ニカドーたち職人はその後も話を詰めることがあるようだったので、店で別れることにした。
この後の予定は、カルメリガに行ってザノフに住所を伝えて、仲買人のことを聞いてくるくらいだ。
それも自分ひとりでいい。
2人には夕方まで自由ということにするか。
鐘が鳴る頃までには宿に戻って、テオドナフの荷運びの手伝いでブノーを見てくるのもある。
装備もつけたままだし一旦宿へ、と思ったところでまだ取決めた家賃を払っていないことに気づいた。
大股で先行していたヤトロクに続いて、宿よりも先に隣の不動産店へと入る。
支払いだと声を掛けると、ヤトロクが騎士団で印章を押してもらった契約書を広げたので、自分はその隣に金貨を2枚並べた。
これで1年分の賃料だ。
家を譲り渡してくれる14万ナールとして貯まるまでこちらは保管しておくらしいので、金貨のままでよいそうだ。
税金を差し引いて返せる目処が立ったら、なるべく早く残りも渡せるようにしたい。
ヤトロクに礼をして、隣の宿へと入った。
フロントにはミトラグが座っている。
「おかえり~。
家の方は順調にいってるかな?」
「はい、明後日から工事で上月15日には入居できそうです。
家の契約のことも、口添えして頂いてありがとうございました」
「はは、それくらいしか出来ないからね。
その15日まではどうする?
うちでもいいし、必要なら他の宿も紹介するよ」
「こちらでお願いします!
可能なら、まとめて支払いもお願いしたいです」
払ってあるのは今日の泊まり分までだ。
未定の分は、明日の夜から上月14日の夜までの11日間となる。
移住先は決まっているのだし、ここでミトラグに手続きをしてもらったほうがカードのチェックの機会も減らせて楽だろう。
流石に長らくお世話になる人には割引は使えない。
「そうすると、3人部屋に食事とお湯を人数分つけて11日分で8800ナールだね。
この前通常料金でとは言ったけど、……ま、1日分はおまけってことで8000ナールでいいよ!」
「ありがとうございます!」
巾着袋がだいぶ軽くなったが、今後たくさん使うことになるのは入居前の雑貨類までしばらく無いだろう。
これまでシームの住人に良くしてもらっているのは、シャオクの過去の交友のおかげだ。
これからこの街に腰を据えるなら、自分も良き隣人として住人に馴染んでいきたい。
部屋に戻り、ベッドに腰掛ける。
「これからカルメリガに行ってくるね。
住むところが決まったら人を紹介してくれるって約束をしてるから、その報告に行ってくる。
えっと、家の住所がシーム外6区の……」
「外6区の8の13の7です、お嬢様」
「ありがとう。
一応この宿の住所も聞いておきたいんだけど、シャオは分かる?」
「宿はシーム内6区3の4の2だったはずです。
街の中心である冒険者ギルドを基準に8分割して、領主様の邸宅を1区として右回りに数字が増えていきます。
ギルドに近ければ内区で、遠ければ外区ですね」
なるほど、それで住所を聞いただけで大体の位置がわかるのか。
後ろの数字も大きいので、外区の中でも離れた所ということらしい。
ともかく、聞いておくことはこれくらいだろう。
ザノフに会えれば本人に、会えなければ例の高級宿の旅亭にでも宿の住所を伝えておけば返事がもらえるだろう。
夕方の鐘までに宿に集まるということにして、2人にそれまで暇を出した。
鍵の管理は2人に任せておいて、部屋の中から直接カルメリガの冒険者ギルドへ飛ぶ。
やはり1人だけの移動なら、それなりのMP消費で済むようだ。
4日ぶりに訪れた古着屋を覗くが、ザノフの姿は見当たらない。
諦めて高級宿へと歩き出す。
この道順にも慣れたものだ。
流石に顔を覚えられたフロントの旅亭に名乗って、カードのチェックを受ける。
どうやらザノフは居るが商談中らしいので、別室で待たせてもらうことにした。
ハーブティーを淹れてもらい、しばらく休んでいるとドアがノックされる。
「失礼致します。
ミツキ殿、お待たせして申し訳ありません」
「こちらこそ、急にお邪魔してすみません」
「いえいえ、お越しくださるようお願いしたのはこちらですからな。
して、お住いを決められたということでしょうか?」
「はい、シームの街に家を借りることにしました」
「なるほど、シームですか……。
そうしますとご紹介するべきは、その隣のルテドーナの競売会場が主体の者ですな。
ミツキ殿は仲買人についてのご希望はありますか?」
「やはり安めに競り落とすのが上手い方だとありがたいです」
露骨にモンスターカードをというと身近に鍛冶師が居ると勘付かれるだろうか?
