「お墓のある……ボクが住んでいたのはシームという街です。
クラザよりカルメリガからのほうが飛ぶ料金が少ないはずですが、それなりに距離があります」
「フィールドウォークの経由としてはどんな感じですか?」
「カルメリガからカロガガ、ルテドーナ、シームという順で行けると思います」
例のルテドーナが出てきたぞ。
経由ということだが、そのシームは近いのだろうか。
「ルテドーナはもともと行ってみる予定だったので都合がいいです。
それと、自分は地理が全くと言っていいほど分からないので、後で詳しく聞いてもいいですか?」
「それはもちろん構いません!
カロガガはルテドーナ領の小さな村なので、移動するならカルメリガからルテドーナに直接行く便を探して、ルテドーナからシームならすぐに見つかると思います」
なるほど。
位置的には中継地だが、村なので向かう人が少ないのだろう。
覚えるべき地名が減って助かる。
自分が最初に辿り着いたカルメリガ侯爵領カルメリガ、今いるのがカルメリガ領クラザ。
これから向かうのはルテドーナ侯爵領ルテドーナと、そこから飛んだシーム伯爵領シームらしい。
もうひとつの仲買人候補地のフウルバリは、そちらからは離れるそうだから地理的に逆方向なのだろう。
なんでそこまで広範囲に人脈があるんだ、あのザノフとかいうおっさんは……。
海運のリッシュリとやらはかなり遠いそうだし、実際に行けそうになるくらいまで忘れてもよさそうだ。
これから冒険者に飛ばしてもらってシームの場所を覚えてくるにしても、その間シャオクを一人にすることになる。
この期に及んで逃げ出すような性分ではないだろうが、単純に心配だ。
「シームへの移動は、午後に3人揃ってからにしましょう。
昼までは古着屋や雑貨屋でモノを揃えることにします」
「分かりました。
そうですよね、冒険者のアコルトさんがご用事となると」
そうだった。
正式な奴隷となってもらわないと、ワープについても話せない。
装備だって、自分が魔法を使えることを話してから考えないといけない。
明日、手続きに行く前に多少なりともきれいにしてあげよう。
アコルトにはメイド服に着替えてもらい、奴隷商館へと向かってもらった。
***
シャオクを連れて、先に雑貨屋へと足を進める。
細かな日用品と、荷物を詰められるリュックも一緒に買ったほうがいいだろう。
「シャオクさん。
コップや水筒とか房楊枝とか、必要そうなものを選んでもらっていいですか?
この後着替えも買うので、そこそこ大きめのリュックも見ておいてください」
「(……奴隷になるのに選ばせていただいていいのですか?)」
小声で確認してくるが、アコルトが言ったように同等の扱いだと答える。
このあたりの説明で一々恐縮されるのが面倒だが、アコルトを連れてきたら抵抗できないシャオクが着せ替え人形になってしまうのでダメだ。
宿暮らしで必要なもの、あると便利なものを見繕うようにとして指示を出す。
わざわざ安くて質の悪いものを選ばないようにと釘を刺して、自分は手拭いやらの物色に移った。
その中に鋏を見つける。
店員に聞くと、髪用のものもあるそうだ。
シャオクの後ろ髪は剣かなにかで雑に切ったような感じなので、これで揃えてやってもいいだろうか。
「ミツキさん、一通り見つけてきました」
ザッと見て、明らかに悪そうなものはないようだ。
「じゃあそれを買いますね。
あと、髪を切るのにこの鋏はどうでしょう?」
示した鋏をシャオクが品定めするような目つきで確認する。
売り場にそっと戻し、そっと耳打ちするように顔を近づけてきた。
「(この後ルテドーナに寄るならそちらで買ったほうがいいです。
鉱山があって採掘と鍛冶が盛んで、良品が安く売っています)」
おお、さすが鍛冶師を目指していただけあるな。
今後道具を揃える時には、アコルトにもシャオクにも確認してもらったほうがよさそうだ。
シャオクの持ってきた商品を預かり、手拭いと合わせて店員に見せて購入する。
