それぞれの目の前に、彩り豊かな野菜と開きになった魚がのった皿が置かれた。
こちらは干物と言っていた割にはけっこうふっくらとしていて、いい匂いがする。
癖で胸の前で手を合わせようとしたところで、ハッとして小さく合掌して小声でいただきますを言う。
2人とも合わせてくれたので、従業員と料理を見ていたミトラグには気付かれなかったようで不審がられることはなかった。
いちいち説明してもいいのだが、落ち着いてからにしたい。
スプーンで野菜と煮汁をすくい、ゆっくりと味わう。
粗みじんにされた香味野菜とゴロゴロとしたイモやトマトにも似た野菜に魚の風味がのっていて美味しい。
魚も軽く焼色をつけてから蒸されたような食感で、柔らかく、骨も外れやすい。
白ワインのような酒類で蒸し焼きにしたのだろう。
これはあれだ、アクアパッツァだ。
一口一口を噛み締めながら大事に食べる。
「その様子だと、ミツキさんのお口に合ったかな?」
「はい!
とても美味しいです!」
「そうか、よかった。
一応もう1品あるからね」
海の魚は初めて食べたらしいアコルトの顔も綻んでいる。
見たことのある川魚は小魚ばかりで、食料というよりも肥料に使われていたらしい。
シャオクも久々に食べたので感慨深そうだ。
各々の感想を聞いているうちに、次の皿がやってきた。
骨が取り除かれてムニエルにされたもののようだ。
形が歪にみえるのは、先程言っていた捌くのが上手く行かなかった魚だろうか。
黄色味がかったソースが掛けられていて、輪切りの柑橘類も盛り付けられていた。
パセリみたいな緑の粉のようなものが振られていて彩りも良い。
食べてみると魚のホクホクとした身に、少し酸味があって口当たりの良いソースがとても合う。
パセリもどきが舌に触れると、ピリ辛の刺激がアクセントになって飽きがこない。
輪切りの果物をすこしかじってみると、グレープフルーツのような味がした。
イシュコの実というそうだ。
緑のパセリみたいな香辛料は、乾燥させたシェーマの葉だと言っていた。
これが作中に出てきたシェーマか!
確かに肉に巻いて焼けばスパイシーで美味いに違いない。
魚は似たような種類が複数いるらしく、具体的にどれだかは分からないらしい。
アジっぽい身なので、さしずめアジのムニエルバターイシュコソース掛けと言った感じだろうか。
刺身は寄生虫の心配のない迷宮産食材まで我慢だが、それ以外の魚料理については十分に満足な食生活を送れそうだ。
オリーブオイルを大量に集めて、アジフライもどきも作りたい。
天ぷらもいいだろう。
迷宮産ならカルパッチョもいけるだろうか。
煮魚も食べたいが、料理酒やみりんはあるのかな?
白ワインにコボルトスクロースを足して代用できるかもしれない。
海水があるので、おそらくブノーでは魚醤も作られていそうだ。
ソースもほしいし、調味料の専門店みたいなところもあるのかミトラグに聞いてみよう。
チーズも載せたいし、乳製品は牧場を見つけないといけないのだろうか。
どんどん夢が膨らんでいく。
「……お嬢様、お顔が」
「───!」
どうやらあまりよろしくない顔をしていたようだ。
しばらく食べていないだけで、魚に対して並々ならぬ感情を抱いていたらしい。
「……失礼しました。
あまりに美味しかったので、自分ならどんな料理を作ろうかと考えていたらつい」
「それはそれは……。
ミツキさんも料理をするんだね」
「はい、食べたいものが売っていないなら自分で作らないと……」
自分の場合はまかない付きの飲食店バイトが先にあって、技術が後から身についたのである程度作れるようになった、という順番だが似たようなものだろう。
自分で作ったほうが安上がりだし。
出してもらった料理を3人とも完食して、礼を述べる。
「さすが宿のウリの料理で、美味しかったです!
