窓から差し込む陽の光に目を覚ますと、見知らぬベッドの上だった。
ここはどこだ。
アパートの粗末な布団ではなく、羽毛掛けの柔らかな寝床だ。
久しぶりの長時間睡眠から意識が覚醒すると、段々と昨日のことを思い出してくる。
少女のような細腕でリュックからコンパクトミラーを取り出して覗き込むと、見返してきたのは銀髪のエルフだった。
頬をつねってみるも、痛いのでこれが現実ということだ。
昨夜と同じで一糸まとわぬ姿だったが、自分の身体にはやはり昂ったりしなかったので、こういうものなんだろうということにする。
エルフの基準がわからないが、18歳で枯れたとは思いたくない。
あまり同じ服は着たくはないが、これしかないのだと諦めてサイズの合わない服を身につけることにした。
美少女補正なのか汗臭さはほとんどないが、なんとなく気持ち悪さがある。
早々にこの身に合った着替えを買いたい。
大金を持ってはいるものの、収入の手立てがないのでしばらくは新品ではなく古着にして節約していかなくては。
部屋を出たところで、ちょうど掃除をしていた宿の従業員に声を掛けると、朝食を運んできてくれることになった。
しばらく待つと、美味しそうな匂いを漂わせながら料理が運ばれてきた。
柔らかく煮込まれたウサギの肉と付け合せの野菜、焼き立てのパンが並べられる。
昨日の夕食の量を思い出して、少なめでいいと伝えてよかった。
もう何品かあったらしいが、朝食にはこれだけで十分な量だ。
食べながら昨日考えた行動予定を思い返す。
まずは古着屋で着替えを何着か買い、冒険者ギルドでそれなりの宿や迷宮の場所を聞く。
拠点が決まれば、あとは買い物だ。
食事を終えて、ボーナスポイントを調整する。
スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 村人Lv1
村人Lv1
キャラクター再設定 1 鑑定 1
ワープ 1 詠唱省略 3
3rdジョブ 3 ジョブ設定 1
アクセサリ・二 3 体力 12
敏捷 11
(残63/99pt)
作中で彼が盗賊を取得した際は、1stジョブに強制的にジョブチェンジするのではなく、空いていた2ndジョブに自動設定されていた。
なにかの拍子に盗賊を取得し、強制的に変更されてそのまま切り替え不可になるのは怖いので、余裕を持って3rdジョブまで解放しておくことにする。
明らかな宝剣を腰から下げて悪目立ちしたくないので、デュランダルはポイントのままにしておこう。
買い物の時にはそのまま3割引までボーナスポイントを突っ込めるのもわかりやすい。
ボーナスアクセサリの決意の指輪を装備しながら考える。
昨日は必死に城門まで移動、商人ギルドまでは荷馬車に金魚のフンでついていき、今いる高級宿までは案内付きだった。
自分で場所を聞いて移動したのは商人ギルドから古着屋くらいしかなく、町並みを見る余裕もなかったので、主要な施設の場所を把握しておきたい。
***
古着屋に来てみると、店主のザノフは居なかった。
昨日のスーツやミラーの商談にでも出ているのだろうか。
店番のおばさん店員にあれこれ聞きながら、とりあえずの着替えと下着を買った。
流石に下着は新しいものらしいが、そもそもの生地が良いものではないのだろう。
肌触りが微妙な布でできた、紐で括るタイプのものだった。
長い髪が鬱陶しいので切るところはないかと尋ねると、綺麗なのにもったいないと怒られる。
どこからか取り出したヘアピンでまとめ上げると、カウンター前に並んでいた帽子にすっぽりと入れ込んでくれた。
確かにこれなら煩わしくないし楽だが、絶対一人でできる気がしない。
しょうがないわね、と髪だけでまとめる編み方を教えてくれた。
ヘアゴムもないと大変だなと思いつつ、感心していると帽子代も取られた。
安い手ぬぐいを一枚つけて3割引にさせてもらったが。
そんな攻防の間にも、冒険者ギルドの場所も聞き出すことができたので褒めてほしい。
街間の移動は冒険者の仕事なので、ギルドは商店の並ぶこの大通りから近いらしい。
また来るからと荷物をリュックに詰め込み、逃げるように店を出た。
言われた目印となる店舗を歩いて繋いでいくと、人の出入りが多い大きな建物が目に付く。
中に入ると人でごった返しており、様々な種族で賑わっていた。
戦うための服装をしている人が多いし、ここが冒険者ギルドなのだろう。
一番多いのは人間だが、ケモ耳の狼人族や猫人族、重そうな装備をしているドワーフや竜人族、少数だがエルフも見受けられる。
エルフはやはり美形が多い。
鑑定すると40代だった女性エルフも、人間で言う20代前半にしか見えない。
エルフに生まれただけで、人間の美的感覚的には勝ち組だ。
やったぜデフォルト設定。
手の空いていそうな職員をキョロキョロと探すも、奥で書類仕事をしている寡黙そうなおじさん職員のところしか空いているカウンターがない。
カウンター越しに見ているのに気づいて立ち上がって寄ってきた職員のガタイが、思っていたよりでかくてビビる。
「何か用か」
「こ、この街が初めてなので、迷宮の場所とそこそこ治安の良い宿屋をお聞きしたくて……」
おじさん職員がジロリと目だけで周りを見るも、他のカウンターは混んでいるのがわかってか、息を吐いて予算を聞いてくる。
作中に出てきた宿の値段はたしか250ナールくらいだったはずだ。
