アコルトが聞き取れたのは、「余計なことは言わないでくださいよ、
言葉通りの意味なら、ギスケと呼ばれた竜人族の魔剣士は船長で、何か不用意な発言をしたらしい。
先ほどの会話を思い出す。
『悪ぃことは言わねぇから、そんなに期待しないほうがいいぞ。
せっかく
シサズノに紹介された目の前の店は、シューシャトからの輸入品を使っているって話だ。
まだ料理を確認したわけではないが、自分がシサズノに伝えたのはサビアだけで、彼もそれとは違うものを使っているとは言わなかった。
あの場で輸入品を見たいというこちらの要望に応えたのだとすれば、この店ではサビアが使われていると考えてよさそうだ。
それがギスケの言っていた薬味のことであるなら、自分たちの仕事を他人に悟られるような発言をしてしまったのだとして、『余計なこと』だと咎められても仕方なさそうである。
「さっきの2人が向かったのって……」
「港の方ですね」
冒険者ギルドで商人ギルドの場所を聞くついでに、周りの施設について教えてもらった際に見るのを勧められた場所だ。
内陸の者にとっては、大河以外の向こう岸の見えない水辺というのは珍しいものだしな。
行く先が分かっているなら、言葉の中身を確認するほうが先だろう。
そのためには、食べてみるしかない。
「昼食を食べたばっかりだけど、もう何品かだけ、いけ……そうだね」
振り返ると、聞くまでもないとばかりに、一番奴隷様が一歩前に乗り出してきた。
希少な食材を使ったという料理を何種類か頼んでみると、そのうちの1つがサビアの根を使ったものだった。
炙られた肉の切り落としに、肉汁を煮詰めたような色のソースがかかっている。
香ばしい匂いを立ち上らせる肉を一切れ、ソースごと口に運ぶ。
口に入れる瞬間に、僅かに鼻を刺すようなサビアの香りが混じっていた。
最初に来たのは、肉の強い塩気だった。
表面を焦がした脂の旨味と胡椒の辛味が舌に広がり、そこに果実を思わせる鋭い酸味が重なる。
遅れて蜂蜜のような柔らかな甘みが顔を出し、濃厚な味わいが肉を包んだ。
美味い。
美味いんだけど、───濃すぎる。
酒には抜群に合うとは思うが、肝心のサビアは、香りの一要素として添えられているにすぎない。
薬味ってそういうものかもしれないけども、だとしてもだ。
せっかくの異国の食材を、シェーマの葉の粉末と同じような使い方をしているのは勿体ない。
こういった使い方をしているのなら、魚を醤油とワサビで食べるような発想には、たぶん至らないだろう。
そう考えると交流会で出たルテドーナの料理は、素材のことをよく分かっている使い方だった。
あれなら、肉を食べながら、ちゃんとサビアを味わっているという感じがしたな。
まぁ、まだ自分はサビアそのものを見てもいないんだけどな!
もし、ギスケという竜人族船長が、このサビアの使い方について自分と同じように考えたのなら、『せっかくうちが卸した薬味を台無しに』なんて言葉が出るのも分かる気がする。
実際は何に対して言ったのかは知らないけど。
皆は取り分けて数口ずつ、残りは全て黒うさぎ様に捧げる。
細身で食べ方も綺麗なのに、どこにそんなに入るんだ。
店を出て、港へと向かう。
シサズノに、島民には関わらないと宣言したばかりだというのにいいんだろうか。
でも、これを逃したらシューシャトへの手掛かりが途切れそうだし、どうにか繋がりを持てないかな。
せめて食材を入手するための伝手だけでもほしい。
ギルドに関わらず、ケトアラ外の者として話を聞くくらいなら大丈夫かな。
港に近づくと、帆船が並んでいるのが見えた。
ブノーにあったものなんかよりは大きいが、動力としてはやっぱり風か。
ファンタジー的な魔法で動かすのは難しいらしい。
出力方向が揃えられそうなのは風の壁魔法くらいだが、航海なんて危険な場所に魔法使いや魔道士を導入するのは厳しいだろう。
自分くらいのMP保有量があったとて、薬を飲まなきゃ何時間も魔法を使い続けられないんだし。
「あちらにいらっしゃいますね」
皆と共に物珍しそうに眺めていたが、アコルトが声を聞き取ったようだ。
示した先には、先ほどの竜人族のギスケがいた。
武器商人の方は近くにいないように見える。
馴染みのない観光客といった様相で、少しばかり近づいてみる。
「おい!
