不動産まで寄る時間はなかったので、そこそこで引きあげて夕食にすることにした。
連日泊まって同じ酒場での食事になると、大体のメニューは食べたので自ずとそれぞれが選ぶメニューも決まってくる。
こうなると食材は一緒でも調理法を変えられる自炊をしたくなってくる。
準備と片づけは面倒だが、料理の内容の方が大事だ。
酒場の料理を頬張りながらエールを飲み、ぼんやりと考える。
明日、シャオクが話に乗ってくれたとして、そのあとからは3人行動ということになる。
アコルトの身の上話を聞いておくとしたら、今日ではないか。
こちらが話せる内容は、遠い国の山奥で暮らしてきた、くらいしかない。
大体はザノフに語った内容と同じにする予定だ。
迷宮の魔物やスキルについての知識は、書物で読んだでいいだろう。
Web上だが書物は書物だ。
時期は違うが両親が亡くなったことも合っている。
例の謎の親戚については、餞別を持たせてくれてカルメリガ近くへ送り出してくれてそれっきりとするか。
おそらくフィールドウォークのスキルで飛んだので、住んでいた場所がどこに当たるのかも分からないという路線で行こう。
こちらからワープのスキルも試したがなぜか戻れないのだ、と。
もともと存在しないのだから行けるわけもないのだが、主人の異質なスキルでも行けないなら無理だと理解してくれるだろう。
なにせ4言語も話せるのに文字を書けないのだ。
だいぶ普通じゃないことは分かっているはずだ。
食事を終え、フロントに声を掛けて部屋へと戻る。
お湯が届いたら体を拭いて髪を洗い、洗濯だ。
一通りのルーティンが終わって、少し早いが残りは就寝するのみとなった。
「あとは寝るだけだけど、ちょっと早いから話をしようか」
「はい、なんでしょうかお嬢様」
いつもと違う切り出し方なのでアコルトも疑問に思ったようだ。
「アコが奴隷になるまでの話を聞いてもいいかな?
命令じゃないから、話したくないなら無理には話さなくてもいいんだけど……」
「やはりシャオクさんのことを受けてでしょうか。
お話しすることは構いませんが、奴隷堕ちの話は大凡気持ちの良い話題ではありません」
それはそうだろう。
平民でいられなかったのだから、何かしらの不幸話に決まっている。
「それでも、アコのことを知っておきたい。
話せる範囲でいいから教えてほしい」
「……かしこまりました」
アコルトが姿勢を正して改めて見つめ直してくる。
「私の家はサラトタという小さな村にありました。
兎人族と、あとは狼人族や猫人族が多く暮らしておりましたので、レポル語の他にバーナ語を日常的に使っていました。
家族は父母と祖父、弟と妹で暮らしていました。
兄もいましたが、自立して家を出ています」
頷きつつ聞いていると、またもや知らない地名が出てきた。
結構、兄妹がいるんだな。
「裕福と言うほどではありませんが、生活する分には特に困るほどでもない生活をしていました。
ある時、父が流行り病にかかりまして急に資金が必要になりました」
流れが良くない方向になってきたぞ……。
「幸い、周囲との付き合いも良い家庭でしたので、親戚や知り合いに頼って薬も手に入れられました。
無事快方に向かい、父も動けるようになりました。
ですが今度は、小さかった弟と妹が病にかかりました」
「……それでアコが売られることに?」
「いえ、自分から提案しました。
流石に短期間で何度も融通してくれるような余裕は他の家にもありませんでしたので、それが一番早かったのです」
様々な葛藤があっただろうが、病気は待ってくれない。
作中でもあったように、奴隷という選択肢があるからこそ救済手段としてカードを切ることがまかり通るのだ。
現代との感覚の違いに改めて驚く。
「別の街で家庭を持っている兄を頼るのにも時間がかかりますし、仕事をしている父も母も祖父も欠けたら、借金を返しつつの今後の生活が儘なりません。
ちょうど15歳だった私が、自身を売ったお金で家族が助かるならと申し出ました」
「その歳から売買が可能になるから……」
「おっしゃる通りです。
税金もかかり始める年齢でしたし、狩人や冒険に憧れはありましたが戦闘に向いていないことも自覚していました。
何より、可愛がっていた弟と妹が苦しんでいるのを見ていられませんでした」
自分の将来よりも残りの家族の未来を取ったのだ。
もちろんアコルトだけでなく、家族もそれぞれの決断があったのだろう。
「その後は、おそらくナルディロ様からご説明があったと思います。
病み上がりの父が、私の契約内容に制約をつけてくれたりと色々ありまして、お嬢様の下へと参りました。
とても奴隷とは考えられないような待遇で迎えられ、感謝しております」
「それで家族が助かったならよかった……」
「いえ、弟は回復しましたが、幼かった妹は……薬があっても、助かりませんでした……」
「…………」
気まずい。
思い出して悲しくなったのかアコルトは俯き、顔を手で覆ってしまった。
隣に座り直して肩を抱くと、小さくすみませんと呟いて耳を倒す。
普段落ち込む姿を見せないだけに、体を預けてくる様子はその辛さを物語っている。
自分やシャオクを見る際の目が、時折微笑ましい表情になるのは亡くなった妹が理由かもしれない。
自分より小柄な者に世話を焼きたくなるのだろうか。
アコルトは一頻り泣きじゃくった後、桶の水で泣き腫らした顔を洗っていた。
「……ご迷惑をおかけしました、お嬢様。
もう大丈夫です」
「ううん、話してくれてありがとう」
こちらが話すように言ったのだから、受け止めるべきなのだ。
もともと逃れられるビジョンはなかったが、毎朝の髪弄りや服装のことは甘んじて受けてあげることにしよう。
「その……よかったらなのですが……」
「うん?
