夕食を食べながら留守番組にカルムの話を共有していると、皆の心配の声にだんだん不安が大きくなってくる。
その様子を感じ取ってくれたのか、後半は励まされていたという印象が強い。
あくまで観光の招待で、まだ日程すら未定なのだと楽観できる要素を強調してくれている。
思えばこちらの世界に来て数日後にはアコルトと出会い、それからは移動先の確保のための街移動以外で、長時間ほとんど1人になったことはない。
それも自分の意志で行動した時だけだし、日を跨いで見知らぬ土地に向かうのは転生してすぐ以来になる。
ところで転生……でいいのか?
姿どころか性別も変わっているし、元の世界と違うカタチで別世界に生きるという意味では合っているかも。
まぁ、それは今はいい。
今回の件では、いざという時はオーバーホエルミングからのワープで緊急離脱はできるが、パーティーメンバーが固定された状態で魔法使いジョブの自分が突然いなくなるのは、その後のことも考えると非常にマズいので、命の危険とか、そういう本当に危機的な状況しか使えない手段である。
シューシャトを治める代官主導の案件で、変な真似はされないと思いたいが、実際に未知の土地に赴く覚悟は必要だ。
明日の話し合いで、破談になる方に祈ろうかな。
変わらぬ気の重さを抱えたまま、入浴を済ませて眠りについた。
***
緊張からか、他の皆が起き出す頃に目が覚めた。
朝の準備を起床から一緒にするのは久しぶりな気がするくらい、自堕落な主人である。
皆は不安な雰囲気を話題に出さないように賑やかな朝食にしてくれていたが、アコルトとミーラスカを縁取るパーティーメンバーの証が、なんとも言えない気分にさせてきた。
会合の場にはそのままお供を連れてきて構わないということなのだが、ミーラスカが『商人の方々がたくさんいる前ではなかなかお役に立てそうにありません』と申告してくる。
確かに彼女は大きく主張できるタイプではないし、仕える前からずっと奴隷という立場で暮らしてきたので、利を取るために積極的に動く者が多数いる中では難しいか。
商人たちが、シューシャト側の指定を受けた自分の家人を蔑ろにするほど愚かとは思わないが、本人が厳しいというなら誰かに替わってもらおう。
そうすると、話題を振られた時に南方に詳しいセナクロワを同席させるのが順当かな。
快く引き受けてくれたので、頼りにさせてもらおう。
そんな調子で朝食も終えて、身支度を済ませ、アコルトとセナクロワと共に家を出る。
宿に向けて歩みを進めていると、前方から向かってくる足音にアコルトが気づいた。
シャイルヴェが迎えに来てくれたようである。
「おはようございます。
ありがとうございます、シャイルヴェ殿」
「おはようございます、こちらこそ朝早くよりありがとうございます。
……おや、ミーラスカ様ではなくセナクロワ様が同行されるということでよろしいですか?」
「はい、同席させるのはアコとセナの2人でお願いします」
「お手数をお掛けするのであります」
「いえ、こちらはお願いしている側になりますので。
かしこまりました、では───」
シャイルヴェがパーティー編成を詠唱する。
ミーラスカを離脱させ、新たにセナクロワを加えて入れ替えが完了した。
昨日渡された資料について確認したが、特に返す必要はないそうだ。
帝国と皇国、それにシーム領の商人ギルドの立場についての基本的な知識だから、秘匿するような内容ではないし、保管するでも処分するでも構わないらしい。
カルムは先にケトアラに移動しているそうで、自分たちは眠る人魚亭前の絨毯から、かの町のギルドへ直接向かうことになる。
家に移動用絨毯を置こうかなぁ。
ここまでの移動が面倒臭いというより、わざわざ歩かせて申し訳ないという気持ちのほうが大きいのだ。
カルムたち側から、移動が大変なので絨毯を置いてくれなんて言えないだろうしな。
ましてや女性しかいない家ということになっているので迂闊な発言とも取られかねないし、かといってフェルスお姉様からの贈り物なんて形にされたら、彼女が容易に訪問してくる建前になり得るのでシームラウ家的にもダメだろう。
自前で用意して、普段は収納し、家からの出発や使いのシャイルヴェらの使用時のみ広げるくらいにするのが無難かな。
カルムなら手元で情報を留めておいてくれそうだし、後で相談してみるか。
そんな考えを巡らせている間に宿前に着き、絨毯の前でのフィールドウォークの詠唱も完了する。
「では、私に続いてお入りください」
いつもの綺麗なお辞儀をしたシャイルヴェが先行してゲートに消えたので、自分たちも後に続いた。