「ああいえ、ご紹介するにあたり腕の拙い者は省いておりますので、なにか避けたい要件がありましたら、ということです」
そういうことか。
どうせ自分の奴隷情報なんて目にしていそうだが、エルフだから一応気を使っているのだろうか。
こちらとしては腕があって顧客情報を守れるなら種族は何でも構わないし、ザノフの紹介する人材ならそのへんはクリアしているだろう。
「いえ、特に懸念することはありません。
シームまで知らせを届けてくれるような方ならどなたでも……。
強いて言うなら、お分かりのように私は察しが悪いので、あまり含まずに直接伝えてくださるとありがたいです……」
「それは大変失礼を……」
「ああ!
ザノフ殿が気にかけていただいているのは分かります!
言葉足らずで申し訳ないです!」
「はは、存じておりますよ。
そうしましたら……」
ザノフが顎に手を当てて考えている。
つぶやくように思案した様子をした後、やがて一呼吸置いてこちらに向き直った。
「カルムというエルフ族の武器商人がおりますので、そちらを紹介いたしましょう。
まだ若いですが真面目に取り組んでおりますし、なかなか見どころもある男です。
ルテドーナの商人ギルドに属しておりますが、時折シームにも通っていたはずなので、ご都合がよろしいでしょう」
「なるほど、元々シームにも来られている方ならちょうど良さそうですね。
……実はシームでの借家の契約は済ませたのですが、今はまだ宿を取っておりまして、半月近く後に借りた家に移る予定なのです」
「それでしたら、宿の名前と住所をお聞きしまして、カルムの方からお会いする日程のご連絡をさせましょう」
眠る人魚亭の名と住所をザノフに伝える。
後は待っていれば、カルムとやらから待ち合わせの場所や日時の予定が近日中に宿に届けられるはずということだ。
その顔合わせをもって、前回の取引内容が完了となる。
まだその武器商人の人となりはわからないが、紹介した面子がある以上、ザノフにとって最低限恥じない人物であるだろう。
英雄に魔法使い、居住地、装備を揃える伝手が揃ってきた。
あとは無理しない範囲で迷宮攻略を進めていけば、すこしずつ生活も楽になるはずだ。
理想は生活資金を稼ぎきっての隠居生活か。
うーん、何年かかるやら。
ザノフに礼を述べて高級宿を出る。
面会までに多少待たされたが、それでも終わってみれば夕方までには少し早いくらいだ。
自分も宿に戻って休ませてもらおう。
冒険者ギルドまで歩き、人が増えてきた絨毯前からシームの宿の部屋へとワープした。
「ただいま~」
「ふわっ!?」
「おかえりなさいませ、お嬢様」
閉じられたドアの内側に張られたゲートから足を踏み出すと、想定外で驚愕の表情をしたシャオクと、姿勢を正してお辞儀するアコルトの対比が目に映る。
どうやらアコルトが装備の手入れをしているところを見ながら学んでいたらしい。
いくら職人の下にいたとは言え、熟練の狩人の手解きを受けた者の方が現場の知識があるのだろうか。
「ごめん、シャオ。
家に住み始めたらこういうことも増えると思うから、慣れてほしい」
「は、はい!