危ねぇから離れてな……ってさっきの嬢ちゃんか。
なんだ、見物か?」
「こんにちは。
すみません、こういった船を見るのは初めてで……、かっこいいですね」
「お、そうだろ!
うちの船はなぁ……ああ、いや、だめだ」
急に話を中断して、ギスケが辺りを見回す。
それから胸を撫で下ろし、明後日の方向を見ながら口を開いた。
「あー、なんだ……その、さっきの店の飯はどうだったよ?」
露骨に話を変えられたが、どうやら何か口止めをされているっぽいな。
むしろ料理の方にシフトしたおかげで、話を繋げやすくなったか。
「美味しかったですが、味が濃かったですね。
ソースに独特の鼻に抜ける辛味があったんですが、他の味に混ざってしまって、なんだかもったいなかった感じもします」
「……だよなぁ!?
嬢ちゃん若そうだし、酒も飲まねぇならキツイだろ。
俺も船を出す前は飲まねぇから、あれじゃしょっぱくてよぉ!」
白米でもあればいいのだが、この世界じゃパンしか出てこないからな。
普段の食事じゃ飲酒はしないので、その気持ちはよく分かる。
ちょっと踏み込んでみるか。
「サビアってお肉だけじゃなくて、お魚とも合いそうですよね。
魚醤と合わせたりなんかして、白身をいただいたり」
これくらいならアレンジの範囲だろう。
「おっ、分かるか!
炊いたオーレズにも、酒にもいいんだよな!」
刺身定食を思い浮かべて、うんうんと頷いて同意する。
ん?
浮かんだイメージで納得してしまったが、
「…………待て、嬢ちゃん。
シューシャトに来たことがあるのか?」
「……え?
いえ、ありません」
「本当か?
ニコウの料理はこっちじゃウケが悪いもんなんだが」
ニコウってなんだ。
アコルトから袖を引かれ、「海向こうにあるというニコウ皇国です」と耳打ちされる。
マズい。
ソロンブルク帝国やアウダニア王国のように、当たり前過ぎる知識なのか、それ。
どうやらシューシャトというのは、帝国に近い位置にあるニコウ皇国、その島の1つだったらしい。
こちらの反応にギスケが変な顔をする。
「こっちじゃ生魚は食わないって話だと思ったが。
オーレズも見かけねぇし、あっても家畜の餌だとかって聞いたしよ」
完全に返答を間違えた。
豪快な感じがしたが、頭も回るらしい。
「まぁまぁ、ギスケの旦那、いや船長。
出航前に女の子を捕まえて何してるんです?」
声に振り返ると、ロクタというあの武器商人が立っていた。
「おや、先ほどお会いした方々ですね。
あの店の料理はいかがでしたか?」
「美味しくいただいたでありますな!
ご助言ありがとうございましたであります!」
セナクロワが遮るように自分の前へと躍り出る。
さすがに武器にまで手を伸ばさないが、いつでも動けるような位置取りだ。
「あぁ~、警戒されないでくださいよ。
お察しの通り、我々はシューシャトからの商船の者でしてね。
商売の関係で近づいてくる方も多いので、疑うような話し方になるのはご容赦ください」
「おい、俺は別によぉ」
「まぁまぁ、お嬢さん方も商人……という様子ではなさそうですね。
私は商人のロクタ、こちらは船長のギスケ殿です。
他にも何名か乗組員はおりますが、……今はいいでしょう。
失礼があるといけませんし、お名前を伺ってもよろしいですか?」
「……」
名前か、どうする。
あちらは鑑定で表示されたとおりの名を名乗り、役柄も示した。
ここでこちらだけが隠すのは不自然だろう。
「スズシロ・ミツキです」
「スズシロ……。
ミツキ様ですね、ありがとうございます。
後の皆さんはミツキ様のお付きの方々、ということでしょうか」
名前だけ簡単に告げ、飲食店前のセリフが気になったことと、港と船が珍しくて近づいたのだと弁明した。
ギスケを見かけて近づいたことは伏せた。
実際、注意のためにギスケ側からこちらに声を掛けたことは間違いではないため、その後の雰囲気からは少しずつ緊張が解れていった。
「───ということで危険ですし、あくまで商品を運ぶ船ですので、お乗せすることはできないのですよ。
ミツキ様だけでなく、客人という形で誰も乗せる予定はございません。
仮にシューシャトに向かうのでしたら、フィールドウォークがありますしね」
それもそうだ。
過去に乗せてもらったという者は、『船に乗ること』が目的だったのだろう。
シューシャトへと向かうだけなら、命の危機もありそうな海路を好き好んで進む必要などない。
だが、現状は出入りを制限しているので、話が合ったからといって案内するなんてことは簡単にはできないと言われた。
商人ギルドですらシューシャト側の機嫌を伺っているのだから、当然の話だろう。
「あれこれとお聞きしてすみませんね。
あぁそうです、こちらを差し上げましょう」
そういうと、ロクタは積まれた木箱から細長い木の棒のようなものを取り出した。
表面に細かな凹凸があり、色は緑というよりは黄色に近いが、ゴツゴツとした見た目のそれはワサビの色違いと言っていい。
「こちらがサビアの根です。
皮を落として中身を刻むと香りが立ち、……っと、説明せずともミツキ様ならお使いになれそうですね」
「よろしいんですか?」
「ええ、船長に付き合わせたお詫びだと思ってください。
実演用の余りもので申し訳ありませんが」
「いえ、嬉しいです!