代金が3割引かれたことで気前のいい店だと驚いていたが、すまないが自分といるとだいたいの店は気前がいいんだ。
リュックを背負ってもらって荷物を詰め、次は古着屋へと行く。
服と下着を数着ずつ選んでもらう。
多少は悩んでいたようだが、こちらは機能性で選んでいたらしい。
会計は残念なことに村人の店員だった。
計算には慣れているようで会計が手間取ることはなかったが、割引が発生しない。
できないものはしかたない。
今すぐ商人ギルドへ行って転職してこいなんて言えるわけがない。
店を出たところで空を見上げると、太陽は高く昇っている。
時間もいい頃合いかもしれない。
「そろそろアコルトさんとお約束のお時間ですね」
「一旦宿に戻りましょう」
ワープを使いたい衝動に駆られるが、もうしばらくの我慢だ。
宿まで歩いて戻って来る。
フロントまで来ると、ちょうどアコルトが後ろから追いついてきた。
「お待たせいたしました、お嬢様」
「大丈夫、自分たちも今着いたところだから」
とりあえずシャオクの荷物を部屋に置いてこようか。
いや待て、二人部屋だからベッドは2つしかない。
部屋を移ったほうがいいんだろうか。
フロントにいることだし、受け取ったばかりの鍵を見せながら旅亭に確認する。
「すみません、部屋の変更ってできますか?」
「お、どうしたの?」
「ベッドが3つの部屋に替えてもらえたりしますか?」
「3人部屋は……、悪いね、埋まってるよ。
4人部屋……もダメだね。
今日は30日の市をやってるからか、広いとこは押さえられてるよ」
「市ですか?」
「ああ、商店街じゃなくて広場の方でやってるんだ。
そっちは通らなかったかい?」
2人とも顔を見合わせたが、市の存在は知らなかったらしい。
どちらも気軽に買い物できる状況ではなかったろうしな。
「というわけで部屋は替えてあげられそうにないね。
あんたずっと連泊してくれてるし、ベッドは増えないけど同じ部屋でいいなら1人分は負けてあげるよ。
食事代は別だけどさ」
連泊も一応は明日までとなっているし、今日は仕方ない。
1人分の夕朝2食と湯桶を1つ追加してもらって、その代金を支払った。
階段を上がり、部屋へと入る。
アコルトがツカツカと歩いて正面に立ってきた。
「お嬢様……、お気をつけください」
「え?」
「今回はカードのチェックがありませんでしたが、もしされていたらシャオクさんが通報されていたかもしれません」
「あ、しまった!
ごめんなさい!」
シャオクに向き直って謝る。
奴隷候補自体はまだ大丈夫だろうが、明日には脱税奴隷となるのはこの世界の住人なら誰もが分かっている。
つまり朝の時点で通報されれば、騎士団に連行されてしまう可能性があったのだ。
「いえ……、何もなかったので大丈夫です。
それより、アコルトさんは本当にミツキさんの奴隷なのですか……?」
「う、うん。
間違ってたら注意していい、とは言ってあるんです」
「それにしたって……、いやいいです」
奴隷になる前から呆れられてないか?
ダメだ、話題を逸らそう。
「ナ、ナルディロ殿の方はどうだった?」
「……明日の朝、商人ギルドで待ち合わせになりました。
商館で手続きだけするよりも、ギルドの商談部屋で取引をしてすぐ納付出来たほうが動けてよろしいでしょう、とのことです」
そうか。
税金や追徴分を納付することで脱税状態が外れるなら、契約自体をギルドで行ったほうが断然早い。
さすがナルディロだ。
「わかった、明日はいつもより早めに行動してギルドに行こう。
今日は……不用意なことをしないためにも、街の移動はやめておこうか。
シャオクさん、シームに向かうのは明日でもいいですか?」
「はい、それは構いません!
叶えて頂けるだけで十分ありがたいです」
そうすると時間が空くな。
これから昼食を取るとしても、その後はどうしよう。
悩む素振りを見せたからか、アコルトが口を開いた。
「お嬢様、先程旅亭の方がおっしゃっていた市に向かうのはいかがでしょうか?
