「ミツキと呼んでいただくのは構いませんが、私は何をすればよろしいのでしょうか……?」
「うーん、そうね、何がいいかしら。
………あっ、そうだわ。
『お姉様』って呼んでもらいたいわ!」
何とかしろカルム……、お前の嫁だろ……。
直接見ないようにはしながらも、なんとか届かないかと念を送ってみる。
「フェルス様。
お立場もございますので、公の場ではお控えください」
おい、助け船のふりをして平然と公共以外の場での許可を出すんじゃない。
騎士たちはなんだか羨ましそうにしている。
譲れるものなら譲りたい。
フェルスより若く、派生ジョブである騎士になるのは相当難しいはずだ。
実際、誰もかれもこの気ままなお嬢様より年上なので、娘や妹のように甘やかしているのだろう。
少し前まで緊張していた自分がかわいそうになってきた。
周囲に身内しかいない限られた場合だけではあるが『お姉様』呼びを推奨、となった。
カルムの方を普段は殿付けで呼びつつ、貴族としての場面では様付けになるのの逆のようなものだ。
一応ひやひやしながら、その呼称を領主家の方々に聞かれた場合も確認してみたが、平民との関わりについてとやかく言うような人たちではないらしい。
多種族が領民として暮らしているところの領主は理解があるのだろう。
というか厳しかったら、娘の店巡りなど許可しないか。
「ミツキ、何か
……今回のお詫びもかねて、お姉様に何でも言ってみなさい!」
ブロンドヘアを揺らして自信満々に胸を張ったが、騎士たちが流石に止めに入った。
お待ちくださいとこちらに告げてからカルムが間に入り、間をおいてフェルスが申し訳なさそうに再開する。
「……ごめんなさい、何でもはダメね。
ある程度のことなら、なるべく叶えるようにするわ」
「あ、ありがとうございます……」
何でもと言われたとて大それた要求などするつもりもなかったが、フェルスがだいぶ危なっかしいということだけは分かった。
これなら毎回カルムなり騎士なりが帯同してくれるはずなので、向こうからも難題を押し付けられる可能性も下がるだろう。
それにしてもお願い、か。
親しくしていくと同意したので、今後関わるなというのは無理だよな。
一度向こうが慣れてくれれば人懐っこい美人なので悪い気はしないが、その後に何が自分に降りかかるのかが見えなくて怖くもある。
「すぐには思いつきませんので、また今度……あ、いえ、ひとつありました」
「何かしら?」
「ジョブについて教えていただけませんか?
森林保護官のジョブが修練を積むと何のジョブになれるのかを知りたいのです」
これくらいなら金銭も発生しない簡単そうな願いだろうか。
貴族に依頼できるというのは貴重だが、あんまり大事になっても困るので使い切ってしまうのがいい気がする。
詳細な条件までは解明されていないだろうが、ジョブ名が判明するなら何かしら分かるかもしれない。
「……ミツキは魔法使いをやめちゃうのかしら……?
「いえ!
転職するつもりはありませんが、種族固有のジョブということで気になっていたので、フェルス様が……
「そ、そうなのね!
……残念だけど
誰か分かるかしら?」
目に見えて表情も緩んだが、さすがに知らないか。
カルムは以前聞いた際に知らなかったし、騎士たちも申し訳なさそうに首を横に振った。
そもそも森林保護官をLv50にまで上げるだけでも簡単にはいかない。
さらにその先まで手を伸ばす者はいるのだろうか。
「ノルテクィの森林保護官ギルドには情報はあるはずだけど、重要な情報のはずだからギルド員以外に開示してくれるかは難しいと思うわ。
それに……シームラウ家としてはいけないのだけど、
あっ、内緒にしてね!」
「もちろんです」
後ろにいる騎士も思い当たることがあるのか、渋い顔をしている。
例のエルフ至上主義の村か。
「お父様やお母様の視察についていったり、ご挨拶で訪問したこともあったのだけれど……ううん、止めましょう。
聞いていてあまり気分のよい話ではないわ」
沈んだような表情も、フェルスはさっと切り替えて先ほどまでの笑顔を向けてくれる。
大方、異種族の従者か誰かが不当な扱いを受けたに違いない。
そういうことを悲しんでくれるのが、きっとフェルスの正直なところだろう。
「シームラウ家の蔵書や資料にジョブの名前くらいはあるかもしれないから、探してみるわね!
