異世界迷宮と斉奏を   作:或香

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204 安息

 黒うさぎ様の時報で帰宅してみれば、戦闘メンバーがワープゲートを抜け出たタイミングで、夕方の鐘が鳴るところであった。

 イレギュラーな追加の食事をとったというのに、正確な腹時計に感服である。

 

 リカヴィオラは帰宅を予想して少し前からオーレズを炊き始めていたようで、すでにフツフツと沸く鍋の火加減を調整している。

 装備を外し、手を洗って夕食作りに加勢しよう。

 

 

 皆に確認してみたが、以前に確認した通り、迷宮食材とはいえ生で魚肉を食べるのは抵抗があるようだ。

 それでも主人が熱望しているのだからと、お試しで口にしてみたいとのことなので、メインとして豚や牛のステーキを用意し、魚については迷宮食材の白身と赤身を使うことにした。

 

 切り分けたステーキには刻んだサビアとコボルトソルトを、魚の方は生食用に刺身にして、こちらにはサビアと魚醤を小皿に移しておく。

 それだけでは不満もありそうなので、魚肉はいくつかの切り身をムニエルにし、ドレッシングに手を加えてサビアソースを作ってみた。

 

 鍋炊きのオーレズを皿に盛り、自分は刺身の方からいただいた。

 魚肉と魚醤の相性はさることながら、そこにツンとくる刻みサビアは格別だ。

 これぞ和の心、いや、ニコウの心。

 数時間前に名を知ったばかりの地名だけど。

 

 味の説明はしたが、皆フォークに刺した刺身を恐る恐る口にしている。

 噛み切れはするが、生魚の妙な食感を味わったところで、一様に顔を顰(しか)めた。

 

 そしてあの独特の辛味にある者は涙を滲ませ、ある者は咳き込み、飲み物で流し込んでなんとか事なきを得たという感じだ。

 分かる分かる、意外と少量でもクるんだよな。

 

 現代のチェーン店とかで、セットで付いてきた蕎麦のつゆに、やたら多く添えてあるワサビを溶かしすぎて、自分は毎回むせたりしてたし。

 ……それは間抜けな自分が学習しないだけか。

 

 これの何がいいのかと聞かれても、なんだろう……『和食を食べている』という感覚が心に触れるのかもしれない。

 慣れていない者にとっては苦行に思えるのかな。

 

 

 ステーキにのせた方は量を抑えたこともあるが、熱が入って少しばかり辛味も減った気がする。

 交流会の料理の方はだいぶ食べやすくなっていたので、刻み方なんかも調整されていたに違いない。

 

 白身のムニエルにかけたソースのサビアについては、口当たりもよく、こちらはアコルトたちも気に入ったようだ。

 ステーキにこのソースを付けて食べたりしているので、すこぶる評価もいいらしい。

 でもそれじゃ、風味の違いはあれど結局シェーマの葉とあんまり変わらないんだよなぁ。

 

 生魚、そして単体のサビアについてはそんなに評判は良くないので、工夫が必要だな。

 残ったサビアはそう多くないので、そのうち自分用に寿司もどきでも作って使い切ることにするかぁ。

 

 食材と、皆の好みを知れただけでもよかったとしよう。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 夏の下月20日。

 

 なんとなく考えていた5日ごとの休日だが、交流会だの様々な用事で結局バラバラになっている。

 このあたりで改めるのがよさそうか。

 

 と思って昨夜相談したところ、うちの子たちは揃って、必要ないとか言っている始末だ。

 以前も聞いて、同じような回答が返ってきた気がする。

 

 仕事というものは家事くらいだし、迷宮でも危機に陥るほどの難度でもなく、日が落ちる頃には食事を取れて、毎日お風呂にも入れているのだからと、主人の意向に従う旨を示してくる。

 

 こちらとしても漠然とジョブレベルを上げていきたいという気持ちはあるが、いつまで、みたいな目標はないんだよな。

 明確に狙えそうなジョブは取得できているし、あとは知らない情報ばかりだし。

 

 ただ、来る日も来る日も同じ階層で同じ魔物を倒しているのは、飽きたりしないのかなぁと思った。

 自分は各人のレベル上昇を視覚的に認識できるし、アイテムボックスの埋まっていく列やその売却額で成果を把握できているが、皆はそうじゃない。

 大取引の前に一時期資金が枯渇しそうになってからは、定期的に資金状況を共有するようにしているが、それぞれの腹の中はどうなんだろう。

 

 それについても思い切って聞いてみると、定期的に貴族の集まりだの、他国との問題など大事に巻き込まれているので、変わらない普段通りくらいがちょうどいいと言われてしまった。

