異世界迷宮と斉奏を   作:或香

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097 帰郷

 御者もシャオクも、厳ついウサ耳男のちゃん付け発言に驚いたのではなく、単純に聞き取れていない様子だった。

 自分には理解できているので兎人族のレポル語でもなく、つまりはバーナ語だったのだろう。

 

 それよりも、オラガルとかいう爺さんがアコルトをひしと抱きしめて泣いているわけだが。

 二度と会えないと思っていた孫娘との感動の再会、というのは頭では分かってはいるが、事案にしか見えない。

 

 実際、アコルトも嫌な顔はしておらず、むしろ嬉しそうではあるが抱き返すわけでもなく、その腕を外しに掛かっている。

 力量差に諦めてひとしきり泣かれて解放された後、アコルトがそれぞれを紹介しようとしたが、御者は怯えてしまった馬を宥めていた。

 

 

「事情はわからねぇが知り合いなんだろ?

 俺はそれだけでいいから、ちょっと離れて話してもらえるか?」

 

 

 御者の言葉にそれもそうだと少し道を外れたところに移動して、説明を試みる。

 

 

「ブラヒム語にてご説明いたします。

 まずはお嬢様を。

 こちらはスズシロ・ミツキ様、私の主人であられます」

「ミツキです。

 ご覧の通りエルフ族で名字はありますが、ただの自由民であって貴族ではありません。

 今はシーム、……ルテドーナの隣りにあるシームという街で3人で、アコルトとシャオクと暮らしています」

 

 

 なんだかこの自己紹介にも慣れてきたな。

 アコルトから名前を告げられた時に片方の眉がつり上がったように見えたが、その後の自由民発言でもとに戻った。

 奴隷商人との制約の内容は流石に頭にあるか。

 

 

「隣がシャオクさんです。

 私と同じく、お嬢様の奴隷として仕えております」

「シャオクです!」

 

 

 どちらの紹介にも、オラガルは低い声で小さく返事を返してくれている。 

 

 

「そしてこちらは私の祖父、オラガルです」

「そ、それだけか!?」

 

 

 シャオクの頭に疑問符が浮かんだので、またバーナ語か。

 最初の鋭い眼光の爺さんはどこへいったんだ。

 

 

「オホン、ブラヒム語じゃな、よし。

 ミツキさんと言ったか、この子の祖父のオラガルじゃ。

 村では見回りの他に狩りや護衛をしておる。

 随分若そうだが孫を雇ったのか、買ったのか……、装備をしているのを見ると戦わせておるのか」

「ええ、はい。

 一緒に迷宮に入っています」

 

「しかしこの子は武器が使えんじゃろ。

 まさか盾にしておらんよなぁ?」

 

 

 口調は柔らかいが、目が笑っていない。

 戦闘では自分より前に立ってもらっているし、身を盾にしていないかといえば一概には……。

 

 

「お嬢様を困らせるのはやめてください!

 私は索敵と、この鞭で牽制を任されています!

 それにほら、私もシャオさんも、身代わりのミサンガまでご用意して頂いたんです!」

 

 

 珍しくぷりぷり怒るアコルト。

 なんか自分のために怒ってくれるのかわいい……、違う、助かった。

 

 

「わ、儂はアコルトちゃんのことを思って……」

 

 

 狼狽えないでよ、お爺ちゃん。

 

 

「…………しかし、鞭か。

 剣も槍も弓もだめだったから試していなかったな……」

「見ていてください!」

 

 

 アコルトが腰にまとめられた竜革の鞭を振り抜いて、前方に落ちていた木の枝を絡め取って引き戻す。

 手元まで回収した枝を巻き込んだまま再度鞭を素早く振って、今度はその枝を地面に突き立てた。

 

 えー、なにそれ。

 そんなことできるのしらない。

 

 得意げな表情で胸を張るアコルトを、感心したように見つめるオラガル。

 

 

「こ、このような鞭での牽制に加え、音を聞き分けての索敵や、普段の生活でも助けてもらっています。

 今回は自分に仕えてもらったことや、彼女が無事であることのご報告のためにサラトタへと参りました」

「ルテドーナの方面から、奴隷のためにわざわざここまで来たというのか?」

 

「はい。

 家族が存命なら、会えるうちに会っておくべきだからです」

 

 

 この世界の自分については嘘を重ねた設定が多いが、これについては本心だ。

 手続きについてはいろいろな人に手伝ってもらって、地元まで帰ってきた物言わぬ両親を見てどれだけ後悔したか。

 