すみません!」
「急に来たこっちが悪いから、謝る必要はないよ!
それはそうと、オークションの仲買人の紹介をしてもらえることになったから、そのうち宿に手紙が来ると思う」
「オークション、ですか」
「うん、モンスターカードとかを競り落としてもらって、装備を強くしていこうと思ってね」
聞いてみればアコルトも競売にかけられるという話も出たことがあったらしい。
だが、制約があったために誰でも入札できるというわけにはいかず、流れることになったそうだ。
ポンと金を出せるような貴族や成金と揉めるのは、商人ギルトとしても不本意だろうからそりゃそうか。
明らかな火種を避けて、地道に商談相手を選んでいたからこそ、自分が契約するまで残っていたのだろう。
「……その、以前話していたカード融合が
きたか。
このあたりで話しておくべきだろう。
「うん、まだ時間もあるし説明するね」
「お願いします」
シャオクだけでなくアコルトも手を止めて話を聞こうとしたので、作業しながらでいいと伝える。
手入れを途中で止めさせるのは申し訳ない。
「えっとまず、武器商人や防具商人が使える、装備を鑑定するスキルがあるよね?
装備の名前と、スキルが付いていればそれが分かる、っていう」
「武器鑑定と防具鑑定ですね。
確かにありますが、スキルのない装備はただの名前が表示されるものだと聞いています」
「自分が使える特殊な鑑定スキルでは、武器や防具を見た場合、装備の名称と
「欄として、ですか……?
名前とスキルが分かる、というのと同じではないですか?」
「ううん。
自分の場合はスキルが付いていなくても、
これは同じ名称の装備でも、それぞれ欄の数が違うということが分かってる。
そして、この空欄がない装備には、モンスターカード融合をしても
「……つまりミツキ様は特殊なスキルで
「そういうことだね。
これが間違っていて万が一失敗することがあっても、元の装備を手に入れたのも、カード融合の指示を出したのも自分だから、シャオに責任を取らせることはないよ」
シャオクがどうにか理解しようと頭を捻っているようだ。
やがて、既存の常識では考えるのをやめ、深く考えずそういうものだと認識することにしてなんとか納得することにしたらしい。
「失敗しないカード融合というのは、非常に危うい問題ですね……。
しかも鍛冶師であるボクではなく、ミツキ様のスキル由来というのも……」
鑑定だけで莫大な利益を生みそうだからな。
どこぞの権力のある者にスキル内容が露見したら、縛り付けられてそのまま生きる鑑定機になってもおかしくはない。
「まぁ派手に高額装備を売りさばく、なんてつもりはないから大丈夫だよ。
基本的には自分たちの装備を強化して、どうしても不要になったものを売るって選択肢にするつもりだし。
まずは、みんなの分の身代わりのミサンガが必要かなって思ってる」
「すいません、おじいちゃんのお供え物に……」
「あれは報告するためのものだから違うよ!
シームの1階層で糸を集めつつ、シャオにはミサンガをちょこちょこ作ってもらおうかなって思ってる。
それで空欄……、暫定的にスキルスロットって呼ぶけど、それがあるものを増やしていくつもり。
芋虫のカードの方は、さっき言ってた仲買人に集めてもらうようにするんだ」
「はい!
がんばります!」
「とりあえず1個つくってみようか」
アイテムボックスから糸を取り出してもらい、握った状態で防具製造の呪文を詠唱してもらう。
手元が光ったと同時に、撚られたミサンガが手元に現れた。
ミサンガ
スキルスロットはついていなかった。
まあそんな簡単にはいかないだろう。
「ど、どうでしょう?」
「うーん、スロットはないね。
でもスロットがつく確率自体が低いから、これは数をこなすしかないね」
「はい……」
スロット付与の確率が低いからこそ、それだけ世にスロットなし装備が出回っていて、ひいてはカード融合の成功率が低迷しているのだろう。
「成功しても今はモンスターカードも手元にないし、のんびりやっていこう!
