部屋の扉が閉まっているのを確認し、アコルトと目を合わせて互いに頷いた。
「シャオクさん。
冷静に聞いてほしいんですけど、もし今からでも鍛冶師になれるといったらどうしますか?」
「え!?
いえ、はい……。
そういう話はたくさんありましたが、まさかミツキさんまでがそんな話をしてくるとは思いませんでした」
ん?
どういうことだ。
アコルトを見ると首を横に振っている。
自分の頭にハテナが浮かんでいるのが分かったのか、アコルトが口を開いた。
「シャオクさん、これまで似たような話で騙されたのかもしれませんが、違います。
詐欺の話ではありません」
ああー、そういうことか。
鍛冶師の試験で失敗した者に甘い言葉を掛けて、詐欺を働く者がいるのか。
何ができるのかを伝えた方がよさそうだ。
「自分は実際にシャオクさんを鍛冶師にできます。
シャオクさん自身にスキルを使ってもらって、ジョブに就けたことを確認してもらうこともできるんです」
「さすがにそれは……。
仮にそれができるようなら、代わりにボクに何を望むんですか?」
「鍛冶師の奴隷として、自分に仕えてほしいんです。
もちろん税金関係のことはこちらで解決した上で、です」
「奴隷!?
いや、奴隷ですか……。
たしかにこのままだと脱税奴隷になり、労役後も奴隷の身分で、売られた先で誰かに仕えることにはなりますが……」
シャオクの立場で考えれば、身売り先が早期に決まるくらいでしかない。
どう考えたってもう鍛冶師ギルドに受け入れられることはないし、自分が言う鍛冶師として仕えるなどということは不可能に思えるだろう。
騙して金を毟り取るにしたって、脱税奴隷間近の者相手では額が少なすぎる。
奴隷として所有した後売り飛ばすにしろ、そもそも所有するだけで未納の税金を納めなくてはならない。
売り飛ばすだけなら所有などせず拉致してしまえばいい。
本人に確認を取りに来るなんて、どこをどう見ても不可解に映るはずだ。
「何故……。
どうして、ボクなのですか?」
「話を聞いて、助けたいと思ったのがまずひとつ。
あとは、情報収集して学んで、自分で考えて、実践して……。
結果を出しているのに、報われていないのが見ていられなかったんです」
「結果を出している……?」
「シャオクさんはすでに鍛冶師になる資質を得ています。
試験を受けることさえできれば、確実になれる。
でも、鍛冶師ギルドでは制限で試験を受けられない」
だが自分ならそれを解決してあげられる。
後が無いシャオクを責め立てるようで悪いが、言葉を待った。
「……本当に。
本当にミツキさんにそういう力があったとして、奴隷でなければならないのでしょうか」
「その能力があるからこそ、秘密を守ってもらわなければならないのです。
それに、ミツキお嬢様は奴隷に対して大変寛容でいらっしゃいます。
私もお嬢様の奴隷ですが、先日ご一緒にお食事したように、主と同等の生活をさせていただいております。
就寝の際も、この通りお隣のベッドを使わせていただいております」
ここぞとばかりにアコルトが入ってきた。
言っていることはその通りなんだが、なんだかこそばゆい。
「主人と奴隷が同等……ですか!?」
「えーっと、世話をしてもらうことはあるけど、家族みたいに扱っているんです」
その後アコルトがいかに自分が素晴らしいかと語り始めて話が脱線しかけたので、話を戻した。
「その……ミツキさんにお仕えするにしても、まずは鍛冶師になれないとお話を信じることは出来ません」
シャオクは呆れたような顔で、自身の荷物から3つほどの糸の塊と1枚のカードのようなものを取り出した。
「これは、おじいちゃんの形見で分けてもらった芋虫のモンスターカード……らしいです。
こっちはボクが迷宮に潜っていた時に手に入れた、グリーンキャタピラーの糸です」
たしかに鑑定でもその通り出ている。
鍛冶師ならその価値は分かっているだろうし、孫同然のシャオクに遺しておいたのだろう。
「鍛冶師になれたら、これで身代わりのミサンガをつくっておじいちゃんのお墓に供えようと思っていました。
本当にボクが鍛冶師になれるというなら、これで証明してみてください」
「……できたら、奴隷として仕えてくれますか?」
「本当にできるのなら、奴隷でもなんでも構いません!」
ちょっと熱くなって自棄になってきているように見える。
ありえない条件なのだから当然かもしれない。
「シャオクさん、落ち着いてください。
鍛冶師のジョブに就かせられたら、自分の奴隷として仕えてもらう、という約束をしてもらえますか?」
その言葉に昂ぶりも冷めて、シャオクが姿勢を正した。
神妙な面持ちだが、できるわけがないとは思っているのだろう。
「……その条件で構いません。
アコルトさんも言っているようにミツキさんはとてもよい主人なのでしょう。
鍛冶師に就かせてもらえるなら、ミツキさんにお仕えすると約束します」
これで1つ目の問題はクリアだ。
あとは実際に鍛冶師となったことに納得してもらう。
「そうしたらまず、アイテムボックスに入ってるものをすべて出してください」
シャオクが訝しんだ目つきで首を傾げる。
「ああ、よこせと言っているわけじゃないです。
探索者のアイテムボックスが使われていると、ジョブが変更できないんです。
たぶん、鍛冶師ギルドでもそこは同じようにしているはずです」
「……そういえば、アイテムボックスの容量確認のために、試験前には荷物を一旦預けた覚えがありました」
「それと同じです!