 

「……アコルトちゃんと話をさせてもらってもいいか?」

 

 

 それが通じたかは分からないが、神妙な面持ちでオラガルが確認を取ってきた。

 もちろんどうぞと2人を残し、自分とシャオクは御者の方へと移動する。

 

 馬車の馬が、オラガルの乗ってきた馬に宥められているように見えた。

 

 

「お、戻ってきたか。

 こっちは大丈夫そうだが、あの爺さんがまた来られるとわからんな。

 村に向かうとしても、別々で行ってくれねぇかなぁ」

 

 

 そんな御者の呟きを聞き取ったのか、オラガルの馬がそっと離れてアコルトたちの方へと歩いていった。

 

 少しして話も終わったようでオラガルはそこで馬を迎え、アコルトだけがこちらへと戻って来る。

 

 

「もういいの?」

「はい、祖父は先に村に戻って家族に伝えるそうです。

 ありがとうございました、お嬢様」

 

「じゃあ、あの爺さんはこっちには来ないってことだよな?

 馬がビビっちまうからもう来ないでほしいぜ」

「祖父が申し訳ありません。

 ですが、この距離ですと本人に聞こえていると思われます」

 

「な」

 

 

 みんなの視線が、すでに馬に乗ってだいぶ先を行くオラガルに集まると、こちらに背を向けて進みながらも話が聞こえているように片腕を振り上げて合図をしてきた。

 兎人族恐るべし。

 

 血の気が引いた御者を励ましつつ、サラトタへの旅路を再開した。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 最初の印象はしっかりとした村だった。

 ウネリアと違って高さのある二重の柵が村全体を覆い、堀というほどではないが段差をつけて侵入しづらいようによく考えられた造りだ。

 スローラビットくらいの大きさで小回りの利く相手はしょうがないにしても、ある程度の大きさの動物や魔物なら村に入る前に止められるのだろう。

 敷地外の畑や川に沿った場所は杭も減ってひらけていたので、動物が紛れ込むならこちらからなのだと思う。

 

 入口には先程のオラガルの隣に男性が2人いるのが見える。

 片方は狼人族で、もう片方はオラガルを若くしたような顔に長い耳を持っていた。

 

 あと少しで到着というところでアコルトが隣にきて口を開く。

 

 

「お嬢様、村についてからは私だけが呼び出されたり、私に先に挨拶をしてくる者も増えると思いますが……」

「いいよいいよ、その辺は好きにしちゃって!

 一応、自分とシャオが滞在しても大丈夫になってからだとありがたいけど……」

 

「そちらについては、祖父が話をつけて家に泊まれることになるはずです」

「そっか、じゃあ問題なさそうかな?

 ()()()()()()()()()ってことで、またすぐ来られるって話にしておいていいからね。

 住所も伝えていいし」

 

「ありがとうございます」

 

 

 数日ならまだしも、離れづらくなってあんまり長居するのも困る。

 近くの迷宮の場所を聞いて探索するという手もあるが、せっかく作った家が、風呂が、ベッドが使えないのはつらい。

 

 それに部下の家に居候になる上司みたいな関係は居心地が悪そうだし、向こうからしても扱いが面倒だろう。

 

 ウチで楽しく暮らしています、たまに顔出しに来ます、程度でいいのだ。

 手紙でもくれればいつでもくるし。

 

 

 馬車が村の入口に着くと、御者が馬を停めてこちらに向き直った。

 

 

「それじゃあ、移動はここまでだな。

 今回はありがとよ、お嬢さん方」

「こちらこそ引き受けて頂いてありがとうございました」

 

 

 今後も機会があればなんて言っておくが、少なくともウネリア、サラトタでは用になることはない。

 まあ向こうも商売ということで、そんなもんだと思っているだろう。

 

 馬車を置けるところに向かい去っていく御者を尻目に、村の入口の男達に近づいた。

 

 

「アコルト!」

「お父さん!」

 

 

 駆け出していったアコルトが、精悍なウサ耳男性へと飛び込んでいった。

 男性はその場でしっかりと受け止めて、抱きしめて持ち上げた後、すぐにアコルトを下ろして姿勢を正した。

 

 

「初めまして、ミツキと申します。

 オラガルさんからお聞きかと思いますが、アコルトの主人をしております。

 今回はご挨拶と、アコルトの姿を見せに参りました」

「これはご丁寧に。

 アコルトの父、クラーヴと言います。

 しかしバーナ語もお話しできるんですね……」

 

