異世界迷宮と斉奏を   作:或香

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098 来訪

 翌朝。

 環境が違うからか早めに目が覚める。

 

 布団が変わったからなのかシャオクはいつものように丸まっておらず、こちらの背中にくっついていた。

 自分が動いたことで起きたらしく、おはようございますと言って目を擦る。

 

 自分も伸びをしているとアコルトが身支度用の水桶を持って部屋に入ってきて、静かに扉を閉めた。

 着替えやらを取りに行ってもらったほうがいいか。

 

 脱いだ服をまとめてもらっているうちに自宅の寝室にゲートを繋げ、衣服を抱えたアコルトに潜ってもらう。

 洗い物はそのまま置いたままでいいと伝えたので、すぐに別の服を持って出てきてくれた。

 

 一通り着替えて、ヘアセットもしてもらう。

 今日は馬車には乗らないし、リボンでまとめたハイポニーテールになった。

 

 居間の方に出てくると、アコルトの家族たちはすでに起き出して集まっていた。

 これから追加の水汲みに行くのだと話している。

 先ほどの桶は前日に残しておいたもので、今日使う分はまた井戸から汲んでくる必要があるそうだ。

 

 お役に立てればと申し出てみるが、魔法を飲み水に使うのは抵抗があるようだった。

 アコルトも飲んでいて大丈夫だとは言うが、元々が攻撃魔法の副産物ではあるし、さすがにこちらも無理強いはするつもりもない。

 大人しく水汲み自体を手伝おうとするも遠回しに止められて、結局男衆にアコルト、シャオクの両名がついていくことになった。

 

 つまり家に残ったのは自分とノティーだけである。

 朝食の準備でも手伝おうかと思ったが、すでに殆どが終えられており、後は水汲み班が戻ったら焼くだけのような状況だ。

 パンやらも道すがら買ってくるとのことである。

 

 となればその間に何をするのかといえば……、ニコニコした彼女から質問攻めにあうことだった。

 昨日アコルトが家族と寝る際に色々と話したのだろう。

 

 最初のうちは娘の近況についての質問だったが、次第に内容が娘のどこが気に入ったのか、もっと構ってやってよいのではないかなど話が逸れてくる。

 初めは真面目に答えていたが、どんどんエスカレートしてきたので無理やり話題を変えることにした。

 

 

「こちらを受け取っていただけないでしょうか!」

「あら、これは?」

 

 

 ドロップ品のオリーブオイルである。

 昨日のうちに、30個ほど袋に分けておいたのだ。

 日々の生活にあって困るものではないだろうし、自分たちもさほど手間なく集められる。

 

 

「あとはこちらも」

 

 

 滋養丸を20粒。

 自分のアイテムボックスに1列分あったが使う気配がないし、アコルトにもシャオクにも10粒ずつ持たせてある。

 アコルトにも相談して受け取ってくれそうなラインを考えた。

 

 本当は金銭が一番使い勝手がいいに決まっているが、娘に自身を売りに出す提案をされた家族に、買った本人がそれを渡すのはなんだか気まずくなりそうで嫌だった。

 もちろんそちらがいいと言われれば、差し出すことは厭わないのだが。

 

 当然最初はアコルトを連れてきてくれただけも十分ありがたいからと遠慮されたが、用意してきたことを考えてか受け取ってくれた。

 こちらとしては有り合わせで申し訳ないのだが、実用品と常備薬なので困ることはないだろう。

 

 

 そんなやり取りをしているうちに、出掛けていた皆が帰ってきた。

 揃ったので朝食を仕上げ、輪に加わって一緒に食べ始める。

 

 

「オラガルさん。

 アコに聞いたのですが、ファルフという植物を見てみたくて」

「あんなのに興味があるなんて変わって……いや、珍しいな。

 食ったら苦くて毒もあるんじゃぞ」

 

「その、乾いたものがあれば見せていただきたいんです」

「それなら馬小屋の方に拾ってきたものがあるわい。

 何度か使って捨てるようなもんじゃから、綺麗じゃないがいいか?」

 

「構いません!