家が住めるようになるまでの間は、ずっとこちらに居たいです!」
「はは、ありがとう。
干物がある分は出せるけど、不漁の時はないこともあるからね」
それはしょうがない。
毎日魚っていうのも2人にはきついだろうし、その時は大人しく肉を食べるさ。
「それで……話は変わるけど、ミツキさんが魚を捌くのを見せてもらっていい?
1匹しか余ってないんだけどさ」
「構いませんよ。
ついでになにか作りましょうか?」
「本当かい?
これからお客さんの分の料理もあるから、あんまりたくさんは使える材料がないけどなにか作れそうかな」
キッチンにおいてある材料を見る。
小ぶりのアジみたいな1匹だけの魚と、大量の干物、野菜類や卵が置いてある。
アイテムボックスに入る種類の肉は、仕入れ担当が持っているらしい。
「生魚の他に、干物1つとコボルトソルト、卵を1つもらっていいですか?」
「それだけでいいのかい?」
「他には固くなったパンと、オリーブオイル、あとは……書き損じで構わないのでパピルスを数枚頂きたいです」
「うん?
それくらいなら使っちゃっていいよ」
従業員から魚用だという小さいまな板を借りる。
血で汚れるからと言っていたが、同じもので野菜とかを切らずにちゃんと分けてあって偉いぞ。
生魚を捌くと包丁のような大きめのナイフも汚れてしまうので、先に干物を切り分ける。
開きになっている頭を落として、尻尾ごと骨も外し、一口大程度の大きさで揃えていく。
次に生魚に取り掛かる。
もう見たまんまアジの3枚卸しの手順だ。
まな板の上にパピルスを敷き、その上で作業する。
側面の硬い鱗を落とし、頭も片面ずつ刃をいれて落とした後、腹にナイフを入れて内臓を刃先で取り出した。
小さいボウルに水を入れて、その中で血や鱗を洗い落とす。
先程の生ゴミをパピルスごと捨てたのでまな板の上はまだきれいだ。
大量に下処理をするときはまとめてやるが、数匹だったらこの方が手間が減って楽だ。
後は順に骨に沿って身を外していくだけになる。
片面ずつきれいにはがし、血合いを落とし終わったところで、小さく拍手が聞こえた。
どうせ生で食べないので中骨まではいいだろう。
従業員にじっと見られていたらしい。
見せるためだったのでそりゃそうか。
「捌くのはこんな感じですけど今回は料理にするので、さっきの干物と同じくらいのサイズにします」
こちらもまた一口大にし、並べたところで塩を軽く振った。
水分を抜くのと下味程度にして、手を洗う。
固くなったパンを受け取り、別のまな板の上でみじん切りにした。
ある程度細かくなったところでフライパンに移し、炒って水分を飛ばす。
皿に移して冷ましているうちに、今度は卵だ。
ボウルに卵と水を入れて溶き、小麦粉を加えてバッター液を作る。
一口大の干物と切り身をそれぞれ液にくぐらせた後、パン粉をしっかりつけていく。
真剣に菜箸がほしいが、そんな文化は無いようなのでフォークを使う。
二股ではあるがフォークまであるのは助かる。
オリーブオイルを多めにフライパンへと注ぎ、火のついた竈の上に置く。
「け、けっこうオイルを使うんだね……」
「あ、明日ナイーブオリーブの階層に行くので、使った分はお返しします!」
流石に揚げ物は油を使いすぎだろうから揚げ焼き程度にしようと思っていたが、それでも炒め物くらいの調理から考えたら使いすぎに見えるだろう。
5階層に出るらしいから、明日は中断した4階層を突破して数体狩ればいいはずだ。
「いやいや、こちらがお願いしたんだから返す必要はないよ。
でももしたくさん手に入るようだったら、ギルドより高く買い取るから言ってほしい」
「ありがとうございます!