 

 ん、また切り替わってるのか。

 他に見かけた住人が狼人族や猫人族だから、日常会話がバーナ語なのだろうな。

 

 

クラーヴ 兎人族 ♂ 39歳 戦士Lv38 

 

 

 鑑定では戦士と表示された。

 全員が全員、種族固有ジョブである必要はないか。

 

 

「会話は大丈夫そうだな。

 じゃあ俺はノティーに知らせてくる」

「ああ、助かった」

 

 

 隣りにいた狼人族の男がクラーヴにそれだけ言うと、足早に去っていってしまった。

 

 

「ああ、失礼しました。

 彼はブラヒム語が得意なので、念の為いてもらっただけです。

 それでミツキさん、ええと、ミツキ様。

 なんとお呼びしたらいいか」

「ミツキさんでもミツキ殿でも、なんでも構いませんよ。

 ただ、お話はもう少し落ち着いた場所にさせてもらえませんか?」

 

 

 家族を離れたアコルトは自分に従属しているが、クラーヴやオラガルとは別に上下の関係があるわけではない。

 こちらの年齢の倍以上の人たちから様付けで呼ばれるのは、せいぜい店の客の時で十分である。

 ちゃん付けはむず痒いからやめてほしい。

 

 向こうが聞きたいことはたくさんあると思うが、話題の中心はアコルトだ。

 他の住人たちがこの一家の内情は知っているとしても、大っぴらに娘が奴隷だなんだというのは憚られる。

 

 クラーヴも気づいた様子で軽く頭を下げた。

 

 

「……ありがとうございます。

 それではうちの家で話しましょう」

 

 

 

 

 案内された家は平屋の住宅だった。

 隣の家との距離もほどほどで、シームの住宅地で見かけるものとさほど変わりはないかと思われる。

 使ってる建材も似たようなものだろうしな。

 村か街かという違いは、単純に人口やギルドなどの施設の有無と、治める長によるものだろう。

 

 現代日本と今更比べるのは違うかもしれないが、この世界は基本的に民家だって広いのだ。

 あちらは竈ではなくコンロやIHだったりと、それぞれの設備の必要スペースが縮小しているからというのもあるが。

 

 

 家の前には、女性と男の子が立っていた。

 

 

ノティー 兎人族 ♀ 37歳 村人Lv13

フォノム 兎人族 ♂  9歳 村人Lv2

 

 

「妻のノティーです。

 こっちは息子の、……アコルトの弟のフォノムです」

 

 

 クラーヴの紹介で、ノティーとフォノムがお辞儀する。

 弟くんの方は頭に手を添えられて、だが。

 

 こちらもシャオクと共に名乗って挨拶をした。

 

 オラガルは白髪交じりだが皆黒髪の一家ではあったものの、アコルトと違う耳の長さが不思議に思っていたが、合点がいった。

 母親であるノティーの耳は短かったのだ。

 そちらから遺伝したのだろうか。

 

 というかノティーさんが美人すぎる。

 アコルトが大人になって髪を伸ばしたらこんな感じになるのかな。

 凛とした印象はそのままに、少し儚げな柔らかい雰囲気で色っぽい。

 

 娘と変わらずとてもスレンダーではあったので、なんだ……その、アコルト。

 いつまでも変わらない君も素敵だよ。

 

 

 

 そのまま家に入り、居間に案内された。

 フォノムがアコルトの服の裾を掴んだ様子を見て、微笑ましくなる。

 

 

「お嬢様……」

「うん、いいよ。

 行っといで」

 

「ありがとうございます」

 

 

 再会できたばかりなのだから、家族水入らずとさせてあげたくもあるが、説明も必要だろう。

 居間には自分とシャオク、クラーヴとオラガルが残り、それぞれテーブルまわりの椅子に腰掛けた。

 

 

「親父づてに多少は聞いていますが、ミツキさんがアコルトを買ったということで間違いはないでしょうか?」

「はい、クラザの商館で紹介されて契約しました。

 カードの確認が必要であれば、いつでも応じます。

 契約日は春の下月25日ですね」

 

 

 日付というか時間について教えてもらった日だからしっかりと覚えている。

 シャオクの方は夏季に切り替わった日だからもっとわかりやすい。

 

 

「例の制約もあったのでなかなか買われなかったようで、自分以前に主人についた様子もなく、初年度奴隷から外れていました。

 レポル語の通訳の仕事は受けていたみたいですが」

「そうなのですか、クラザまで……」

 

 