 そのものを確認したいだけなので!」

 

 

 なんだか必死のお願いみたいになってしまったが、他所から来て毒植物を見せてくれと言ってる時点で今更だ。

 食事を終えて片付けを手伝った後、オラガルに続いて馬小屋へ向かう。

 

 朝食前にすでに餌や掃除の世話をされていたのだろう、なんだか眠たそうな馬たちが並ぶ隅の方に、無造作にそれが置かれていた。

 説明を受けなくても分かる、目の詰まった繊維質で円柱状の物体だ。

 色がやたら赤いのが気にはなるが、使用済みということで馬の毛やら汚れがついているものの、早く確かめたい。

 

 

「触ってもいいですか?」

「構わんが、ミツキさんには汚いと思うぞ」

 

「大丈夫です」

 

 

 触れてみると、カラッカラに乾いていても折れたりすることなく繊維が丈夫だ。

 力を加えてみても割れたりはせずに弾力がある。

 

 

「水に濡らしてみてもいいですか?」

「水を吸うだけじゃぞ?

 馬の飲水の桶ではやめてくれ、外ならいいが」

 

「水筒の水を使います」

「それならいい」

 

 

 ファルフを持って馬小屋の裏に出て、水をかけてみる。

 すると湿った箇所が柔らかくなり、曲げたり伸縮も容易になった。

 

 

「これ自体は素手で持っていても肌を痛めたりはしないんですよね?」

「それは触る前に聞くことだと思うんじゃが……、そうじゃな。

 実を食うと腹を下したり、吐いたりするだけで、触る分には問題ない。

 じゃなきゃ大事な馬になんて使わん」

 

 

 これはもうタワシもどきでいいだろう。

 食器洗いに風呂に、予備も含めていくつか欲しい。

 

 乾燥は時間がかかるだろうから、煮て作ってみるのがよさそうか。

 

 

「よく熟れている実が欲しいんですが、生えているところに案内してもらうことはできますか?」

「欲しいのか……。

 連れて行くこともできるが、森のかなり奥の方じゃ。

 慣れていないと行って帰ってくるだけで真っ暗になるぞ」

 

 

 片道だけ行ければ問題ないのだが、その後のワープの説明が面倒すぎる。

 アイテムボックス持ちとしか明かしていないシャオクを冒険者としてしまった方がいいのかな。

 今後の対応が狭まるのが面倒すぎる。

 

 冒険者ギルドと鍛冶師ギルドはそう簡単にとっかえひっかえ切り替えもできないだろう。

 だいたい探索者Lv10を超えてしまっていたから鍛冶師の試験を受けさせてもらえなかったのに、さらに探索者の修練を積んだはずの冒険者が鍛冶師になれたなんて、齟齬をきたすとかいうレベルの話じゃない。

 

 悩む様子を見てか、オラガルが口を開いた。

 

 

「分かった。

 孫も世話になっておるようじゃし、今日行くつもりだった山狩りのついでに寄って採ってこよう」

「よろしいんですか!?」

 

「ああ、よく熟れたというのは真っ赤になったものでいいんじゃな?」

「はい、腐っていなければそれで!」

 

 

 ヘチマは黄色く熟すが、ファルフは紅葉みたいに赤くなるのだろうか。

 色は分からないが、求めていたものならなんでもよい。

 

 種が出ないように村の中では実を切ったりせずに、そのまま自宅に持ち帰るという約束で頼むことができた。

 それからは村の連中と準備をするといって、オラガルは足早に去っていった。

 

 

 

 

「今日はどうしようか?」

「出発は明日ということになりましたので、本日は村の案内をいたしましょうか」

 

 

 家族で昨日話し合ったらしく、もう1日泊まって明日の定期便で戻るという話で決めてきてくれたらしい。

 

 今回の診療を受ける予定の者は少ないらしく、今日の診療団到着後と明朝の時間で事足りるだろうから、明日の昼前には馬車が出るという見解のようだ。

 それに乗せてもらってウネリアに移動して帰る、という見積もりになる。

 逆にそれができないとなると次回の定期便、つまりもう数日は追加で村にいなくてはならない。

 

 乗せてもらえるかどうかは関係なく、一行が出発したタイミングでワープで帰宅するつもりなので、診療団と交渉するつもりはないのでトラブルも起こらないだろう。

 

 

 アコルトの案内で集会所や村長の家などを見て回る。

 集会所はただ人が集まって入れるだけの場所なので、寝泊まりには利用しないそうだ。

 かなり年代の古い絨毯が掛けてあったので、一応はそこから出入りできるようにはしてあるみたいだ。

 表立って移動で出てくるならこちらからだろうか。

 

 村長の家は遠巻きに見ても他の民家の倍以上の大きさだった。

 といっても豪勢に暮らしているわけではなく来客用の部屋が多いだけで、単純に普段の掃除や使用時の対応の責任を村長が負っているという感じらしい。

 

 あとは雑貨屋というか外で仕入れた必需品を売ったり、村内の生産物を通貨という共通基準にまとめる役目を担っている店や、パン屋とかの個人商店も見受けられた。

 作物との交換とかもあるらしいが。

 