ありがとうございます!」
思わぬ収穫だ。
帰ったら刺身にでも使おうかな、なんて考えていると、ロクタがこちらをじっと見ていることに気づいた。
「えっと……どうされました?」
「いえ、ミツキ様はこれがサビアだと知っておられたようだな、と。
それに食べ慣れている方のような感想をお持ちでしたので」
「昔、親戚に出してもらったことがある……と思うんです。
もう亡くなっているんですが、他の食材も、自分が小さい頃に食べさせてもらったようだと……」
いつも架空の関係者を亡き者にしてばかりだな。
たぶんニコウ皇国からの輸入品を好んでおり、幼少期にそれを振る舞われたことがあったような……とぼかしておく。
「それは……大変失礼いたしました」
「気にされないでください。
もう随分前のことですし、今は自分も自由民ですし」
ちょこっと貴族ではないアピールもしておく。
頑なに両親という単語も出していないので、なんとなく向こうも察したと思う。
そのまま気まずい雰囲気になりかけたが、ロクタがさらりと終わりの方向に導いたので、この場での出会いもそろそろ終了という流れになりそうだった。
「商人ギルドとの取り決めがある以上、ご贔屓にとは申し上げられませんが、またの機会があるようでしたらよろしくお願いいたします」
「ええ、ありがとうございました。
こちらも大切にいただきます」
2人と別れ、港から離れる。
落ち着いて考えるためにも、一度家に帰ろうか。
サビアを持ったまま迷宮へ行くのも何だし。
***
「ちょっと危なかったかな」
テーブルを囲んで、先ほどの話を振り返る。
リカヴィオラは物珍しそうにサビアの根を手に取り、様々な角度から回し見ては首を傾げている。
「怪しまれてはいたでありますが、敵意はなかったでありますな」
ニコウ皇国の名前すら知らなかったのはよろしくなかったな。
シューシャトという具体的な地名までは知らずとも、あわよくば船に乗って行きたいとまで考えていた国の名前すら頭に入っていないというのは不自然すぎた。
ソロンブルク帝国の海を挟んだ向こうにはニコウ皇国がある、というのは常識らしい。
フェルスお姉様に言って、貴族向けの児童書でも借りてくるべきか……?