出てきたのは、数日前に来たばかりのケトアラの商人ギルド前の絨毯だ。
商売人たちばかりだから、朝から通りを行き交う人々の数は多い。
全員が通り抜けたのを確認してから、シャイルヴェがゲートを閉じ、くるりと前を向いて商人ギルドの正面へと先導する。
「お待ちしておりました、ミツキ殿」
ギルドの入口の前でシャイルヴェが立ち止まったかと思うと、内側から扉が開いてカルムが顔を覗かせた。
メンバーの縁取りが近づいたことで、気付いた彼が出てきてくれたのだろう。
そのまま中には入らず、脇に少しばかり避けて小声で話しかけてきた。
「(この後すぐにギルドの者との打ち合わせとなります。
ミツキ殿の負担が少なくなるように検討した内容を提示するつもりではございますが、ご質問やご希望については都度言葉を挟んでいただいて構いません)」
「(ありがとうございます)」
「(カルム様、我々がその場で発言することも構わないということでありますか?)」
「(ええ、セナクロワ殿。
そして、アコルト殿も。
気になることがあるようでしたら、ミツキ殿と
同様に、つまり奴隷という立場でも、直接意見していいということである。
その言葉だけで、少なくとも打ち合わせの間は自分と同等に扱ってくれることが分かった。
だいたいの内容については昨日カルムから聞いているし、この場でつらつらと考えるわけにもいかないので、商人ギルドに入ることにした。
「よろしいのですか?」
「ええ、中で始めましょう」
商談室へ向かう途中で、カルムに声をかけたのはシサズノだ。
こちらにも視線だけを送って小さく会釈をするだけに留めたのは、注目を集めないためなんだろうか。
商人同士の何気ない会話の一幕のようにさらりと流れ、後ろに続く自分たちもスムーズに室内へと入り込めた。
大テーブルを囲んで椅子が並んだ少し広めの部屋に、数名の商人、それに武器商人と防具商人のジョブの者たちが待っていた。
「そちらが……」
「はい、シューシャトの交易商より指定のあった、スズシロ・ミツキ様です。
お連れの方々が、アコルト殿、そしてセナクロワ殿です」
カルムの紹介を受けて、背筋を伸ばす。
一応、主人と所有奴隷ということで敬称を分けたのだろう。
商人たちからじろじろと見られるのは嫌だがしょうがない。
おそらく手元にある、ロクタが語ったという自分たちの人相のメモと見比べているようだ。
「ミツキ様。
先日もご協力いただきましたが、今一度カードのチェックをさせていただけませんでしょうか?」
「あっ、はい、どうぞ」
初対面の商人たちが多いのだし、この世界の人々が出せる唯一の身分証明とも言えるインテリジェンスカードを見てもらうのが早い。
シサズノの脇にいた、奴隷商人がジョブと名を名乗ってからカード操作の呪文を唱えた。
自分の左手から飛び出したカードと、アコルトたちのカードを、商人たちが代わる代わる確認する。
現れたのが目的の人物の確証が取れたからか、胸を撫で下ろした人もいた。
それから改めての自己紹介だ。
自分についてはカルムが掻い摘んで紹介をしてくれたので、あちらの商人たちの名前や担当部門なんかの話を聞く。
一度にバーッと言われても覚えられる気がしないが、こちらには鑑定がある。
どうせ素人だと思われて期待はされていないはずだから、名前をカンニングして話しかければいいだろう。
自分の口からは、シューシャトの武器商人のロクタ、そして船長ギスケとの出会いを説明した。
飲食店の前で会った後、観光がてら港と船を見に行ったところで再び出会い、オーレズ食やサビアについての意見が合ったことを話す。
商船や船員に近づいたことで当然怪しまれ、名乗ったほかは二言三言の会話をし、船には乗れないと直接言われて別れた。
本当にたったそれだけで、なぜこんな事になっているのか分からない。
カルムには普段から世話になっているし、シサズノも親切にしてくれたので商人ギルドに対して協力はしたいと思っていると伝えた。
シューシャト自体には興味があるものの、あちらの指定でなければ仰々しい任を降りたいくらいだとカルムには昨日伝えてあるので、余所者の自分が仕組んだわけではないことはギルド陣にも知られているはずだ。
カルムやシサズノが事前に周知してくれていたのだろう、商人らはアコルトたちにも態度を変えず、自分には様付けで彼女らには殿付けで統一されていた。
それだけでもこちらの印象が良い。
完全に巻き込まれた被害者に見えるように、取り計らってくれたんだと思われる。
主要担当らしいシサズノの進行で、この後に行われるシューシャトとの会合に向けての確認が進んでいく。