 奴隷として売られた家族には、その後の話などはいかないのだろうな。

 同じ場所にいるならまだしも、違う街の商館に転属したならわざわざ1奴隷の情報なんて問い合わせはできないはずだ。

 買い戻すなら対応してくれるかもしれないが、経過報告なんて奴隷商人側が知らせてやる義理もないし。

 

 その後は自分のジョブが魔法使いであることや、両親はいないこと、シームに住んでいることを話す。

 家族のように扱っている普段の生活のことや、迷宮に入っていることも伝えた。

 

 武器を持っての動きはオラガルが実際に見たので説明してくれたし、身なりや血色の良さから不当な扱いも受けていないと思ってくれたようだ。

 そのあたりは直接アコルトと話してもらってもいいしな。

 

 ちなみに食事の量は昔からあれらしい。

 だから武器が使えなくても狩りについて行って荷物を運んだり、罠を仕掛けて捕らえたりが許可されていたのか……?

 まあよく食べる男の子がいたと思えばそこまで違いはないか。

 

 そこまで話したところで、今日の宿の話になる。

 

 村には宿はなく、通常は村長の家の来客用の部屋を使わせてもらうことが多いらしいが、生憎診療団のための準備で空いていないそうだ。

 従って、アコルトが話を通していたようにこの家に泊まらせてもらえることになった。

 

 食事もごちそうしてくれるとのことだったが、シャオクのアイテムボックスに移しておいたラム肉を2つ程提供する。

 このあたりではあまり迷宮外に出てくることもないらしく、自分たちが迷宮に出入りしているという証明になったか。

 いや、ギルドで買えば誰でも手に入るものだから意味はないか。

 

 夕食もアコルトが混ざって仲よさげに作っていたし、料理自体も家庭の味らしい温かみのある味わいだった。

 また食べることができたという嬉しさからか涙ぐむ場面もあって、来てよかったと思う。

 

 

 

 お風呂……は当然ないので、体拭きになる。

 さすがに追加で3人分もお湯を沸かすのはしんどいだろう。

 同じ湯桶で済ませるにしても1桶分くらいは欲しい。

 

 ということで魔法で手伝えると伝えたが、客人に、娘の主人に手間はかけさせられないとして丁重に断られた。

 それでも、こちらも申し訳ないので自分たちの分だけは使ってもらうことになった。

 

 大鍋程度の入れ物はあるが、流石に火柱は出せないのでウォーターボールでの水の補充だけになる。

 オラガルは出先で現地での水分補給の有用性から、便利だと興味深そうに色々と質問してくる。

 といっても、自分は他の魔法使いの常識などはわからないので濁すしかなかったのだが。

 

 体拭きが終われば就寝だ。

 アコルトは家族と一緒の部屋で寝ることになったので、自分とシャオクには別室があてがわれる。

 もともとは寝具の揃っている寝室を勧められたのだが、そちらを使わせてもらうと残りの家族が他の狭い部屋になってしまうので、それはさすがにと遠慮したのだ。

 

 いざとなれば自宅にワープして寝られるのだが、他人の家で鍵をかけて朝まで出てこないことになるのはよろしくない。

 兎人族の耳にも寝息すら聞こえずに、万が一と思われて踏み入られて姿がないことがバレると言い訳もできないので、ありがたく部屋で休ませてもらうことにしよう。

 

 布団と毛布だけは家で一番良さそうなものを提供されてしまい、恐縮する。

 机の上には、今でも手入れをされているような小さなぬいぐるみが置かれていることに気付いた。

 

 そういえばこの部屋も、もともとはアコルトも弟も妹もいた子ども部屋だったのではないだろうか。

 兄は自立、アコルトは奴隷となって家を離れ、妹は死別で今ではフォノムくんだけだと思うと、物悲しく感じる。

 兄の方はいつかこの家に戻ってきたりするのだろうか。

 

 大事な部屋を貸してもらったありがたさと共に、アコルトが大事にされていたことに思いを巡らせながら、瞼を閉じた。

 




スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 魔法使いLv28
魔法使いLv28/英雄Lv24/探索者Lv29/僧侶Lv27/巫女Lv3
(村人5 農夫1 戦士17 剣士9 商人30 錬金術師1 細工師1 薬草採取士30 森林保護官23 奴隷商人1 盗賊1)


アコルト  兎人族 ♀ 16歳 狩人Lv22


シャオク ドワーフ ♀ 19歳 探索者Lv11



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次回は3/25更新の予定です。

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