 基本的に皆、その日のため、未来のために農作業という人達が多い。

 食事も朝からガッツリだと思ったら、朝夕2食が基本らしいし。

 

 村を一回りすると、他にすることもなくなってしまい、アコルトの家に戻りのんびりとすることになってしまった。

 畑作業も手伝わなくていいと言われてしまったし、手持ち無沙汰だ。

 

 

 

 昼も過ぎて本格的に居た堪れなくなってきた頃、静かだった外が少しばかり騒がしくなる。

 アコルトたちと家から出てみると、どうやら診療団を乗せた馬車が到着したようだった。

 

 深々とフードを被って黒いローブを纏った数名と、それなりの身なりの格好をした男が馬車から出てくる。

 最後に降りてきたのは白いローブの男で、こちらは顔を見せていて一番偉そうだ。

 

 

ダセティオ 人間 男 41歳 神官Lv14 

 

 

 本職なのに年齢の割にレベルが、というのはまぁ責任者と言っても地方に回されるような人物だからだろうか。

 村長が出迎え、白ローブが付き人のような男に何かを告げると、そのまま村長の家へと向かっていった。

 

 残った男は黒ローブの数名に指示を出している。

 付き人の男の方も鑑定してみるか。

 

 

ムイノド 人間 男 47歳 奴隷商人Lv34 

 

 

 奴隷商人!?、と思ったが別に教会の者が奴隷を所有したって帝国のルールには触れないのだろう。

 春から担当者が代わったというのだし、診療業務がきちんと回っていれば奴隷かどうかなんて村には関係ないはずだしな。

 そう考えているうちに、奴隷商の方も村長の家へ移動したようだ。

 

 もともと診療しやすいようにこの場に希望者を集めていたようで、黒ローブが受診者の様子を確認したり、交代で手当ての呪文を唱えている。

 体格的には3人とも女性のようだが、1人は少し背が高めで、リーダー的な役割なのだろうか。

 他の2人に教えながら、村の住人にも丁寧に対応している。

 

 自分が興味深そうにしていたのを察してか、アコルトが診療団の近くにいた住人に話を聞きに行ってくれたようだ。

 少しして戻ってきたアコルトが聞いた内容はだいたい想像通りだった。

 

 黒ローブの女性たちはいずれも僧侶の奴隷で、春に診療団が変わってから来るようになったらしい。

 何人かは適性を見て交代しているようだが、背の高い彼女はずっと参加しているそうだ。

 

 白ローブの神官はやはりこの地区の担当官らしく、年明け前の引き継ぎのときから来ているようだ。

 もう一人の男については、女性たちの組み合わせが変わる毎に同行してきているのではないか、というのが住人の見立てである。

 奴隷商人のジョブだし、お得意様相手へのサポート対応と考えれば、それもあながち間違いではなさそうだ。

 

 野次馬のように近づいてはみたものの、邪魔になって作業が滞り、その場合怒られるのは彼女たちのはずだ。

 何かあればサラトタの村自体にも迷惑がかかってしまう。

 好奇心はほどほどに、アコルトの家へと引き返した。

 

 

 夕方、クラーヴと手伝いについて行ったノフォムが帰ってくる。

 成人が早い世界といえど、9歳がいるなら明るいうちに帰宅する約束なのだろう。

 その後、少し薄暗くなってきたくらいでオラガルも戻ってきた。

 

 足を縛って血抜きしたであろうイノシシのような動物を2頭と、背中には1メートルを超える赤いなにかを背負っていた。

 まさか……、()()がファルフなのか?

 名前の音の響きは、なんか小さくて軽そうな感じなのに。

 

 

「親父……、なんでそれを採ってきた?

 まだ生じゃないか、種でも落ちたらどうするんだよ!」

「ミツキさんに頼まれたんじゃよ。

 文句はそっちに言ってくれ」

 

「すみません、私がお願いしました。

 村では実を割ったりはせずに持ち帰るというお約束でお願いしたんですが、こんなに大きいものとは思わず……」

「あっ、そうかバーナ語……。

 ミツキさん、これ毒があって食べられないんだよ」

 

「それももちろん聞いた上でお願いしています。

 中の繊維だけがほしいんです、あの馬のブラシみたいな」

「親父が拾ってくるのは、干からびているやつだからなぁ……。

 この状態から干すにしても、かなり時間がかかると思うよ」

 

 

 鍋で煮てしまうだけなのにと思ったが、食べ物でもないものをわざわざ煮炊きしてというのは考えないのだろう。

 商品にして売れるならまだしも、毒があるといわれているのに鍋を使い、燃料を燃やして加工して、できたのがブラシ相当では旨みがない。

 石鹸といっしょに使ってその伸縮性で泡立たせる、なんて使用法を取らない限りは。

 

 

「と、とりあえず、こちらの望んだ以上のものを採ってきていただいたので、買い取らせていただきます!