やはり自分はただのゲスト扱いで、あちらの歓待を受けるというのが任務となる。
その他諸々のやり取りや責務は他のパーティーメンバーが担当し、ミツキ個人のみに影響すること以外の一切の契約や取り決めについての決定権を持たせないという方針らしい。
こちらとしても今回の招待以上の組織的な面倒事は避けたいので、素直に同意した。
文面にもサインしたが、アコルトとセナクロワのチェックは通っているので、一方的に不利な内容ではなさそうなので大丈夫だろう。
後は南方についての知識を確認されたが、ほとんどセナクロワが答えてくれたので、つっかえたりしたこともない。
自分が主体として答えたのはオーレズの調理法くらいだが、興味深そうにしていたのがわずかで、ほとんどは情報として受け取っている、みたいな感じだった。
交易に関わる商人たちでも、自身が扱ったことのある品種から想像するだけでは、食べてみたいとは思わないか。
まぁ、その辺の意識改革が今回のシューシャト側の目的にもなっているので、帝国民たちの印象改善は追々だろう。
派遣団のパーティーメンバーの内訳についても、昨日聞いた通りの希望が出されたので、それについても了承する。
妥当な内容だし、自分じゃどうにもできない部分が多すぎるので、とにかく安全に、何事もなく終わってくれればいい。
アコルトもセナクロワも心配そうではあるが、彼女らについてきてもらってもなんとかなる問題でもない。
まず冒険者としての移動は無理だし、ギルドとしてのやり取りは担当できるはずもなく、護衛だってもっとベテランの者が用意されるだろう。
装備くらいはこっちの方が優秀なものを揃えられそうだが、ジョブや技量においてはまだまだだ。
もう何ヶ月かあれば中位ジョブまで育てられたんだけどな。
あとは日程だ。
氷冷箱のことを思い出し、数日後に家の用事があるので、それ以降ならいつでもいいと答えた。
シューシャト側だって、今日の会合の結果を持ち帰って準備するのだから、そんなにすぐは無理だろう。
商人ギルドとしても昨日の今日の対応だから、目星は付けていてもシャイルヴェ以外の最終的な人員決定はまだのはずだ。
細かい内容を再度確認した後、合意をとって、いよいよロクタらシューシャト陣との会合へ移動した。
会場は、商人ギルドから出てすぐ近くにあった大きめの宿である。
シューシャトの2人が泊まっているのが、ここだそうだ。
先ほどいた商人の中の誰かが経営に関わっている宿なのだとか。
そんな情報をもらったところで、全然頭に入ってこない。
広めの応接室に通されて少しだけ待っていると、従業員のノックと声がけがあり、扉が開いた。
ロクタ 人間 男 34歳 武器商人Lv16
ヒサク 狼人族 ♂ 45歳 冒険者Lv28
先日のロクタ本人と、冒険者の男性が入室する。
自分の姿を見てか、ロクタが小さく頷いた。
「この度は、こちらの依頼にいち早く応じていただきありがとうございます。
ミツキ様、それにお連れの方々も、急な申し出となり申し訳ありません」
あの時ギスケに対してフランクな態度を取っていた様子からは一変して、仕事モードのような雰囲気だ。
本人の証明、ということで改めて自分とアコルトとセナクロワがインテリジェンスカードを表示させられる。
シューシャトの2人にも確認してもらったので、あの日名乗った名が正しいということも、これで問題ないだろう。
自分たちはロクタたちのカードを見せてもらってはいないが、宿に泊まっている時点でチェックは受けているはずだし、そこは野暮か。
と思ったら、次は自分たちの番だと申し出て、確認させてくれた。
「さて、本人確認も済みましたので、招待の話に移ります。
おおよその内容は先の手紙に記載してありましたが、別途の招待状というのは、こちらです」
ロクタが懐から取り出した上質そうな封筒を、こちらへと差し出してきた。
宛名に自分の名前が書かれているので、やはりギルドではなく個人への招待のようだ。
アコルトに開封して読み上げてもらう。
シューシャト島代官のクユシロ・エクマからのもので、文面としてはロクタが話していた内容と一致していた。
ロクタという武器商人の身分を代官として保証することと、将来の交流へ向けての第一歩として、まずは民間での招待を認めると書かれているそうだ。
不測の事態があればシューシャトとして解決に当たるとも述べられている。
スズシロ・ミツキ及び渡航メンバーの無事の帰還及び、帝国商人ギルド側の報告をもって今回の招待を完了し、以降は徐々に国間の交流に移行させていくことを目標としていくようだ。
