「申し訳ありませんでした、お嬢様……。
シャオさんも、ご迷惑をおかけしました」
安静にしていたらすぐに体調も戻ったアコルトが、平謝りする。
どう考えても、初めてのお風呂で長時間浸からせた自分が悪い。
あともういいから服を着てください。
お風呂のイメージがマイナスにならないといいが、それ自体は気持ちよかったとのことなので、今後は体調を見つつ水分も取るようにすればいいだろう。
冷蔵庫でもあれば果物のジュースとかを冷やしておきたいが、それはもう少し先か。
まだ洗濯が、と動こうとするアコルトを命令として休ませ、シャオクとともに浴室へと戻る。
床掃除もするならブラシもいりそうだな、なんて考えながら湯船のお湯を抜き、水受けに残していたまだ熱の残る湯を洗濯桶に移して衣服を洗い始める。
いつもは2人にやってもらっている作業を、今日はシャオクと一緒にこなそう。
そういえば、石鹸作りの後に着替えた服もあったんだった。
入浴後に洗濯という考えしかなかったが、湯が補充できる今では、水量を懸念する必要がないので順番を変えたっていいだろう。
せっかく体が温まったのに、そのまま作業をしては湯冷めしてしまうし、汗を流した後にまた労働をするのが嫌だ。
そもそも当日中にしなくてもいいのだ。
翌日にでも、日中自分たちが出掛けている間に洗濯をしてくれる者がいたらよい。
とすると、人員の追加は急務か。
アコルトの故郷であるサラトタ……だったっけ。
そこに向かって明日からでも出発して、戻ってきてすぐ商館へというのがいいかもしれない。
戦闘のつもりがないなら健康で家事技術だけあればいいので、今の資金でも大丈夫そうか。
届いたばかりの上質なベッドを少ししか堪能できないのは切ないが、どのみち家を空けることになるなら早めに済ませたい。
そんな算段をしているうちに、いつもの倍あったはずの洗濯物が消えていた。
自分が考え事をしながら数枚をやっている間に、シャオクが残りを終えている。
すみません手が遅くて……。
洗濯物を干した後、すのこも乾くように壁に立て掛けつつ浴室を後にし、朝用に桶に水を補充して寝室へと戻った。
部屋を出た時と同じ位置でアコルトが寝息を立てていたので、起こさないようにそっと隣のベッドへと入る。
隣といってもひと繋がりになっているので隙間はないのだが。
シーツのツルツルとした触感が気持ちいい。
掛け布団も柔らかく、これは冬場なら起きるのが辛くなりそうだ。
シャオクにおやすみと声を掛けて蝋燭の明かりを消してもらう。
部屋を照らしていた赤い火が消えてしまっても、窓からの月明かりで隣のアコルトの顔くらいは見える。
たぶん月とは呼ばないのだろうが、知らない。
薄く照らされた前髪を捲ってみても、顔色が悪いということはなさそうだ。
そっと頭を撫でて、自分も布団に潜った。
***
翌朝。
優しく揺すられることに気づいて目が覚める。
「おはよ……う」
「おはようございます、お嬢様。
昨夜は申し訳ありません」
「うん、体調はどう?」
「問題ありません。
こちらのベッドの寝心地も大変心地よく、十分に休ませていただきました」
ぐっと伸びをして胸を張るくらいには元気なようだ。
一応、手当てのスキルでも使っておこうか。
体を起こして手を翳したところで、シャオクがいないのに気づいた。
「あれ、シャオは?」
「昨日お嬢様が仰っていた買い物に行ってもらっています」
どうやらいつもより寝入ってしまったらしい。
聞いてみると、少し前に朝の鐘も鳴り終わったそうだ。
アコルトが準備してくれていた服に着替え、欠伸をしながら階段を降りる。
台所の方までくると、ちょうど玄関からシャオクが戻ってくるところだった。
「戻りました!
あっ、おはようございます!」
「おかえり~。
買い物ありがとね」
抱えた袋には長かったり丸かったりするパンと果物、それに卵や干し肉なんかも入っていた。
代金を渡しておかなかったから、シャオクの手持ちの硬貨で払ってくれたようだ。
後で補填しなきゃな。
アコルトの方は野菜でスープを作っていて、途中で起こしに来てくれたらしい。
温め直してもらっている隣で、大きめに切ったヤギ肉の残りを焼き始める。
途中で野菜も足して、火が通ってきたところで卵を割っていく。
ベーコンエッグみたいな感じにしたいが、しっかり火を通さなくてはならないのでひっくり返してよく焼いた。
半熟の黄身が恋しいが、この世界で病気になったら洒落にならないので無理はしない。
上位層で鳥の魔物が落としてくれないだろうかと思ったが、作中では羽毛を落とすロックバードくらいしか見なかった気がする。
たしかそのボスも食べ物ではない何かを落としたと思ったが、それよりさらに上となるともう迷宮自体の討伐とかそういうレベルの深層なんじゃないか?