もしかしたらお母様たちがご存じかもしれないし!」
「あの、無理にされなくても、お気持ちだけで十分なので!」
「お姉様に任せなさい!
……でも見つからなかったらごめんなさいね」
ちょっと悪戯っぽく笑うフェルスが蠱惑的に映る。
今のでちょろい男だったら簡単に落ちてそうだ。
自分は大丈夫だ。
意識的か無意識かアコルトがドレスの腰のあたりを後ろからキュッと引っ張ったので。
騎士の一人がフェルスに耳打ちする。
ハッとした様子でこちらを見て、フェルスが口を開いた。
「次の予定があるから、
ジョブの方は分かったらカルムから連絡させるわ!」
「ありがとうございます、お……お姉様!
お食事もおいしかったです!」
「ふふ、また一緒に食べましょうね!」
最後にそれだけ言って、フェルスは親衛隊の騎士たちと足早に部屋を出て行った。
もともと直近にねじ込まれた面会だったので、後がつかえているのは当然か。
残ったのはカルムと、自分たち一行である。
「お疲れ様でした、ミツキ殿。
無事解決できただけでなく、フェルス様とも親交を深めていただいてありがたい限りです」
「はい……」
いい調子で言っているが、カルムが令嬢に甘々だったのは覚えているからな。
「ご本人が仰っていたように、同年代のご友人もご貴族でしたのでそれぞれ別の地に嫁いでしまったり、ご交友がなかなか難しかったところなのです。
領民の方々も、シームラウ家の令嬢として接するので……いえ、この話はいいでしょう」
少し遠い目をしたが、今回の面会がフェルスにとっても良い方向に進んだこともあってか表情も明るい。
「……今後のフェルス様からのご連絡ですが、私が仲介して宿やご自宅の方に送らせていただきます。
フェルス様もお忙しいですので頻繁にあるとは思いませんが、長期間ご不在になるご予定の場合はあらかじめお伝えいただけると助かります」
「わかりました」
「ミツキ殿のことを相当気に入られておいでのようなので、不通のままですと領内視察と称してご自宅へ向かわれるやもしれませんので……。
もちろん私も親衛の騎士も止めはいたしますが、あまりに長期になるとどうなるか」
おいおい……、と思ったがやりかねないぞあの
アコルトの故郷へ向かう際は一報を入れてからがよさそうだな。
「さて、続いては惰眠の鋼鉄槍のお取引に関してのご相談です。
今回の件でミツキ殿の素性の秘匿のお約束を反故にしてしまいましたので、取引の際にこちらが頂いた手数料はお返しいたします。
その他に求められる対応はございますか?」
こちらの落ち度もかなりあったと思うが、懸念していた権力者そのものに素性が露呈してしまったので貰えるものは貰っておくか。
今後も、あのフェルスと何やらありそうだしな。
それ以外に求めるものも、ある。
「───寝具、ですか」
「はい。
自宅のベッド自体は木工家具店で揃えましたが、布団やシーツは高くなっても寝心地の良いものを手にいれたいのです。
カルム殿には取り扱っている店の紹介をお願いできないかと思いまして」
返金予定の手数料も使って購入してもらうというのも手だが、これから住人が増える可能性は高いし、だいたいシーツなんて消耗品だ。
自分たちで買えるように店の伝手を得られた方がいい。
「その程度のことでしたらもちろん構いませんが……、よろしいのですか?」
まあ向こうとしては約定したのにもかかわらず、その取り決めを反故にしたとあっては商売人として致命的な失態だろう。
原因が両方にもあるとしても、事実は事実だ。
かといっても、優秀な仲買人であるカルムとは今後も付き合いをしていきたいので、こちらとしてはこのあたりで手打ちにしておきたい。
後ろめたさもあるしな。
「カルム殿とは今後も取引をしていきたいと思っていますので、この件に関してはそれで終わりとしましょう」
「ありがとうございます。
ではまず、こちらが以前の取引で私が受け取った手数料ですね」
カルムが袋を取り出して、アイテムボックス操作の呪文を唱えて金貨と銀貨を移していく。
なるほどな、硬貨はボックスに仕舞えるから武器防具商人は空袋だけ普段から持ち歩いているのか。
槍の見積額34万ナールの1割、3万4000ナールを受け取る。
しまった。
シャオクのアイテムボックスに色々と入れてきたせいで、すべては仕舞えない。
空きに入るだけ入れてもらったが、銀貨が20枚程は袋に残ってしまった。
やっぱり複数人ボックス持ちがいた方が、他人と会っていても気楽に使えるよなぁ。
ギルドの所属地移籍云々が済むまでの間は対外的に鍛冶師を避けなければいけない。
派生の各商人ジョブや料理人は、さすがに迷宮攻略パーティーにいるのは不自然だ。
探索者を複数人はさらに不自然に見えるので、無理だろう。
狩人にもアイテムボックスをつけてくれないか?
