夏の上月11日。
窓から入る光が次第に強くなっているこの日は、まだ初夏に当たるらしい。
朝7時の鐘が鳴るよりも、だいぶ早くから陽が昇り始めている。
つまり、まだぐだぐだしていていいのだ。
今日の予定は迷宮でのレベル上げ。
2人にはレベルという言い方はせず、戦闘の経験と伝えている。
明日以降は改築工事の状況確認だったり、必要家具の発注だ。
その後に変な面談の予定もあるが、今は考えない。
昨日着ていたワンピースは乾きが悪いらしく、日差しに焼けないように陰干しに移されている。
今日アコルトが用意してくれていたのはチュニックとパンツだ。
迷宮なので動きやすさ重視だな。
桶を目の前に持ってこられての催促があったので、起き出して水魔法を発動する。
顔を洗ったり歯を磨いたりして、服を着込んだ。
その後はアコルト先生のヘアメイクである。
頭頂部から右側に細めの毛束が作られ、そこから三つ編みが作られていく。
左側にも同様にされて、最終的にリボンも編み込まれて全体をまとめられたようだ。
後ろどうなってるの?
鏡がほしい。
迷宮ではこの上に帽子を被るのか、もったいない。
……ハッ、感化されている。
昨日買った新しいリボンらしいが、あなたのお嬢様は後ろに目がついていませんので見えていませんよ!
桶の水でなんとか見ようとしたら首が攣りそうになったので断念した。
食堂へ降りて、朝食を食べる。
2人は肉野菜炒めを、自分はほぐし身のサバサンドもどきをいただきつつ、ここ数日の予定を伝えた。
昨日シャオクが合流してからは例の面談の話をしていなかったことを思い出し、人目のある食堂では話せないので夜に伝えると濁した。
普通に考えて領主家の人間に呼び出されるってやばい事態だよな。
なにかの称賛ならまだしも、被告人みたいな状況だし。
パンをハーブティーで流し込み、食堂を出て部屋に戻る。
装備を一部だけ身に着けて荷物をまとめ、カルメリガの迷宮へとワープした。
***
最近のお決まりのように2階層入口へと出てから、そのまま扉を抜けて迷宮を出る。
カルメリガの迷宮前といえばそう、例の肉串だ。
いくつ食べても飽きがこないので、3人で列に並び始める。
1本、3本、5本。
どれが誰の分とは言わないが、相変わらず回転の早い列捌きですぐに購入できた。
頬張りながらゆっくりと迷宮入口へと戻る。
少し脇に逸れた木陰の方へと移動し、残りの装備を服の上から身につける。
スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 魔法使いLv26
魔法使いLv26/英雄Lv23/探索者Lv28/僧侶Lv25/森林保護官Lv21/薬草採取士Lv24
キャラクター再設定 1 鑑定 1
ワープ 1 詠唱省略 3
6thジョブ 31 獲得経験値10倍 31
必要経験値1/10 31 MP回復速度5倍 15
パーティー項目解放 1 パーティライゼーション 1
知力 8
(残0/124pt)
ボーナスポイントも戦闘仕様に調整した。
迷宮入口へと再び戻り、黒塗りの扉から13階層へと進む。
明日は工事の方に顔を出そうと思っているので、今日はしっかり目に狩りをしたい。
ミノさえいなければ会敵1分で片がつくから、なるべく多く倒したいと2人にも伝えた。
案内された先にいたサラセニアを、4回目のファイヤーストームで煙へと変える。
ドロップした附子を拾いつつ、次なる獲物を探ってもらう。
5グループほどの群れを続けて倒しながら、アコルトのジョブについて考える。
アイテムボックスのために探索者を少し上げておきたいが、どう伝えようか。
探索者のジョブレベルを上げたいから変更する、まではいいだろう。
探索者はアイテムボックスの容量で、レベルの存在が認知されているからな。
だがその後、13階層で戦っていれば今日中に目標であるLv10はおそらく達成するはずだ。
1群れ1分の狩りで、獲得経験値が10倍の速さで成長するのは違和感がありすぎるだろう。
自分の成長が早いことは前に言ったはずだが、パーティーメンバーにも及ぶとは伝えたっけ?
