冒険者ギルドから脇目もふらずに治安がいいという宿にまっすぐ向かう。
もう予定外の行動をしたくない。
冒険者ギルドのバルナクトさんからもらったメモを頼りに、道順をひたすらに復唱しながら駆け足で移動した。
太陽が真上から降り始めている様に見える。
朝から色々と、本当に色々とあったのでもう昼時なのだろうか。
目的の宿らしき建物に着き、フロントの男性に声を掛ける。
「こちらは、ええと……踊る……」
「踊る三毛猫亭だ。
いらっしゃい、泊まりかい?」
「はい、おいくらですか?」
奥の壁におそらく宿泊料らしき文字と記号が並んでいるようだが読めない。
「今空いているのは……シングルなら200ナールの部屋と320ナールの部屋だな。
大部屋ならもっと安いが」
「320ナールの部屋でお願いします。
食事をつけるとどうなりますか?」
「ウチの食堂は夕食に酒がついて70ナール、朝食が50ナール。
泊まりと一緒にすると一食20ナールずつ引かれてお得だぜ」
「じゃあ両方つけて2泊でお願いします」
トントン拍子で連泊が決まって旅亭も気分がいいらしい。
安い方を選んでいたら1泊2食付の割引なしで280ナールか。
またバルナクトおじさんの有能さが証明されてしまった。
「夕食後に湯もいるかい?
一桶20ナールだ」
「それなら2泊とも1桶ずつ付けてください。
あと別で今すぐもう一桶お願いできますか?」
「あいよ。
2食付き2泊に湯が3つで820ナールだけど、初めてで連泊しくれるなんてありがてぇから574ナールでいいぜ」
3割引がすごすぎる。
素泊まり2泊分にもなってないのに気前のいい旅亭だなぁ。
「カードのチェックと、先払いだがいいよな?」
「大丈夫です」
もう一方の宿も確認するのがいいんだろうが、今日はこれ以上余計な移動は控えたい。
腕を掲げてインテリジェンスカードのチェックを受けると、支払いを済ませて部屋に案内してもらった。
部屋番号は320だそうだが、鍵についた板に刻まれた文字がどの向きで読むのかわからない。
ついでにどこで区切りもわからないので、結局どの数字もわからなかった。
1つグレードが高い部屋なので雑居部屋とは離れていて、階も違うので静からしい。
部屋の説明を受けた後、クローゼットにリュックから出した着替えを掛けておき、中身を軽くする。
盗みに入られる宿ではないと思うが、最悪荒らされたとしても古着だしまた買えばいい。
お湯の入った桶が届くと、行水で冷えた体を温めつつ汚れを落とした。
下着や手拭いももっとあったほうがいいだろう。
拠点用の荷物入れのリュックとは別に、散策用の巾着袋が入る程度のカバンもほしい。
だが一先ずは仮眠を取りたい。
ちょっと迷宮に寄るだけのはずが、盗賊と命懸けの戦闘をすることになるなんて。
高級宿には及ばないが、ほどほどに柔らかいベッドに横になるとすぐに眠りに落ちた。
***
目が覚めて寝転んだまま窓を覗くと、太陽は傾きつつもまだ高い位置にあった。
1、2時間くらい寝たのだろうか。
気分も体調もかなりマシになったと思う。
これからこの宿を仮拠点として、活動していくことになる。
もちろん良さげな別の宿があれば移るつもりなので、とりあえずは2泊にしておいた。
まずは装備を整えよう。
この世界は弱肉強食だ。
人と魔物だけでなく人と人とでも、だ。
弱そうだと舐められたら襲われ、奪われる。
実力主義の中で搾取される側に落ちたら詰みだ。
わかりやすい奴隷制度があるし、それ以前に簡単に死ぬ世界だ。
資金があるうちに装備なり戦闘奴隷なりで身を固めて見てくれだけでもまともに仕上げないと、この少女のナリでは非常にまずい。
武器に関してはそのまま使えるボーナス武器があるので、まずは防具か。
その後は生活用品や回復薬などの雑貨だろうか。
英雄の取得ができたので、これからは迷宮でレベル上げもできる。
魔法使いのジョブも早めに取得したい。
デュランダルは不相応に豪華すぎて、これはこれでネギを背負ったカモになりかねないので、ボーナス武器・五のフラガラッハにして腰に下げておく。
旅亭に鍵を預ける際に、武器屋と防具屋の場所を聞いた。
このあたりは商業施設が集まっているらしく、冒険者ギルド方面に少し進んだあたりに迷宮探索向けの店が並んでいるそうだ。