「他にありませんようでしたら、只今紹介状をお書きしますね」
「お願いします……、あ」
臨時収入があったのだ。
ちょうどカルムの前だし、モンスターカードの依頼をしてしまおうか。
「ええっと、今依頼中のモンスターカードが……」
「ウサギに山羊、珊瑚が1枚ずつと、コボルトが3枚です」
アコルトがカルムより先に答える。
「そのようですね。
他に大盾の出品情報のお知らせを承っています」
「そうしたら、毒と麻痺だから……。
蟻を1枚と潅木を3枚、そこにコボルトを4枚追加でお願いできますか?」
「計8枚ですね。
前回、蟻も潅木もお渡ししていたと思いますが、やはりカード融合は厳しいのでしょうね」
「……依頼した鍛冶師もなかなか成功はしないと言っていましたので、数をこなすしかないようです」
嘘である。
鞭と籠手にスキル付与はできているし、蟻のカードも1枚余っている。
強化用のコボルトが足りていないので、使えていないだけだ。
「それでも、大量に購入される方はなかなかおりません。
それだけの資金があるのでしたら、完成品を狙うという手もございますが」
「もしかしたら複数成功するかもしれませんので、資金に余裕があるうちは試しておきたいのです」
娯楽も少なそうなこの世界では、カード融合が富裕層の遊びになっていたりするのだろうか。
ウチは素材さえ揃えれば確定ガチャなので損をすることはないが。
「かしこまりました。
それでは8枚で、4000ナールの手数料を頂きます」
先ほどの返金から、銀貨がまたカルムの手元へと戻る。
一応大口客にはなっているのだろうか。
カルムがさらっと書いた便せんに、懐から取り出した印を押した。
なにを表しているか分からないが、記名らしき横にあるので、クラストン家の印章だろうか。
封筒にも宛名か何かを書いて、別添えでパピルスもついている。
「確かにお受け取りしました。
それでは、はい、こちらを」
「ありがとうございます」
「私からの紹介状と、店の場所を記したメモです。
ルテドーナにございますので配送料もかかるかと思いますが、3名分も購入すれば融通を利かせてくれるでしょう」
「助かります」
「以上で、本日ご対応いただいたご用事はすべて完了ですね。
ミツキ殿、アコルト殿、シャオク殿、皆様ありがとうございました」
「こちらこそ、フェルス様へのご配慮ありがとうございました」
素性が不明のまま、異種族の奴隷もつれていて初見のフェルスや騎士たちに睨まれたりしなかったのは、間違いなくカルムが抑えてくれていたからだろう。
自分が護衛側だったら、見るからに不審な人物が主人に近づこうなら不快感くらいは表していたかもしれない。
権力者といっても、フェルス自身は寂しんぼのお嬢様だったので、多少強引だったがこちらには無害だろう。
どちらかというと、その肉親たちが今後どう関わってくるのかが不安だ。
カルムには対ザノフ、対領主家の防波堤としてこれまで以上に頑張ってもらおう。
時間差で宿を後にし、寝具店のメモをアコルトとシャオクに見てもらいながら、冒険者ギルドへと足を進めた。
スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 魔法使いLv28
魔法使いLv28/英雄Lv24/探索者Lv29/僧侶Lv27/森林保護官Lv23/商人Lv30
(村人5 戦士17 剣士9 巫女1 細工師1 薬草採取士30 奴隷商人1 盗賊1)
アコルト 兎人族 ♀ 16歳 狩人Lv22
シャオク ドワーフ ♀ 19歳 探索者Lv11
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次回は2/5更新の予定です。