旅亭がそのまま案内役となって、やや奥まった通路を抜ける。
少々大きめのこの宿の中でも、あまり人が来ることがなさそうな区画のようだ。
建造場所を考えても、密談用の宿になるのだろう。
「こちらのお部屋でございます。
先様はすでに中でお待ちでいらっしゃいますので、私はこれにて失礼致します」
礼をして下がっていった旅亭をぽかんとして見送る。
「え、時間ってまだだよね?」
「はい、お約束のお時間には幾分か早いはずです」
「行くしかないか……」
後から令嬢がお越しになるという話だったと思うが、なにやら先手を打たれたらしい。
緊張に鼓動が加速する。
意を決してドアをノックして声を張る。
「スズシロ・ミツキです!
お待たせして申し訳ありません!」
「……お入りください」
扉の向こうから聞こえたのは、カルムの声だ。
先に連絡しろと思って癪だが、さすがに婚約者を置いてこちらに脚を運べはしないか。
アコルトが扉を開けてくれたのと同時に、部屋へと踏み出す。
カルム・クラストン エルフ ♂ 24歳 武器商人Lv7
まず目に入ったのは入ってすぐのところに立っていたカルムだ。
こちらのドレス姿に驚いたようだが、すぐに申し訳無さそうな顔で小さく会釈をすると視線で正面に誘導された。
正面奥の椅子に座っているのがフェルス様だろうか。
以前商人ギルドで遠目から見た、長い金髪にきめの細かい白い肌の美人だ。
フェルス・ナルクヴェル・シームラウ エルフ ♀ 20歳 魔法使いLv17
あの時はわかりやすく上質な衣装を着ていたが、庶民に合わせてくれているのか今日は装飾が控えめの落ち着いたものを身に着けていた。
それでも生地そのものは、素人目にも上等なものに見える。
気になるのはその美人の顔が仏頂面になっていることだ。
怒っているのだったら困った事態だが、どちらかというと何かを我慢している様子だ。
その後ろには騎士と思しき装備をしたエルフの女性が数名控えている。
親衛隊かなにかだろうか。
カルムから目で合図されたので、改めて名乗る。
「スズシロ・ミツキと申します。
こちらは従者のアコルトと、シャオクです。
この度はお招きに与り、ありがとうございます」
揃って礼をしてみたが、頭を下げながらアコルトがこちらをみて小さく首を横に振った。
あっ、考えてみたら今のは嫌味になるのか?
でも一応食事会って体だし……だめだ、自分の教養が足りない。
おそるおそる顔を上げると、部屋に入った時と同じ表情で令嬢様がこちらを見ている。
「…………か」
か?
「…………カルム」
「……ミツキ殿、お連れの方々も、ご足労いただきありがとうございます。
ご存知かと思われますがこちらにいらっしゃいますのが、シームラウ家第二令嬢フェルス・ナルクヴェル・シームラウ様です。
早々になりますが、カードのチェックをお願いいたします」
カルムが言い切る前に親衛隊の内の1人が近づいてきたので、了承して腕を掲げた。
「……では確認いたします。
滔々流るる霊の意思、脈々息づく知の調べ、インテリジェンスカード、オープン。
読み上げさせていただきます」
「構いません」
「スズシロ・ミツキ、エルフ族女性18歳、ジョブは魔法使い……自由民の方です。
所有奴隷にアコルトとシャオクと記載されております」
ザノフから紹介状が渡った時点でこのあたりの情報はもともと伝わっているはずだし、家の契約の際に騎士団でも確認されているので今更だろう。
まあ、自称を偽っていないかの最初の確認のようなものだ。
つづいてアコルトとシャオクがそれぞれカードを確認される。
兎人族で狩人であると判明した際には少々反応があったものの、ドワーフで探索者はありふれているのかとくに触れられることはなかった。
「続きましてはフェルス様からいくつかご質問がございますので、お答えいただきたいと思います」
ごくりと唾を呑んでしばらく待ったが、フェルスからの言葉は出てこなかった。
令嬢がちょいちょいとカルムを手招きして、何か耳打ちし始める。
メモらしきものを受け取って、カルムが咳払いをした。
「……私からお伝えいたしますので、ご返答お願いします」
「かしこまりました」
結局カルムが話すらしい。
自分が疑われたことを自分で話すのはちょっとかわいそうだ。
「まず、カルム……私と出会った経緯をご説明ください」
「ええと……、カルメリガの商人であるザノフ様の紹介です。
仲買人の伝手を相談したところ、ルテドーナの武器商人としてカルム様に取り次いでいただきました」
「ルテドーナを選んだのはなぜでしょうか?」
「移住予定のシームから近く、競売会場があるからです」
「……シームを居住地に選ばれたのは?」
「このシャオクが以前暮らしていた家を改装して住めそうだったことや、近隣に漁村があって私の好物の魚も手に入りそうでしたので決めました。
シームに居住することをザノフ様にお伝えした後に、カルム様をご紹介いただきました」
何が失礼に当たるかわからないので、敬称はとりあえずみんな様にでもしておこう。
その後は細々した質問に回答していく。
