異世界迷宮と斉奏を   作:或香

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064 雨

 宿の部屋の中にワープで戻ってきたが、このまま階段を降りてフロント前を通っていいものか悩む。

 昼過ぎから鍵をかけて室内に籠もっていたはずなのに、戦闘後のような汗をかいた様子なのはおかしいだろう。

 

 やはり手間になろうと商店街側から回り込む必要がありそうだ。

 室内からの移動は、短時間の用事くらいにしか使えないかもしれない。

 

 武器をアイテムボックスに仕舞いつつ、商店街から宿の正面へと回る。

 フロントに座っていたミトラグがこちらを見つけ、声をかけてきた。

 

 

「おかえり~。

 ミツキさんたち、部屋の鍵は持ってる?」

「すみません、預け忘れたまま出ちゃったようで……」

 

 

 用意しておいたセリフを言いながら、荷物から取り出した鍵を見せる。

 

 

「よかった、あるならいいよ!

 本来は預けてから外出してもらう決まりなんだけど、まあミツキさんたちは長期連泊だしね。

 ……他のお客さんには内緒だけど、渡す時間がなかったら持って出てもいいよ。

 その代わり、なくしたら弁償してもらうけど」

「ありがとうございます!

 予備の鍵はあったりするんですか?」

 

「昼までに清掃のために従業員が入るけど、その時は他の部屋の鍵もまとめてあるのを使ってるんだ。

 扉が開けられなくなる心配はないよ」

 

 

 そう言って、連なってまとめられた鍵束をジャラリと見せてくれた。

 漫画とかで看守が持ってるやつだ。

 

 スペアキーがあるなら安心だな。

 帰りは難しいとしても、宿からの出発には部屋の中から出られそうだ。

 経営者からお墨付きが頂けたので、今後は気軽に移動できる。

 

 朝から迷宮に向かう場合は、追加の軽食でどのみち外には出るので、毎回鍵を預けないということにはならないだろう。

 

 

 食堂に移動して夕食を食べる。

 今日の魚料理の方は汁物のように見えた。

 

 トマトのような酸味と甘味のある煮汁に、もどした干物とイモなどの野菜が入っている。

 少し辛味もあるようだが、なんだろう。

 

 同じ魚料理にしたシャオクに聞いてみようか。

 

 

「シャオ、このちょっと辛いのってなに?」 

「これは、レッドスパイスですね。

 迷宮でドロップする、赤くて細長い野菜です。

 そのままでも辛く、乾燥させるともっと辛くなるので、小さく切ったり粉にして料理に使うそうです。

 この料理には、その粉が入っていると思います」

 

 

 ……唐辛子では?

 野菜としてみるとアレだが、香辛料の類なら迷宮産でも違和感はない……か。

 

 気付いた。

 唐辛子でラー油が作れそうなら、魚醤ではあるが醤油もあるし、酢っぽいものを置いている店もあった。

 穀物か果物から作られているなら、それぞれ風味の違いはあるにしても餃子が食べられるのでは……!?

 

 小麦粉の生地で具材を包んだ料理ならそれっぽいのを見かけなくもないが、タレが重要なのだ。

 

 それにシェルパウダーを重曹代わりに中華麺だってなんとかなりそうな気がする。

 麺をなんとか作って、魚介で出汁を取ればラーメンセットができそうだ。

 

 しかし、米はまだ存在すら不明だ。

 品種改良とかも難しいのに、あんな面倒な作物を育てている場所は少ないだろう。

 あってほしいなぁ。

 

 

 思いを馳せつつ食事を終え、届いた湯を絞った手拭いで体の汚れを落とす。

 あと1週間ほどで新居だ。

 7日区切りではないこの世界には1週間という概念はないが、そういう響きのほうが実感が持てる。

 

 風呂の給水には魔法の威力ではなく回数が必要なので、MPに補正のある英雄、魔法使い、僧侶、巫女を上げておきたい。

 色魔と違って森林保護官にはMP補正がないのが悔やまれる。

 

 あとはどこかの派生ジョブにもMPの補正がついていたと思うが、手に入るのはもう少し後だろう。

 とりあえずは商人をLv30にして、その次は派生の多い戦士あたりか。

 

 8階層を抜けて9階層……と考えたところで、他の迷宮の出現順はどうなっているのだろうと思いついた。

 皆髪を洗い終わって水気を取っている時に、シャオクに聞いてみる。

 

 

「シャオ、同じ弱点属性の魔物が連続している迷宮ってあるかな?