その時はご相談しますね」
ギルドでのアイテムの売値は買値の1/4相当だから、多少色を付けて買い取っても安上がりになるのか。
もしかしたら肉類や調味料も飲食店に直接売り込めるのかもしれないが、あまりやり過ぎて目をつけられるのも困る。
必要な分以外はボーナス割増買い取りで満足しておこう。
温まったオリーブオイルに、生魚の方から入れていく。
ジュワっと音を上げて、泡が弾ける。
干物の方も重ならないように並べていき、衣が剥がれないようにあまり動かさないようにする。
先に焼き始めた方から裏返していくのだが、箸がないと本当にやりにくい。
家を手に入れて自炊ができるようになったら、自分の分だけでも箸を作ろう。
結局大きめのスプーンでひっくり返したり、油を掛けてやっていると、フライの衣もいい色になってきた。
皿の上に汚れのないパピルスを敷き、スプーンとフォークで挟むように掴み上げたフライを、油を切りつつ取り出していく。
うーん、揚げたてのいい匂いだ。
生魚だったフライと干物のフライを分けつつ、皿の上に2つの山ができる。
フライパンを火から外して、これで終わりだ。
いくらかフライが吸って減ってはいるが、残った油はこの後の調理に使うだろう。
「捌いたものと干物と分けてみたので、それぞれ食べてみてください。
味が足りなければ、塩や他の料理のソースを掛けてみてもいいと思います」
「へえ、簡単な材料の割にすごくおいしそうな香りだね」
レモンではないが似たようなイシュコの実もあったのでそれも、と言いかけたところで思い留まる。
この世に新たに戦争の火種を作ることはやめよう。
自分にミトラグ、アコルトにシャオク、それに従業員たちに、どちらも1切れずつ行き渡ったようだ。
食べ比べながら、一口ごとに堪能しているようで作ったこちらも満足だ。
「これ、うちの宿でも作ってもいいかい?
干物でもこれだけ食感が変わるなら、メニューに加えてもよさそうだけど、やっぱりオイルがなぁ」
「作られるのは全然構いません。
肉を焼いた後に残った油でもいいと思いますよ。
炒め物の後だと焦げが出てきて、この料理にはできなさそうですけど」
「そうなると、まずはまかない料理で様子見かな。
パンも卵も余ったものを使えるし、火も通すから傷む前の干物にも使えそうだ」
その発言に、喜ぶ様子の従業員たち。
こちらとしても、揚げ物が家以外で出てくるようになるならありがたい。
「あとは肉をあの液につけて、パン粉はつけずに先程のようにオイルを多めにして焼くのもいいです。
その時、重曹……シェルパウダーの粉末をほんの少しだけ入れてあげると、食感も変わります」
「すごいね、ミツキさん。
どこで学んだんだろう」
「りょ、両親の受け売りですよ。
色んな手伝いをしていたので」
「いやあ手際もいいし、よほどしっかりされた……いや、そうだな。
もし聞きたいことがあったら、またお願いしていいかな?
今回のこともだけど、その時はもちろんお礼もするよ」
困ったときの両親を挙げたので魔法使いのジョブのことでも思い出したのか、あまり出自に触れるとよろしくないと思ったらしく、急に切り替えてきた。
「お時間が合えばいつでも!
自分も人に作ってもらった料理を食べたいですし!」
その後は食べたりなそうだったアコルトとシャオクにと1品出してもらって、飲み物もサービスで貰った。
ついでに、と教えた骨せんべいが好評で、本来捨てたり一部だけ煮込みにしか使えない部分が使えるのは助かるとのことだ。
近くの酒場に売り込めるかもしれないので、話が進んだら教えてくれるそうだ。
追加で使う油や炭代もあるだろうからどこまで本当だか分からないが、採算がとれたら別途お礼するとまで言われた。
この宿はあくまで食堂で、酒場として開けているわけではない。
食事の時に酒は出すが、飲み続けるような場所ではないのだ。
部屋に戻ってくつろぎながら、そろそろ湯を貰うかと思っていたところで、部屋がノックされる。
「休んでいるところにごめんね。
ほら、冒険者のテオドナフって奴なんだけど、あいつがやっと来たから紹介をと思って」
「ああ!