改めて貴族でないとの確認や出身地などの、中身は当たり障りのないものばかりだ。
過去にザノフに話した内容を思い出しつつ返答する。
まだ基本情報の確認なのだろう。
「なるほど……。
ありがとうございます」
カルムは大体知っているだろうし、第二令嬢様はなにやら手元の資料を片手にうんうん頷いている。
聞き取りやなにかで調べさせたのだろうか。
視認外の距離から音で察知できるアコルトが何も伝えてこなかったので、これまでは尾行や監視まではされていなかったと思う。
まあ宿から出たら買い食いしているか、すぐに商店街の絨毯に消えていたのだから何も分かるまい。
同じパーティーでしか同じゲートに入れないので、ピンポイントで同時刻に移動先で見張ることは不可能だろう。
移動先と思わしき場所をすべて押さえておくなんてのは、国規模の大罪人相手でもなければ労力に見合わない。
それに、時間を決めて指定の場所に向こう側からゲートを開いて招き入れる、という手段は通常の冒険者パーティーにだって可能なはずだ。
言い逃れできないのはゲート設置が不可能な場所に開くのを見られた場合か、メンバー全員のジョブが確認された直後に突発的に移動するのを見られた時くらいだろう。
ボーナス魔法の存在すら認識外なら、冒険者に転職したと思われる時間さえ空いていれば、その場でインテリジェンスカードを見られない限りは筋は通る。
自宅が使えるようになったら、行きも帰りもわざわざ絨毯に回る必要がなくなるのでそんな杞憂も減るだろう。
再び耳打ちをしたかと思うと、フェルスが立ち上がったのでつられて姿勢を正す。
身長はアコルトと同じくらいか、少し高いくらいか。
こちらが見上げる形となると、ほんの少しだけご令嬢の口元が緩んだ気がした。
「……コホン。
それでは
「は、はい!」
わざとらしい咳払いで調子を整えたのか、まっすぐにこちらを見てきたので目が合う。
美人にまじまじと見られるとドキドキする。
「まず……カルムと頻繁に会っていたというのは事実かしら?」
「はい。
オークションの依頼の仕方に慣れておらず、資金の工面のために短期間で何度も変更を持ちかけてしまいました」
「それだけかしら」
「あとはカルム様からのご依頼で、取引の受け渡しをシームの冒険者ギルドで行いました。
お会いしたのはこの2点に関する用件のみで、いずれも短時間です」
「依頼……?」
カルムが話してよいのかと目配せしてきたので、軽く頷いて肯定する。
「フェルス様、先日入手しました騎士団の槍の件です。
あちらはミツキ殿からお譲りいただきました」
「どうして言わなかったのよ!」
「取引にて身元を伏せたいとの約定がございました。
ミツキ殿が目立ちたくないとのことでしたので……」
「…………」
間女の正体をはぐらかされていた理由がこれだと気づいたのだろう。
カルムも商売人であるため、内容は簡単には漏らせない。
「……少々下世話な噂話に耳を傾け過ぎたのかもしれませんわね。
しかし、その恰好はどういうことなのかしら!
貴女、カルムのことはどう思っていますの!?」
どうって……。
前にも考えたが、男性として見るとしたら心底どうでもいいというのは失礼になるよなぁ。
婚約者を貶されたら、それはそれで問題になってしまう。
「腕のいい仲買人と考えております。
それにこのドレスは、フェルス様にお会いするためにご用意したので……」
「
カルムに見せるのではなくて?」
あーもう、なんて言えばいいんだ。
自分側の問題だけで済ませられないか?
「えっと……男性に……興味がないので……」
「───!?」
あれ。
なんか間違えた。
「……カルム」
「はい、フェルス様」
「
「……なぜそうなるのでしょうか」
「ミツキ……様は、男性にご興味がないとのことですし、あの可愛らしいドレスは
従者の方も連れ立って、
「フェルス。
落ち着きましょう」
ひとつトーンを落とした声で、カルムが暴走しかけた令嬢を制止した。
幼馴染、強い。
「……はい」
「とにかく、私とミツキ殿はただの取引相手だったということです。
おそらく皆さんのドレス姿も、ザノフ様のお気遣いでしょう。
このようになることを想定して……いえ、空気を和ませるためにご用意して下さったのだと思います」
フェルスはだいぶ思い込みが激しいようだ。
以前にカルムが感情表現が豊かだと評したのは、だいぶ前向きに言い換えていたんだな。
親衛隊の女性たちも少々表情を崩してはいるが取り乱すほどではないのは、よくあることだからなのかもしれない。
最後は発言は自分のせいなのだが、ザノフは似たような状況に持っていくために3人ともドレスにするように仕向けたのではないかと邪推してしまう。
どうせ勘違いで済むだろうし、一応解決に関係したとなればカルムから報告がいくだろう。
掌の上でこれ以上踊らされるのは勘弁願いたい。
「……ミツキ様。
この度はご迷惑をお掛けしましたことを謝罪いたしますわ」
綺麗な姿勢で躊躇なく頭を下げるフェルスに恐縮してしまう。
「頭をお上げください!」
「しかし、こちらの失礼がありましたのは事実です」
うーん、真面目!
