人は、一人では生きていけない。
なぁんて言葉をよく耳にするけれど、それって具体的にどういう理由か知ってる?
知らないのなら私が教えてあげましょう。
それは、つまり売買ができないから!
人が生きていく為には、衣食住の三つが必要よ。
ただ、一人の人間がどれだけ頑張っても、衣食住のうち精々一つしか満足に満たせないわ。
衣服があってもお腹が空いちゃ動けない。
食べ物があっても家がなきゃ獣に襲われる。
家があっても衣服が無いと寒さで凍えちゃう。
一人で生きていくのはとっても難しい事なのよ。
だがしかし!
自分だけじゃなく他人の力を使うことが出来るのなら!
食料、衣服、住環境。自分の得意な分野を他人に売って、代わりに苦手な分野の力を借りる。そうすることで人々は皆、楽しく愉快で快適に過ごすことができるの。
そんな物々交換の場所として、市場が最適よ。
昔は虹の下でやってたりしたけど、商売ブームが訪れた今の幻想郷ではほぼ毎日のように人里で行われているわ。
多くの人間、そして正体を隠した妖怪が、自身の力を使って上手く市場を回してくれている。
「そんな市場の神様がこの私、天弓千亦よ!!」
そう! つまり今、幻想郷の全ては私の手の中にあると言っても過言ではない!
なんたって市場の神様なのだから、皆が商売に勤しんでいる今の幻想郷において私は最強の神様って訳! どう? 凄いでしょ? 今ならあのスキマ妖怪や秘神にだって勝てるわ! 多分!!
だから皆も私を崇め奉り――
「――ちまちゃん! ボケっとしてないで注文!!」
「は、はい! すみません店長!」
……んもう、折角カッコいい自己紹介考えてたのに。
はぁ……どうしてこうなったのかしらね?
めぐちゃんやももちゃんと一緒にアビリティカードを作って商売ブームを作り出す所までは本当に上手く行ったのに……
その後、そんなブームの火付け役である私のこの凛々しくて素晴らしいファッションを皆にも教えてあげようとブランドを立ち上げたのに、全く売れないなんて……
私が時代を先取りし過ぎたのかしらね、きっと。
そういう事で今、私は次なる商売を始めるために地道にアルバイトで資金を貯めているわ。
普段は虹色のカチューシャに七色の布地を継ぎ合わせた正しくレインボーな服を着ているけれど、今の私はこの夜雀食堂人里店で働く健気な看板娘のちまちゃん! 茶色をベースにしたエプロンドレスを着た今の姿なら、誰しもが私の事をあの偉大な神様である天弓千亦とは気が付かないわ! ふふん、私ったら何着ても似合っちゃう!
「すみません、うな丼大盛お願いします」
「はーい、うな大一丁!」
先も言った通り、今幻想郷では商売ブームが巻き起こっているわ!
初めは勿論、アビリティカードよ。弾幕ごっこを有利に進めるこのカードを集めるために、多くの人達がアビリティカードを求めたわ。まぁ、妖怪達は大抵一度は弾幕ごっこで博霊の巫女さんにコテンパンにされてるものね。一度はやり返したいと思って手を出すのが大半じゃないかしら。
勿論、カードを買うにもお金がかかる。そうなると元々商売に無縁というか、興味がなかった連中もお金を稼ごうとするって訳。そうしてみるみるお店が生まれていき、今の大商売時代になったわ。
そんな世の中になってくると、やっぱり元から商売に関して知識があった妖怪が力を付け初めてくるのよね。
例えばそれこそ、この夜雀食堂の店長であるミスティアさん。
彼女は元々趣味で小さな屋台を営んでいただけの弱小妖怪だったのだけれど、今回の商売ブームから一気に利益を生み出し続け、今となっては竹林、人里、妖怪の山と幻想郷に三つの店舗を持つ飲食店の頂点となってしまったわ。
強さは変わらないけれども、金と権力と……後は歌手としても活動してるから人気もあるわね。今では強さ以外なら幻想郷でも屈指の妖怪だわ。
「はい、うな丼大盛お待ち!」
そんな夜雀食堂で出している主な料理はヤツメウナギ。これが意外と美味しいのよ。
見た目は何と言うか、ちょっとグロくて嫌なんだけど……でも味は最高! 蒲焼の香ばしい香りとほんのり甘くて深い味わい、そしてヤツメウナギの独特なコリコリ食感が癖になってたまらないわ! ご飯のオカズでも酒の肴としても最適よ!
