眠る人魚亭連泊の最後の朝は、いつもと変わらぬ朝だった。
自分が起きた頃には、アコルトもシャオクも起きていて着替えている。
干していた洗濯物をクローゼットにかけ直すのではなく、畳んでリュックに入れているところは違っていたか。
ウォーターボールを桶にそっと投げ入れ、順番に顔を洗って歯を磨く。
服は昨日の整頓の時にすでに出しておいてくれたので、それを身に着けつつぼーっとしている頭を覚醒させていった。
家の方はニカドーたちがある程度清掃をしてくれているとはいえ、最初なので多少汚れてもいいように迷宮に行くようなパンツルックだ。
髪は左右に作ったおさげをリボンでひとまとめにして、それをバレッタで留めてある。
作業をする際にも、あまり揺れずに邪魔にならないようにとのアコルトの配慮らしい。
階段を降りて朝食へ向かう。
この軽食メニューは宿泊者用なので、おそらく最後だろう。
焼いた魚か肉と野菜なのですぐ作れるものではあるが、この宿の味という意味では再び泊まる以外には味わえない。
追加で支払って、皆どちらの料理も頼むことにした。
しみじみと味わって食べるも、自分は食べ切れないので半々ずつアコルトの胃に収まっていったが。
お腹も落ち着いたので席を立とうとしたところで、食堂にミトラグが入ってきた。
こちらを見つけて口を開く。
「おはよう。
連泊は今日で最後だけど、眠る人魚亭はどうだったかな?」
「おはようございます!
料理も美味しかったですし、毎日快適でした!」
アコルトも合わせて感謝し、シャオクは自分が手伝っていた頃よりずっといい宿になっていると実感を持って伝えた。
「はは、そう言ってもらえると嬉しいね。
同じ街なんだし、近くに来た時には気軽に寄ってよ!
たまには兄貴も一緒に食事でもさ」
「はい!
その時はぜひ!」
シャオクの奴隷の件もしっかり伏せてもらっているし、ディビレとかいう植物の破裂も未然に防げたし、ミトラグには世話になりっぱなしだ。
伯爵令嬢にまた会う機会があったら、揚げ焼き料理のことでも教えてあげたら宿のためにもなるのかな。
その前に噂を聞きつけてやってきそうな行動力もありそうだが。
一旦部屋に荷物を取りに戻り、アイテムボックスに入るものは全て入れて、残りもなんとか担ぎきれた。
それぞれがリュックを背負い、手にもまた別のリュックを持っている。
自分も同じように持つ気ではいたが、主人だからと手荷物の方は奪われて、シャオクなんて2つ担いだ上に両手持ちだ。
コップ等の雑貨類もあるが、大半が服なのはおかしいだろ。
誰だこんなに買ったやつは……。
忘れ物がないことを確認して階段を降りる。
フロントで鍵を返して、世話になった従業員たちにも礼をした。
また来ますと別れの挨拶をして、宿を出る。
量が量だけにワープで移動したかったが、流石にこのままだと目立ちすぎて無理だろう。
2人は申し訳ないが、荷物を持ったままついてきてもらう。
行きがけに雑貨屋と以前供花を買った種苗店を回る。
どちらも目的であった乾燥果皮の入ったポプリと、育てやすいという食用のハーブの種を買うことが出来た。
大荷物であるし、用事も済んだのでさっさと家に向かう。
家に近づいてくると、何やら騒がしく……というより単に話し声が大きいだけのようだ。
ニカドーとヤトロクが玄関の前で雑談をしている。
「おはようございます!」
「お、きたな。
おはようさん」
「おはよう!
ミツキさんたちは先に行ったと思ってたが、買い物でもしてたのか?」
「ああ、はい。
そんなところです」
よく考えてみれば自分は借主であって、所有者はまだヤトロクだ。
工事の完成や引き渡しに立ち会うのもおかしくはない。
「それじゃ前回来た時とそんなに変わらねぇが、ヤトロクも来てるから一応案内していくぞ」
「おう、頼むぞ!」
「お願いします!」
ニカドーが一旦玄関扉を閉め、懐から取り出した鍵束の内の1つを鍵穴に差し込んで回す。
しっかりかかったのを確認して、今度は鍵を開けてこちらへと差し出した。
輪に連なっているのは、今かけてみせてた玄関の鍵の他に、同じようなサイズのものが1本と一回り小さい鍵が1本だ。
「こいつが表の鍵だ。
一つは裏口の鍵で、一番小せぇのは納屋の鍵だな。
後でヤトロクに予備を渡しておくぜ」
「ありがとうございます」
自分だとなんだか失くしそうなので、そのままアコルトに手渡して管理を頼むことにしよう。
開いた玄関から、ぞろぞろと建物の中へと入っていく。
「おっ、そうだ。
昨日雑貨屋が来たから、届け物は机の方に置いておいたぞ」
奥を見ると土間との区切りにある調理用の机の上に、食器やコップなどが置かれている。
その周囲にも、炭の束や水甕などがまとめてあった。
「ありがとうございます!」
あとは夕方に寝具が届けば、配達を依頼したものは皆届くことになるか。
生活雑貨が揃っていくのを見ると、新生活にワクワクしてくる。
「ニカドーには聞いてたが、だいぶスッキリしたんだな!