直情的すぎるが、こういうところが領民に人気なのだろう。
どうにか収拾をつけてさっさと終わらせたい。
「今日はフェルス様とお食事ができると伺って
不躾なお願いにはなりますが、そろそろ……」
「そうですね、フェルス様。
準備も進んでいそうな時間ではありますし、次に移りましょうか」
カルムも察して援護してくれる。
「そ、そうかしら?
それならすぐに用意させましょう!」
本当は少し早いくらいだと思うが、高級宿ならある程度対応してくれるはずだ。
呼ばれた従業員がテキパキと食事の準備を進めてくれる。
あっという間にクロスの敷かれた食事用の大テーブルが出来上がった。
こちらは自分の左右にアコルトとシャオクが座り、向かい側の正面にはフェルスとカルムが椅子にかけている。
奴隷であると確認をしたばかりだがドレスを着せていたからか、同じテーブルについての食事は許された。
もしかしたら素性の調査をしてくれたおかげで、従者といいつつも主人と同様の暮らしぶりをしている仲間であるとの認識を持ってくれたのかもしれない。
親衛隊の騎士たちは、一応警護中ということで立ったままだ。
お仕事お疲れ様です。
領内を食べ歩いているという噂は本当らしく、出てくる料理はどれも美味しい。
食材も庶民のものよりは質が良くて新鮮で、迷宮産の少し上の階層の肉類も使われているようだ。
料理人ジョブの者もいるのかもしれない。
自宅での暮らしが進んだらハウスキーパーに欲しいな、料理人。
食事をしながら会話をしていると、こちらもむこうもだいぶ距離感に慣れてくる。
というかフェルスが結構好き勝手にしゃべっているからなのだが、気を許してくれているということにしておこう。
「───それでね
最初のお嬢様口調はもはや消え失せて、一人称くらいしか残っていない。
こちらが素なのだろう。
カルムも騎士も、誰も訂正しない。
順当に家督を継ぐ予定の嫡男がいて、その下にしっかり者の長女がいての次女だということもあるそうで、だいぶのびのびと育ったらしい。
幼馴染だったクラストン家に嫁ぐのか迎え入れるのかはよく分からないが継承権にも興味なく、カルムも領地経営より商売の方が性に合っているようなので乗っ取りもなさそうだ。
そんな惚気だか自己紹介だか分からない話を聞いていたところに、妹が欲しい発言である。
「な、仲良くしていただけるのはこちらとしても嬉しいかぎりですが、今日お会いしたばかりの者に話してよろしいのですか?」
「直感よ、直感!
仲良くなれるって、そう思ったの!
間違いないわ!」
その直感で間違われて、今ここに呼び出されているわけですが。
「だいたいね、居ないのよ。
年も近くて、さらに年下で、ジョブも一緒の魔法使い。
貴族じゃないから
「な、なるほど」
「おまけにこんなに可愛いし!
可愛い従者もつれてるし、迷宮にも入るそうじゃない。
あ、もちろん
「あ、ありがとうございます……」
貴族に関わらず細々と暮らしていきたかったはずなのに……。
なんか誇らしげな表情をしている騎士たちよ、それでいいのか。
「ミツキ殿」
「はい、なんでしょうか……?」
「よろしければ今後も、フェルス様と親しくしていただけたらありがたいです」
なんだかんだいっても、成人済の貴族なのだから忙しいはずだろう。
あちらも食事が好きなようだし、一時の相手くらいならしてあげてもいいのかもしれない。
「ええ、私でよろしければこちらこそ」
「……ねぇ、やっぱり妹ならミツキって呼んでいいかしら?」
誰かこの人止めて!
スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 魔法使いLv28
魔法使いLv28/英雄Lv24/探索者Lv29/僧侶Lv27/森林保護官Lv23/商人Lv30
(村人5 戦士17 剣士9 巫女1 細工師1 薬草採取士30 奴隷商人1 盗賊1)
アコルト 兎人族 ♀ 16歳 狩人Lv22
シャオク ドワーフ ♀ 19歳 探索者Lv11
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次回は2/2更新の予定です。