夜浅い時間からの就寝だったが、いつもより気持ち早め程度の時間に起きてしまったようだ。
約束は10時なので余裕はあるし、疲れが残っているよりはいいだろう。
3人ともとりあえずは普段着に着替え、朝食に向かえるだけの最低限の身支度を済ませる。
パーティーも一旦解散し、シャオクが勧誘しなおして作り直しておいた。
階段を降りて食堂に入り、軽食メニューを注文する。
今日は外に出歩いている時間も服装でもないから、追加の料金を払ってアコルトたちは2食分にしてもらった。
これで伯爵令嬢様の前でお腹を鳴らすこともないだろう。
いや、鳴ったほうが空気が和むかもしれないとアコルトのお腹のあたりを見つめていると、ジトリとした視線を返された。
食事を終えてフロントで湯を頼むと、もう用意ができているらしい。
どうやら昨日変更依頼をしておいたので、朝食前に通ったのを見て準備を始めていてくれたようだ。
アコルトとシャオクが1桶ずつに、従業員も1桶持って後ろに続いてくれたので、自分はドア係となって部屋まで移動する。
湯桶を受け取って従業員を見送り、部屋の扉に鍵をかけた。
さて、時間はあるので念入りに体を拭こうか。
アコルトが新しい手拭いを出してくれたので、いつもより時間をかけてみよう。
顔を洗って首筋へ、肩を通って指先へ。
細かいところまで丁寧に拭いていく。
ふと頭を上げると、いつからかこちらをじっと見ていたアコルトと目が合った。
「アコ、どうしたの?」
「お嬢様、お拭きいたしましょう」
「いや、いいよ。
各々丁寧に拭いていこう」
「しかしご自身でされるよりも、見る相手側から確認しながらの方が綺麗になると思われます」
…………一理ある。
最近では自分がそそくさと一人で終わらせてしまうので、やってもらっても背中の一部程度だ。
姿見もない状況では、自分の視点からでは背中などの見えない箇所は結局アコルトたちに聞くことになってしまう。
「そうだね。
じゃあお願いしようか」
「かしこまりました!
シャオさん!」
「はい!」
「じゃあせめてドレスから出る部分、だけ───ひょわっ」
後ろからシャオクに急にわき腹を押さえられて泡を食っている内に、アコルトが体を拭き始めた。
「───ッ!」
声にならない声をあげて耐えているが、せめて手の位置を変えてくれ!
探索者のままなのだが、ドワーフなので当然押さえる力が強い。
こっちは軟弱な魔法使いなんだぞ!
***
「───お嬢様?」
全身隈なく拭き終えて満足そうな笑顔を浮かべたアコルトが、されるがままにしていた主人の生気のない目にようやく気付いたようだ。
「う、うん。
ありがとう……」
シャオクは後ろで顔が見えていないので、おそらくアコルトに言われるままに善意で主人の体を支えていたつもりだったのだろう。
君たちさぁ。
いや、もういいんだ。
湯船があって全身が湯に浸かれるならまだしも、手拭いで拭くだけではどうしたってお願いするしかない。
それがちょっとばかり気を利かせ過ぎて、勢い余って体中をやってくれたんだ。
しくしく。
今度は2人が順番に体を拭き合っている間に、ドレスと一緒に届けられた新しい下着を確認する。
う、薄くない?
ツヤツヤのスルスルの生地だし、ラインが出ないようにするためかかなり薄いし、ドレスと同じ深い青色だ。
紐も細いし不安しかない。
一応アコルトたちの分もあるが、そっちを見つめるのは気が引けてしまった。
上に履くペチコートのようなものも入っていたが、それは後だな。
その後は髪を洗う。
一応は毎日湯で濯いではいるので汚いわけではないが、やはりシャンプーで洗いたいよなぁ。
工事があれだけ順調だったので、隅の方で小鍋で石鹸を作ってみてもよかった気がする。
あと2時間程度で面会なので、今更嘆いたところで後の祭りだが。
3人とも洗髪が終わってまだ若干しっとりとしているが、今度は下着から身に着けていく。
ここ数日で着用の仕方は覚えたが、面会本番の今日のアコルト先生のチェックは厳しい。
なんとかポジショニングに及第点を頂き、次は肝心のドレスとなる。
もっと高級品になると、さらに体型を美しく見せるために締めあげるような形になるが、今回のものはそこまでいかないおしゃれ着程度の衣裳のようだ。
そういう意味でも助かった。
ドレスを身に着けて上からボレロを纏う前に、ヘアセットをしてもらう。
今回は銀髪を映えさせるためにも、長いままにするらしい。
左右の毛束を編んでから、後ろで取りわけた束に合わせてリボンで留める。
横からぐるっと巻き込んだハーフアップアレンジで、落ち着いた感じにまとまったらしい。
らしいというのは自分では見えないからである。
寝具、鏡、石鹸。
このあたりを早く揃えたい。
3人とも綺麗に整ったようだ。
アコルトはもともと肩上ボブなので軽く梳いてもらえばいいくらいだし、シャオクは跳ねたクセっ毛が似合っているので、昨日切りそろえたので十分にかわいらしい。
ボレロを羽織った後は何度も互いにチェックして、これで良しと決めた。
残念なことに、足元は皮の靴だ。
竜革のブーツはドレスに合わないし、サンダルは流石にダメだろう。
アコルトがどうしてもというので、自分は普段アコルトが装備している竜革の靴を履くことにした。
3人とも皮製でもいいと思ったが、カードのチェックもあるので主人の物を良品にということだそうだ。
奴隷にもドレスを着せている時点でそんなところは気にしないだろうと言ってみたが、どうやらドレスの生地のグレードにも主従の差をつけてあるらしい。
見る人が見ればその差があるらしいが、自分にはドレスはドレスにしか見えないのでわかりません!