アコルトがアイテムボックスの確認をしたのは随分前だから、ちょこちょこジョブを替えていたのだと伝えればごまかせるか。
でも隣に何年も掛けて探索者Lv10にしたシャオクがいるしなぁ。
敵の攻撃を避けることも考えたら敏捷補正のダウンは致命的か。
伝えずに怪我をしてからではマズいよな。
「アコ、ちょっとアコのジョブを探索者にしてみるね。
普段の生活でもアイテムボックスがあった方がいいと思うから、探索者で経験を積んでおこうかと思う。
動きに違和感があったら教えてほしい」
「かしこまりました」
アコルト 兎人族 ♀ 16歳 探索者Lv1
パーティージョブ設定を取得して、素直に従ってくれたアコルトのジョブを変更した。
替えたと伝えると、鞭を振るってみたり、飛び退いてみたりして動きを確かめているようだ。
「お嬢様、狩人のときよりも動作が鈍く、ご迷惑をかけるかもしれません」
「ううん、最初はしょうがないよ。
しばらくは余裕を持って回避優先でお願い」
最も差が大きいのはLv21分の器用中上昇の消失だろう。
小上昇の敏捷もなくなったが、鞭は当てるのがやっとかもしれない。
少しでも短時間で終わらせられるように、クールタイムの終わりに気をつける。
シャオクもいつもより大振りな動作で、敵の注意を引いてくれていた。
3体のサラセニアを附子に変えたところで今一度鑑定をしてみると、アコルトの探索者のレベルは3まで上がっていた。
やはり早い。
その後も2人の様子見をしつつ、狩り進める。
アコルトはもともとミドルレンジで魔物と距離をとっていたことや、回避や逃げの教えを受けていただけあって、危機という状況に陥ることはなかった。
分かりやすくするために、今日得た分はアイテムボックスの新しい列に入れ始めていた附子が3列目を埋める頃には、探索者Lv8に到達した。
休憩と伝えて、魔物の出ない小部屋に移動する。
「流石に今日ずっと探索者ってのは皆気が張り詰めちゃうし、これくらいにしてまた狩人に戻すね」
「かしこまりました」
遠志と附子の数を見るに、13階層で100体余りも倒せばこのくらいまで上がるのか。
実際には1000体以上を屠らないといけないわけだが、この程度で日々の生活にも有用なアイテムボックスが8個✕8列も手に入るのは朗報だ。
今後もメンバーが増えた際に、日常生活用にアイテムボックス目当てで探索者のレベルを上げておくというのもよさそうだ。
休憩後に再開した植物狩りでは、2人の動きが目に見えてよくなった。
攻撃は自分の魔法によるものなので戦闘時間はほぼ変わらないが、特にシャオクは後方に意識を割く必要がなくなり、のびのびと動いて魔物の動きを制限できている。
昼食の時間だと声がかかるまで、ひたすらに迷宮を回り続ける。
来たばかりのときは気持ち悪いとか、悍ましいと思っていた等身大の食虫植物たちも、お化け屋敷のスタッフのようになんだか可哀想にまで感じてくる。
なにせ敵対してから1分にも満たないで出番も終わりなのだ。
しかしその間はこちらを仕留めるべく動いてくるので、注意は欠かさない。
ミノを徹底的に避ける形で迷宮を探索し、昼の時間と声がかかるまでにアイテムボックスを埋めていった。
***
朝から戦闘分に分けていたドロップアイテムを昨日までの分とまとめていると、各ボックスに1つずつ追加で附子が収まった。
自分の探索者のレベルも上がっていたらしい。
遠志の方は謝礼で使ったので、合わせても2列と少しだ。
昼の鐘がもうすぐ鳴る頃だとシャオクが伝えてきたので、キリもいいしここまでとしよう。
ワープゲートを開いてカルメリガの冒険者ギルドへと飛んだ。
先に売却だけ済ませることにする。
クラザでの失敗を活かして、今回はすべて素材のままだ。
買取の列に並び、ボーナスポイントを経験値関係から3割増しへと振り直す。
すぐに順番が来て、ギルド員に附子や遠志の売却であると伝えた。
あの時ほどではないが、そこそこ量があるので深底のトレイにしてもらう。
薬は常備分が補充済みだし、全部売り払っていいだろう。
アイテムボックス操作を詠唱し、トレイにザラザラと素材を流し込む。
ついでに2つだけ残っていたミノの皮も出してしまおう。
サンダルに靴があるなら、今は他にはいらないか。
お願いしたギルド員が、硬貨の載った小トレイを持って戻ってきた。
8000ナールを超える程度の代金を受け取り、冒険者ギルドを後にする。
午後からのほうが長時間狩れるので、30万ナールを割ってしまった資金も少しは戻せるだろうか。
カルメリガでも、冒険者ギルドから商人ギルドにかけての間が飲食店が多い。
街移動の前後での食事だけでなく、商談を行う場としても使いやすいからかもしれない。
見聞を広げるためにも様々な店を巡ることにしているが、目についた店はけっこう造りのしっかりした大きめの店だ。
ドレスコードとかあるのかな……。
もう古着ではないが、ローテ2周目に入りかけた普段着の上にジャケット装備だ。
さすがに休憩なので、武器やシャオクのチェインメイルやらのゴツゴツした装備は外すことにはしているが。
入口の店員がチラッとこちらを見たかと思うと、すぐに案内できると伝えてきた。
見定められたのなら竜革装備をしていてよかったと思う反面、料理の価格が怖くなってきた。
先導する店員についていくと、5,6人がけと思われるテーブル席の個室へと通される。
えっ、広くない……?
