大通りに出て、連れられたままに高級そうな宿屋に入ると、受付の旅亭にザノフが目配せをした。
「オーナー、いらっしゃいませ」
「商談用に一部屋空けてくれるか」
「かしこまりました。
あちらをお使いください」
旅亭が正面奥の部屋を示す。
商人ギルドで聞いた高級服屋と別に、この宿のオーナーでもあるのか。
どれだけやり手なんだ。
「では、準備をして参りますので少々お待ちください」
そう言うと、ザノフは奥に入って行ってしまった。
テキパキと従業員に指示を出す受付の旅亭が、愛想よく近づいてくる。
「申し訳ありません、規則ですのでカードのチェックをお願いします」
慌てて左手を掲げると、呪文を唱えられてインテリジェンスカードを確認される。
旅亭は手早くメモを取り従業員に手渡すと、そのままザノフが向かった部屋に案内してくれた。
流れるように部屋に通されると、ザノフがテーブルの前に立っている。
「お待たせいたしました。
どうぞ、おかけください」
ソファに座るように促され、腰を下ろしたタイミングで、いつの間にか横に現れた給仕服の女性が飲み物をカップに注いで下がっていく。
ハーブティーだろうか、カモミールティーのような良い香りがする。
そういえば喉が渇いていたのを思い出して、一息に飲んでしまった。
「おや、気に入られましたかな?」
「えっと……はい、美味しかったです」
ザノフの笑いかけるような声に、恥ずかしくて俯いてしまう。
その間に先程のメイドがおかわりを注いでくれた。
「……さて、商談に移りましょう。
あの上下セットの服についてですが、上質な生地と精密な縫製、洗練されたデザインでしたので8万ナールでいかがでしょうか?」
想定より高額での交渉だったが、自分にはここから買取額3割アップがある。
ボーナスポイントを調整して聞き直す。
「思っていたより高価格でびっくりしました。
確かにその値段ですか?」
「はい、8万ナールでの買い取りを考えております」
……変わっていないぞ。
いくら目利きという不明なジョブであっても、直接高額な商談までするオーナーが、各商人ジョブが持っている計算スキルであるカルクを持っていないのはおかしい気がする。
もしかして、上下セットありきの1商品扱いになっているのか?
複数商品の売却にしなくてはならない。
なにか出せるものはないか。
「そうだ、こちらも見て頂けますか?」
慌ててリュックから花柄のコンパクトミラーを取り出して開いて見せた。
「これは……少々小さいですが、非常に美しい鏡ですか。
外装の花の絵もまるで本物のようです」
そりゃ写真をプリントしたものだろうしな。
焦って出してしまったが、技術的にまずいか。
もう片方の文字付きミラーもあるが、寸分違わぬ同規格のモノを複数見せてしまっては怪しすぎるだろうし、これ以上は出せない。
「そちらも譲り受けたもので……」
出した分についてはもう押し通すしかない。
古着屋でもあった、はいはいわかっていますよ、みたいな目をまたされた気がした。
乾いた喉にハーブティーを流し込んだら、またメイドが現れて注いでくれる。
顔をあげると、いつの間にか別の従業員がザノフの後ろに回っていて、何か耳打ちしている。
何を言われているのだろう、怖すぎる。
「ご事情がおありのようですが、査定もそのようにさせて頂きますがよろしいですかな?」
要するに買い取ってはくれるらしいが、これ以上詮索はしない代わりに安く見るということだろう。
致し方ないが、根掘り葉掘り聞かれるよりはマシのはずだ。
「それで構いませんのでお願いします」
「それでは……こちらの鏡は熟練の職人によるものと見受けられます。
貴族のご婦人方が求められるような見事な細工の品ですので、28万ナール。
先程の服と合わせまして36万ナールのところ、お客様との出会いと、これほどの美しい品を見せて戴いたことに感謝いたしまして、46万8000ナールとさせて頂きたいと思います」
きた。
3割アップが発動している。
やはり服のセットが一揃いにされてしまっていたようだ。
結果から見れば、現代から持ってこられなかったモノより高くなっているかもしれない。
「そちらの値段でお願いします」
「ありがとうございます。
ご用意をしている間に一つお話を」
交渉が決まり、ほっと胸を撫で下ろす間もなく迫られる。
「またこのような珍しいモノを
どういうことだと聞き直すと、これまでの非礼を詫びられ、こちらが疎いと察して丁寧に説明してくれた。
高額査定だったこともあって、宿屋に移動したのは盗品であるかの確認をするためだったらしい。
ジョブが村人であることや自由民であることが判明し、使いを走らせて商人ギルドでの紹介を確認させ、街に入る前から盗賊に接触している様子もなかったと出入りの商人の証言も取れたそうだ。
どうやら先程の耳打ちはその報告だったらしい。
ザノフは、自分が今着ている服についても聞きたそうであったが、代金を持った従業員が現れると眼の前で数え上げて、巾着袋ごと渡してくれた。
金貨46枚と銀貨80枚である。
壮観だが、これをジャラジャラと持っての移動は憚られる。
長時間移動からの緊張の取引を終えて肉体的にも精神的にも疲れ切ってしまったので、この宿に泊まれないかと聞くと、一泊分はサービスしてくれると言った。
高級宿らしいのに随分気前が良いようだが、エルフに根に持たれるのは困るからと、ザノフは笑って去っていった。
そういえば作中でエルフは他種族を見下している、みたいな描写もあった気がする。
名字持ちだが貴族ではないと説明していなかった。
自由民ならそういう人もいるような書き方もされていたが、よくわからないな。
