翌朝、夏の下月1日。
カレンダーでもあったら1年が半分近く終わったことを自覚する頃なのだろうが、自分がこの世界に来たのは既に春季の終わり頃だったのでそんな感覚はほとんどない。
今日もリカヴィオラの日課のパンの買い出しに、セナクロワがお供したようだ。
最近はずっとリカヴィオラが固定で、あと一人誰かがついて行ったり、手が空いていない時は1人で行ってもらっていた。
護衛という意味も兼ねて、あそこの2人が仲良くなってもらう分にはいいことだしな。
炒め物に、白身のスープと焼き立てのパン。
そこにちょっとお高いハーブティーを淹れての食事はいつものメニューだ。
ラム肉より豚バラのほうが柔らかくて味も付けやすいので、最近は専ら豚肉ばかりだ。
ラムを落とすビープシープはボスだから1体出現だし、倒すのが楽でも数をこなすのが大変だしな。
朝食を終えて、片付けと洗濯も終わらせた後は、いよいよオーレズの処理に入る。
納屋からオーレズの袋と、道具を幾つか持ってきて、家の中へと持ち込んだ。
テーブルの脇に集まってもらうと、視線が自分と袋の中身へと集まった。
まずは数粒を摘み上げ、手の内に置いたオーレズの粒に、親指の爪を立てて力を入れ押し込んだ。
パキリ、という感触とともに
「皮を取ると、この薄茶色の粒になるんだ。
もっと擦ると、これも剥がれてきてさらに白っぽくなっていくはず……、ほら」
爪の先で磨くように糠を落とせば、その部分だけは自分だけは見慣れた、精米後の白米に近くなる。
「だいたいここまでやったのを沢山集めて、炊飯……水を吸わせて焼き上げるっていう調理法を試したいんだよね」
テーブルに並べて置いた籾と玄米と白米を見比べて、ミーラスカが頬に手を当てながら口を開く。
「内側の、さらに芯の部分を召し上がる……のでございますか。
確かにここまで削るようでしたら、飼料といえども味や触感は変わってきそうでございますが……」
「御主人様、粒を削って目方が減るのでございましたら、大層な数が必要になるかと存じます!」
まだまだ不思議そう白米を見つめるミーラスカをよそに、リカヴィオラから実務的な意見が飛んできた。
米1合が6000粒だったか7000粒だったと聞いたことがある。
1食分だって、この人数に
「でもほら、全部手で1つ1つするわけじゃないから、ね?」
そういってすり鉢とすりこぎに似た道具をゴトリと並べる。
ハーブや香辛料の実を磨り潰す器具として、雑貨屋に売っていたやつだ。
こういった道具や、コボルトソルトやフラワーを削るミルなど、この世界では一般の家庭でも調理用の道具が広く使われているようで、自分としては意外に取り扱いが多くて驚いた。
そして、自分はこの籾すりや精米の作業に使えるだろうと、いつかのためにこっそり買い足していたのだ。
店で手に取る度に仲間の誰かしらに「既にお持ちですよ」と言われていたが、ボケていたのではない。
一握りのオーレズを掴み、すり鉢の中へと放ってゴリゴリとすり始める。
潰さない程度に外皮が外れるまで棒を回していると、やがて玄米は底の方に、軽い籾殻は上の方に溜まりだした。
「こんな感じである程度はまとめてやれるから!
