しかたなく宿へと戻る。
夕方の鐘の音を聞きながら、先に裏手に回って木箱を置いた。
壁に立てかけるようにしたので、明日には中も乾くだろう。
土入りの植木鉢を持っていたのでミトラグにアレをまた育てるのかと不審がる目で見られたが、これは土だけで今度は別の植物を育てると弁明しておいた。
こっちだってあんな面倒なものは勘弁してほしい。
それと、ということでアイテムボックスからこっそりウサギの肉を取り出した。
「(どうしたの、これ?)」
「(ウサギの肉なんですが、2人に食べてもらおうと思ったので…。
調理をお願いできますか?)」
「(ウチの料理でいいの?
高級宿みたいな凝ったものはできないよ)」
「(自分も分からないので、普通の料理で問題ないです!
あ、調理代も出したほうがよさそうですかね?)」
「(いやいやいいよ!
練習させてもらうだけでも貴重だからね!
……端の一欠片だけ味見してもいいかな?)」
「(構いません!
よろしくお願いします!)」
鍵を渡すと、ミトラグは早速食堂の方へと向かっていった。
部屋に戻り、いつもの窓際に鉢を置いて荷物を整理する。
少しゆっくり目に食堂へ向かうと、従業員に隅の方の席に座るよう促された。
いつもの料理とは別に、もう2皿運ばれてくる。
「ええっと、こちらは……?」
「お嬢様がご注文してくださったようです」
まあアコルトにはやり取りが聞こえていたよな。
「うん、2人がいつも頑張っていてくれるからご褒美ってことで!」
「「ありがとうございます!」」
香草の包み焼きに、こちらはミルク煮だろうか。
開いた葉の中から、食欲をそそる香りが広がる。
ミルク煮の方は、一度炙って脂を落とした一口大の肉を煮込んでいるようだ。
「お嬢様、どうぞ」
肉を切り分けた皿を、アコルトがまずはこちらへと差し出してきた。
嬉しいし、食べてみたいが目的はそうじゃない。
「いいよ、アコとシャオの2人に食べてほしいから遠慮しないで食べて!
美味しければまた取ってこれるしね」
だいたい、ラピッドラビットは2人のおかげで倒せたようなものだ。
いかにボーナスポイントで盛った攻撃力があっても、自分は何度も隙を作ってもらってやっとダメージを与えられたのだ。
2人が居なければ翻弄されて被弾もあっただろう。
何度も礼を言って美味しそうに食べる2人を見られて満足だ。
これからも美味しいものを食べさせてあげたい。
……見栄を張らずに一口もらえばよかったかな。
食事を終えた後は、体拭きだ。
家の裏に行った際に水に触れたので気持ちよかったが、サンダルだったので土汚れが結構出てお湯が濁る。
ついでにサンダルもすすいで陰干しだ。
明日の大桶という名の湯船の確認を楽しみにしつつ、ディビレの種を机に並べて、どうしたもんかと頭を捻る。
危険物だし、次回迷宮に行った際にでも捨ててしまおうか。
水耕栽培でも育つという話だし、うっかり濡れでもしていつの間にかクローゼットでカラーボール爆弾が育っていては怖い。
というか洗った際に濡れてないか?
丹念に手拭いで種を拭き切ったが、捨てることは確定としよう。
まあそれも明日以降でいいだろう。
今日はこれくらいで寝るとするか。
***
朝日を受けて眩しさに目が覚める。
真ん中のベッドにまで光が伸びているということは、それなりに日が昇っているということか。
ややのんびりとした朝を迎えて起き出すと、2人はすでに着替えを終えていた。
いつものようにウォーターボールを桶に溜め、顔を洗っているとアコルトが寄ってきて報告をしてきた。
「お嬢様、あの植物なのですが……」
「え?
昨日処分したよね」
「あの、こちら……」
シャオクが抱えて見せてきた鉢には、昨日洗い流した後につめた土が入っているだけ……、ではなく芽が出ていた。
それも2本。
「なんで」
「おそらく土に種が含まれていたのだと思われます」
同じ土を拾ってきたから、その可能性もなくはないか……。
湿っていた事で水分も足りて発芽するとは。
「うーん……。
次回迷宮に行く時に、種と一緒に土ごと捨ててこよう。
とりあえず、同じところに戻しておいて」
「はい!」
面倒事はこれで終わりにしたい。
着替えてアコルトに髪を整えてもらう。
今日は迷宮で動くわけでもないのでストレートのままだが、前髪だけ作るらしい。
かき上げたように一部をねじってヘアピンで留め、ふんわり感を出しているそうだ。
ミラーは売ってしまったので、新居では姿見でもあったほうがいいかなぁ。
朝食を終え、一旦部屋へと戻って今日の予定を確認する。
この後は借家へ向かって大桶の確認だが、大工たちに差し入れでもしたい。
親方であるニカドーと付き合いの長そうなヤトロクに、何がよさそうか聞いてみようか。
荷物は巾着袋くらいでいいだろうとシャオクに小さめのリュックを背負ってもらい、あとは水筒や手拭いなどの携帯品を入れたポーチをそれぞれで持つことにした。
シャオクから受け取り忘れていた強壮丸を回収する。
昨日は7粒飲んだらしい。
材料もないのでしばらくは鍛冶スキルを連続で使うこともなさそうなので、常備分以外の薬はこちらで管理することにした。
フロントで鍵を預けて、隣の不動産へと向かう。
「おはようございます、ヤトロクさん」
「おう、おはようだ!