 …………ごめんなさい。

 

 だいたい、普通の人は1年に数レベル、考えうるパワーレベリングをしてもその数倍程度しか変化しないので、数日で目に見える成果が出る方がおかしいのだ。

 するべきことがあって、心配なくちゃんと暮らしていけることこそ、この世界では重要なのだろう。

 

 

 

 などという小難しい話は置いておいて、本日は迷宮には向かわず、南方都市エスラルグへと来ている。

 こちらでの仲買人探しを進めたいところだ。

 

 メンバーはアコルトと、セナクロワ、そしてリカヴィオラ。

 昼食の際はシャオクたちも迎えに行くつもりだが、今は家事を交代してもらっている。

 

 一番奴隷様に、現地に詳しい隣国の元騎士、そしていつも留守番ばかりお願いしているので、今日は最初からお出かけにと誘った、低位とはいえ元王位継承候補兼現筆頭侍女。

 端から見れば、南方出身エルフ姉妹に護衛とメイドが付いてるように思えるだろうか。

 探索者が2人もいて、編成管理をしているのは魔法使いの方とかいう意味不明なパーティーだが、内情は他人からは分からないので問題はない。

 

 

 商人ギルドへと入り、併設された競売会場の方に進む。

 前回は、貼り出されていた目録にあったコボルトのカードを落札して帰ったんだっけ。

 

 貼られている本日の目録にザッと目を通すが、数字以外に読める文字があんまりない。

 覚えられたのは、まだ自分がよく使うモンスターカードのブラヒム語だけだから、それがないということは今日の出品はハズレかな。

 

 

「何か探しているのか?」

 

 

 振り返ると、ケモ耳の男性が立っていた。

 自分というより、周りを見張っていたセナクロワに話しかけたように見える。

 

 

ヒャバリ 狼人族 ♂ 32歳 探索者Lv28

 

 

 セナクロワが目配せをしてきたので、小さく頷いて返すと、伝わったようでサラリとウインクをして彼女が口を開いた。

 

 

「商品を探すというより、仲買人を探しに来ている」

「そうか、ちょうどいいな!

 俺はヒャバリ、その仲買人をやっている」

 

 

 なんで探索者がと思ったが、武器防具商人の前提ジョブだから、修行中ってことなのかな。

 原作では色魔ジョブの仲買人がいたくらいだから、会場が併設していても、商人ギルド所属のみしかなれないわけじゃないんだろう。

 

 ただ、競売のルールがルテドーナとも共通だとしたら、現地の商人ギルド所属員には優先枠があったんだよな。

 大オークションで、自分がカルムの同伴者枠に入れてもらったのもそれだ。

 落札確認なんかもスムーズに対応してもらえたし、きっと普段の情報を得るのも有利なんだと思う。

 

 

「よければどうだ、外で話でもしないか?」

 

 

 すぐそこに商談室がなかったか。

 もしかして使えないのか。

 

 

「あなたはエスラルグの商人ギルド所属なんですか?」

「え、……あ、あぁ、そんなところだ」

 

 

 動揺した様子なので聞いてみれば、エルフがバーナ語を流暢に話したからだと弁明してきた。

 そういえば聞こえてきたセナクロワの口調が違っていたな。

 本当はこそっとセナクロワに声を掛けたんだろうが、自分もアコルトもバーナ語話者だし、なんならリカヴィオラも挨拶くらいは聞き取れるので、ある意味可哀想である。

 

 仮に派生職になれていなくとも、有能そうならレベル上げを手伝うところから始めてもよかったが、謀られるのは困るよな。

 丁重に断らせてもらおう。

 

 

「じゃあ確認しに行きましょうか」

 

 

 こちらの言葉に露骨に嫌そうな顔をして渋ってきたので、無視して離れることにした。

 

 エスラルグでは、国境付近であるため対応に気をつけているとかなんとか聞いたことがあったような気もしたが、未所属の個人にまでは適用されないのだろう。

 まぁ、この後あの人はギルドにどう対応されるかは知らないが。

 

 そう簡単に腕の良い者に巡り会えるなんて、ウマい話はないのだ。

 時間を空けつつ、地道に通って探すしかなさそうか。

 

 

 

 商人ギルドを抜け、商店街へと足を延ばす。

 普段シームじゃ見かけない雑貨や、周辺で取れた果物なんかを眺めて回った。

 

 その後も移動ついでに再び競売会場の方へと向かってみるも、時間が悪かったためか、声がかかるどころか受付以外に人がいない状況だった。

 参加費が無駄になってでも、オークション中の会場内に入らなきゃマトモな出会いはなさそうか。

 普段から競売に注力している者は今、中にいるはずだし。

 