シャオクさんの手元で大丈夫なので、一旦荷物を出してください」
よかった、……言葉だけ聞くと強盗みたいだったな。
鍛冶師ギルド所有のギルド神殿のジョブ変更が、アイテムボックスの中身をそのまま移行する機能とかを持っていたらアウトだった。
シャオクはアイテムボックス操作の呪文を唱え、何枚かの銀貨と数粒の滋養丸を机に出した。
ボックスには入れられない銅貨、別にしていた昨日の代金の袋、身につけている装備の他に残っているのはこれだけらしい。
「全部……出しました」
「ありがとうございます。
それでは……」
鍛冶師
効果 腕力中上昇 体力小上昇 器用小上昇
スキル アイテムボックス操作 武器製造 防具製造 モンスターカード融合
ボーナスポイントを調整してパーティージョブ設定を行い、シャオクのジョブを鍛冶師へと変更した。
ついでにパーティライゼーションもセットして、アイテムボックスから強壮丸を2粒ほど取り出しておく。
「はい、変更できました。
糸を持って防具製造のスキルを試してみてください」
「え、今なにかしたんですか!?
鍛冶師になれた人の話では、皆口を揃えて眩しく光ると言っていたんですが……」
話を聞いてみると、ギルドでの転職はそうなるらしい。
探索者ギルドでも、転職時にはギルド神殿と呼ばれる箱に手を掲げるとそれなりに発光したそうだ。
自分がメインジョブを操作した時は、特にそういうことはなかった。
転職自体と、ギルド神殿が光ることは別の問題なのだろう。
「と、とにかく、スキルを試してみてください」
疑る目つきが一段と鋭くなったが、小声でつぶやいた途端に表情が一変する。
スキル名を思い浮かべたところで詠唱呪文が表示されたのだろう。
信じられないといった顔をして、机の上の一塊の糸を恐る恐る掴み上げた。
その手に握った糸と、浮かび上がる呪文とを見比べるように視線が行き来した後、まっすぐにこちらを見つめて小さく頷いた。
躊躇うように、でも一語一語確かめるように詠唱していく。
「
詠唱の完了とともに手元が眩く光る。
シャオクの手の内にあった糸がひとつながりのミサンガに変わったのを確認した瞬間、パーティライゼーションで強壮丸を選択して使用した。
これでMP消費によるネガティブ問題も大丈夫だろう。
「本当に……できた……」
軽く放心しているシャオク。
大事そうにその両手で包むように持ったミサンガを鑑定する。
ミサンガ(○)
あたりだ。
空きスロットが付いていなければ、パーティライゼーションで回復させつつ他にミサンガを作らせるか、カード融合は後日に回すつもりだったが、運が良い。
「落ち着いたら、モンスターカード融合も試してみてください」
その声にハッとして、シャオクは机に置かれた芋虫のモンスターカードをじっと見つめる。
諦めていたはずの転職が成功してしまった。
ありえないが鍛冶師になれたのだから、口約束とはいえ奴隷になってもらうのだ。
それだけではない。
モンスターカード融合には、形見の1つとして受け取ったモンスターカードを使うことになる。
受け止めきれないほどの感情が、一気に押し寄せているのだろう。
アコルトが水筒からコップに水を注ぎ、そっとシャオクの手元に置いた。
一呼吸置いてからそれに気付いた様子のシャオクは、軽く頭を下げてから怖ず怖ずとコップを掴む。
ミサンガも一緒に握ったまま、両手を添えるようにしてゆっくりと喉に流し込んでいく。
目を瞑って大きく深呼吸した後、コップを置いてアコルトに礼を言う。
それに合わせて説明する。
「モンスターカード融合の成功率のことは知っています。
カード融合をしてもらう時は、必ず私の責任でやってもらうので、結果を心配しなくていいです」
シャオクの目が泳ぐ。