 コボルトとニートアントみたいに、水魔法でその階層の大半に有利が取れる、とかそんな感じで。

 8階層より上でそういう迷宮が近くにあれば、経験も積みやすいかな~って」

「弱点、ですか。

 ええっと……。

 ……シームの迷宮でも13階層から15階層なら火属性が続きますね。

 ラブシュラブにロートルトロール、フライトラップだったはずです」

 

「ロートルトロールって麻痺をさせてくるんだっけ」

「はい、肉弾戦で襲ってくる魔物ですので、囲まれると厄介です。

 麻痺状態になった者は自分で薬を飲めませんので、連携も必要です」

 

 

 フライトラップは強壮丸の素材だったはずなのでそちらを狙えるのは嬉しいが、その前に対策必須な麻痺が怖いな。

 超絶回避タンクがいるわけでもないし、一気に階層を飛ばすのは不安しかない。

 

 

「他の迷宮で、フライトラップが早めに出るところってある?」

「早めですとカルメリガの12階層ですね。

 13階層がサラセニアなので、そちらも火魔法の弱点が続きます。

 その下はミノ、上はハットバットなので特に耐性もないですし、必ず状態異常にしてくるわけでもありません」

 

「そっか。

 じゃあ、シームの8階層を突破したら9階層を見つつ、迷宮だけカルメリガも進んでいくかもしれない」

「カルメリガでしたら、ボクがダンジョンウォークでご案内できます!

 あっ、鍛冶師でした……。

 いや、戻れるんでした!」

 

 

 コロコロ変わる表情がかわいい。

 

 魔物の種類が変わる12階層から、いきなりフライトラップなのはありがたい。

 カルメリガだと移動のためにMPを回復する必要があるが、ドロップ品からの生薬生成で補充もできるし。

 

 植物の魔物が連続というのも、森林保護官の『対植物強化』のスキルの対象になり得そうだし、本当にラッキーだな。

 問題は売却の際くらいか。

 

 素材より薬にしたほうが個数と単価の関係で儲かるが、対面の買取依頼で毎回大量に出していては密造でもしているのかと怪しまれそうだ。

 素材を買うのは禁止されているのに、薬草採取士にしか作れないものを何十個と売却しているのはおかしいだろう。

 迷宮を引退する際の在庫処分ならともかく、何度もしていると目をつけられそうだ。

 

 バレなさそうなのは大量売却の際に紛れ込ませるくらいだが、他のドロップ品がそこまでかさばるようなものでもないので通常のカウンターで対応される気がする。

 

 ……まあ何度かやってみて、疑われたら考えるでいいか。

 インテリジェンスカードでは魔法使いとしか表示されないし、自分の周囲をいくら洗ったところで密造の協力者は出てこないのだし。

 現代のコンビニのように、客側が気にしているだけで店側はそこまで取引内容を目に留めてなんていないで、無駄な杞憂かもしれない。

 

 それ以上は考えるのをやめて、先程から手を出してきつつあった睡魔に屈することにした。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 目が覚めると、外は少し薄暗い様子だった。

 早すぎたのかと思ったが、すでにアコルトたちは起き出して支度をしている。

 

 雨だ。

 日本では湿度の高い重い空気が鬱屈とした気分にさせるかと思ったが、こちらはそうでもない。

 気候の違いもあって、やや涼しく落ち着いた朝を感じる程度だ。

 

 カルメリガやクラザ、そしてこのシームはそれほど雨が多くはない地域だそうだが、全く降らないというわけではない。

 これまでも夜間や迷宮にいる間に降り、自分たちが動き出す頃には止んでいて、気にならない程度に地面を濡らしていることはあった。

 大きな雨雲はほとんど発生せず、通り雨のようにすぐに流れていくものばかりだそうだ。

 