つまり実質諦めろということだ。
現実最後の食事はふわトロのオムレツか、卵かけご飯かなにかにすべきだったのか。
物憂げな表情をしていたのか2人に心配されたが、今後の食べ物のことだと伝えると打って変わって安心な様子になった。
自分の食事の目標はどうせ高すぎるので、一緒になって悲観しても日々の食事にはなんら影響がなさそうだと悟られているらしい。
腑に落ちない。
「それはそうと、今日からアコの故郷に行こうかなって思ってるんだよね」
「本日からですか!?」
「何も準備をしていませんけど……」
うん、日程は昨日ぼんやり決めただけだから。
「行きの移動は時間がかかると思うけど、ほら、途中途中でワープですぐ帰ってこられるからそんなに準備はいらないかなーって。
夜は宿とか取らなくても家に帰ってこられるし」
「お嬢様……」
「たしかに休憩の度に家や街に戻れるなら、大きな荷物はいらないですね……」
MPさえなんとかすれば、片道切符でなんとでもなるのは常識がおかしくなる。
いやこの世界の常識なんてまともに分かってないのだけれど。
「新しく人を迎えるにも結局アコのお家にはいつか行かないとだし、それなら早めがいいかなーってさ」
「ありがとうございます、お嬢様」
改まってお辞儀をしたアコルトの頭を撫でると、短い尻尾が揺れた気がした。
ほとんど任せてしまった朝食を取ることにしよう。
長い方のパンを3つに切り分け、丸いパンはそれぞれ必要な分をとる。
まだ焼きたてではあるが、長パンは黒みがかっていて硬いのでライ麦パンのようなものだろうか。
時間が経つと、スープなしでは食べづらいのかもしれない。
丸パンのほうは柔らかくて、長パンと比べてそこはかとなくもちもちしている。
シャオクに聞くと、使っている粉が違うようで単価も高いらしい。
どっちも買ってきてるのでグッドだ。
スープも見た目の色合いでは薄味かと思ったが、最後に刻んだ干し肉を追加したようで塩味もちょうど良さげだ。
焼いたヤギ肉はペッパーが利いていて、添えられた野菜と玉子もなかなかに美味い。
ヤギエッグとでも名付けるか。
……どう聞いても美味しそうに思えない料理名だからやめよう。
食事を終えて洗い物をしようとした際に、石鹸が気になった。
作ってから半日以上は経過しているから、固まっているものもあるだろうか。
アコルトから鍵を受け取って納屋に向かい、一番小さい木枠のものだけ取り出してすぐに洗い場に戻る。
表面を爪の先でつついてみたが、コンコンと小気味良い音と共にしっかりとした感触が伝わってきた。
少なくとも外気に触れている部分は固まっているようだ。
恐る恐るひっくり返してみても、流れ出てくるなんてことはない。
代わりに取り出せもしないが。
小さいながらもしっかりと木枠は打ち付けられているようで、手の力では引っかかりもなく分解もできそうにない。
シャオクの提案で、デュランダルを合わせ目に沿って入れてみることにした。
引き切るとそのまま石鹸ごと切断しそうだったので、刃先が隙間に入ったところでシャオクに捩じってもらうことにした。
木製だし、本物の聖剣が負けたりはしないだろう。
パキッと音を立てて木枠が外れる。
ロウでコーティングした内側がまるっと取れて、自分の拳くらいの四角い石鹸が無事に取り出せた。
散らした果皮も相まって、少しくすんだ牛乳寒天のようだ。
握ってみても形が崩れることなく固まっている。
「なんだか食べ物みたいですね……?」
「そちらが石鹸ですか?」
「うん。
見た目はできてるみたいだけど、使って大丈夫かはこれから確認するね」
水をかけた後、手の内で軽く擦ってみる。
少し続けただけで泡立ってきたので、石鹸としては使えそうだ。