 えーっと……、300ナールくらいでしょうか?」

 

 

 相場がわからない。

 ファルフ自体は大きめのスポンジが10個分はとれそうだから、これ自体はスポンジ1つ20ナールの10倍くらいが妥当だろうか。

 

 だが、このでかい植物を背負うために狩りの時間や分け前を削ってもらっているはずだ。

 中身の詰まった実なので見た目以上に重量もある。

 それを加味したら300ナールと勝手に値付けしてみたわけだが。

 

 

「3……、いや、貰いすぎじゃろ!

 拾ってきただけじゃぞ」

「でも、狩りの獲物も減らして採ってきてもらったわけですし……」

 

 

 結局アコルトに間に入ってもらい、200ナールでの買取で決着がついた。

 それでも終始多すぎるとオラガルは言っていたが、ぶつけないように布を巻いてもらうところまでをお願いした。

 

 

 

 夕食を済ませ、早めに体を拭くのも終わらせる。

 移動で疲れていた昨日とは違い、日中に休憩を多くしていたので眠気もすぐにはやってこない。

 

 気候の違いからか少し火照った体を涼ませるために、断りを入れてからアコルト、シャオクを連れて村の中を散歩する。

 

 日も落ちて薄暗い中、家の明かりを頼りに歩いていると、アコルトが何やら音を聞き取ったようだ。

 音がするという方へ近づきつつ、話を聞いてみるにじゃぶじゃぶと水の音がするそうなので、洗濯だろうか。

 

 もう少し早い時間にすればいいのにと思いながら来た道を戻ろうとすると、何やらこちらへ駆けてくるようだ。

 

 

「井戸がそちらにあるからだと思われます」

 

 

 なるほど、洗うための水が足りなくなったのか。

 帰り道の歩みを緩めながら井戸の方を眺めていると、桶を持って井戸へと向かう見覚えのある黒いローブが目に映る。

 昼間の診療団の奴隷か。

 背格好からするとリーダーのように見えた者だろう。

 

 下手に関わって揉め事になると面倒だ。

 家路に視線を戻そうとしたところで、井戸の水を汲み上げた際に黒ローブのフードがはらりと脱げる。

 

 その紫苑の髪には、獣人特有の頭の上の耳の他に、()()()()()()()()()()()()()

 

 慌てて立ち止まり、目を凝らしてフードを被り直す女性の頭を確認して鑑定を発動する。

 

 

ミーラスカ 牛人族 ♀ 24歳 僧侶Lv7 

 

 

 牛人族!?

 

 新種、いや自分が知っていた知識の中になかっただけだ。

 ウサギの動物も魔物もいて、兎人族がいるのだ。

 牛人族がいてもおかしくはない。

 

 現に、自分が視認できるならアコルトも当然あの角を判別できているはずで、特にそれに驚いた様子もない。

 普通に存在して、認知された種族なのだろう。

 

 

「牛人族っているん……だね?」

 

 

 さも知っていたかのようにアコルトに聞いてみる。

 

 

「はい、南方の方に住んでいると本で読みました。

 私もお見かけするのは初めてです」

「あの人、なんだか苦しそうじゃないですか?」

 

 

 てっきり、桶を抱えて走ってきてそのまま井戸水を汲み上げて息が切れたからだと思っていたが、確かにシャオクのいう通り調子が悪そうにも見える。

 他人の奴隷に施しを与えるのは問題かも知れないが、村の診療をしてくれた者に対して、詠唱省略した手当てをこっそり送ることくらいはバレないだろう。

 

 アコルトに周囲の警戒をしてもらいながら、黒ローブの女性へとゆっくり近づいた。




スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 魔法使いLv28
魔法使いLv28/英雄Lv24/探索者Lv29/僧侶Lv27/巫女Lv3
(村人5 農夫1 戦士17 剣士9 商人30 錬金術師1 細工師1 薬草採取士30 森林保護官23 奴隷商人1 盗賊1)


アコルト  兎人族 ♀ 16歳 狩人Lv22


シャオク ドワーフ ♀ 19歳 探索者Lv11



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次回は3/29更新の予定です。

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