広い分にはありがたいが、大衆向けの店ではこういう対応をされたことはなかった。
大抵は長テーブルの一角や、小さめのテーブルに案内される形だ。
それでも考えてみたら、パーティー単位と思えば不思議ではないか。
個室に区切るなら6人席未満なら不便だ。
竜人族の事も考慮すれば少々大きめの造りになるのは当然とも言える。
アコルトたちに店員が置いていったメニューを確認してもらうも、値段については確かに高い。
高いのだがこの店構えも考えたら、料理を見るまではぼったくりかどうかは分からない。
どうやらコースメニューのようで色々と書かれたもののようだが、最初に書かれていた料理を頼むことにする。
店を知るには一番オーソドックスそうなものが良いと思い、とりあえず3人とも同じものにしてみた。
自分もだがシャオクも落ち着かないらしい。
個室になっているが、取り留めもない話題すら小声でひそひそと話してしまう。
一応アコルトはこういう場所だと認識しているのかしゃんとしている。
綺麗どころとしての教育はされていただろうしな……。
やがて扉がノックされると、料理が運ばれてきた。
柔らかそうなパン、彩りのあるサラダ、厚切りのステーキ、腸詰めと野菜を煮込んだスープ。
見覚えのある品々と記憶にある香り。
盛り付けは若干違うが、……これは最初の高級宿で食べた料理じゃないだろうか。
3週間くらい前になるのか?
実際よりもだいぶ昔に感じるが、この世界で初めて食べた料理なので印象深い。
一口食べてみるも、あの時と同じ香草の風味を感じ取れたので、間違いないだろう。
最初は皿の量に驚いていた2人も、自分のあとに続いて食べ始めてからは終始笑顔だ。
今までの食事も十分美味しかったが、やはり洗練されているものは違う。
堪能しながら食事を進めていると、再び扉がノックされた。
「お食事中に失礼致します。
ご挨拶させていただいてもよろしいでしょうか」
料理だけでなく、聞き覚えのある声。
そう、思い当たることがあった。
あの宿とほぼ同じ料理が出るのなら、同じ人物が関係しているのではないかと。
声掛けに応えると静かに扉が開き、その人物が礼をして入ってきた。
「またお会いできて嬉しいですな、ミツキ殿。
お連れの方々も、お食事はいかがですかな?」
「ええ、先日はどうもありがとうございます。
美味しく頂いております、ザノフ殿」
アコルトとシャオクも食事をやめて礼をする。
ザノフが召し上がりながらで結構と告げたので、そうさせてもらう。
この店にも自分の人相の情報がザノフから出回っているんだろう。
どうせオーナーだかなんだかで経営に関わっているに違いない。
となると、最初の店員に見られた時に気づかれて知らせが行っていたのだろう。
カルメリガじゃおちおち気を抜いていられないな。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
「突然申し訳ありません。
以前ご紹介しましたカルムの件で参った次第です」
「ああ……」
昨日の今日だぞ、情報が早すぎないか?
あ、いや、カルムのことだから、特定を避けつつも紹介元のザノフに現状を報告してた可能性があるな。
直接自分が当事者だと伝えずとも、最近カルムに関わって事情も知らずにやらかしそうな人物といえばミツキだろうと当たりをつけて、
単純にカルムの仕事ぶりを聞く体で顔を出し、実際に問題ごとがあったなら
見事にカマをかけられてしまった。
「お力になれることもあると思われますので、現状を伺ってもよろしいですかな?」
スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 魔法使いLv27
魔法使いLv27/英雄Lv24/探索者Lv29/僧侶Lv26/森林保護官Lv22/薬草採取士Lv27
(村人5 戦士17 剣士9 巫女1 商人30 奴隷商人1 盗賊1)
アコルト 兎人族 ♀ 16歳 狩人Lv21
(探索者Lv8)
シャオク ドワーフ ♀ 19歳 鍛冶師Lv18
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次回は1/3更新の予定です。
半端なところですが、更新を1回分お休みさせていただきます。
(超繁忙期で正月休みは数カ月後まで取れないだけで、執筆自体は進めておりますのでご心配なく)
最近は時間が取れず過去話との整合の確認が甘くなっておりますので、これを機にご指摘がありましたらありがたいです。
年内はご愛読ありがとうございました。
皆様も良いお年をお過ごしください。