いくら言われても不安だろうが、そもそも成功する時にしかやらせないから心配は不要だ。
正式に所有奴隷となったらスキルスロットのことを話そう。
シャオクの目線が流れた先でアコルトと合ったのか、アコルトが小さく頷いて微笑んだ。
もう一度目を瞑って大きく息を吸い、ゆっくりと吐く。
唾を飲み込んで、やがて目を見開いた。
「やってみます!」
ミサンガとモンスターカードを机に並べると、手を掲げてそれを見据えた。
意を決したようで、今度ははっきりとスキルを詠唱していく。
「今ぞ来ませる
防具製造と同様に手元が光ったが、ミサンガはそのままだった。
代わりに芋虫のモンスターカードのみが消えている。
スキルスロットに身代わりのスキルが収まっていることを確認し、再度パーティライゼーションで強壮丸を使用する。
これでMPについては一安心だ。
「ミサンガが……素材に戻ってません……。
カードも……消えてしまいました……」
信じられないといった表情でこちらを見つめてくる。
「融合が成功して、身代わりのミサンガができたんです」
「おめでとうございます、シャオクさん」
「えっと、はい……。
ありがとうございます……」
消え入りそうな声で礼を言うと、じわっと瞳が潤んでシャオクの感情が決壊した。
長年恋い焦がれた鍛冶師になれた実感が湧いてきたのだろう。
いつの間にかアコルトがシャオクを抱きしめて頭を撫でている。
年齢的にはシャオクのほうが3つも上なのだが、絵面としては微笑ましい。
腕を組んでうんうんと頷きつつ、これからの手筈を考える。
まずはアコルトにナルディロとの手続きの予定を入れに行ってもらう。
同意の得られた脱税奴隷と依頼料は用意できたので、明日にでも対応をお願いしたい。
その間に自分はシャオクを連れて一旦カルメリガに戻ろうか。
安宿だかに置いている荷物があれば取ってこさせ、思い残しがないようにしてもらおう。
そういえば墓にミサンガを供えたいと言っていたが、その街はどこなのだろう。
可能であれば移動して、そちらも済ませておければいいか。
昼にはまた今のクラザの宿に戻って午後の予定の確認だ。
シャオクも話せそうなくらいには治まったので、進めていこう。
「アコ、朝に相談した通りにナルディロ殿に明日の手続きの予定を取り付けてきてほしい」
「かしこまりました」
「シャオクさんは自分に付いてきてもらって、カルメリガに荷物があればそれを取ってきてしまおうと思います」
「えっと、宿は引き払ったので荷物はこれだけです」
そうか、いくらカードのチェックがない宿とは言え、人が集まるようなところでは通報される可能性があるか。
自ら騎士団に向かうのと連行されるのでは心証や扱いに差が出るのかもしれない。
「それなら……、おじいさんのお墓があるのはなんて街でしょう?
そちらへ行きましょう」
「ありがとうございます!
あ、いや、よろしいんですか?
これからボクはミツキさん、いえミツキ様の、奴隷になるというのに……」
「呼び方は正式に契約できた後に考えましょう。
それに、条件は鍛冶師になれたらですからね。
なれたなら、ちゃんと報告しないといけません」
「…………はい!」
ちょっとクサすぎたかなとは思ったが、雫の伝うシャオクの笑顔を見れば、選択は正しかったと思えた。
スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 魔法使いLv20
魔法使いLv20/英雄Lv17/探索者Lv22/僧侶Lv19/商人Lv22
(村人5 戦士17 剣士5 薬草採取士1)
アコルト 兎人族 ♀ 16歳 狩人Lv14
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