「おじさん!
シャオクです!」
どうやら知り合いらしい。
アコルトと顔を見合わせて警戒を緩めつつ、おじさんとやらが近づいてくる前にシャオクに尋ねる。
「(どちら様?)」
「あっ、ミツキ様、えーっと……。
家を買い取ってくれたヤトロクさんです」
ヤトロク エマーロ ♂ 49歳 旅亭Lv22
シャオクの身の上話に出てきた不動産の人か。
聞く限りではだいぶ親身にしてくれたようだったな。
「植木屋が久しぶりにシャオクを見たっていうから来てみれば、やっぱりそうだったか。
あんたらはシャオクのパーティーメンバーあたりか?
にしてはなんか……」
そう言ってこちらをジロジロと見てくる。
小柄なシャオクより少し高いくらいのエルフの自分と、給仕服のアコルト。
3人の服装や装備はチグハグで、一目には関係性がわからないのも無理はない。
「おじさん、こちらはミツキ様とアコルトさんです。
ボクは今後、ミツキ様にお仕えすることになりました!」
「お仕えって、お前……雇ってもらえたってことか!
ええと、ミツキさん、だったか?
こいつは要領よくこなすんで、大事に使ってやってくれよ!」
「はい、シャオクのことは頼りにしています。
良い主人としていられるよう」
「お嬢様」
アコルトの呼びかけでハッと気づく。
気にかけていた娘のような子がただの雇用ではなく奴隷になったと知ったら、普通は色々と疑うだろう。
ボロが出る前に止めてもらってよかった。
「お嬢様、ってーと貴族いや、ご貴族様でしょうか……?
これは大変なご無礼を……」
「ああいやいや、貴族ではないです!
自分はただの自由民ですし、アコがそう呼んでくれているだけなので!」
「そうかそうか、肝が冷えたぞ!
まぁシャオクをよろしく頼むぜ!」
変わり身の早さに驚くが、貴族とそれ以外はやはり扱いが違うようだ。
いちいち大きな声で返ってくるが、ヤトロクも悪い人ではないだろう。
「おじさん、ちょっと待っていてください!」
「ん?
ああいいぜ!」
シャオクがヤトロクを待たせ、自分たちを連れ立って少し離れた。
「(ミツキ様、鍛冶師になれたことは伝えても構わないのでしょうか?)」
不安げな顔でこちらを見つめ、確認してくる。
ヤトロクはシャオクのこれまでのことを知っているだろうから、鍛冶師になれたとあれば祝福してくれるだろう。
だがあの様子通りの性格なら、善意で他の知り合いにまで吹聴してまわりそうだ。
万が一、昨年の鍛冶師ギルドでのシャオクの前提試験の様子を知る者にまで流れると不味い。
せめて半年は待ったほうがいいだろう。
その頃ならば記憶も薄れ、髪も伸びたり身綺麗になって、とても同一人物とは思わないはずだ。
アコルトとも認識を合わせ、シャオクはまだ探索者としてレベルを上げている途中であるということにした。
自分が魔法使いなので膂力のあるドワーフの探索者として雇い、ゆくゆくは鍛冶師になれたらという流れなら自然に聞こえると思う。
「お待たせしました!」
「おう!
あんたたち、じいさんの墓の掃除もしてくれたんだな。
俺も知り合いの墓はたまーに掃除して回るんだ。
といっても月に1,2回、天気の良い日だけだけどな!」
待たせている間にも動き回っていたのは、近くの墓を見て回っていたらしい。
本当に気の良いおじさんなんだろう。
「そうだ、シャオクよぉ。
鍛冶師になるのはまだ厳しいかもしれないけどよ、家はどうするよ。
さすがに来年には手が回らなくなるぜ」
ヤトロクがトーンを落として真剣な様子でシャオクを見る。
シャオクもそれを聞いて俯いてしまった。
思い出の家ということだが、流石に同情だけで家までは買ってあげられない。
何百万ナールも手元にあるなら気兼ねなく手は貸してやれるが、現状金策の手は尽きている。
シャオクに作らせたスキル装備を高値で売却、というのも不可能ではないが今すぐに実現するものではない。
「シャオ、改めて見に行くだけならいいよ」
その言葉にビクッと反応する。
手は貸せないと言ったのと同じだ。
それでも、最後にちゃんと眺めてくるくらいはさせてあげてもいいだろう。
「ありがとうございます、ミツキ様」
シャオクが深々と頭を下げる。
知り合いの娘の見慣れぬ姿に、頭をポリポリとかいていたヤトロクが口を開く。
「じいさんちを見に行く、ってことでいいのか?」
「ええ、よければご案内お願いできますか」
今はヤトロクが所有者のはずなので、訪問の可否を決めるのは彼だ。
「まあ、構わないぞ、こっちだ!」
こちらが女性3人ということが頭にないかのように、大股でのしのしと歩き出す。
慌てて駆け足で追いかけつつ、その背中を追った。
大通りには戻らず、墓地の脇道を通って路地を抜けていく。
わかり易さというよりも近道を通っているのだろう。
時折ついてきているかと声を出してくれるが、こちらを振り返ること無くそのまま進むのであまり意味がない。
シャオクはこの扱いに慣れているようで、いつもこんなです、と笑みを浮かべた。
林の切れ目を縫うように進み、開けた場所に出るとポツポツと家が見えるようになってきた。
どうやら住宅街の端の方らしい。
他の家からは少し離れた、2階建ての家の前でヤトロクが足を止める。
振り返って大げさな挙動でシャオクに顔を向ける。
「ここが、じいさんの家だ!