こっちに来たのは俺に用事か?」
「はい、大工さんたちに差し入れでもしようと思ったんですが、何が良さそうですかね?」
「差し入れか!
なんでも喜ぶと思うが、一番は酒だろうが今から行くんだろ?
仕事もあるから、飯の足しになる食べ物が良いと思うぞ!」
「食べ物ですか……」
「ほら、出たところにも売ってる串焼きとかそういうのだ!
朝ミツキさんたちが食べてるのをたまに見かけたぞ」
菓子折りが売っているわけでもないし、お土産といえばそうなるか。
彼らは、というか普通の人は作業場から昼休憩でわざわざ飲食店まで向かわない。
可能なのはフィールドウォークのある冒険者パーティーくらいの特権だろう。
温かいまま持って行ったら喜ばれるかもしれない。
「ありがとうございます、探してみます!」
「おう、またな!」
礼をして不動産を後にし、通りの飲食店へと向かう。
毎朝巡っているので何軒か目星は付けてあるが、2人の追加の朝食も兼ねて食事を選ぶ。
相談した所、例のタレ焼きが良さそうということになった。
炭台で焼き色を付けるやつだ。
先に茹でてあるので火も通っていて提供も早く、パピルスに包んでくれているので持ち運ぶのにもいいだろう。
自分はいらないので2人の食事分に2個、差し入れ分は……10個あればいいか。
木工の方の担当者が大桶を運んできていても足りるだろう。
前回もそうだが、販売員は村人ジョブだったので割引は使えないが、代金はまあ見過ごせる範囲だ。
店員に数を告げると、自分たちの注文分で完売となってしまった。
もともと朝の短時間用でそこまで数を用意していなかったらしい。
この店目当ての別の客がいたらすまない。
先に2つ焼いてもらって、2人がそれを食べている間に残りを順々に焼いてもらう。
代金を支払うと、店主が持ちやすいように袋に分けてまとめてくれた。
商品も残らずに炭も節約できたので、袋代はおまけしてくれたようだ。
アコルトとシャオクに袋を持ってもらい、人気のない路地へと曲がる。
周りを確認してワープを念じ、借家の裏のいつもの林へとゲートをつなげた。
家の方に近づくと、昨日の夕方同様に不要物の撤去作業の音が聞こえてきた。
タイミングを見計らい、建物の中へと入る。
「ミツキです!」
「おう、きたか!
ん?
なんか荷物いっぱいだな」
「こちら、差し入れです!
タレ焼きの肉を10個にしましたが、人数分足りそうですか?」
「ありがてぇな。
大丈夫だ、足りる足りる。
おおい、外で一旦休憩だ!」
先んじて家の前に出るとぞろぞろと作業員たちが集まりだし、親方のニカドーから依頼人として紹介を受ける。
昨日はまともに挨拶もできなかったが、改めて工事のお願いをする。
差し入れも好評だったが、手洗いや作業用にと甕に出した水魔法にも感謝された。
始業前に汲みに行くのは大変だろうしな……。
小休止が終わり、本題の大桶の確認へと流れる。
鍛冶部屋へと進むと、部屋の中央に大きな木の丸い桶が置かれていた。
部屋付きの檜風呂、みたいな感じだ。
「おおぉ~!」
「どうだい、大きさは注文通りか?」
浴槽のサイズは自分とアコルトとシャオクの3人が同時に入っても大丈夫そうだ。
もっと体の大きい者だと2人までか、1人ずつ入ったほうがいいだろう。
横についてみたが、縁の高さが結構ある。
ブーツを脱ぎ、足を上げて中に入ってみたが、ちょっと大変だ。
自分でもこうなのだから、シャオクはもっと大変だろう。
そうか!
現代の一般的な湯船は床よりも底面が深く、入浴の際の縁の高さが軽減されているのだ。
「大きさはちょうどいいです!
これ、頭一つ分くらい埋め込んでもらうっていうのは……大変ですよね?」
「床よりも下げるってことか!?
セメントをくり抜いてって言うのは、大工事だし10日じゃ終わんねぇぞ。
この部屋は耐熱セメントだし普通のより硬いしな」
「ですよね……」
うーん、どうしたものか。
土台が下げられていないタイプの浴槽はどうなっていたかを思い浮かべる。
……あっ、踏み台か!