派遣メンバーがちゃんと帰ってきましたよ、というのと、文化理解への礎とするべく結果報告も必要なようだ。
それについては、ギルド主体で自分以外のメンバーがまとめてくれる手筈となっている。
ロクタらシューシャトの商人と、ミツキ個人の招待のやり取りを、島代官と商人ギルドがそれぞれ支援するという形だ。
「人員についてですが……」
日程の前にメンバーの取り決めだ。
前にも聞いたように、今いるシューシャトの冒険者とロクタに、ミツキ側からは4人が選ばれる。
当人である自分、そして帝国のギルド側の冒険者としてシャイルヴェは確定。
そして残り2人のメンバーだが……。
「今回の渡航中につきましては、交易に関する追加の契約は行わないものとします。
先に述べた最終報告後に今後の交易について改めて場を設けますので、招待の間はシューシャトを楽しんでいただければと」
広げられた紹介状の最後の方の文面を差しながら、ロクタがそう言った。
島代官から正式な文面で記載されているので、あちらで騙し討ちのように契約をさせられることはないそうだ。
あくまで、まずは民間レベルで成功という形に収めることが主体なんだろう。
商人ギルド側の面々も、これについては異論がないようだ。
手綱を握れていない者に、勝手に約束事をされる心配がなくなるしな。
「そしてこれはクユシロの意向であり、できれば……というお願いではありますが……。
可能であれば、ミツキ様以外にも同様の価値観をお持ちの、エルフの方にも同行していただきたいとのことです。
例えば、オーレズを日常的に食したことがある方など……」
新規の契約がないとなれば、交渉人の枠が空く。
もしくはシャイルヴェや護衛枠の者に任せられる程度の内容に収まるだろう。
とすれば、サンプルとなる帝国のエルフの人数は増えたほうがいいということか。
ギルド側としては自分の手の者をぜひともねじ込みたいだろうが、ロクタが言っているのは、そういう種族さえ合っていればいいということではないと思われる。
「いかがでしょうか、ミツキ様。
お近くに、共にオーレズを食されたことがあるエルフの方はいらっしゃいますか?」
「えっと……」
チラリとカルムに目で助けを求める。
「少々お待ちいただけますか」
意を汲んでくれたのか、彼がシサズノを連れて部屋の隅で小さく話した後、すぐに戻ってきた。
アコルトの耳がピクリと動き、自分の袖に手を添えてくる。
「ミツキ様の家人にリカヴィオラ殿というエルフの方がおられます」
「……先ほどカードに名前のあった」
「ええ。
ロクタ様もご覧になられたように、ミツキ様は家人の方々と隔てなく接されております。
食事も含め、家族同様に過ごされておられるようですから、オーレズについても同じでしょう」
「…………ふむ」
カルムがアコルトとセナクロワを示すように手を広げる。
まさかそっちに舵を切るとは。
新規の交易契約がないと明言された以上、シューシャト側の印象を良くする方に振り切ったのか?
こちらとしては、メンバーに身内が増えるのでありがたい。
ありがたいが、リカヴィオラでいいのか?
と考えたものの、米ではなくオーレズの扱いについては自分より適任になりつつあるし、自分と違って紛うことなき南方出身だ。
むしろ、現地エルフとしては自分以上にふさわしいかもしれない。
「それでしたら、その方をお連れいただけますか?
話を持ち帰るにしても、当人を確認させていただいてからになります」
それも当然だろう。
会合は一時中断となり、自分とセナクロワはこの場に残ることになった。
シャイルヴェがアコルトを連れて自宅へと戻り、リカヴィオラを連れてくるのを待つばかりだ。
スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 魔法使いLv52
魔法使いLv52/英雄Lv48/探索者Lv51/樹祭司Lv24/遊び人Lv50/魔道士Lv32/博徒Lv39
(村人5 農夫1 戦士30 剣士30 僧侶30 巫女45 商人30 錬金術師29 細工師30 薬草採取士30 森林保護官50 村長1 賞金稼ぎ19 騎士7 暗殺者7 魔剣士7 武器商人1 防具商人1 奴隷商人1 料理人24 冒険者1 盗賊30)
アコルト 兎人族 ♀ 16歳 探索者Lv20
シャオク ドワーフ ♀ 19歳 鍛冶師Lv40
ミーラスカ 牛人族 ♀ 24歳 巫女Lv38
リカヴィオラ エルフ ♀ 15歳 探索者Lv36
セナクロワ 猫人族 ♀ 27歳 剣士Lv34
---
次回は10/12更新の暫定予定です。
お気に入りや評価、ここすきもいつもありがとうございます。