 他の都市より割高な分、高性能な装備まで出回るようなエスラルグでは、落札の見極めにもかなりの実力を要しそうなので、慎重に探さないとダメそうだ。

 もっとも、そういう能力のあるような仲買人は、追加の顧客など求めていなさそうでもあるのだが。

 足繁く通うしか道はなさそうであるが、どうにか探し当てたいものである。 

 

 

 帰り際に再び商店街へと回り、いくつかお土産として購入してからシャオクたちを迎えに行った。

 

 

 

 

「そんな感じで、ちょくちょくまたエスラルグに行くことになるかも」

 

 

 飲食店に入り、半個室のようなテーブル席に案内された。

 留守番をしてくれていたシャオクたちに、食事をしながら仲買人探しの進捗を伝える。

 

 

「カルム様のように、ザノフ様にご紹介をお願いすることは難しいのでございましょうか?」

「うーん、普通の人が紹介してもらうんだったらいいだろうけど……。

 ほら、うちは依頼するモンスターカードの数も、頻度もすごいからさ。

 こっちでもあっちでも、毎回何枚も頼んでるのを把握されたらあんまり、ね」

 

「枚数もそうですけど、種類もですね。

 大半は失敗していると思われていても、あのミスリルスタッフのように、複数スキルの装備を他にも持っているんじゃないかと思われそうです」

 

 

 ミーラスカの提案は、優秀な仲買人の確保が目的なら最も早いだろう。

 実力者に、自身が認めた能力のある者を紹介してもらえばすぐだ。

 しかしシャオクが言うように、シームラウ家やザノフからの警戒の目を考えると、情報を与えたくないんだよな。

 

 実際、作れそうな装備の相場を聞いていたら、結果的にシームラウ家との取引に繋がったのだし。

 自由民という身分や、フェルスとの関係もあって、調査を無理強いされていないだけかもしれない。

 今よりもカードの入手量が目に見えて増え、想定される戦力増強がどこに流れているのかも把握できないとなれば、身辺調査が厳しく行われる可能性は高い。

 

 こちらに敵対する意思など毛頭ないが、邪推されてしまうような要因を作りたくない。

 払拭するために、作られた装備はこれだ、と3つも4つもスキルの付与された装備を見せるわけにもいかないしな。

 

 エスラルグなら遠方すぎて、普段から世話になりすぎているので自力で探していたとかなら、もっともらしい理由になるし、取引自体の量や仲買人の数も多いので、ピンポイントで自分たちの依頼した先を見つけるのは難しいだろう。

 

 今後も不定期でエスラルグを訪れ、競売会場で目録を見つつ、時々オークション自体にも参加してみよう。

 そこでなら仲買人たちの様子も見れるだろうし、鑑定で本人の情報も得られるはずだ。

 今日は大した出品内容じゃなかったから、また後日だな。

 

 

 

 

 昼食を終えた後は、どうしようか。

 迷宮にも行かず、必要そうな買い物も特にないので、たまにはゴロゴロとするのもいいかもしれない。

 

 普段、迷宮の中はひんやりとした空気なので、動かなければ汗はかかない。

 だが地上ではまだ夏季なので、日中は日陰に居てもじんわりと汗が滲む。

 

 お風呂……は給湯が面倒なので、冷たすぎない程度の水を溜め、簡単な行水をすることにした。

 始めは髪は濡らさないようにしてパシャパシャと足に水をかけていたが、そのうちお互いに浴びせ合う。

 

 ウォーターボールでもぶつけられればいいのだが、それでは無防備な身体に少なくないダメージが発生してしまうので使えない。

 となると魔法使いをメインジョブに据えた、身体的ステータス弱者の自分はなされるがままだ。

 1stジョブを英雄に変更するために、ポイントをコソコソやりくりしながら応戦できるほど器用じゃないのだ。

 

 

 腕力にポイントを振って無双することもできたかもしれないが、加減を間違うと危なすぎるので大人しく余っていたポイントを体力ステータスへと振り、効いてないアピールをするしか抵抗する術がない。

 くそう。

 

 ひとしきり遊び終えたら、タオルで水気を取って、下着だけ身に着けて2階へとあがる。

 そしてそのままベッドへとダイブだ。

 

 夏の陽気でふかふかの布団に転がると、プール上がりのような心地よさが身を包む。

 リカヴィオラも、セナクロワも含めて全員で同じベッドに身を投げだして、昼寝にしよう。

 当然だが、戸締りはしてある。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 鐘の音で目が覚める。

 朝ではなく、夕方のだ。

 