なんでも聞くよ?」
アコルトからのお願いは珍しい。
着せ替え人形くらいならどんとこいだ。
「こ、今夜だけ……手を握って、寝て頂けませんか……?」
「───!」
なんでも聞くとは言ったが、想定外だ。
「あ、いえ、失礼いたしました。
お忘れになってください!」
アコルトが、こちらの顔色を見て顔を真っ赤にして自らの布団に潜ってしまった。
そのいじらしさにしょうがないなと息を吐き、部屋を見回す。
2人とも女性の体とは言え、さすがに同じベッドで寝るのは狭いだろう。
この部屋の家具は、現代のホテルのような作り付けのものではない。
つまり、動くということだ。
このためだけにというのも少々笑いがこみ上げてくるが、僧侶と商人のジョブを戦士と剣士に変更して腕力を上げる。
自分のベッドを横から押して、アコルトのそれと横並びにくっつけた。
重い木の足が床を擦る音に、驚いたアコルトが布団から顔を覗かせる。
その隣のベッドに横になり、右腕を伸ばした。
「手、握るんでしょ」
「……!
はい、お嬢様!」
これくらいで持ち直してくれるなら安いものだ。
主従という前提があるが、女性同士の親しい関係ってどういうものなのだろう。
自分が不明瞭な人格であるが故に、どうしていいか分からない。
分からないが、まずは求められた手を差し伸べるくらいから始めていこうと思う。
これからずっと共に生きていくのだから。
アコルトのきめの細かい肌の感触を手に感じながら、顔を見合わせつつ話を続ける。
自分の出自については結局ほとんど補足できていないような説明だったが、あまり突っ込んで聞かれることはなかった。
何せ、話せる言語が多いわりに文字も書けないポンコツなのだ。
変な教育を受けていることと、その原因と思われる両親が他界しているのを哀れまれたのかもしれない。
過去がどうあれ、これからを大事にしていきたいと締めたあたりでどちらともなく寝入ってしまったようだ。
***
目が覚める。
まだ夜は明けておらず、真っ暗な中起きてしまったようだ。
右腕が固定されて動けない。
手を握るだけと言っていた黒うさぎさんが、しがみついておられる。
腕が痺れてきているような気がするが、外しにかかるのは憚られた。
敏感そうな耳を避けて左手で頭を撫でてやり、付け替えた僧侶ジョブの手当てを自分にかける。
ついでにアコルトにも手当てをかけて、そのまま寝直すことにした。
「───さま……、──うさま……。
お嬢様!」
「んあっ!?」
視界が揺さぶられて飛び起きる。
目をこすりつつ、よだれが出ていないか確かめた。
「おはようございます、お嬢様。
お休みのところすみません。
そろそろ朝食用の時間が締め切られるそうです」
「ああ、うん、おはよう。
ごめんね、すぐ起きるよ」
意識的に二度寝したせいか、いつもより遅くなってしまったようだ。
桶を水魔法で満たし、急いで身支度をする。
時間はないとは言いながらも、アコルトは髪を梳いてくれている。
短い紐でひとつ結びにして、少し捻りを加えて木の留め具を被せて完成のようだ。
なんだっけ、この木製パーツ。
ヘアカフとか言うんだったかな。
なんだかファンタジーの装備っぽい。
階段を降りて、気持ち早めに酒場へと向かう。
割符は締め切り前にアコルトがすでに確保したらしい。
抜け目がない。
少なめのものを注文するようお願いして、先に席で休ませてもらおう。
アコルトには好きなものを選ぶように伝えて、右腕の調子を確かめる。
痺れも特にないので、動きに問題はなさそうだ。
部屋に帰ったらベッドを元の位置に戻さなくてはいけないので、僧侶を剣士に付け替えた。
言いつけどおりに軽そうな朝食が運ばれてきた横に、アコルト用の食事も運ばれてきた。
朝からよく肉の塊が食えるな……。