殻が外れたらこっちのザルに移して……、あおるように振るってやれば……、ほら、だいたい粒の方が残った」
「こちらの殻の方は如何されるのでございますか?」
床に散った籾殻を拾い上げたリカヴィオラが尋ねてきたが、えーっと。
藁のように家畜の敷料にしたり……は、飼うつもりはないって言ったばっかりだし。
「燃えやすいから着火剤代わりにしたり、焼いた後の炭を畑の肥料にできるとか聞いたことがあるような」
「それでしたら、振るう際は外でした方がよさそうですね、お嬢様?」
「…………はい、ごめんなさい」
アコルトに小言というか当然のご指摘を頂く。
いつの間にか掃除道具を用意していたリカヴィオラが、散らばった籾殻をササッと回収していった。
余計な仕事を増やしてはいけない。
「さらに続けると、茶色がだんだん落ちてきて、さっき見せた芯の白い部分が残るんだ」
「そこまで進めて、やっと食べられるってことですか?」
「一応、殻が取れただけの状態でも調理すれば食べられるんだけど、自分が食べたいのはほとんど白くなった状態の方だね」
オーレズの粒を摘んでみたシャオクは、籾すりの時点でドワーフの膂力で潰してしまわないか心配そうだ。
でも彼女も、同じく力の強い牛人族のミーラスカも不器用ではないから、加減さえ覚えれば問題ないだろう。
玄米は水加減など気をつけなければいけないことは多いが、それでも炊けるので多少糠がついたままでも大丈夫なはずだ。
明らかに労働力に見合ってないほどの量しか白米にできないのが大変ではあるが。
うまく炊けて食べられたとて、他の主食に代われるほど気に入ってもらえるかは分からないが、この作業があるのでは頻繁に食べるのは無理そうな気がする。
とりあえず皆でやっていこう。
それぞれがすり鉢とすりこぎを各々の前に置き、袋からオーレズを掬って移し始める。
ある程度すり終えたものをザルに集め、後でまとめて外で籾殻と玄米に分けることにして、ひたすら作業を進める。
彼女らに任せてしまうという手もあったが、最初くらい自分も加わらないと立つ瀬がないだろう。
競売のモンスターカードの引き取りは午後からでもいいしな。
雑談を交えつつ、腕や腰が痛くなってきたところで、なんだか言いづらそうにしているセナクロワがそっと近づいてきた。
思えばやり方の説明くらいから、言葉数が少なかった気がする。
「その……姫……」
「ん、あっ自分か。
どうしたの?」
ふとした時の姫呼びを、当たり前に自分のことだと思うようになったらマズイ気がする。
まだ自分は大丈夫だ、まだ。
「中の実だけ召し上がって、外側は肥料にということでありましたら、ハーブしかないこの家の畑ではそこまで殻自体は必要なかったということでありますか?」
「うーん、まぁ、どうせ出てくるなら何か使ったほうがいいかなってくらいだよ」
「家畜を飼う予定も、今のところはないと」
「結構頻繁に家を空けるからね。
育てるなら小屋とかもいるだろうし、今は考えてないかな」
「そうで……ありますか……」
え、なになになになに!?
深刻そうな顔はやめて頂きたい。
「……中の粒だけをご所望でしたら、買われる際にもう少し選べたと思うのであります」
「え」
アコルトたちの視線が痛い。
食べるためとはいえ、なかなか疲れる作業ですねと言われたばかりである。
「オーレズは収穫後、穂から外されて運ばれるのでありますが、その時に袋の中で擦れて殻が取れるのことが多いのであります。
レウネダのような集積場では、ちゃんと殻のついたものを選り分けてから大袋に詰め直している場合も……」
一般的にオーレズを求めるのは飼料としてであり、栄養だけでなくちゃんとかさ増しにもなる籾の状態であることが重要らしい。
敷料にするのだって、しっかり籾殻の付いたものが必要なのだという。
現代のように米として食べるためなら籾殻が邪魔になるが、ここでは文化の違いというか用途の違いで認識が変わっている。
だから籾殻が
───つまり。
最初からセナクロワに目的を話し、殻無しの方を買い求めていれば、この重労働は発生しなかったかもしれない。
「へ、へぇ~……」
相談は事前にしっかりとしましょう。
***
引っ込みも付かなくなったので半日だけ作業することにして、袋の半分近くは頑張って精米した。
これで何回か試し炊きしつつ、上手く食べられそうだったら次からは籾殻の取れたものを買ってこよう。
昼食は皆のご機嫌取りも兼ねて、迷宮食材をこれでもかと使って食べることにした。
自分は量は控えめにしておいて、午後にオーレズの検証をするとしよう。
食事を終えた後は片付けを任せ、アコルトとシャオクを連れてルテドーナへと向かう。
競売落札品の取引の為だ。
ルテドーナの商人ギルドの受付でカルムを呼び出してもらうと、すぐに出てきて商談室へと通された。
「お待たせしておりまして申し訳ありません」
「いえ、お時間が掛かると説明は頂いておりましたし、すぐにシャイルヴェ殿の手配をして頂いたようですので、ありがとうございます」
「それが伝令となりますので」
昨日はシャイルヴェが直接家まで来たが、本来はシームの者に伝達だけして、そこから依頼の場所に使いを走らせるというのが伝令だろう。
わざわざ高給取りの冒険者を現地まで派遣するのは、伝令料にも見合っていないはずだ。
「───潅木に珊瑚に芋虫に、鯉とスライムが1枚ずつ、魚が2枚、そしてコボルトが7枚。
しめて14枚と伝令代を頂きまして8万1000ナールとなります」
枚数も多いが、高額カードが入っているので結構な金額だ。
コボルトのカードを多めにしておけば、迷宮で他のカードがドロップした時にも使い易いだろう。
これでしばらくは必要そうなモンスターカードもなさそうである。
次回の依頼はあるかと聞かれるが、後々セナクロワの長剣に付けたい『HP吸収』の壺式食虫植物のモンスターカード以外にはすぐには思いつかない。
一応、鯉のカードの魔法耐性だけでなく、各種属性防御もつけるということも可能だが、そうすると4属性とその強化のコボルトが4枚、それを戦闘メンバー分となると一気に必要枚数が膨れ上がってしまう。
そりゃ揃えられるなら際限なく装備を固めたいが、そちらにばかり資金を割いていては、来年に杖の大取引の代金を貰うまでに破産してしまう。
大型取引の金策を何度も使えないので、徐々に買い集めていく他ないだろう。
しいて言えばアコルトの鞭を、『付与増強』を加えた5スロットの装備に新調できるように、ウサギや珊瑚のカードを準備しておくくらいか。
「それでしたら、壺式食虫植物とウサギ、潅木と珊瑚のモンスターカードを1枚ずつとコボルトを6枚お願いできますか?
