異世界迷宮と斉奏を   作:或香

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086 寝具

 昼をいくらか過ぎた時間帯なので周囲にそこまで人は多くないが、やはりドレス姿では目を引いてしまう。

 いくつかのパーティー集団が冒険者ギルドの壁から出てきたどさくさに紛れて、その脇にゲートを開いてすぐに中へと逃れた。

 

 商店街に設置された絨毯から抜けだしてきたところで、大きく息を吐く。

 

 

「2人とも、お疲れ様。

 何とか乗り切れたし、部屋で着替えて休憩しようか」

「はい!

 ボクはこんなドレスまで着せてもらって、おいしい料理も食べられてよかったです!」

 

 

 のんきなシャオクに安心する。

 

 やはりただの新参の領民ということよりも、縁があったことが穏便に終わった一つの要因だろう。

 かつての記録や聞き込みやで、シャオクがシームの住人であったのも調査済みだったのかもしれない。

 

 同名もいるだろうに、管理とかはどうなっているんだろう。

 ギルド神殿やインテリジェンスカードなんて便利システムが存在するこの世界の仕組みなんて、考えるだけ無駄か。

 

 アコルトの方は、モンスターカードやフィールドウォークの詠唱のふりなどの最低限のこと以外は大人しい。

 本物の権力者の前で、従者らしく振る舞ってもらったので気疲れでもしたのかな?

 

 

 商店街から眠る人魚亭へと回り込み、正面から宿へと入った。

 時間帯的にも客は少ないようで、暇そうにしていたミトラグがこちらに気づいた。

 

 

「あっ、おかえり~。

 ……その様子だと無事に終えられたのかな?」

「はい!

 誤解も解けましたし、かなり好意的な対応をしていただきました」

 

「はぁ~、よかった……。

 聞いてた事が事だけに気が気じゃなかったよ」

「ご心配をおかけしました……。

 明日には家に移りますし、何かあればそっちに連絡がくるので、これ以上はご迷惑をかけないはず……です」

 

 

 胸を撫で下ろしたミトラグが、なにか気づいたように首を傾げる。

 周りを見回して客も従業員も近くにいないことを再度確認してから、少し小声で質問してきた。

 

 

「えっと……まだ連絡がくることがあるの?」

「その……好意的な対応というか……」

 

「先方はお嬢様のことを大層気に入られたようで、()()()のようにご交友されたいそうでした」

「へぇええ!?

 なんだか当初とだいぶ扱いが変わったんだね?」

 

 

 確かに婚約者にちょっかいをかけた容疑者から考えれば、随分と印象が変わったものだ。

 アコルトは友人と濁したが、伯爵令嬢が姉になりたいと言っていたなんて吹聴してはまずいよな。

 いくら本人が主張していたとしても、第三者に漏らしてはいけないはずだ。

 

 

「新居の住所は伝えてあるので、外出と重なって連絡がつかなかった際にこちらにもくる可能性がある、というくらいですね。

 その場合はまたご迷惑をかけるかもしれません」

「いや、そのくらいだったら全然構わないよ!」

 

 

 ミトラグも安心したようで、表情も穏やかだ。

 預けていた鍵を渡すなり、忙しそうにしている。

 もしかしたら暇をしていたのではなく、自分たちが帰るまで待っていてくれたんじゃないか?

 

 感謝しつつ階段をのぼり、4階の部屋へとたどり着く。

 泊まるのも今日が最後か。

 

 3人とも部屋に入ると、扉を閉めてドレスを脱ぎ始める。

 シワにならないようにベッドに広げておき、普段着へと着替えた。

 

 やはりこちらのほうが落ち着く。

 あ、寝具だけでなく鏡についても聞けばよかったな。

 まあ、今後もカルムに尋ねる機会はいくらでもあるだろう。

 ザノフの方が確実に入手につながりそうだが、色んな意味でこれ以上は面倒だ。

 

 

 着替えを終えて軽く休憩した後、紹介された寝具屋を目指すことにする。

 転居は明日なので、明日の夜までにベッドに寝られるようにしなくては。

 

 シャオクのアイテムボックスに預けていた所持金や武器を自分のアイテムボックスに回収して、部屋に内側から鍵をかける。

 壁にワープゲートを開いて、ルテドーナの冒険者ギルドへと移動した。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 この時間は、シームと同様にまだ人波も控えめである。

 スムーズに大通りまで抜けて、案内のメモを頼りに寝具店へと向かう。

 

 歩いてみてわかったが、以前訪れた服屋と同じ通りにあるようだ。

 時間があるときに散策しようなんて思っても、結局毎日それほど時間がなかったな。

 

 次回の休日にでも……と思ったが、明日が夏の上月15日で5の倍数の日だ。

 家財の整理で、隣町に来ている暇などなさそうだな。

 そう考えると、2人にも別途休みをあげたほうがいいか。

 

 

 目的の店らしき場所にたどり着く。

 案内もここだと書かれているそうだし、置いてある商品も布物ばかりなので間違いないだろう。

 

 入ってすぐ近くにいた店員に紹介状を渡すと、奥へ引っ込んでいった。

 代わりに慌てた様子で初老の男が出てきて応対する。

 