自分より運動量が多いし、その細身にも変わった様子もないので好きに食べてもらおう。
「食べながらでいいので確認ね。
今日はカルメリガの迷宮前でシャオクを見つけたら、また宿に来てもらって交渉しよう」
「はい。
ではまた冒険者ということで振る舞いますね」
「そうだね、ちゃんと仲間になれたら説明していこう。
もし上手くいったら、アコにはナルディロ殿の予定を取り付けに行ってもらいたい。
事が事だけに、なるべく内密に」
「かしこまりました」
「自分はその間、冒険者ギルドの方でルテドーナとフウルバリに飛べるようにしておく。
シャオクがどうなるかわからないけど、家探しは進めるつもりだから」
「パーティーが一旦解散されるかもしれないということですね」
「うん、おそらくすると思う。
アコの用事の方が早く終わるはずだから、また宿で休んでていいよ。
買い物とかしててもいいけど、昼には戻ってきてほしい」
「承知しました。
その予定で行動します」
こちらは野菜を突付きながらだったが、アコルトは切り分けた肉を次々に胃に収めながらだ。
それでいて自分と同じくらいの時間できれいに食べ切るのだから恐ろしい。
食事を終えて部屋へと戻る。
2人でベッドを元の位置へと移動させると一息ついた。
なんだかアコルトの顔が残念そうに見えたが気のせいだろう。
一通りの装備を身に着け、小さいリュックに巾着袋と手拭い程度だけ突っ込む。
持ち出すものはこれくらいでいいだろうと、階段を降りた。
フロントで鍵を預け、宿の絨毯からカルメリガの1階層入口へとワープゲートを繋げる。
抜けた先でそのまま出口の黒い壁に向かって足を進め、迷宮の外へと離脱した。
おそらくこれが迷宮前への最短の移動だろう。
こちらに向かってくる人の動きが結構多い。
朝一の時間は過ぎているだろうが、待ち合わせや諸々を考えたらこれから迷宮に入る者がまだ多い時間帯だろう。
アコルトと共に迷宮の正面から脇に逸れ、階層送りの探索者が立ち並ぶあたりへと向かう。
シャオクを探すと、その集団から少し離れたところにいるのを見つけた。
ボーっと虚空を見つめて呆けているように見える。
「こんにちは、シャオクさん」
「……えっ?
あっ、ミツキさんとアコルトさん、こんにちは!」
近づくまで本当に気づいていなかったようだ。
明日脱税奴隷になると思えば、上の空になるのも当然か。
「本当に来られたんですね……」
「ええ、約束通りシャオクさんとお話をしに来ました。
少しついてきてもらえますか?」
「はい、一体何でしょう……。
そうだ、昨日の代金も用意してます」
「そちらはまぁ……後で大丈夫です」
詠唱省略を外してパーティー編成の呪文を唱え、シャオクが加入する。
近くの大木まで歩くと、今度はアコルトにフィールドウォークの呪文を詠唱してもらった。
昨日と同じ流れだ。
唱え終わったタイミングでワープを発動すると、大木の一部が黒塗りの扉へと変わる。
ゲートを3人で通り抜けて、クラザの宿へと移動した。
鍵を受け取って階段を登り、少し前までいた部屋へと戻ってきた。
机の正面に椅子を置き、シャオクに座ってもらう。
その向かい側のベッドに自分とアコルトがそれぞれ腰掛け、三者面談のような配置となった。
スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 魔法使いLv20
魔法使いLv20/英雄Lv17/探索者Lv22/僧侶Lv19/商人Lv22
(村人5 戦士17 剣士5 薬草採取士1)
アコルト 兎人族 ♀ 16歳 狩人Lv14
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次回は8/29更新の予定です。