 かわりに山の多いルテドーナ領では雲が留まりやすく、長時間降り続くこともしばしばだとか。

 家を決める際に天気まで考えてはいなかったが、そういう面で考えてもシームは生活しやすいだろう。

 

 

 着替えて身支度を始める。

 アコルトの髪は長くないのでいつも通りキレイだが、自分は湿気で広がってくるし、シャオクは毛先が沢山はねている。

 

 こればっかりはどうしようもないので、こちらは結ってまとめてもらいつつ、シャオクの方もすくようにはさみを少しだけ入れた。

 素人があんまりやりすぎるとよくなさそうなので程々に抑え、器用なアコルトに毛先を整えてもらうと、心なしかスッキリした気がする。

 

 

 朝食を食べ終わっても雨は降り続いており、部屋に戻って装備を身に着けつつ考える。

 迷宮内では天気を気にしなくていいとして、いつもの追加の軽食はどうしようか。

 

 シャオクに聞いてみると雨の日は屋台がやっていなかったり、軒下で小さく出している店がほとんどだという。

 傘もあるにしろ外出を控える場合が多く、客足を見込めないのだとか。

 

 冒険者ギルド周りなら人も多いので、変わらず店を出しているところも多いとみて宿からワープすることにした。

 

 

 朝の時間帯でも、移動の中心となる冒険者ギルドには人が多い。

 

 建物を出たところの広場の一角に、臨時のテントのようなものが設置されて、そこから何やら美味しそうな匂いが漂ってきている。

 どうやら荷馬車の幌を開いて、屋根付きの屋台にしているようだ。

 

 雨が降っているのもあってここで食事を済ませる者が多いからか、それなりに人が並んでいるようだが、客の捌きが早くみえる。

 臨時とはいえ一等地の使用許可が下りるだけのある人気店なんだろう。

 

 並んでみてすぐに順番がきたので注文してみる。

 売っている商品は肉串と野菜串で、買っていくだいたいの者が焼色のついた肉を頬張っていた。

 

 自分に野菜串を1本、2人は肉がいいそうなので2本ずつ頼むと、すぐに脂の焦げる香りのするアツアツの料理が手渡される。

 他の冒険者たちに倣ってギルドの屋根の下に移動して、それぞれの料理に齧り付いた。

 

 人参モドキとブロッコリーの芯みたいな厚みのある野菜はホクホクとしていて、かかっているスパイスの塩気がクセになる味わいだった。

 

 ん?

 どこかで食べたような……。

 

 アコルトにお願いして、肉のかけらを一口もらったところで分かった。

 カルメリガの迷宮前やクラザの露店で食べた肉串と同じ味だ。

 

 同じスパイスが使われているのか?

 だとしたら、領を越えて使われている人気スパイスなのか、系列が同じかなのだろう。

 実際美味しいので、自炊ができるようになったら仕入れたいくらいだ。

 

 2人も名残惜しそうに残りの具材を食べ終える頃には、雨脚も弱まってくる。

 これなら昼に休憩で出てくる頃には完全にあがっていそうだ。

 

 ギルドの外壁にそのままゲートを作り出し、シームの迷宮8階層へとワープした。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 小部屋に出てきたところで手拭いを取り出し、水滴を拭いた。

 直接降られた時間は短いので、表面くらいしか濡れていなかったからそのうち乾くだろう。

 

 雨の日の探索者事情をシャオクに聞くと、拠点から迷宮までで濡れてしまってからの戦闘では体調にも影響するので休みにする者がほとんどだという。

 ただ、シームのような短時間で晴れやすい地域の迷宮では、降り出す前に潜って降り終わる頃に撤収するパーティーもあるそうだ。

 

 外の移動時のことだけ考えればいいのは、迷宮は便利だな。

 更に自分たちはワープがあるので、食事さえどうにかなれば天候は関係ない。

 

 そんなわけで他者を避けるルート取りを考慮する必要が減ったので、そろそろ8階層も突破していきたい。

 相変わらず騒がしいコボルトたちを蹴散らし、ミノの突進を防いでもらいつつ皮へと変えていく。

 