ある程度の泡の塊ができたところで、それぞれに腕を出してもらって二の腕の内側に少量ずつ乗せる。
自分にもだ。
所謂パッチテストである。
先に指先の方は洗い流してみたが、今のところは刺激を感じないので問題なさそうか。
時間経過のついでに話を聞いてみたが、特に2人とも肌が弱いとかはないそうだ。
自分は肌どころか身体自体が変わってしまったが、今のところ肌が荒れたことはないので大丈夫だと思う。
10分程度様子を見てから洗い流してみたが、赤くなったりかぶれたりすることもなく、体に影響はなさそうだ。
ピリピリと痛むこともない。
今後はこれを使って洗い物をしよう。
お風呂でも使うのが楽しみだ。
洗い物を終えた後は髪を結ってもらったりと身支度を整えつつ、用心のために装備を身に着けながら確認する。
「サラトタって順路としてはどう向かえばいいの?」
「以前お嬢様がノポモへ行けるようになったと仰っていましたので、そこから馬車で半日ほどでウネリアという町に着きます。
ウネリアからサラトタへも馬車で半日の距離ですが、昼前にしか出ておりませんので1泊してからの出発となります」
あー、利用者が少なくて、わざわざ夜を跨いで移動するほどの需要がないのだろう。
便数の少ない田舎のバスあるあるだ。
乗れなかったら終わりってやつ。
「ウネリアは小さいですがそれなりの町ですので宿もありますが……お嬢様ならこちらへ帰ってこられると思いますので、ご不要でしょうか」
「うーん、そうだね。
たぶん小さい宿より家のほうが寝心地がいいし、お風呂もあるし」
文字通り、いつでも帰れる小旅行だ。
むしろ半日も乗ることになる馬車の乗車中はどうしよう。
そんなことを考えているよりもさっさと出発したほうがいいかもしれない。
ノポモに行った際に、まず今日の馬車がなかったら頓挫する。
その前にカルムに不在を伝えてからか。
行き先は別に隠さなくてもいいからサラトタだと伝えた場合、ノポモまでは冒険者に飛ばしてもらって移動、馬車を乗り継いで翌日夕方に村に着く。
向こうで1日……いや2日過ごしたとして帰りにもう2日。
んっ、
この世界の里帰り事情がわからん。
5日か6日は留守にすると伝えておけばいいか。
早く帰ってきても問題はあるまい。
伝えた不在期間が長くなろうと、別にフェルスが来る約束があるわけでもないし。
ジョブの情報も聞きたいが、急ぐ内容ではないしな。
「じゃあカルム殿に不在を伝えてからノポモに行こうか」
水筒の水を補給しつつ、家の鍵を閉めてルテドーナへと向かった。
***
冒険者ギルドから商人ギルドへと歩みを進めつつアイテムボックスを確認し、詠唱遅延のスキル武器があったのも思い出した。
シャオクのアイテムボックスに移動させておこう。
商人ギルドに到着し、受付でカルムを呼び出してもらう。
今日はこちらにいるようだ。
待っていると少ししてカルムが現れたので、そのまま商談部屋へと移動した。
「先日はありがとうございました。
して、本日はどのような御用向きでしょうか?」
「こちらこそ、ありがとうございます。
ご報告とご連絡ですね。
まずは以前からお伝えしていました転居が終わりましたので、今後は宿から自宅の方へとご連絡をいただければと」
「おお、おめでとうございます!
確か、シーム外6区の……8の13の7、でしたか」
よくパッと出てくるな、自分は忘れていたぞ。
合ってるのかとアコルトに目配せをしてみる。
「仰る通りで間違いありません、カルム様」
「では、ご連絡についてはこれからそちらの方にさせて頂きますね。
裏口でもあるようでしたら、扉にメモを挟むなどをさせて頂きますがよろしいでしょうか?」
「裏口……はありますね!