壺式だけ早めに欲しいですが、それ以外は時間をかけて頂いて大丈夫ですので、お願いします」
「先ほどお渡ししたカードにも含まれておりますが、その結果を踏まえずともお引き受けしてよろしいのですか?」
「はい、まぁそう簡単に成功するものでもありませんし、どれかしら上手くいけばいいくらいなので」
「かしこまりました。
では、10枚の依頼料が5000ナールですね。
壺式とコボルトのセットが揃い次第伝令をお送りしますが、残りは全て揃ってからお知らせすることにいたします」
「よろしくお願いします」
毎度強化融合の枚数分を依頼しているから、カルムも分かってくれている。
もはや数の多さにはツッコんでこないしな。
これまでの手数料だけで相当懐に入っているんじゃないか?
セナクロワを連れてきて挨拶だけしておくのも考えたが、まだジョブをどうするかが決まっていないので同行はさせなかった。
戦士として紹介した方がいいのか、はたまた別のジョブにすべきか。
暗殺者や騎士にした場合は所属先を聞かれたりの面倒事を避けるために、インテリジェンスカードのチェックが入りそうな際は毎回変更が必要そうだしな。
原作の彼のパーティーは、描写がなかっただけかもしれないが上手く避けていたものだ。
受け取ったモンスターカードをシャオクのアイテムボックスに仕舞ってもらい、これにて取引は終了だ。
競売の他にもフェルスからのお誘いがあるかもと内心身構えていたが特になく、何かあれば使いを送ると言われたくらいだったので、礼をしてカルムを残して商談部屋を後にした。
商人ギルドから冒険者ギルドに戻ったついでに、前回の迷宮でのドロップ品の残りを売却しておく。
ハサミは食材なので、他に鼈甲と蜜蝋くらいしか売るものはないが、アイテムボックスはなるべく空けておきたいしな。
ギルドから自宅へと帰ってきてみれば、オーレズはしっかり片づけられていた。
半分程度になった籾の入った袋は納屋に戻し、別の袋には糠もだいたい落ちた白色の米粒が入っているのだと見せてくれる。
籾殻は外のハーブの畑近くにまとめてあるらしい。
シャオクにはこれから装備へのモンスターカード融合をしてもらいつつ、セナクロワのジョブについて皆を交えて相談する。
「皆のジョブについても、条件を満たしたものに変更できることは前に話したよね。
当面はアコは狩人、シャオが鍛冶師。
ミラは巫女で、リカは探索者になってもらっているんだけど、セナのジョブをどうしていくのがいいかなぁ」
「このまま戦士を続けるのか、他のジョブにということでありますか」
騎士団を退いた今でも騎士ジョブに就くこともできること、強力な他のジョブ───暗殺者は条件もほぼ分かっているのですぐにでもなることができること。
または、このまま戦士のジョブをLv50を目指して育てていき、魔法使いにとっての魔道士のような順当な上位のジョブを目標にすること。
あるいは全く別のジョブを最初からという手もある。
それこそセナクロワは賞金稼ぎのジョブを既に取得しているしな。
敏捷が伸びる盗賊を相手取るのだから、補正以上に戦闘向きに成長する可能性だってなくはない。
料理人だって、ジョブの補正やスキルには表示されない、調理へのプラス補正のようなものがあるように思えるし。
「魔物を私が仕留める必要がないとすると、戦士のラッシュを無理に使うこともないでありますな」
「うん、だから攻撃を当てるだけで普段より状態異常を付与しやすくなる暗殺者が無難かなぁってさ。
前衛なら剣士もいいかもしれないけど……」
「剣士の先のジョブは、より身軽になると言われていたでありますな。
しかし、姫がジョブの変更をできるのでありましたら、色々と試させていただけるとありがたいのであります」
「そうだね。
身のこなしが変わってくるなら色々様子見たほうがいいね」
「お手数をおかけするであります」
今は戦士のままで、低階層で毒針を使って暗殺者ジョブの取得、その後は他のジョブと共にLv20くらいまで上げてみて使い勝手を比べてみよう。