来たかったのはルゲッツのじいさんの家、で合ってるよな?」
「はい、ありがとうございます」
ルゲッツというのが、シャオクの育ての祖父の名だ。
合っているが、今更確認したのか。
この流れでまるで知らないお爺さんの家に案内される可能性もあったのか、これ?
「一応家としての体裁は保ってはいるが、あちこちガタがきてるからあんまり無理すんなよ!
シャオクはともかく嬢ちゃんたちくらいなら大丈夫だとは思うがな!」
「自分たちも中を見ても?」
「シャオクの育った家だ、構いやしないぞ!
シャオク、俺は戻るから返事はまた今度聞かせてくれよ」
「わかったよ。
おじさん、ありがとう」
そう言うとヤトロクは大げさに手を振りながら、相変わらず大股で帰っていった。
「なんていうか、豪快な人だったね」
「はい、でも些細なことも気づいてくれてよくしてくれます」
「うん、いい人だった」
ところどころは大雑把ではあったが、この短時間だけでもこちらを気遣ってくれる様子はよく分かった。
シャオクは慕っていたおじいさん以外にも、出会いは恵まれていたようだ。
***
その一軒家は生け垣に囲まれていた。
生け垣とは言ってももはや目隠し程度ではなく、枝葉が伸び放題でひどい状態だ。
家を預かっていたヤトロクも、住居の方だけで手一杯だったのだろう。
人が住んでいない家を維持するのは大変だと聞いたことがある。
家自体はこれまでの街でも見かけたような白い壁の家で、木製のドアがついている。
通常の家屋だろうから、これも遮蔽セメントの壁なんだろう。
先導するシャオクに、自分、そしてアコルトの順で家の中に入る。
機能性だけを詰め込んだ狭い住居に慣れた現代の日本人には、広々とした部屋に見えた。
ただ、一面コンクリート打ちっぱなしだ。
居住よりも掃除を優先していたのだろう、木製の机や椅子は端に寄せてある。
一歩ずつ思い出を噛みしめるように歩くシャオクの後ろについて、奥の部屋へと進む。
この部屋はやや広めだが家具もなく、壁と天井がややくすんでいる。
床にはなにか長時間置いていたものを動かしたように色の変わっている箇所もある。
「ここは……?」
「おじいちゃんが昔、鍛冶をしていた部屋だと聞いています。
ボクがいた頃は専らスキルの製造だけでしたが、若い頃は金属の加工もしていたそうで、その道具を置いていたみたいです」
そういうことか。
素材とMPを消費すれば装備品は作れるが、加工品は本人の技量や体力次第になる。
高齢と言っていたし、シャオクを引き取るまでに使わなくなった道具の方は処分したのかもしれない。
くすんでいたのは、加工の際の火とか煙の名残かもしれない。
もともとは鍛冶用に
「シャオは金属加工とかもやってみたい?」
「う~ん……ボクの憧れたおじいちゃんの姿は、鋼鉄やダマスカス鋼といった素材から装備を作り出すものだったので、火を使った鍛冶と比べると……。
あ、いえ、もちろんミツキ様がご所望ならがんばりますが!」
もっと早く聞いておけばよかったがもし加工の方まで手を伸ばしたかったら、どこかの工房にお願いしなくてはいけないところだった。
そういえば装備製造の教本のような、所謂レシピ集はあるのだろうか。
鍛冶師ギルドに所属していれば見られるのかもしれないが、部外者はお金を払っても見せてもらえるか分からない。
シャオクのおじいさんが何か残してくれていたりしないかな。
感慨深そうに部屋の中を見ては、物思いにふけるシャオクの後にゆっくりと続いて各部屋を回る。
ある程度の周期で清掃に入っているらしくホコリが厚くなっている所はあまりなさそうだが、どの部屋の家具もだいぶ劣化して傷んでいる。
実際に暮らすとなると買い直しだろうから、当初のシャオクの必要額は相当なものになっていたんじゃないだろうか。
ダイニングも多くても数人向けの広さだし、それぞれの部屋の仕切りが多い。
鍛冶向けの部屋があるとは言っても、やはり一世帯用の家なんだろう。
こうなれば、実際に自分たちが1パーティーくらいの人数で住むとしたらで、必要なものを洗い出すにはちょうどいいのかもしれない。
物件探しの際に見るべき点を考えよう。
シャオクに断って、他の部屋を見てくると伝える。
寝室は、シングルベッドが2台おける程の大きさだった。
念の為、ワープを使ってみると先ほど覗いた別の部屋へと繋げられた。