宿を出て大通りから一本入り込んだ通りに進むと、開けた入口から装備品を見て取れる店舗が並んでいた。
鑑定をフル活用して冷やかしたが、結局大きめの防具屋の品揃えがよかった。
木や皮、革、鉄など様々な素材の装備があったが、重量と質を考えると竜革装備となった。
金属鎧は動きにくそうだし、まだ魔法使いを取得できていないのでローブでは防御力が心配だ。
鑑定でもHPすら数値で表示されない仕様なので防御力なんて当然わからないし、値段と見た目しか判断材料がない。
素材の入手や作成が困難なほど高価格のはずだ。
値段もどの店舗とほどんど変わらなかったので、念の為スキルスロットの多く空いているものを選別して購入する。
スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 村人Lv2
装備
フラガラッハ(HP吸収 攻撃力2倍 防御低減)
竜革の帽子(○ ○) 竜革のジャケット(○)
竜革の手袋(○ ○) 竜革のブーツ(○ ○)
割引を使っても3万ナール超の出費だったが、これで装備の見た目だけは中級者になれただろうか。
実力者相手には厳しいだろうが、低レベルの盗賊くらいはあちらから避けてくれるならありがたい。
次に武器を見て回る。
こちらは攻撃用というよりも、武器を持っているというアピールのためのダミーのようなものだ。
実際に戦闘に使うのはデュランダルやフラガラッハになるが、ただの移動時に見かけのために大量のボーナスポイントを振るのはもったいない。
なるべく軽く、小柄な自分でも腰から下げていて違和感のなさそうなレイピアを選ぶことにした。
レイピア(○)
買い物ついでに店員に日用品の買える場所を聞くと、冒険者ギルドのすぐ近くに雑貨屋があると教えてもらった。
薬をかなり消費してしまい、どのみちギルドには寄る予定だったので都合がいい。
教えられた雑貨店に入り、必要そうなモノを買っていく。
一回り小さいリュックに水筒や手拭い、あとは日用品のコップや房楊枝などだ。
割引を効かせつつ会計を済ませると、店の裏手にある共用の井戸の場所を教えてもらえたのでそちらから飲み水を汲ませてもらった。
大通りに戻り、冒険者ギルドへ入る。
この時間は余り人が居ないようだ。
夕方あたりから混みだすのだろう。
販売カウンターに並び、滋養丸と強壮丸を10粒ずつと黒魔結晶を買った。
所持者の魔物討伐で魔力が貯まり、その度合で色が変わるというこの石のような塊も、今は真っ黒だ。
これで一通り必要なものは揃えたはずなので、荷物を置きに一度宿屋にワープした。
この移動距離ならまだ消沈しない程度のMP消費なのだろう。
まだ日も落ちていないし、少しでもレベルを上げておきたい。
先程買ったリュックごと日用品をクローゼットに置いて、ボーナスポイントを確認する。
スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 村人Lv2
村人Lv2/探索者Lv1/英雄Lv1
キャラクター再設定 1 鑑定 1
ワープ 1 詠唱短縮 1
3rdジョブ 3 武器・六 63
獲得経験値5倍 15 必要経験値1/5 15
(残0/100pt)
メイン武器をデュランダルにするので、現在のボーナスポイントでの経験値効率は25倍が最大だ。
詠唱省略ではなく短縮までしかポイントを振れなかったので、アイテムボックス操作とスキル名を唱えると眼の前の空間に箱が現れた。
これが装備品やアイテムが入れられるアイテムボックスのようだ。
巾着袋から金貨を2枚取り出してアイテムボックスに入れようとすると、1枚はその中に収まったがもう1枚は弾かれたように床に落ちた。
やはり、探索者Lv1では1種類✕1個のアイテムしか入らないらしい。
アイテムボックスから金貨を取り出し、床に落ちたものと合わせて巾着袋に仕舞い、代わりに腰のレイピアを入れることにした。
戦闘中に使わないものを下げていると邪魔だろう。
迷宮の1階層入口小部屋へとワープし、用意していた強壮丸を一粒飲み込む。
カルメリガの街周囲での移動くらいは回復が必要ないくらいのMPが欲しい。
そのためにもレベル上げだ。
周囲を確認し、あの時引率パーティーが進んでいった通路に進む。
道が折れた先で何かが動いたのに気づき、鑑定を唱える。
コラーゲンコーラル Lv1