……考えてたらお腹空いてきちゃった。仕事仕事。
お昼のラッシュを越え一休みし、夕方のラッシュを耐え凌ぐ。
一日に訪れる二度のラッシュを越えれば私の仕事は終わり。
今日も疲れたわ。
「あ、ちまちゃん、賄い食べる?」
「食べる!!」
ミスティア店長はよく仕事終わりに賄いを出してくれる。
それも余ったヤツメウナギを贅沢に使用してくれるので、とても豪華な食事になるわ。
これだから夜雀食堂のバイトはやめられないのよね。
バイトが終わったら、後は着替えて市場の見回りをして過ごしているわ。
夜の市場は昼間よりも騒がしい。特に多くの飲食店が飲めや歌えやの大はしゃぎ。毎日何かしらこじつけては宴会みたいな事ばっかりしている。人間も妖怪もそのへんは変わりないわよね。
ま、私は基本誰かに宴会とか誘ってもらえないんだけど……
い、いや、決して私が仲間外れにされてるって訳じゃないのよ、多分。そう、毎日バイトとかで疲れてるから気を使ってくれているだけなのよね……きっと……うん。
……いけないいけない、気を取り直さなきゃ。
とにかく、夜の市場はしっかりと監視しなきゃいけない。里の管理人に博麗の巫女とかもいるけれど、その肝心の巫女が酔い潰れてたりする事もあるからね。私がしっかりしないといけないわ。
ほら、今日もあそこに酔っ払いが女の子に絡んでいる。
幻想郷はお酒好きが多い以上、どうしてもこういう事が多くあるのよねぇ。だからと言って酔っ払いとて大切なお客様、ここはやんわりと事態を解決しないといけないわ。
ま、神様である私の力をもってすれば楽勝だけれどね!
「なぁなぁ君可愛いね、おじさんと一緒に飲もうよ」
「え、えっと、その、わちきは……」
「こらこら、そこのナイスミドルなおじさん。そんな強引に女の子を連れ回そうとしちゃ駄目よ。お酌なら、私が相手してあげるわ」
ふふん、これぞ完璧な作戦!
女の子も助けて、私もついでに飲んでやるわ!
「あぁん? なんだおまうわ服ダッセぇ!」
「は?」
おおっといけない。
つい一瞬怒りで我を忘れておじさんの持ってた酒瓶握り潰しちゃったわ。
平常心平常心。
「ひッ……」
「ごほん……それじゃ行きましょっか」
「た、助けてくれ、命だけはぁぁぁぁ!!」
「あ、ちょっと!」
途端におじさんは走り去ってしまったわ。
うぅん、惜しかったわね。もうちょっとだったんだけど。
「もう……お嬢さん、大丈夫?」
とりあえず問題は解決できて良かったわ。
それにしてもこの子、確かに可愛いわね。可愛いのだけれど、なんかちょっと変わった見た目をしていると言うか……目の色が左右で違うのがすっごく気になるわ。
「はい、助けてくれてありがとうございます!」
深々と頭を下げる女の子。
それを見て私は一つ気がついたわ。
「あれ、貴方もしかして妖怪?」
「はい……付喪神です」
「妖怪なのにどうしてそんな人間に襲われてたのよ、無理矢理振りほどいて逃げれば良かったじゃない?」
「それは、その……実はわちき、驚いた人の心を食べるんだけど……最近全然食べれて無くて、お腹が空いて力が出なくて……」
驚いた人の心を食べる、ねぇ。
随分珍しい付喪神じゃない。
「でも、わちき今気がついたんです!」
「ん、何かしら?」
「貴方の服を見た人が『服ダセェ!』って驚いていました! つまり、ダサい服を着ていれば人間は驚いてくれる! わちき勉強になります!」
「……そ、そう、良かったわね」
良くないけど。
「ありがとうお姉さん! そうと決まれば、早速ダサい服探しだ!!」
そうして付喪神の少女は走り去っていったわ。
私の心に深い傷を残してね。
……泣いてもいいかしら?