***
フロントに戻り旅亭に確認すると、夕朝二食付きで湯も持ってきてくれるらしい。
夕食はもう頼める時間ということなので、ついでにお願いすることにする。
案内された部屋の扉には記号が書かれているが、文字なのか数字なのかすら分からず読めない。
ボーナスポイントやレベル、ナールの繰り上がりからブラヒム語の数字は10種程度と思われるので、それくらいはすぐ覚えられるだろうが、文字の読み書きを短期間で身に着けるのは厳しいだろう。
代読や代筆といった面でも、そもそもの常識にも対応できる人員が欲しい。
やはり、奴隷か。
生活する上で些事をこなすにしても、契約で機密を守れる現地人が必要だ。
この世界に来た直後は想定外続きで絶望したが、幸い資金も調達できたことだし、今後の予定を考えたい。
部屋の扉をノックされたので恐る恐る開いてみると、従業員がもう料理を運んできていた。
この時間帯は食事の注文も混み合うらしく、予め準備しているそうだ。
椅子に座るように促されると、あれよあれよという間にテーブルに料理が並べられる。
柔らかそうなパン、彩りのあるサラダ、厚切りのステーキ、腸詰めと野菜を煮込んだスープ。
サラダも新鮮そうだし、他の料理も温かくて美味そうだ。
疲れていることもあるが、この身体に酒を入れても大丈夫か不安だったので、飲み物はハーブティーにしてもらった。
スープを一口飲んでみると、苦味や臭みもなく、煮込まれた具材の旨味がしっかりとでた深い味だった。
香草や調味料で工夫されているんだろう。
ステーキも筋切りされていて分厚くても柔らかく、肉汁の滴る食べごたえのあるモノだった。
サラダも新鮮だったし、焼き立ての香りが漂うパンも美味い。
貧乏舌の自分には何でも美味く感じるだけなのかもしれないが、料理の工夫が乏しいとか言っていた自分を恥じた。
明日の朝もこれくらいの食事を食べたら、宿のグレードを下げるのに躊躇しそうだ。
思いがけないクオリティの料理を楽しみながら、明日の予定を考える。
まずは、生活拠点となる宿を決めること。
今の高級宿を借り続けるのは厳しいだろうから、ある程度の治安があればいいだろう。
収入の手立てが得られたら、グレードを上げたり家を借りたりということも考えられる。
探索者ギルドや冒険者ギルドに行って、何軒か宿の候補を聞くのがよさそうだ。
次に、奴隷の購入だ。
持ち家でもないので硬貨を部屋に置いたりはできず、入れられるだけのアイテムボックスが確保できるまでは巾着袋で持っていなければならない。
となれば高額商品である奴隷を購入するべきだ。
現金も減らせるし、人手が得られて迷宮攻略の難度も下がる。
奴隷商館の場所もギルドで聞けるはずだ。
そして、一番重要なのが英雄ジョブの取得のことだ。
小説では盗賊が集落を襲っている場面に遭遇してそのまま初戦闘になっていたが、こればかりは出会さなければどうしようもない。
門に騎士を立てていたくらいだから、この街の周囲には寄り付いていないという可能性もある。
資金があるうちに、冒険者ギルドで盗賊の目撃情報が多い村落へ飛ばしてもらうというのもありかもしれない。
戦闘以外で取得できるジョブも手に入れておきたい。
戦闘で村人のレベルを上げられないので、迷宮に入ることで取得できる探索者、農作業を行うことで取得する農夫、窃盗や他の犯罪行為で付与される盗賊あたりが、条件が分かる現時点での取得可能ジョブだと思われる。
盗賊に関してはパラレルジョブを空けたまま他人のモノを持ち出して、取得を確認出来たら返却しておけばいいだろうか。
農夫は菜園や農園で手伝わせてもらうか、宿で畑を間借りさせてもらったりしてから試すことになる。
もしくは庭付きの家を借りられてからになるかもしれない。
他には、生活用品の購入くらいか。
今着ているものはこの体にサイズが合っていないため、買い替える必要がある。
明日あの古着屋で何着か買って、冒険者ギルドへ向かい、その後宿や迷宮へ向かおう。
荷物を抱えて歩きまわるのは拙いので、装備や雑貨類は宿が取れてから揃えるのが無難だろう。
食事を終えると、給仕が置いていったベルを鳴らす。
すると部屋の外にずっと待機していたのかと思う速さで現れ、瞬く間に食器を下げていく。
呼び止めるのを躊躇する動きだったが、体を拭くためのお湯を持ってきてもらうようお願いした。
少し待つと湯を張った桶を持ってきてくれた。
体を拭くための手ぬぐいも、今回はサービスだそうだ。
さて……と意を決して服を脱ぐ。
身長以外はデフォルト設定のためか、ほどほどの肉付きでしなやかな体躯であったが、きれいな体だなという感想以外が出てこなかった。
自分自身だからなのか、滾る部分がなくなったからなのか、疲れすぎていたのか、はたまた身体を作り変えられた際に意識までも改変されたのかは定かではないが、興奮することはなかった。
もしかしたら人間が盛っているだけなのかもしれない。
固有ジョブが色魔な種族だし。
一通り体を拭くと、身体が暖かくなって一気に眠気が襲ってきた。
裸族という訳では無いが、替えがないので同じ服を着るのが億劫になる。
桶の返却も明日でいいだろうと隅の方に寄せて、そのままベッドに潜り込む。
清潔で柔らかな布団に包まれると、すぐに意識が遠のいた。
スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 村人Lv1
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24/07/22
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