ありがとうございます、すぐ行きます」
伝えに来てくれたミトラグの背に続いて、3人とも食堂へと向かう。
待っていてもいいとは言ったが、主人だけで向かわせるのはよくないらしい。
食堂に入ると、奥の方で飲んだくれている男がいた。
「テオドナフ!
彼女が説明したミツキさんだ」
「んー?」
無精髭の生えた顎を擦りながら、男が赤ら顔をこちらに向ける。
テオドナフ 人間 男 46歳 冒険者Lv13
「こんばんは、ミツキといいます」
「おう、あんたか、この骨センベイってのを作ったのは」
テオドナフは酒臭い息を吐きながら、こちらを見定めるように額に皺を寄せた。
迂闊だったが、米も見当たらないところで煎餅という名前を使ってしまったのだ。
ミトラグたちは骨センベイという新たなモノとして認識してくれたが、あんまり突っ込まれると困る。
米が食べられている地方があれば、願わくは煎餅もあってほしい。
「そうです。
ミトラグさんにお教えしました」
「そうかいそうかい、うめぇなあこれ!
ブノーでも魚を薄く削いで乾かしたり焼いたりはするが、こいつは磯臭くもねぇし軽くて酒に合うな」
「お、お口にあってなによりです」
「なんだよ堅えなぁ。
お嬢ちゃん、あの作り方は誰に習ったんだ?」
「え、えーと、亡くなった両親です」
さっきまで酒をあおりつつがはがはと喋っていたテオドナフが急に大人しくなる。
き、気まずい……。
「そりゃあ、悪かったな……申し訳ねぇ。
まだこんなに小せえのに……」
「……テオドナフ。
ミツキさんは成人している」
「はぁあ?
ドワーフでもねぇのにこんなに、ってドワーフもいるじゃねぇか!
なんか見たことある顔つきだな」
この酔っぱらいめんどくさいぞ。
「あーもう、ミツキさん申し訳ない。
早く顔を合わせたほうがいいかと思ったけど失敗だった」
「いえ、大丈夫です」
「よく言い聞かせておくから、明日でもいいかな?」
「なんだと!?」
「───こいつッ!
明日改めて場を設けるから、今日はごめん!
このあと誰かにお湯も持って行かせるから、部屋で休んでてね!」
ミトラグがテオドナフを押し込め、手を振って退室を促したので素直に従った。
階段を登り、部屋で待っていると従業員が湯桶を持ってやってきたので受け取る。
魚も食べられて満足な一日だったが、なんだか最後の最後でどっと疲れた……。
体を拭き、髪を洗って洗濯。
初日は手間取っていたシャオクも、今日はスムーズに対処していた。
やはり要領がいいのだろう。
洗濯についても2人でやるから、先に休んでいいと言われてしまった。
楽にはなるが、働いている2人の手前あんまり気休めにはならない。
心なしか、3人分なのに自分が加わった時よりも早く洗濯が終わった気がする。
いや、英雄と狩人と鍛冶師の器用さ補正で作業が早まっただけだ!
納得する理由を考えているうちに、いつの間にか眠りについていた。
スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 魔法使いLv20
魔法使いLv20/英雄Lv18/探索者Lv22/僧侶Lv19/商人Lv22
(村人5 戦士17 剣士8 薬草採取士1)
アコルト 兎人族 ♀ 16歳 狩人Lv15
シャオク ドワーフ ♀ 19歳 鍛冶師Lv9
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次回は10/2更新の予定です。
あまりにも料理に振りすぎたので、今回のみ明日も更新します。
その後はまた3日更新へと戻ります。
ナイフ・スプーンはまだいいとしても、フォークも出すことにしました。
カトラリーの歴史に沿うのも表現の1つとは思いますが、拙作ではせっかくのゲーム的中世感なので、なぜか普及している設定で行こうと思います。
箸まで使われているとさすがに違いすぎるかなと思ったので、コレはあるのにアレはない、というのもその物語のひとつのアクセントということにして、そういうものだとお考えください。