まあ、こういうことがやっぱりよくあるのよね。
なんたって市場は人々の欲望が現れる場所でもあるもの。
あれだけ可愛い女の子がいたら男ならそりゃお近付きになりたくなるものね。
私は速攻拒否られたけど。
こうして私が毎日欠かさず見回りをしているお陰で、今の幻想郷には平和が保たれているわ。
ホント、私ってばとても優秀な神様よね!
後は自分で市場を回せさえすれば良かったんだけど……どうしてお金だけが私に舞い込んでこないのかしら。
おかしいわよね、私神様なのに。
という感じで私の普段の日々を紹介した訳だけど、実は週に一日だけ違う日があるの。
その日だけは夜雀食堂の看板娘じゃなくて……その、炭鉱夫になるわ。因みにだけど炭鉱夫って男を指す言葉じゃない? 女なら炭鉱婦になるのかしら? 知らないけどね。
というのも実は、ビジネスで失敗して背負ってしまった借金を、ももちゃんが肩代わりしてくれたのよね。
その代わりにこうして週一で採掘の手伝いをして地道にお金を返しているわけ。本当、ももちゃんには頭が上がらないわ。
ただ、この仕事……
「こら千亦ぁ! サボってないでツルハシ動かせぇ!!」
「ひ、はひぃ……」
死っぬほどキチぃ。
何度やってもなれないわ。
もう腕も腰もパンパンでガクガクよ。
どうしてももちゃんはこんなの毎日出来るの……?
「ほら、今日のノルマまでもう少しだぞ! 声出して掘れ! レッツディガップ!!」
「れっ……でぃがぁぁぁ…………」
でぃがぁぁぁぁぁぁ…………
「――よし、今日のノルマ終わり! ご苦労さん!」
「ひゅー……ひゅー……」
ぜ、全身……鉛になってるわ……なんで神様の私がこんなことしてるんだろ…………
「ほら千亦、ごくろうさん! これ飲みな」
「あ、ありがと……」
ももちゃんが飲み物をくれたわ。
ホントに助かる、もう喉がカラッカラよ。
「頂きます……」
早速、飲み物が入った瓶を傾けて喉に流し込む。
うんうん、冷たさが身体中に染み込むわ。
それに何だろ? この臭みとえぐみ、そして口の中に広がる嫌悪感……
「――ぶへぇ!!?」
マズッ! 死ぬほど不味い!!
全身身の毛がよだつほどにクッソ不味い!!!
胃が、胃の中が拒絶反応起こしてる!?
「ねぇ何これ! ももちゃん何これ! マッズ!? おぇぇぇ!!!」
「ちょ、ここで吐くなって千亦!」
も、もう無理、止まらない……
全身からあらゆる汁が吹き出してるわ……
「げほっ……ももちゃん、何これ……何の飲み物なの……?」
「んー、そんなに合わなかったか? ムカデドリンク」
「ムカっ――ぅおぇぇぇ!?」
「だぁー、だからここで吐くなって! 悪かったよ飲ませて!」
……あれからちゃんとしたお水を貰ってやっと落ち着いたわ。
「もう、あの飲み物は勘弁してよね。因みにあれって何なの? 商品?」
「あぁ、俺が試作した栄養ドリンクだ」
「栄養ドリンクって……いくら何でもあれじゃ不味すぎるわよ」
「そうか? 俺は悪く無いと思ったけどな……」
「貴方は何でも食べるから味覚が他と違うのよ……私達と一緒にしないで……」
なんたってももちゃん、鉱石すらバクバク食べちゃうからね。
そんなの妖怪どころか幻想郷の住人全体でもももちゃんぐらいよ。
「それに、栄養ドリンクって言ってるけれどどんな効果があるの?」
「ああ、それなら……」
ももちゃんが懐から何か紙を取り出したわ。
メモ帳みたいね。
「滋養強壮、疲労回復、代謝促進に……後は感度上昇3000倍だな」
「え、何? 最後の何なの!?」
「感度上昇3000倍だな」
「いや聞こえてるのよ、効果よ効果!! これじゃ媚薬じゃないの!?」
「まぁそうだな」
「否定しなさいよぉ!?」
何よ感度3000倍って、ふざけるんじゃないわ!