最低限の地理や近年の歴史くらいは頭に入れておく必要がある気がしてきた。
でも街移動の各地の絨毯と地名、それに人の名前と顔を一致させるだけでも大変なんだよ……。
聞いたことのない音の響きが多すぎて、覚えるだけでも一苦労だ。
鑑定によるカンニングはあるものの、地名の方は気合で覚えるしかない現状である。
今回得られた情報の中では、シューシャトというかニコウ皇国では、生魚を食べるようなところも気になった。
それにオーレズのこともだ。
自分は加熱には触れず組み合わせを述べただけだが、魚醤との組み合わせもそうだし、ギスケは明確に
オーレズ自体も、帝国で飼料として扱われているオーレズと、同じものであるとの認識をしているように思えた。
サトゥカ村のそれのように、一部の品種が人でも食用に向いているとかの違いはあるだろうが、オーレズを食べる文化が、あちらでは一般的に成り立っていそうな話しぶりであった。
少なくともその部分においては、ニコウ皇国の食事は日本食に通ずる印象がある。
そう考えると、ますますあちらの地へと足を踏み入れたいところだが、訝しげに思われたばかりで行動に移すのはよろしくない。
なまじ手段があるのがもどかしい。
過去に、移動する馬車の内部へとワープが使えたように、今日確認したシューシャトの船にもおそらく使えるだろう。
あちらが帰港した後、夜にでも船の壁面から出てくること自体は可能に思える。
だが船の管理状況がわからないので、うっかり荷下ろしや清掃中の人前に出るわけにはいかない。
不審者というレベルじゃないし、渡来の制限をしているらしい国に未知の手段で現れたら、外敵として即処分もあり得る。
というか、日本的な要素を考えるとそっちのほうが恐ろしい。
アウダブルグ王国の亡き王女に似ているようだからあんまり南方に向かうのは避けておこうなんてものとは違って、ニコウ皇国のお尋ね者となってシームにすら居られなくなる……という嫌な想像にまで繋がってしまいそうだ。
リップサービスで『機会があれば』と言われたが、今後直接の取引は無理だろう。
というか、ああいう商人独特の視線に晒されるのは心臓によくない。
シューシャトとケトアラの交易がもっと盛んになり、輸入品の店が増えることを願うしかなさそうだ。
手に入れたばかりのサビアがもしかしたら最後になるかもしれないとも思いつつ、炊飯用にオーレズの吸水をリカヴィオラに頼んでおく。
自分は刺身を楽しみたいが、生モノが厳しそうなメンバーがいたらステーキ丼でもいいだろう。
その夕食までは時間もあるし、こんがらがってきた頭の気晴らしも兼ねて迷宮へ行こうか。
昼前までと同じく、27階層のボス部屋までの戦闘を繰り返す。
魔法使いはLv52まで上がっているが、階層を考えればそろそろレベルキャップに引っかかるんじゃなかろうか。
今後メインジョブを魔道士に切り替えたとしても、連射のためにパラレルジョブに魔法使いは必要なわけで、戦闘が楽な階層だとしても経験値が無駄になるなら、ちょっと考えものである。
周回を続けつつ、これからのことを思案する。
このシームの迷宮では1つ上の28階層のボス、ファイヤーバードは突破しており、29階層へと足を踏み入れてはいる。
そこに出てくる魔物としては弱点属性のないノンレムゴーレム、ロックバードが跋扈しているので火力が上がるまで足踏みしているが、そろそろ抜けなくてはいけない頃合いか。
また一気にボス部屋まで攻略して先へと進めば、30階層からはブラックフロッグ、ケープカープと続くと聞いた。
そこまで上がると火弱点が続くので、新たな狩場になりそうだ。
道中の群れの魔物が6体に増える32階層は、ドライブドラゴンが出てくるとも聞いたので、初めてのドラゴン相手の戦闘に備えて可能な限りレベルを上げておきたい。
あ、セナクロワが一応討伐経験はあるんだっけ。
その上はサイクロプスが現れるという33階層だ。
これを突破すれば3ランク目が終わって、1階層ボスのホワイトキャタピラーが道中の魔物となる34階層から、4ランク目の始まりだ。
まだまだ先は長い。
追加の食事を取ったはずのアコルトが、そろそろ夕食の時間ですと申告してくるまで、ハーブを焼くお仕事を続けた。
スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 魔法使いLv52
魔法使いLv52/英雄Lv47/探索者Lv51/樹祭司Lv20/遊び人Lv50/魔道士Lv30/森林保護官50
(村人5 農夫1 戦士30 剣士30 僧侶30 巫女45 商人30 錬金術師29 細工師30 薬草採取士30 村長1 賞金稼ぎ19 騎士7 暗殺者7 魔剣士7 武器商人1 防具商人1 奴隷商人1 料理人24 博徒38 冒険者1 盗賊30)
アコルト 兎人族 ♀ 16歳 探索者Lv17
シャオク ドワーフ ♀ 19歳 鍛冶師Lv39
ミーラスカ 牛人族 ♀ 24歳 巫女Lv37
リカヴィオラ エルフ ♀ 15歳 探索者Lv35
セナクロワ 猫人族 ♀ 27歳 剣士Lv33
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