このへんはみんな後付の柱だったってのは本当だったんだな」
何度も掃除に入っていたヤトロクでも、本来の家の間取りとは分からなかったらしい。
そりゃまあ普通は、柱や壁を後から追加しているなんて思いもしないか。
1階奥や2階の寝室、トイレなどもひと通り回って説明を受けるが、なんとなく恥ずかしい。
最初にニカドーたちを待たせて大荷物のリュックを置いてきたわけだが、それも当然見られている。
いや、大工と大家なんだから構造を確認してもらうのは当たり前のことではあるんだが。
最後に元鍛冶場だった浴室へと足を運んだ。
「色々と頼んでたもんは置いてあるようだが……。
ミツキさんは結局何をするつもりなんだ?」
「そうですね、染め物でもと考えていたんですが……」
それらしい器具なんて一つも揃えていないので無理があるか。
その様子をみてか、アコルトが一歩出て口を開いた。
「お嬢様は様々な衣装がお好きですので、こちらでまとめて洗濯ができるようにご配慮いただきました。
依頼させていただいた水受けで魔法を使った湯をつくることも可能ですし、冬場でも室内で作業できるように考えてくださいました」
「ほー、確かに3人しかいねぇのにあの量の服を買うなんてよっぽどだわな。
ドレスを着てたなんてのも聞いたし」
「部屋ん中で火を出すなんておっかねぇと思ったが、そういうことか!」
アコルトがいかにもそれっぽい説明をしてくれて助かる。
宿からの移動なのに大荷物過ぎて中身を問われた際にほぼ服だと言ったら引かれたが、そういう趣味の者と見られたのを機に利用したのか。
広めの部屋は窓を開ければ風通しもよく干すこともできるし、この部屋で着替えることも考えれば内側に閂を付けるように依頼したのにも納得してくれたようだ。
今さら、ではあるが。
「それじゃあこのくらいで終わりか。
あとは暮らしていくうちに不便なことがあったら言ってくれ!」
「ありがとうございました!」
これだけの期間できっちりと仕上げてくれたニカドーに、改めて礼を述べる。
それに、まだ払い切ってはいないが破格で家を譲ってくれるつもりのヤトロクにも感謝をしなくては。
功労者2人を見送って、少し静かになった家を見渡して奮起する。
「荷解きしよっか!」
「かしこまりました」
「はい!」
自分たちの寝室となる2階の部屋から順に、家具の位置を微調整していく。
衣服の入ったリュックも持ってきて、箪笥やクローゼットに片付ける。
いや、分担しようか。
収納はアコルトに任せ、自分とシャオクは先に家中の家具の配置をしておこう。
階段を降りて、動線を考えつつ棚やテーブルの位置を決める。
だいたいの位置は運搬の際にお願いしておいたが、壁につけたり向きを変えたりと忙しい。
場所が決まったら、配達されていた皿や調理器具をそれぞれの場所へ整頓していく。
ついでにトイレのタンクに水を入れておこう。
水甕も洗い場脇の他に浴室の方にも置いておこうか。
あっ、お湯作りも試してみたい。
2階の作業は終わったらしく、アコルトがだいぶ軽くなったリュックを抱えて降りてきた。
空き部屋の方に残りの服と一緒に纏めて置くことにする。
お湯作りの実演をするということで、2人を連れて浴室へ向かう。
乾燥期間を長くとった耐熱セメントの水受けは、今は触れてみてもひんやりとしている。
もともと鍛冶場だっただけに、ちゃんと空気は流れつつ熱は逃がしにくいように配置された窓を開けておいて、準備万端だ。
声を掛けてから、まずはウォーターウォールを発動する。
受けの内側から水流の壁が発生し、しばらく留まった後に水面に崩れた。
貯まっているのは水受けの容量の半分に満たないくらいか。
ニカドーには先に火魔法はしないようにと言われたが、先程の水魔法の発動中にある程度飛び散っているので、改めて水受けの周囲を濡らしてやる必要はなさそうだ。
続いてファイヤーウォールを念じた。
発動場所を水が溜まっている中央にしたので、水面から炎が立ち昇る奇妙な光景となった。
それでも接触箇所は湯が沸くように泡が出始めたので、しっかりと熱が伝わっているように見える。
やがて効果時間が終了して火の壁がかき消えると、白く湯気の上がる液体が残っていた。
わざわざ指を突っ込んでみなくとも分かる。
これは絶対熱い。
だってちょっとボコボコいっているし。