普段見かけないものや、食事の屋台も出ているかもしれません」
「あ、そうだね。
買い物くらいならちょうど良さそうだ」
シャオクも同意してくれたので、大きい荷物を置いて出かけることにする。
広場は宿よりも住宅街の奥側にあるそうだ。
道理でそちらに向かうことが無かったわけだ。
旅亭に説明された路地を抜けると、通りが一気に賑やかになる。
広場の方は、さながらフリーマーケットのような状態だ。
マス目状に並んだそれぞれのスペースの前を横切るように通路がある。
手作りらしき木製の小物を売っている者、肌着などの衣類を積んでいる者、なんだかよく分からない物体を並べている者まで多種多様だ。
アコルトが期待していそうな飲食物の屋台は、大外の列に並んでいるようだ。
「先に食事にしようと思うから、あのあたりを回りましょう。
食べてみたいものがあれば言ってください。
アコもね」
口を揃えて返事が返ってくると、和やかな雰囲気になった。
建ち並ぶ屋台の前を巡っていると、覚えのある匂いに気付く。
あの肉串のものだ。
一旦気付いてしまえば逃れられない。
後ろの二人も同じ様子だったので、その屋台に並ぶことにした。
列が進んでくると、売り物が微妙に違っているように見える。
違っているというか、デカい。
カルメリガの迷宮前で売っていたのは焼き鳥のようなサイズの串焼きだったが、こちらは倍以上の塊だ。
価格ももちろんそれ相応になっているが、あちらの軽食用とは違ってこちらは食事用なのだろうか。
一先ず1人に1本ずつ買って、頬張りながら次なる獲物を探すことにした。
ぐるりと見回ってはみたものの、結局臨時の屋台ではそこまで目を引く食べ物はなかった。
そう思って隅の方で折り返そうと端まで歩くと、甘い香りが漂ってくる。
なんだろうと近づくと、子どもたちがチラホラと集まる屋台で、店員がおたまのようなものを火にかけていた。
中の液体からブクブクと泡が出るようになると、火から外して小さい木べらで白い塊を加えた。
一気にかき混ぜ、馴染ませてからスッと木べらを抜くと、みるみる膨らんで色が変わっていく。
カルメ焼きだ。
作中でも見たその様子に感動する。
煮えていたのはおそらくコボルトスクロースを溶かした水で、加えていた白いものは重曹、つまりシェルパウダーの粉末を卵白あたりに混ぜたものだろう。
はるか昔に理科の実験でやったが、当時も膨らむ様子には興味が湧いても、出来たものが美味しかった思い出はない。
目を輝かせるアコルトとシャオクの分だけ買ってこさせて食べさせる。
甘くて美味しいと発していたが、料理ができる環境になったらもっとうまいものを作ってやるからな……。
その後は露店を見て回る。
こういうのは、買うことよりも何があるかと散策する時間こそが楽しいのだ。
販売者のよく分からない蘊蓄を話半分で聞きながら時間を過ごしていく。
露店の中に、種や鉢植えを置いている店があった。
ドワーフの老人が開いているようだ。
そういえば森林保護官のジョブも、そろそろ取得をしておきたい。
「すみません、なるべく早く実ができる植物ってありますか?」
「ん、なんだ?
……種類はなんでもいいのか?」
「はい、できれば種からだとありがたいんですが……」
「ふん、そうなるとこれだな」
ドワーフが脇に置いていた小袋を手に取り、中から小さな種を出して見せる。
「この種はどれくらいで育つんですか?」
「植えて翌日には芽が出て、5日ほどで小さい花が咲く。
その後小さい実ができるが、その翌日には枯れてしまうくらい成長が早い」
「育てるのは大変ですか?」
「日当たりの良いところで朝晩に水をやればいい程度だ。
ただ、こいつそのものが弱いから、別の植物が入らないように鉢植えで室内で育てるのがいいだろう」
ニヤリと笑うように種を差し出してくる。
値段を聞くと、土入りの小さな植木鉢も含めてそこまでしないようだった。
後ろの2人にも聞いてみたが知らない植物らしいし、価格もボッタクリのようなわけでもないそうだ。
「じゃあ鉢ごとお願いします」
「……買うんだな」
「え、何かおかしい植物なんですか?
異様に大きくなるとか」
「いや、どんなに良い肥料をやったところで、あんたの膝より高くは育たんがね。
……嘘は言っていない」
何か引っかかる言い方ではあるが、5日くらいでジョブ条件を試せるなら儲けものだ。
危ない植物だとしても、ワープゲートを迷宮に繋いで投げ捨てればいい。
手のひらサイズの植木鉢と種入りの小袋を受け取って、代金を支払う。
これで試してみてダメなら、その時また考えよう。
それからまた露店の冷やかしに戻り、夕方までうろついてほとんどの店を流し見る程度には楽しんだ。
結局途中であの肉串をまた買いに並ぶことにはなったが。
宿に戻り、種を埋めて水をかけた植木鉢を窓際に置いて2人に説明する。
こちらの植物については、自分が世話をしてみるので手を出さずにいてほしいと伝えた。
水やりを忘れそうな際には声をかけるように頼んで、荷物をおいて酒場へと繰り出した。
なんだか今日は食べてばかりな気がする。
フロントで受け取った割符を見せ、料理の注文だ。
肉串を食べてから時間こそ経っているが、そこまでお腹が減っていないので軽めの料理を選択する。
アコルトはいつも多めの肉料理を、シャオクは遠慮がちだがちゃんとした量のものを食べている。
お酒については、山程飲む訳でもないらしく、毎回強いものでなくてもいいらしい。
カクテルでもエールでも好きなようで、嬉しいと言っていた。
明日の予定は部屋で話すとして、少し賑やかになった食事を楽しんだ。
スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 魔法使いLv20
魔法使いLv20/英雄Lv17/探索者Lv22/僧侶Lv19/商人Lv22
(村人5 戦士17 剣士5 薬草採取士1)
アコルト 兎人族 ♀ 16歳 狩人Lv14
---
次回は9/4更新の予定です。