 索敵をして魔物のいる方向へと案内してもらっているが、分かれ道では音のしない方を選ぶようにもしてみている。

 そうしないとボス前の待機部屋へとたどり着けないからだ。

 

 行き止まりを何度か引きつつ、戦績となるドロップアイテムが増えていく。

 反響音の感じからアコルトはおそらく袋小路だろうと伝えてきてはいるが、実際は見てみないとその先の地形は分からないので歩いていくしかない。

 

 地図が欲しいなぁ。

 未踏箇所を埋めていくのが楽しいのはゲームだからであって、同階層に後からほぼ来ることのない迷宮を自分の足で確認するのはなかなかに徒労である。

 

 そんな不満を抱きつつも、昼にはまだ早いくらいの時間には待機部屋へと進むことができた。

 待機しているパーティーもおらず、ボスへの扉も開いたままだ。

 

 コボルトのボスはコボルトケンプファーだ。

 また自分が物理で……と思ったが、ひとつ考えていたことを試してみようかな。

 

 

「シャオ、コボルトケンプファーは1人で倒したことある?」

「はい、別の迷宮でですがあります。

 動きも遅いので、きちんと装備をしてちゃんと見ていれば難しくないです」

 

「じゃああの剣を貸すから、やってみる?

 ずっと守ってもらうばっかりだったから、たまには攻撃もしてみよう」

「い、いいんですか?

 ちょっと使ってみたかったんです!」

 

 

 自分がデュランダルを使うときだって、経験値効率関係は捨ててボーナスポイントを注ぎ込んでいる。

 ならば危険度の低い1体出現のコボルトケンプファーで、シャオクに試してもらうのもいいだろう。

 

 デュランダルを取り出してシャオクに渡し、森林保護官を剣士のジョブに付け替えた。

 

 

「大丈夫だと思うけど、万が一のときは手当てや魔法で手伝うから安心してね。

 時間も気にしなくていいから、気軽に試してみてほしい」

「わかりました!」

 

 

 シャオクが先頭でボス部屋へと入っていく。

 いつものように扉が閉まったタイミングで煙が集まりだし、やがて大剣を持ったコボルトへと変化した。

 

 

コボルトケンプファー Lv8

 

 

 よたよたと不穏な足取りのボスへと、シャオクがデュランダルを構えて向かっていく。

 上段に盾を掲げて近づき、コボルトケンプファーがそこに武器を振り下ろそうとしたところで手首を返して接触の角度を変えた。

 

 盾の表面を滑るように大剣が流れたタイミングで横から押しやりつつ、デュランダルを振り抜いた。

 

 

「えっ?」

 

 

 斬った感覚に驚いたのか、シャオクが声をあげる。

 持ち手を狙った攻撃で、刃先に触れたコボルトケンプファーの指が飛ばされていた。

 

 側面の力に弱い大剣に引っ張られてボスが転倒し、驚きながらも動きを止めることなくシャオクが追撃を仕掛ける。

 左足、左肩、背、胴、頭。

 起き上がる隙を与える暇なく、次々と攻撃が入れられる。

 

 想像していた以上に一方的な展開で、そのまま煙へと姿を変えてしまった。

 拾ってもらったコボルトスクロースを受け取り、2人に確認する。

 

 

「アコ、さっきの待機部屋ってまだ他のパーティーは来そうにないよね?」

「はい。

 周囲に人の物音はしませんでしたし、通ってきた道の奥にまた魔物……ミノが出たようですので、来るまでには時間がかかると思われます」

 

「うん、ありがとう。

 シャオ、もう1回コボルトケンプファーを倒すのをお願いできる?」

「構いませんが、どうかしましたか?」

 

「今度は鍛冶師じゃなくて、探索者のジョブで戦ってみてほしいんだ」






スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 魔法使いLv24
魔法使いLv24/英雄Lv21/探索者Lv26/僧侶Lv23/商人Lv28/剣士Lv9
(村人5 戦士17 巫女1 薬草採取士18 森林保護官11)


アコルト  兎人族 ♀ 16歳 狩人Lv19


シャオク ドワーフ ♀ 19歳 鍛冶師Lv14


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次回は12/1更新の予定です。

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