スキルの方は問題ない。
将来的に自分と奴隷たちが住む場合はどうなるだろう。
ハーレム目的ではないのだから、大部屋にどでかいベッドを置いて全員で寝る必要はない。
そして仮に男性メンバーが増えた場合は別にしなくてはならない。
6人のフルメンバーなら、最低でも2人部屋を3つ以上は必須だ。
自分を別室にしたほうが、奴隷たちも寝室くらいはストレス軽減になるだろうか。
悩ましい。
廊下の先にあったドアを開けてみると、空になった水甕とその中に手桶があった。
横には封のされた座面があったので、おそらくはトイレだろうか。
水で流せるということは水洗トイレに当たるはずだ。
大きな街の宿だけでなく、一般住宅へも普及しているのはありがたい。
迷宮があるならそちらへ流してしまえばいいと思うが、迷宮の無い地域や討伐した場合というのもあるので、何らかの形で処理しているのだと思われる。
伯爵邸のあるというシームでこれなら、侯爵邸のあるルテドーナとフウルバリにも配備されているだろう。
水自体は井戸に汲みにいかないといけないだろうが、自分には水魔法がある。
転居予定の街ならどこでも大丈夫なはずだ。
全部の部屋を見た訳ではないが、サンプルにはもう十分だとして家の外に出てみる。
玄関から横に回ると、家と生け垣との間にスペースがあった。
家庭菜園くらいの小さな畑程度ならできそうだから、居住先でもこれくらいあった方がいいだろう。
農夫のジョブ取得だけでなく、香草くらいならあって困ることはない。
土一色よりも、やはり緑があったほうがいいだろう。
今は宿に置いている鉢植えの謎の植物で森林保護官のジョブが取得できなかった場合、次に試すべきはなんだろうか。
考えられるのは、植樹あたりか。
子どもの記念や祈願かなにかで苗を植え、手を添えさせて土をかけたり水をやったりというくらいはありそうだ。
それこそ一番森林の自然保護っぽい活動だろう。
土地や家自体に求めるのはこれくらいだろうか。
残りは現地の物件を見せてもらって、足りないところを考えればいいはずだ。
この後の予定を考えていると、シャオクが家から出てきた。
「お待たせしてすみません。
ありがとうございました!」
「もう大丈夫なの?」
「はい!」
ふっきれたように、ここに来る前より少し晴れやかな顔をしている。
「あとは……。
ヤトロクおじさんにこれまでのお礼と家のことを返事しておきたいんですが……」
「それなら冒険者ギルドに飛んだほうがいいかな?」
「いえ、おじさんの家はギルドからよりもここからの方が近いので、歩いていったほうが早いです」
「そっか、じゃあついて行くね」
返事をしてシャオクが先導する。
少し歩いていくと段々と住宅が増えてくる。
先ほどの家は居住区でも端の方に位置しているようだ。
井戸は住宅街におおよそ等間隔で配置されているそうだ。
どの街でも都市計画の基礎として根付いているらしい。
井戸の近くには食料品店が並んでいて、このあたりが住民共通の生活圏なんだろう。
通りを進みながら、シャオクが振り返りつつ少し先の路地を指差した。
「あそこがおじさんの家です。
通りに面した隣が、おじさんの弟さんがされている宿ですね」
兄が不動産で弟が宿屋か。
ジョブが旅亭だったのも、交代できるのとカルクが使えるからかもしれない。
「あんまり大きい宿ではないですが、料理が美味しいって評判です!」
「そうなんだ。
おじいさんの家のことは残念だけど、食事くらいならまた来ようね」
知り合いの顔を見るくらいならいつでも来れるだろう。
帰れる故郷には帰れたほうがいい。
「ボクも昔食べたことがありますが、魚料理が特においしかったです!」
「さ、魚!?」
思わず声が上擦った。
スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 魔法使いLv20
魔法使いLv20/英雄Lv17/探索者Lv22/僧侶Lv19/商人Lv22
(村人5 戦士17 剣士5 薬草採取士1)
アコルト 兎人族 ♀ 16歳 狩人Lv14
シャオク ドワーフ ♀ 19歳 鍛冶師Lv1
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次回は9/16更新の予定です。