急いでるわけじゃないしさ」
シャオクを宥めていると、手入れを終えたアコルトが手拭いで手入れの油を落としながら口を開く。
「お嬢様、あの見事な剣はお手入れの必要はないのでしょうか?」
「あ、あれ?
あれは折れたりしない限り手入れは必要ないっていう代物なんだ……」
自分でも何を言っているかわからないが、ボーナスポイントで出す度に新品同様になって出てくるのだ。
武器としての機能を損失して、ポイントに戻せなくならない限りは問題ないはずだ。
とりあえず前に見せる約束をしていたので、ボーナスポイントを操作してデュランダルを出現させる。
アコルトが片付けた机の上に、鞘を外して置いてみた。
直接他人にまじまじと見せるのは初めてだ。
「半日も使っておられたのに、何かを切った跡すら見つかりません」
「武器というよりは宝剣の類に思えます……」
妨害の銅剣のような、スキル名+武器種といった名称ではない、聖剣デュランダルというおそらく固有名が付いているのだ。
ゲーム的に言うとユニーク武器に当たるだろう。
ジョブの固定と呼ばれる、この世界の住人のボーナスポイント処理らしき行為をすれば、ボーナス装備が手に入るかも知れないという描写もあった。
しかし元になるのがどのジョブでもいいとは限らないだろう。
名称的にも英雄以上の希少ジョブ由来になりそうだし、ジョブが変更できなくなるなら、キャラクター再設定という圧倒的優位機能を捨ててまで固定するかと言ったらそんなわけがない。
そんなことを考えているうちに、シャオクはデュランダルを裏返してみたりと色々と見定めているようだ。
「親戚から譲ってもらった荷物の1つなので何で出来ているのかもわからないんだけど、デュランダルっていう剣らしい。
MP吸収と詠唱中断、あとは防御無視が付いていると聞いたよ」
「3つもですか……。
防御緩和や低減なら聞いたことがありますが、防御無視のスキルのついた武器を目にするとは思いませんでした……」
「すごく強い剣なんだけど、これを使って敵を倒すと、得られる経験が少なくなってしまうみたいなんだ。
もちろん安全を優先したい時や、経験よりも先へ進むのが目的の時はこれまでのように使っていくんだけど」
「なんとも不思議な効果ですね……?
……その武器に頼って身の丈に合わない深層へ進みすぎると、窮地に陥ってしまうこともあるということですか……」
メインジョブのレベルが足りないので経験値効率系のボーナスとデュランダルが併用できないだけなのだが、都合よく解釈してくれたようだ。
主人は使わないのにあの剣を何故持たせてくれないのか、という疑問に切れるカードがあるのはありがたい。
……詰められたらあってないようなカードではあるが。
「うん、いくら剣が強くても結局1本だけだから、なくても倒せること前提で迷宮に潜っていきたい。
過信が一番怖いから、頼るのはさっき言った目的が違う時やどうしてもって時だけね」
「わかりました、ありがとうございます!」
鞘に剣身を戻し、アイテムボックスに仕舞うようにボーナスポイントへと戻す。
この後は、テオドナフにブノーへと送ってもらう約束だ。
リュックやらの荷物は部屋に置き、シャオクのアイテムボックスの中身も預かって、探索者へとジョブを替える。
階段を降り、入口の向こうに荷物を並べているテオドナフの姿を見つけたところで鐘が鳴った。
スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 魔法使いLv21
魔法使いLv21/英雄Lv18/探索者Lv23/僧侶Lv20/商人Lv23
(村人5 戦士17 剣士9 薬草採取士1)
アコルト 兎人族 ♀ 16歳 狩人Lv15
シャオク ドワーフ ♀ 19歳 探索者Lv11
---
次回は10/17更新の予定です。