もし家の場所がご不安でしたら、泊まっていた宿の隣が物件を紹介してくれた不動産ですので、詳しく説明をしていただけると思います」
「なるほど、そうさせて頂きます」
ヤトロクには申し訳ないが、勝手に仕事を増やさせてもらう。
「ご報告が転居のこととなりますと、ご連絡とは……?」
「はい、今日から6日間ほど家を空けることになりまして、不在のご連絡ですね」
「それはまた……急ですね、かしこまりました。
そうしましたら戻られました際に、このルテドーナかシームの商人ギルドに寄って頂いて、カルム宛てに言伝を頂けますと助かります。
フェルス様からのご返答の件も進展があるやもしれませんので」
カルムの口ぶりからすると、フェルスは森林保護官の上位のジョブについて調べてくれているようである。
まぁさすがに領主家から情報開示に待ったがかかるかもしれないし、望み薄で考えておけばいいか。
「あとはこちらの武器をお願いしたくてですね……、シャオ」
「はい!」
シャオクがアイテムボックス操作の詠唱をして、妨害の銅剣2本と妨害の銅槍を取り出した。
「迷宮のボス部屋に落ちておりまして、武器屋で確認してもらったところスキル付きの装備のようでした。
カルム殿ならうまく扱ってくださるのではないかと思いまして……」
「鑑定させていただいてもよろしいでしょうか?」
「お願いします」
机に並べられた武器を1本ずつ手に取り、カルムが武器鑑定のスキルを発動した。
「なるほど、いずれも詠唱遅延のスキルのついた武器のようです。
銅製ということですので……、パーンの階層あたりで入手されたのでしょうか」
「その通りです」
さすがに探索者をLv30まで上げているだけあって、迷宮にも知見がある。
「この類の武器はパーティーメンバーの6人分揃っていた方が、色を付けてでも買い手がつきやすいとされていますね」
やはりか。
原作にもあった、まとめ買いで少々高くなるとかそういうやつ。
「それでも、ここから本数を倍には増やせませんので、カルム殿に買い取ってもらうことは可能でしょうか?」
「私がですか。
……そうですね。
3本合わせまして4万ナールと言いたいところですが、ミツキ殿にはご愛顧をいただいておりますので5万2000ナールでいかがでしょうか?」
あ、つい3割アップを付けてみたら利いてしまった。
えーっと、オーバーホエルミングを発動して商人を付けて……元が1本平均1万3333ナールのところ、1万7333ナールになったわけか。
オークションに出すと2割持っていかれることも考えれば、元の値段でも十分高めにしてくれていた気がする。
……ま、まぁもらえるなら貰っておこうか!
フェルスをお姉様呼びにさせた代金ということで。
「そちらの値段でお願いします!」
加速した効果時間が切れた頃、返答する。
体を動かしたりはしていないので、微妙な間があった程度にしか思われないはずだ。
「かしこまりました。
お取引されるなら、落札している分のモンスターカードもご一緒に精算されますか?」
「あっ、ある分だけお願いします」
「少々お待ちください」
そう言ってカルムが鞄とアイテムボックスから何枚かのカードを取り出す。
素知らぬ顔で鑑定をしつつ眺めていたが、枚数の多いコボルトをアイテムボックスに入れて、メモのついた単品のカードを鞄で管理していたようだ。
「こちらがまずコボルトのカードが4枚。
そして右から順にウサギ、山羊、珊瑚のカードですね。
メモを付けておりますので
先日追加でご依頼される前までの分は揃いましたので本日伝令を送ろうかというところでしたので、本日来ていただいてちょうどよかったですね」
確かコボルトは3枚依頼していて、追加で4枚お願いしたので先行で1枚増えたということか。
手帳のようにまとめたものを取り出しつつ、カルムが続ける。
「次に、それぞれの価格です。
コボルトが5100、5300、4800が2枚セット。
ウサギが5500に山羊が4400、珊瑚が4700ナールでした。
合計で3万4600ナールとなりますので、先ほどの武器との差額で1万7400ナールの代金をお渡しします」
お、おう。
拾い物で依頼品だけでなくお金も増えてしまうとは、スキル武器は別格なんだな。
金策としてはやはりそっちなのかなぁ。
でも高額商品ばかり売り捌いていると気づかれた時がまずい。
耐性防具のように、身内で使用するものは何枚もカードを手配してもらっても外に出ないから問題ない。
しかし、武器用のカードを1枚仕入れてそのスキル武器を1本売るようでは成功率が高すぎると思われるのではないか。
別の街の仲買人からも入手しているとかごまかせば何とかなるか……?
そのためには、どこかしらの商人ギルドに無駄に通って目撃例だけでも作っておく必要があったりと面倒だ。
ザノフの目も怖い。
あとは盗賊狩りか……?
確実にその根城と化している場所は知ってはいるが、今の戦力で相手をしたくない。
というか2人を関わらせたくないし、できることなら衝突は避けたい。
アイテムボックスに眠る柳葉刀を思い出しながら、カルムからお金とアイテムを受け取ってリュックへ仕舞った。
スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 魔法使いLv28
魔法使いLv28/英雄Lv24/探索者Lv29/僧侶Lv27/商人Lv30
(村人5 農夫1 戦士17 剣士9 巫女1 錬金術師1 細工師1 薬草採取士30 森林保護官23 奴隷商人1 盗賊1)
アコルト 兎人族 ♀ 16歳 狩人Lv22
シャオク ドワーフ ♀ 19歳 鍛冶師Lv19
所持モンスターカード
・蟻 1
・芋虫 1
・挟式食中植物 1
・コボルト 0→4
・ウサギ 0→1
・山羊 0→1
・珊瑚 0→1
---
次回は3/9更新の予定です。