 その男が店主だそうで、どうやらこの店は高級品も含めて幅広く商品を扱っている店のようだ。

 丁寧な口調での説明を受けつつ、用途に合いそうな敷布団や掛布団など、シームの気候に合わせて一緒に考えてもらった。

 

 サンプルのように置いてあった商品の感触を確かめつつ、シャオクにサイズを伝えてもらいながら注文していく。

 替えのシーツや枕など、まずは3人分の寝具とその替えもまとめて揃えることを伝えると、近隣の街ということもあって配送はおまけにしてもらえた。

 明日の夕方には届けてくれるそうなので、とてもありがたい。

 

 ボーナスポイントを3割引きにセットしたのが申し訳なくなるくらいだ。

 使わせてもらうけど。

 

 

 貴族向けというよりは小金持ちの庶民向けの店なのだろうか。

 結構量を買ったと思ったが、すべて合わせても金貨2枚程度だった。

 それでも価格以上に心地よい質感である。

 ……いや十分高い買い物か?

 

 仮に貴族御用達みたいな店に行っても、これ以上は違いも分からないままにさらに値段だけ上がりそうだし、なにより自分が貴族ではないので利用できるかも不明だ。

 この店を紹介してくれたカルムに感謝だな。

 フェルスの前以外だといい仕事をしてくれる。

 

 中でもよい買い物だったのが、毛足の長いタオルのような織物だ。

 羊毛で作る毛布よりも薄手で、風通しの良さそうな繊維で出来ている。

 

 裁断前ということで大きいサイズのまま置いてあったが、バスタオルくらいのサイズにしてもらって、ある程度の枚数を頼むことにした。

 掛け布というには短い布幅に、店員もアコルトたちも困惑していたが、あとで風呂用と伝えよう。

 

 今後もぜひまた来たい店だ。

 

 

 寝具店での買い物を終えて、冒険者ギルドへと戻る。

 あとは宿に戻って休むだけか……と思ったが、明日から自宅なのだ。

 生活必需品は大体揃えたので、それ以外に必要なものを買っておくことにした。

 

 まずは今いる冒険者ギルドで石鹸の材料を買うか。

 鍋やヘラはあらかじめ多めに買ってあるし、精製水は魔法で出した水でいいし、オリーブオイルはアイテムボックスにまだある。

 あとは重曹代わりとされているシェルパウダーだ。

 

 作中ではこれらにコイチの実のふすまを入れていたが、いわゆる糠石鹸を作っていたわけだ。

 もちろんそれでもできるのだろうが、より肌に優しそうなイメージのある牛乳を使ってみたい。

 

 しかしこの世界での牛乳はアイテムではない生鮮食品しかない。

 持ち運びや保管も考えると、ドロップアイテムである酪での代用がよさそうだ。

 

 作る際の容器は木工で作ってもらった小さい箱が何個かある。

 その内側に蝋でも塗って剝がれやすくしておくのもアリか。

 酪と同様に、こちらもアイテムボックスに仕舞うなら蜜蝋になる。

 

 最後に香料だが、雑貨屋にはポプリが売っていたのを見かけたはずだ。

 あれはシームの雑貨屋だったか。

 あの中にある乾燥させた果物の皮などを選び抜いて細かくして入れれば、香りも見た目もよくなるだろう。

 

 

 

 買取カウンターではなく、販売カウンターに並ぶ。

 ここ最近はドロップアイテムで補充できるため、回復薬も買わないので久しぶりだ。

 

 シェルパウダーと絡、それに蜜蝋を購入する。

 買値は売却額の4倍というのが、ここで実感させられるとは。

 特に酪なんて、23階層以降のボスドロップということもあって1つ400ナールもした。

 なるべく早く、自前で材料を揃えられるくらいには迷宮を進めていきたい。

 

 あまり動き回るのもなんだし、残りは明日でいいか。

 

 そうだ。

 その時ついでに種苗店も回って、農夫のジョブ取得用に種なんかも買ってしまおう。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 ルテドーナの冒険者ギルドから、シームの宿の部屋へと戻ってきた。

 出てきたときのまま、扉も開けられたりした様子もない。

 

 そっと鍵だけ解除して、夕方の鐘の鳴る頃まではのんびりさせてもらうことにした。

 アコルトたちは明日の引っ越しに備えて、クローゼットの中身を整頓している。

 

 附子やらの売却の際にだけ使ったリュックなど、普段使っていないものにもパンパンに服が詰まっている。

 最初の頃の古着は処分してしまおうか……?