段差を軽減する物があれば、床の上に湯船を置いても問題ないだろう。
しかし風呂場に階段状のものは危ない気がする。
浴室にあっても安全なもの……、段差解消……。
……すのこだ。
すのこを敷いていれば水捌けもよくて、滑らないし、段も埋められる。
使用後は壁に立てかけておけば、乾燥させやすいだろう。
「あの、すのこってありますか?」
「
なんだそれは」
う、通じない。
なんだろう、工業的に言うとパレットか?
でもあれは結構近代のものだった気がする。
「えっと、あの、薄い板を並べて裏打ちして留めて……」
「ベッドみたいにか?」
それだ、ベッドの床板だ。
木工店で見たじゃないか。
実例があって助かった。
「そうです!
それを桶の回りに並べれば、身長が低くても中に入りやすいので、何枚かほしいです!」
「まぁ、染め物の作業する時にはあったほうが良さそうだな。
他には何かいりそうか?」
えいやっ、と大桶の縁を乗り越えて外へ出てみた。
入る時にも使ったなら、出る時にも足場が必要だろう。
こちらは単なる踏み台でいいので、しっかりしていれば小さくてもいい。
シャオクや自分なんかは、入浴中はその上に座ったくらいがちょうどいいかもしれない。
「水に沈む木ってありますかね?
桶の中に入れておけば足場にして出られると思うので」
「そういう木材もあるにはあるが、値が張るぞ。
……桶の縁を切って、高さを下げれば良いんじゃないか?」
切ったら肩まで浸かれないでしょうが!
「いえ、高さはここまで必要なので、先程話した並べた板と重たい木材がほしいです」
「あいよ、それはあとでそこにいる職人と話をしてくれ」
ニカドーが示した方に、昨日は見なかった者が2人いた。
彼らが木工所の職人なのだろう。
「それじゃ、あとは桶の位置決めだ。
ここでいいのか?」
部屋の中を見渡してシミュレートする。
部屋の扉から入ってすぐは脱衣場だ。
正面に衝立を置いて、脇には籠や棚を置くスペースが必要だ。
衝立を抜けたところが洗い場とすると、大桶の位置は結構反対の壁寄りになるだろう。
そこから近い角の辺りに、耐熱の水受けを設置するのがよさそうか。
「もう少し壁寄りの……シャオ手伝って。
こっちに押してもらって……。
……うん、よさそう!」
「それじゃここに決めて、排水と例の受けを作るぞ」
形状や高さの話をして、諸々の内容が決まった。
木工の職人にも、大桶と噛み合う形のすのこと踏み台の相談する。
すのこは軽くて丈夫なものを、踏み台は座ったりもできるサイズでお願いした。
どちらも素足で直接踏むことになるので、表面を磨いてささくれがないように注文をつける。
他にも洗い場用の小さい椅子や、木の入れ物など細々したものもつけてもらって4000ナールになった。
木製の入れ物は石鹸を作る際や、風呂場での石鹸置き場に使うためのものだ。
高い気もするが、形状や素材が特注になるので言い値になるのはしょうがない。
依頼品自体は複雑なものではないし、家の引き渡し日までには一緒に用意できるとのことだ。
「あとは予定通りに工事を進めるぜ。
何かあれば宿の方に使いを出すし、様子を見にいつでも来てもらってもいいぞ」
「ありがとうございます。
よろしくお願いします!」
家の方はこれで大丈夫だろう。
何日かに1回、また差し入れを持って様子を見に行けばよさそうだ。
大工たちがついてきていないのを確認して林の方に抜け、ワープで冒険者ギルドへと移動した。
***
カルムの方は一日商人ギルドにいると言っていたし、先に昼食を済ませよう。
昼の鐘が鳴るまでまだ少しあるようなので、いつものように飲食店を探し歩く。
時間があるので冒険者ギルドからちょっと距離があるところまで進んでみたが、店の数が一気に減った。
やはり客足が向くのは大通り沿いの近いところなんだろう。
客足も少ないので隠れ家的な名店を期待したが、そう都合よくあるわけでもなく、入った店は平凡な味だった。
店員が商人のジョブだったので、ボーナスポイントを操作して割引を狙おうとしたところ、自分のジョブ一覧に見慣れない文字があった。
森林保護官
効果 知力中上昇 精神小上昇 精神微上昇
スキル 対植物強化
取得できている!?
スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 魔法使いLv23
魔法使いLv23/英雄Lv20/探索者Lv25/僧侶Lv22/商人Lv26/薬草採取士Lv18
(村人5 戦士17 剣士9 森林保護官1)
アコルト 兎人族 ♀ 16歳 狩人Lv17
シャオク ドワーフ ♀ 19歳 鍛冶師Lv13
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次回は11/13更新の予定です。