 お腹のあたりにタオルが掛けられていて、周りには誰もいない。

 香ってくる匂いから察するに、食事の準備をしているようだ。

 自堕落な主人でいられるのは、皆が勤勉なおかげである。

 

 簡単に着れる寝間着を身に着けて、階段を降りた。

 

 

「おはよ~……じゃないか、準備ありがとう」

「はい。

 もうすぐ出来上がりますので、お席でお待ちください」

 

 

 言われるがままに椅子に座り、淹れてもらったハーブティーを先にいただきながら配膳を待つ。

 皆の様子を眺めていると、テーブルの隅に置かれたメモに気がついた。

 

 手を伸ばし、書かれた文字を読もうとするが、数字くらいしか分からない。

 

 

「あっ、それはニカドー親方のお弟子さんが持ってきたんです。

 氷冷箱の部品作りがもうすぐ作り終わりそうだから、霜晶鉄の板と金網をそろそろ準備してほしいって」

 

 

 となると、メモの数字は個数か。

 不足分は網が2つと、板が8枚だったと思うから、その数字で間違いないはずだ。

 

 あと何日かで、パーツ作成が終わる目処が立ったということだろう。

 明日にでも木工店の方に行って、うちに持ってきて組み上げる日程を決めないとな。

 

 

 夕方の鐘が鳴る少し前に、誰かが家へと近づく音で、まずアコルトが目を覚ましたそうだ。

 その後玄関の扉が叩かれて、訪ねてきた相手の声で皆が起きたらしい。

 

 リカヴィオラが急いで出ようと階段を降りかけたところで、下着姿のため皆に無理やり止められ、ついでだからとそれぞれ着替えて対応したと聞いた。

 そんな騒動の中、普通に寝続けた奴がいたようだが、起きる気配がなかったのでタオルを掛けてあげて、食事の準備を始めたという話も、夕食時の話題にあがった。

 

 訂正、こんな主人が生きていられるのは、家族の皆様のおかげでございます。

 

 

 

 夕食後は、シャオクにモンスターカード融合をお願いする。

 薬草とコボルトのカードで、『回復増強』をミーラスカとセナクロワの装備に付与するのだ。

 前衛で、敵と最も接触の多い2人を優先することは、皆の意見と一致している。

 

 

駿馬のダマスカスグリーブ(移動力2倍 回復増強 ○)

浮草のダマスカスソルレット(回避2倍 回復増強 ○)

 

 

 それぞれの足装備に強化スキルが収まった。

 残りの2人の装備にも早く付けてあげたいな。

 

 アコルトの探索者がLv20になったら一区切りとして、迷宮の攻略を進めていきたいと思っているが、たぶん2日ほどしっかりと潜れば上がっちゃいそうなんだよね。

 階層の数字以下のジョブレベルには、経験値の補正とかもありそうな感じだし。

 

 レベル上げも、食材調達も、仲買人探しも、少しずつ進めていこう。

 湯船からお湯を溢れさせながら、皆と暮らす時間を大事にしたいと願った。

 

 

 昼寝をしたので寝付きが悪かったが、ジョブとボーナスポイントの構成を考えているうちに、いつの間にか意識は遠のいていた。

 




スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 魔法使いLv52
魔法使いLv52/英雄Lv47/探索者Lv51/樹祭司Lv20/遊び人Lv50/魔道士Lv30/森林保護官Lv50
(村人5 農夫1 戦士30 剣士30 僧侶30 巫女45 商人30 錬金術師29 細工師30 薬草採取士30 村長1 賞金稼ぎ19 騎士7 暗殺者7 魔剣士7 武器商人1 防具商人1 奴隷商人1 料理人24 博徒38 冒険者1 盗賊30)

アコルト   兎人族 ♀ 16歳 探索者Lv17

シャオク  ドワーフ ♀ 19歳 鍛冶師Lv39

ミーラスカ  牛人族 ♀ 24歳 巫女Lv37
  駿馬のダマスカスグリーブ(移動力増強 ○ ○) → 駿馬のダマスカスグリーブ(移動力増強 回復増強 ○)

リカヴィオラ エルフ ♀ 15歳 探索者Lv35

セナクロワ  猫人族 ♀ 27歳 剣士Lv33
  浮草のダマスカスソルレット(回避2倍 ○ ○) → 浮草のダマスカスソルレット(回避2倍 回復増強 ○)


所持モンスターカード
・竜        1
・芋虫       2
・魚        2
・潅木       1
・珊瑚       1
・ウサギ      1
・コボルト   4→2
・薬草     2→0


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次回は9/21更新の暫定予定です。


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