Lv31
  硬革の帽子   → ダマスカスの兜(○ ○ ○)
  鉄の鎧(○)  → ダマスカスの胸当て(○ ○ ○ ○)
  鉄の小手    → ミスリルグローブ(○ ○ ○ ○)
  硬革の靴(○) → 浮草のダマスカスソルレット(回避2倍 ○ ○)
  鉄の剣(○)  → 強権のミスリルロングソード(詠唱中断 ○ ○ ○ ○)


所持モンスターカード
・竜        1
・大木       1
・魚        2
・潅木       1
・蟻        1
・芋虫       1
・ウサギ    1→0
・蝙蝠     1→0
・コボルト   2→0



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次回は3/9更新の暫定予定です。


まだまだ執筆環境は厳しそうです。

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