もっと深い階層まで進んで、Lv50までの上昇が見込める頃に改めて戦士を伸ばすか考えるか。
話も収まったところで、シャオクの鍛冶へと移行する。
皆の装備と合わせて、胴装備のダマスカスの胸当てに耐性スキルを当てはめてもらう。
ミスティックダマスカスブレストプレート(魔法耐性 物理耐性 毒耐性 麻痺耐性)
強壮丸を飲みつつスキルを連続発動したシャオクが伸びをして、4スキルの防具が完成した。
防具名の翻訳は想定通りに変化しているな。
だからなんだということもないが、考察が当たってちょっと嬉しかったりする。
お次は武器にも付与していこう。
強権のミスリルロングソード(詠唱中断 付与増強 石化添加 麻痺添加 ○)
スキルの連続使用でさっきから光りまくっているシャオクの手元が最後の輝きを終えて、目的のカード融合を終えた。
カルムから受け取ったばかりの、大量のコボルトのカードももうなくなったので打ち止めだ。
これだけ揃えれば、セナクロワも迷宮に潜るのにも安心だろう。
こんなに固めて何階層まで行くつもりでありますかと聞かれてしまったが。
シャオクにはゆっくり休んでもらっているうちに、他のことも説明しないとだな。
「みんなには装備とは別に装飾品を付けてもらっているんだけど、セナはどんなのがいいかな?」
スズシロの花弁をモチーフにした、一人ひとり個別のものだと伝え、部位の希望を確認する。
それぞれがチョーカーにイヤーカフ、ネックレスにブレスレットと、様々な装飾品に共通の意匠を施しているのを羨ましそうに見つめ、セナクロワが首を捻る。
「もう少し考える時間を頂きたいであります!」
「うん、大丈夫。
あとは……ドレスもだね」
「ド、ドレスでありますか?」
「そうそう、カルメリガのデザイナーさんのところで皆1着ずつ作ってもらってるからさ。
そんなに高くないし、当日にでも色だけ考えてもらえば綺麗に仕上げてもらえるからね」
着る機会がないので必要がないのではと遠慮するセナクロワに、おそらく、いや確実に全員来いと言ってくる伯爵令嬢様の存在を伝えた。
身長的にミーラスカと対になるような大人向けのものがきっと似合うだろう。
キリッとしたセナクロワの表情が崩れるのを見るのが楽しくなってきている。
迷宮に関しては明日から進めることにして、皆が洗濯物を取り込んでいる間に、自分は精米したオーレズに向き合うことにした。
スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 魔法使いLv46
魔法使いLv46/英雄Lv43/探索者Lv46/僧侶Lv30/遊び人Lv43/巫女Lv34/魔剣士Lv7
(村人5 農夫1 戦士30 剣士30 商人30 錬金術師29 細工師30 薬草採取士30 森林保護官45 賞金稼ぎ19 騎士7 暗殺者7 武器商人1 防具商人1 奴隷商人1 料理人24 博徒30 盗賊30)
アコルト 兎人族 ♀ 16歳 狩人Lv34
シャオク ドワーフ ♀ 19歳 鍛冶師Lv33
ミーラスカ 牛人族 ♀ 24歳 巫女Lv31
リカヴィオラ エルフ ♀ 15歳 探索者Lv29
セナクロワ 猫人族 ♀ 27歳 戦士Lv31
ダマスカスの胸当て(○ ○ ○ ○) → ミスティックダマスカスブレストプレート(魔法耐性 物理耐性 毒耐性 麻痺耐性)
強権のミスリルロングソード(詠唱中断 ○ ○ ○ ○) → 強権のミスリルロングソード(詠唱中断 付与増強 石化添加 麻痺添加 ○)
所持モンスターカード
・竜 1
・大木 1
・芋虫 1→2
・魚 2→4→3
・潅木 1→2→0
・珊瑚 0→1→0
・鯉 0→1→0
・スライム 0→1→0
・蟻 1→0
・コボルト 0→7→0
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次回は3/16更新の暫定予定です。
なんだかんだで3月いっぱいが多忙のままになりそうです。