 

 仮に仲間が増えたとて、自分と同じサイズの衣服を着れる者はそうそういない気がする。

 次に増やすなら前衛枠だし、体格の大きい方がいいだろうか。

 

 アコルトたちとも相談すると、家も広くなるし、畑作業に自分も加わることがあるのならとっておいた方がいいのではないかということになった。

 貴族以外では物が飽和することがほとんどないためか、まだ使えるものを処分するというのには抵抗があるらしい。

 いつか断捨離しないと、空き部屋がまるまる衣装部屋になってしまいそうだ。

 

 

 リュック全部を使って残りは手持ち、という状態で全てを持って移動できそうにまとまった頃、17時を告げる鐘の音が響く。

 

 この宿最後の夕食か……と思ったが、今後はブノーに魚を買いに行けるし、そもそも代金を払えば夜の食事は可能だとミトラグに聞いたのだった。

 顔を見せにでも、また食べに来よう。

 特に揚げ物は面倒だし……。

 

 食堂へ降りてメニューを注文していく。

 今日は早い時間とあって、揚げ焼きの料理も注文できた。

 

 提供開始日からどんどん人気が出て、1時間も経てばその日の予定分が終わってしまうくらいになったらしい。

 今はまだ少量だけなので、オイルや卵の仕入れ自体も増やそうか検討中のようだ。

 

 だいぶ慣れてきたのか揚げ具合もちょうどよく、色も食感も洗練されてきている。

 食材が魚の干物や薄切り肉でこれなのだから、迷宮素材をもっと使えばさらに評判は良くなるだろう。

 でもそこまでいったら単価も上がるし、宿ではなく専門の飲食店の領分か。

 

 フェルスがプロデュースしてくれないかな。

 

 そんなことを考えながら食べていると、最後の一切れも食べ終わってしまった。

 お供の2人はすでに追加した単品皿も食べ終えていたので、飲み物だけもう1杯ずつもらって部屋に戻ることにした。

 

 戻りがてら頼んだ湯桶が届いたので、それぞれ体を拭きつつ2人を労う。

 

 

「改めて、2人ともありがとう。

 明日から家での暮らしになるから、不便もかけると思うけどよろしくね」

「はい!

 あの家にまた住めるだけでもありがたいです!」

 

「ありがとうございます。

 これまで以上にお嬢様にお仕え致します!」

 

 

 うんうん、2人とも張り切ってくれそうだ。

 使用する水はほぼ自分の仕事になるだろうし、それ以外も助け合って生活していきたい。

 

 

「2人ともなにか気になっていることはある?

 準備が必要なら、明日家に行く前に買ったりとかするつもりだけど」

「ボクは……今のところ思いつかないです!」

 

「アコは?」

「住むに当たって、ではないのですが……」

 

「うん、なになに?」

「その、お嬢様がフェルス様に仰っていた、『男性に興味がない』というのは……」

 

 

 そこ、引っかかったのか。

 

 

「ああ、あれ?

 あれはほら、フェルス様の前で婚約者のカルム殿のことをどうでもいいとか言えなかったから、そう言っただけだよ!

 いや、実際男性よりも女性のほうがいいかなぁ。

 ね、部屋とか着替えとか、分けるのが面倒だし!」

 

 

 心做しか早口になる。

 

 

「……お答えいただきありがとうございます。

 そういうこととして理解しておきます」

 

 

 嘘じゃないのに!

 

 同種族なら力の差は当人の筋力よりも装備とジョブレベル次第だ。

 全く同じ種族とジョブとレベルだとしても、自分のパラレルジョブの効果でパラメータは底上げされているはずだ。

 

 ならばあとはもう当人の技量くらいだし、それも大差ないなら見た目だ。

 それならばむさい男衆よりも女性パーティーのほうが精神衛生上いいに決まってる。

 

 ゲームのキャラクター選択だったらイケオジでも悪くはないんだが、うちはすでに女性が2人と自分で半分は埋まっている。

 そこにおじさんの奴隷をいれるのもなぁ。

 

 おじさんのハーレムパーティーにしかみえないだろう。

 いっそ複数人男性をいれるか?

 

 しかしフェルスにああ言ってしまった手前、男性がパーティーに入っていると不審がられる可能性もある。

 せっかく気に入ってもらえた住んでいる土地の領主の娘に不審がられ、それが元でザノフとカルムに泥を塗って手を切られたとなれば、迷宮の攻略は滞るだろう。

 

 架空のおじさんのせいで負のスパイラルだ。

 おじさんは悪くないのに。

 

 

「思いつきとはいえ、フェルス様にああ言っちゃったから、メンバーは基本的には女性かなぁ。

 でも、さっき言った部屋とか着替えとかの問題を考慮してでも引き入れたい人材がいたら、その時によるかも」

「かしこまりました」

 

「でも、一番奴隷はずっとアコだからね」

「……ありがとうございます!」

 

 

 耳もピコピコしているのでこれで大丈夫だろう。

 シャオクも微笑ましげに見ている。

 

 洗髪と洗濯も済ませて、今日の予定はおわりとしよう。

 

 明日の新居への期待を膨らませつつ、面会の気疲れもあって睡魔に身を委ねるのは時間もそうかからなかった。




スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 魔法使いLv28
魔法使いLv28/英雄Lv24/探索者Lv29/僧侶Lv27/森林保護官Lv23/商人Lv30
(村人5 戦士17 剣士9 巫女1 細工師1 薬草採取士30 奴隷商人1 盗賊1)


アコルト  兎人族 ♀ 16歳 狩人Lv22


シャオク ドワーフ ♀ 19歳 探索者Lv11




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次回は2/8更新の予定です。
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