アコルトは妾奴隷相当の美人だし、シャオクは素朴で可愛らしいし、自分は小さなコンパクトミラーの中でだいぶ前に見たくらいだがエルフなので美少女ということで、馬子にも衣裳にはなっていないと思いたい。
持っていく荷物だが、大半の資金は自分のアイテムボックスに入れたままでいいとしても、人前では取り出せないため使いそうな分くらいは小分けにしておかないと困るだろう。
探索者Lv11のシャオクのボックスを整理させてもらい、滋養丸と強壮丸を1列ずつ、金貨を数枚と銀貨を数列分入れておく。
銅貨はアイテムボックスに入らないので、部屋に置いて行くしかない。
一応アコルトの鞭とシャオクの盾、それに自分のワンドも入れさせてもらった。
ドレスにリュックでは格好がつかないし、しょうがない。
おしゃれなハンドバッグやポーチでもあったらいいが、今回だけのためで無駄になりそうだから却下だ。
というか3人ともドレスにしたのは間違いなのでは……?
着飾って楽しそうな2人を見れた分、我慢するか。
水筒の水やらを先に飲んでおいて不要な荷物はクローゼットに仕舞い、鍵を閉めて階段を下りる。
すれ違う従業員にすごい目で見られつつフロントまで来ると、ミトラグも驚いたようだがすぐに昨日の説明を思い出した様子で頷いた。
「昨日言ってたドレスだね、3人とも似合ってるよ!
まさかシャオクまでそういう格好をするとはねぇ」
「えへへ、ボクもびっくりです!
ミツキ様のおかげです!」
「ありがとうございます。
このまま出て、戻ってくるのは昼を過ぎてからなので、湯桶と清掃もお願いします」
部屋の鍵を渡すと、ミトラグが恭しく受け取った。
「はい、確かに。
そうやっていると、本当に良家のご息女みたいだからなんだか緊張してくるよ……!
(くれぐれも失礼のないようにね……)」
「(もちろんです!
間違いのないように気を付けます)」
「じゃあ、いってらっしゃい!」
「はい、いってきますね」
口々に挨拶をして外へ向かう。
他の客は目を合わせまいと隅に移動していたが、何人かの常連はこちらの顔を見て気づいたらしくミトラグに話を聞きに行ったようだ。
宿の外に出たところで気付いた。
いつもの商店街の絨毯を使うにも、この格好ではさすがに目立ちすぎる。
普段の恰好ならまだしも、ドレス姿の3人だけでは印象に残りやすいだろう。
時間はまだあるので地道に約束の宿まで歩いていくかと話したところで、おーいと後ろから声がかかった。
ミトラグだ。
「その格好で移動するの大変でしょ!
今、テオドナフを呼んできたから!」
「いらっしゃるんですか?」
「うん、前の仕入れから10日くらい経ってるからね。
あのフライが結構人気でさ、搬入量の相談で来てたんだ。
ミツキさんたち忙しそうだし、すぐに用事もなさそうだから伝えてなかっただけなんだ」
揚げ焼きはフライという名称で決定らしい。
何度か教えている内に口を滑らせたのが、響きが良かったらしく定着してしまったようだ。
「なんだよ、朝から……って!
(おい!
エルフの女はやめてくれって言ってるだろ!)」
「落ち着け、ミツキさんだよ!
よく見ろ、ほら、ブノーを案内しただろ!」
「ん!?
あっ……あんたミツキさんか、いったいなんだ?
なんでそんな恰好を」
「まあなんでもいいだろ、ちょっと事情があるみたいなんだよ。
冒険者ギルド……いや、商人ギルドの方かな、送ってあげてよ。
目立っちゃうし、歩くの大変そうだし」
そういうことか。
送ってもらえるのはありがたいな。
「テオドナフさん、お願いします。
シームの商人ギルドに送っていただけませんか?」
「あ、ああ……わかった。
前に貴族じゃないって言ってなかったか?
いや、いい、聞きたくない。
ミツキさんには関係ないが、エルフの女はこりごりなんだ」
テオドナフのことだ、酔って何かやらかしてそうな光景が容易に想像がつく。
なんにせよ、送ってもらえるならありがたい。
「ありがとうございます!