「さ、300ナールくらいまでなら……。い、一泊で……」
「一人でか?」
おっかなびっくり頷くと、顎に手を当てたおじさんの眉が上がる。
ちょっと待ってろ、と一旦奥に引っ込み、何やらパピルスの端切れのようなモノを持って戻ってきた。
「ここが冒険者ギルドだ」
そう言ってパピルスに文字らしき記号を書き込む。
そこから線を伸ばし、何度か折れた先にまた文字を書き込みながら、道順を説明する。
どうやら簡略化した地図らしい。
読めないけど。
「保証はできんが比較的治安が良いのは踊る三毛猫亭だ。
騎士団の駐在所が近い」
そう言って一点に丸をつける。
ブラヒム語の翻訳がおかしいのか、なんだよ踊る三毛猫って。
本来の言語だと慣用句だったり韻を踏んでいたりするのだろうか。
「もしくは駆け回る羊亭。
迷宮には少し遠くなるが、その分飯はこちらのほうが美味い。
気に入らなければ、旅亭に聞けば旅亭ギルドの別の宿を紹介してくれるだろう」
また別の場所に丸をつけて線を結ぶ。
「駐在所はここだ。
ここから離れたり、裏路地に入ると喧嘩なんかも増える」
このおじさんもしかして面倒見よいのでは?と今更ながら鑑定してみる。
バルナクト 人間 男 49歳 冒険者Lv53
だいぶ強くないか、おじさん。
もしかして偉い人なのか、おじさん。
思考停止していると、新たな線が引かれて文字が書き込まれる。
「カルメリガの迷宮はギルドからだと、先程の宿とは反対側のこちら側にある。
このあたりは迷宮とその周りの露店しかないから、人の流れでわかるはずだ」
他にはあるか、と詰め寄ってくる。
「滋養丸と強壮丸を……」
「販売カウンターはあそこだ」
食い気味に答えて向かい側のカウンターを指差すおじさん。
「他には」
「あ、ありがとうございました!」
耐えきれず振りかぶるように頭を下げて礼を言い、示されたカウンターの列へと逃げ出した。
すごく助かるけど、身長差と声の圧が怖かった。
いつの間にかパピルスのメモをしっかり持たされているのも怖い。
販売カウンターで順番が来ると、無表情で事務的なお姉さんが対応してくれた。
滋養丸と強壮丸をそれぞれ10個ずつお願いすると、ひと粒ずつ数え始めた。
それが終わると今度は渡した銀貨を一枚ずつ数える。
確かに毎日この作業をしていたら虚無になるだろう。
カルクの自動計算を使える商人になるのには商人ギルドに登録する必要があるだろうから、冒険者ギルドでは働けないのだろうか。
商人ではないのでこちらも3割引を使えず、合計12枚の銀貨で支払った。
バルナクトさんの話では、冒険者ギルドからは宿より迷宮のほうが近いらしい。
探索者のジョブを取得するには迷宮に入りさえすればいいはずなので、先に寄ってすぐ出れば戦闘もないはずだ。
物語の核でもあった、異世界の醍醐味でもある迷宮に期待を膨らませる。
***
冒険者ギルドの外に出て歩き始めると、確かに一定の方向に進む人の流れが見える。
それぞれ武器や防具を身に着けたグループであることから察するに、話に聞いていたとおりにこの先に迷宮があるのだろう。
近づくにつれて露店が増えてくる。
携行品や道具の手入れの出張所みたいなものらしいが、こういうところは割高で商売しているに違いない。
過様に見える露店の品を眺めていると、鼻腔がくすぐられる。
香りを追っていくと肉串の屋台に並ぶ列が目についた。
謳い文句ののぼりが読めないので何の肉で何のタレだか分からないが、朝食を控えめにしたせいかとにかく食欲をそそる。
結構な人が並んでいるようだが、人気店らしく見事な客捌きでかなり回転が早い。
最後尾に並ぶもすぐに順番がきて、逆にこちらの方が貨幣を出すのに手間取ってしまった。
金貨も銀貨も銅貨もジャラジャラし過ぎである。
支払って肉串を1本受け取り、頬張りながら迷宮への流れを進んで行く。
しっかりと火が通っていて焼色のついた表面はパリパリとしており、噛んでみると砂肝のような歯ごたえのある肉質で食べごたえがあった。
甘辛いような謎のタレの香ばしさとクセになる味で、また一本と欲しくなってくる。
朝しっかり食べてこないとここで毎回買ってしまいそうだ。
食べ終わった後の串は迷宮の隅にでも捨て置けばいいらしい。
近づくにつれて小山というか土で出来たかまくらと表現されていた通りの、盛り上がった土塊が目に映る。
その近くに人が立っているのが分かる距離までくると、小山に黒い壁が張り付いているのが見えた。
吸い込まれるような真っ黒の壁だ。
これが迷宮の入口なのだろうか。
前を歩いていたパーティーらしき一行が、壁の中に歩いて消えていった。
文章では淡々と書かれていたが、実際に人が謎空間に消える様を見るのはなかなか衝撃である。
様子見をしていたが、入っていく人が途切れたタイミングで黒い壁に近づいてみる。
真っ暗闇で奥が見えない。
近づいてくる足音に振り返ると何人かがぞろぞろと進んできていたので、慌てて壁の奥へと進んだ。
スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 村人Lv1
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24/07/22
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