あ、何だろ、意識してきたら体が……
「あれ、何これ……なんか体が熱くなって……」
くっ……このままじゃ、全年齢対象にあるまじき行為が繰り広げられてしまう……!
新たなカップリングが、もも✕ちまが誕生してしまうわ……!
「くっ、殺せ!」
「いや展開がベタ過ぎるんだよお前」
「いいじゃない、これ一度言ってみたかったのよ」
「はいはい分かったから。とりあえず帰るぞ」
んん生殺しぃ!
「……てか、ももちゃん? ムカデドリンクの味悪くないって思ったってことは、自分でも飲んだのよね?」
「ん? 私は毎日飲んでるけど」
毎日感度3000倍!?
「お、恐ろしいわ……ももちゃんそんなに欲求不満だったなんて……」
「あと、感度3000倍は嘘だぞ」
「…………」
「いや真顔で近付いてくるなって、悪かったって、痛っ! ちょ、蹴るなって! 無言でそんな脛蹴るなって!! 痛っ!!」
次の日。
私は夜雀食堂でバイトをしながら、ちょっぴり考えている事があったわ。
あの後、ももちゃんからムカデドリンクの試供品を何本か貰ったの。どうやら他の人にも飲ませて味の感想を聞かせてほしいみたい。さて、一体誰に飲ませればいいものか。
「……確か、疲労回復にも効くのよね?」
それなら店長ならどうかしら?
いつも店の厨房に立っているし、ライブした後なんて喉が枯れている日もあるのよね。そんな時にこのドリンクをあげればきっと喜んでくれるわ。
早速、善は急げよ! 休憩の時間に隙を見つけてドリンクを渡しに行くわ!
「店長、お疲れ様です! これ差し入れです!」
「あ、ありがとうちまちゃん。早速頂きます」
店長はそのまま蓋を開けると、一気に中身を流し込んだわ。
「――ぶへぇ!!」
あ、吹き出しちゃった。
「マズッ!! ちょっとちまちゃん、何これ!?」
「ムカデドリンクです」
「ムカっ――おぇぇぇ!」
「うーん、店長の口には合わないみたいね」
うんうん、いい実験になったわ。
早速ももちゃんに教えてあげないと。
「さて、次は誰に飲ませようかしら?」
「……ちまちゃん」
「はい、何ですか店長?」
「今日まかない無し」
「えぇ!!?」
・キャラ紹介
市場の神様
能力 所有権を失わせる程度の能力(?)
元々は力の失った神霊の一体だったが、飯綱丸龍や姫虫百々世と結託してアビリティカードを流行らせた事により復活。更には幻想郷に商売ブームが来たことによりかなり強力な力を得る事が出来た。
しかし神としての力と商才は別で、センスが全くもって皆無な為にビジネスには向いておらず、神様でありながら市場を回す為に地道に働いてお金を稼いでいる。
市場のルールを絶対視している為、自らも神様だからといってルールを破って特別視させることはしない。ルールさえ破らなければ基本的にはどんな事にも寛容で、何をされようが能力を使ったりすることはない。
しかし、もしルールを破るものが現れれば……