こちらはすでにパーティーなので、シャオ、お願い」
「はい!
テオドナフさん、誘いますね」
シャオクがパーティー編成の呪文を唱え、テオドナフを勧誘する。
すぐに承諾してくれたようで、テオドナフも2人と同様にぼんやりと輪郭が縁どられた。
「シームの商人ギルドでいいんだな?
外にかかってる絨毯のところで」
「はい、お願いします」
「わかった。
送るだけだから俺はゲートを通らないぞ」
「じゃあ、よろしく」
宿の中に戻っていったミトラグと反対に進み、4人で商店街の絨毯へと向かう。
「すみません、急に来ていただいて」
「いや、まあ、知り合いだし構わない」
ドレスのせいか、若干しどろもどろな返答だ。
挙動不審になりつつも、目的の絨毯前へと到着した。
「依頼料ということで」
移動中にこっそり取り出した銀貨を一枚差し出す。
「おい、ミトラグにバレたら……。
……いいのか?」
「冒険者に依頼するわけですし、足りませんか?」
「同じ街中だし妥当……いや多いくらいだぞ。
本当に貴族―――」
「貴族ではありません、それは本当です。
ちょっとややこしい理由があって今だけこんな格好なだけなんです」
「わ、わかった。
これ以上聞かないし、すぐ送る」
くるっと振り返って絨毯に向かったテオドナフがフィールドウォークの呪文を詠唱し、店の脇に掛けられた絨毯に黒塗りの扉が出現する。
「ありがとうございます!
また今度ゆっくり話しましょう!」
コクコクと頷くテオドナフに、代わる代わる礼をしてゲートを抜けていった。
***
ゲートの向こう側は、先ほど言っていた通り商人ギルドの外にある絨毯だった。
営業の終了と共にギルド員によってさげられて移動できないようにされ、翌日の朝にまた掲げられるのだろう。
招待状となる手紙を広げて、簡易地図と店の名称を確認する。
どちらも自分には読み取れないが、2人が理解してくれれば問題ない。
シャオクの案内に続いて、貴族街と呼ばれる場所の方角へ向かった。
聞くところによると、一応その貴族街から出たところにあるらしい。
平民を呼び出すことへの配慮なのか分からないが、近づいただけでつまみ出されるような場所ではなさそうだ。
今のところ通りを行きかうのは商人やその護衛らしき者であるが、特に変な目で見られてはいない。
まあ貴族街近くでいくら怪しい女性たちとすれ違っても、万が一身分の高い者の可能性があるので因縁をつけるような行動はしてこないだろう。
むしろ見ないふりをするくらいか。
そんなこんなで特に時間を取られることもなく、目的の宿へとたどり着くことができた。
看板に、手紙にあった宿の名前が書かれているんだそうだ。
手紙を預けているアコルトを先頭に、宿の入り口から入っていく。
横には屈強な体に装備を身に着けた戦士や剣士が立っているが、こちらが丸腰なのを見て取ったのか近くまではこなかった。
初日のカルメリガの高級宿のように、愛想のいい旅亭が近づいてきて、インテリジェンスカードのチェックをする。
断る理由もないし、断ったところで警備兵に後ろから刺されるだけなのでもちろん確認してもらうと、ご用件はと質問された。
「こちらのスズシロ・ミツキ様の従者であるアコルトと申します。
カルム・クラストン様よりこちらの宿で案内を受けるようにとお手紙を頂きましたので、ご確認お願いいたします」
旅亭が封筒を預かり、封蝋の印と中の手紙を検めた。
面会の内容に関しての手紙は事前に抜いており、宿に依頼してある旨の方だけ入れてある。
そのあたりも抜かれた方に指示が記載されていたので、カルムの抜かりのなさが窺える。
「改めてお越しくださりありがとうございます、ミツキ様、アコルト様、シャオク様。
それではご案内いたします」
ハキハキと進めていく旅亭に続いて廊下を進むと、少し奥にある部屋へと通された。
ここで面会するにはやや狭い一室なので、おそらく控室だろうか。
後ほど再度ご案内いたしますと残して、旅亭が立ち去った。
待ち合わせの時間は10時だ。
出てきたときの時間を考えると、結構早く着いたはずだ。
立ったままずっと待つのもなんなので、2人を近くに呼んでソファに腰を下ろす。
面接でもこういう待ちの時間が一番緊張する。
第二令嬢様はどんな人なのだろうとドキドキしながら待っていると、扉がノックされた後に先ほどと同じ旅亭の声が響く。
「お待たせいたしました。
ご準備が整いましたのでご案内いたします」
スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 魔法使いLv28
魔法使いLv28/英雄Lv24/探索者Lv29/僧侶Lv27/森林保護官Lv23/商人Lv30
(村人5 戦士17 剣士9 巫女1 細工師1 薬草採取士30 奴隷商人1 盗賊1)
アコルト 兎人族 ♀ 16歳 狩人Lv22
シャオク ドワーフ ♀ 19歳 探索者Lv11
---
次回は1/30更新の予定です。