ダメージとしては同程度なのかもしれないが、体積のある水を維持するウォーターウォールよりも、形のない火をその場に留めているファイヤーウォールの方がエネルギーが大きいのだろうか。
そんな法則めいたことは分からないが、1回ずつではとても風呂として入れそうな温度じゃないというのは確かだ。
ならばと水の壁魔法をもう1回発動させる。
立ち上がる水流は先ほどと同じくらいの高さであるが、上向きの流れがそこにある湯と新たに現れた水を攪拌した。
2回分のウォーターウォールで、水受けの8割近くまで貯まるほどの水量だ。
では温度はどうだろうか。
今はさすがに茹るような熱気はないし大丈夫だろう。
恐る恐る指を近づけ、一瞬だけ突っ込んで引き上げてみるが、耐えられず火傷をするような熱さではなかった。
体感50度くらいだろうか。
風呂としてこのまま入るには若干熱すぎるくらいだが、クールタイムだったり、貯めておいて湯船に移したりすることを考えれば、このくらいの温度の方がよさそうだ。
別途で桶にウォーターボールでも出しておけば、温度調整もしやすくて丁度良いだろう。
つまり、このウォーターウォール2回とファイヤーウォール1回での風呂の湯づくりはうまくいきそうということだ。
必要回数という問題を除けば、だが。
「ちょっと熱いけどこんな感じでお湯を作って、体ごと浸かれるくらいにこっちの湯船に入れるんだ。
お湯を移したり、魔法が終わるまでの時間で、人が入れるくらいの温度になると思うよ」
「こちらに貯めた量だけでも宿での湯桶数杯分だと思いますが、大桶……湯船にはやはり相当な回数の魔法が必要そうですね……」
作中の彼は風呂の湯を貯める度に迷宮へと移動して魔物を切り伏せ、デュランダルのMP吸収を利用して回復しつつの重労働を繰り返していた。
対してこちらは彼らより一回り小さいはずの湯船に、強壮丸を集めやすい環境である。
迷宮に出向く命の危険とワープのスキルバレの危険を加味すれば、MP回復薬を予め大量に生成しまくって服用しつつ湯はりをする方がいいだろう。
ドロップアイテムの売却益が丸々お湯代ということで消えることになるが、そのあたりはかけ湯で済ませる日と湯船に浸かる日を分けるなどでうまく調整していきたい。
本当は毎日入りたいが。
「まあそれは強壮丸を使いつつ、なんとかするよ。
そのためにこの部屋に色々揃えたんだし!」
「お嬢様は入浴に随分と拘ってらっしゃるのですね……」
ふふん、一度入ってみればわかるさ。
そしてポカポカのうさぎになってしまうがよい!
「冬場でも気軽にお湯を使えるのはありがたいですね……。
あっ、もちろんミツキ様の手間にはなるんですけども!」
シャオクの方の感想は、実感が籠もっているな。
安宿で冬を迎えることの辛さが自分には分からない。
ボーナスポイントをMP回復速度20倍まで振りつつ、この後の予定を考える。
畑作りをしてハーブの種まきと、いよいよ石鹸作りか。
それをしている間にお昼かな。
あっ、自炊をするにも食材がないから買い物もしなきゃだな。
昼は食べに行って夕食用の食材を買ってくるというのでもいいか。
アコルトもシャオクもすでに農夫のジョブを取得しているので畑の方はそこまで手間取らないとしても、土仕事をしたらそれも洗わなくてはいけない。
数日は食べたいものを作る形で十分だが、冷蔵庫もない世界で食材の管理も含めて日々の食事の献立を考えるのはけっこう大変だ。
……やっぱり家事担当がいたほうがよくない?
スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 魔法使いLv28
魔法使いLv28/英雄Lv24/探索者Lv29/僧侶Lv27/森林保護官Lv23/商人Lv30
(村人5 戦士17 剣士9 巫女1 細工師1 薬草採取士30 奴隷商人1 盗賊1)
アコルト 兎人族 ♀ 16歳 狩人Lv22
シャオク ドワーフ ♀ 19歳 探索者Lv11
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次回は2/12更新の予定です。
未だに仕事が繁忙期でまともに休めていないのでストックがほぼない為、今後も少しずらしていきます。
あとがき記載の次回予定日は守れるようにしていきます。
毎回前日に徹夜執筆みたいな現状を解消できれば3日更新に戻すつもりです。
物語の方も、戦闘したいのに一つ一つイベントをこなしているとなかなか進まない……。