石というか岩というか、丸っこい硬そうな塊が、一本足でピョコピョコと跳ねながら動いている。
出力の足りていないロボットみたいに動き自体は遅いが、あれにぶつかってこられたら痛そうだ。
他に魔物がいないことを確かめてから、近づいてデュランダルで小突いてみる。
硬い感触なくそのままスッと突き刺さっていく違和感を覚えている間にコラーゲンコーラルが煙に変わる。
さすがに1階層の魔物相手にデュランダルはオーバーキルすぎるか。
煙が霧散した後に、何かが落ちているので再び鑑定する。
コーラルゼラチン
これがドロップアイテムのようだ。
ゼラチンという名前だが、たしか食べ物ではなかったはずだ。
リュックに入れるために拾い上げたところで、そういえばと確認すると村人と探索者のレベルが上っていた。
Lv1とはいえ、25倍の経験値効率様々だ。
アイテムボックス操作を唱えると箱が2つになっていたので、コーラルゼラチンをレイピアの入っていない方の箱に入れた。
通路を進んでいくが、ほとんど魔物に会わない。
出現率が低いのかもしれないが、デュランダルでなくともちゃんと武器を持った数人で囲めばわりとすぐ倒せるのだろう。
通り掛けで数体倒して進んだ先で、いくつ目かの小部屋にでた。
敵が居ないようなので、確認するとやはりレベルが上っていた。
スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 村人Lv5
村人Lv5/探索者Lv3/英雄Lv2
村人は初期職だからかレベルアップが早いようだ。
ジョブ設定を見ると村人の条件レベル達成によって新規ジョブを取得していた。
戦士
効果 体力小上昇 HP微上昇
スキル ラッシュ
剣士
効果 腕力小上昇 HP微上昇
スキル スラッシュ
商人
効果 知力小上昇 精神微上昇
スキル カルク
アイテムボックスの中身を一旦出して、1stジョブを探索者、2ndジョブに英雄、3rdジョブは戦士を設定した。
ワープを消せば詠唱省略まで取れるが、保険のために残して余りの1ポイントで出したボーナスアクセサリを装備する。
慢心の指輪(腕力上昇 精神上昇)
デュランダルの攻撃力5倍と指輪の腕力上昇なら、補正項目が違うからどちらの効果も発揮されるはずだ。
小部屋から左の通路へ進むと、結局接敵しないまま次の少し大きな部屋までたどり着いてしまった。
周囲の敵の位置を把握し、積極的に戦闘するというのも、レベル上げには必要だ。
やはり索敵能力の持った仲間がほしい。
少し広めの部屋の中には、先客の二人組がいる。
扉のような壁の切れ目の前で座っているところを鑑定すると、探索者と戦士だった。
もしかしてここがボス前の待機部屋なのだろうか。
運よくなのか悪くなのか、ほぼ最短ルートで進んでしまったらしい。
通り道に魔物が居なかったのも、そのせいか。
二人組の後ろに並ぶように近づくと、片方の男が自分を見上げてきた。
男はジロッと顔と装備を見てくると、隣の男になにか呟いた。
ちょうどそのタイミングで扉が開く。
前のグループのボス戦闘が終わったのだろう。
「急いでるなら先を譲るぜ」
男が親切そうな作り声をかけて来たが、十中八九自分がボスに負けた際のドロップ狙いなのだろう。
直接襲えば盗賊に堕ちるが、自滅した者の装備を拾うだけなら問題ない。
それが迷宮のルールだ。
分かってはいるが、やはり舐められるのは腹が立つな。
自分の見た目が華奢だから、厳つい用心棒のような奴隷を迎えるのもありだろうか。
でも強そうな見た目ならできればお姉さんとかのほうがいいなぁ。
「ありがとうございます。
お先に失礼します」
こちらとしても先に進ませてもらえるならそれはそれでよいので、形だけの礼を言って2人組の隣を抜けて扉の奥へと進む。
完全に部屋の中に入った瞬間、勝手に扉が閉じられた。
スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 探索者Lv3
探索者Lv3/英雄Lv2/戦士Lv1
(村人5 剣士1 商人1)
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24/06/27
ボーナスポイントに誤りがあったので訂正
24/07/22
レイアウト変更