《…レイヴン》
…エアが、わたしの名前を呼んだ。
《衛星砲は、私が掌握しました》
《あなたはもう…引き返すつもりはないのでしょう》
《………》
《私も、それに応えます。ひとりのルビコニアンとして》
…努めて冷静にわたしへ語りかけるエアの声には、隠しきれない優しさと、未練が滲んでいた。
衛星砲があれば、バスキュラープラントへ到達する前にザイレムを墜とすことは可能なはず。にも関わらず彼女は、わたしたちと直接の決着を望んだ。
彼女の願いを切り捨てたわたしに、それでも彼女は真摯に向き合ってくれた。それならわたしも…彼女の覚悟に応えなくてはならない。
《…指定する封鎖ステーションに来てください》
《待っています、レイヴン》
交信が途絶え、再びエアの声が見えなくなる。
彼女が指定した場所へ向かう為の時間にはまだ時間がある。ちょうど、わたしの機体の補給と修復を済ませられるだけの時間が。
カーラとオルクスにLOGステーション31へ友人との決着を着けに行くと伝えて、機体の整備を依頼。彼女との決闘へオルクスについてきて貰うべきなのかは少し迷ったけれど…わたしの力になりたいと言ってくれた彼に、今は甘えさせて貰おうと思う。
戦友との戦闘でダメージを負ったデイブレイクの整備はRaDの技術者達に任せて、アンフォラMRを整備するオルクスの手伝いをする。手伝いといってもまだわたしの身体には麻痺が残っているため、できることは工具を預かるくらいなのだけれど…
『衛星砲を掌握した君の友人は…君の救出を手助けしてくれた彼女だろう?』
「…うん」
戦友との戦いで大きく損傷したわたしの機体に対して大量の強襲艦を相手取ったオルクスの機体は多少ミサイルが掠った程度で、ほとんど無傷と言って良い。そんな機体を彼は手際よくかつ入念に整備しながらわたしに問いかける。
『あの時彼女から送られてきたメッセージは、心の底から君の救出を頼み込むものだった…きっと…お互い大切な友人だったんだろうね』
「…うん」
この選択が間違いだとは思っていないし、後悔も、ましてや引き返すつもりもない。けれど…やっぱり、彼女には申し訳ないことをしたという思いだけは拭えない。
『…これから、きっと彼女との戦い…君の選択と、友人の選択のぶつかり合いになるだろう。だから…』
『思う存分、喧嘩しなよ』
「…けんか?」
これからの戦いを考えると“喧嘩”なんて可愛らしい表現はそぐわないと思うけれど…
『友人の思いを受け止めて、自分の思いをはっきり伝えるんだ。これが最後になっても後悔しないように…ね』
どこか悲しげにも見える彼の表情を見るに、最後まで話が出来ずに別れたことがあるのかもしれない。今思えば、彼からわたしに送られるアドバイスはその多くが彼の失敗談でもあった気がする。
「…わかった」
オルクスは満足気に頷くと、持っていた工具を箱へ片付けた。
『時間だな』
「…ついてきてくれる?おるくす」
『ああ、任せてくれ…!』
〔…船体のダメージが大きい…こうなったら…手動操舵でプラントに突っ込むしかなさそうだね〕
手動操舵での突撃。それは、カーラに生存の余地がないことと同義だった。だがそれは、彼女に使命を諦めさせる理由にはならない。
〔衛星砲は任せたよ、ビジター〕
デイブレイクとアンフォラMRが、ザイレムから飛び立つ。今のわたしたちに出来ることは、衛星砲を止めてカーラの為にバスキュラープラントへの道を拓くことだけだ。
〔………〕
〔あんたは…ビジターにしては笑える奴だ〕
〔幸運を祈るよ〕
カーゴランチャーから射出されたあの時と同じ、幸運を祈る言葉。これが、わたしが最後に聞いたカーラからの言葉となった。
…LOGステーション31。惑星ルビコン3とバスキュラープラント、そして衛星砲を一望できるこの封鎖ステーションに2機のACが並んで降り立つ。
《レイヴン》
声が見えた。
《あなたには、今も見えているはず》
エアの声だけではない。この熱圏に漂う声が。
《コーラルたちの声が》
見上げれば、衛星砲の上に白い機体が佇んでいる。
《それでも、人とコーラルの可能性に目を向けず…》
白い機体は各部の機構を確かめるかのように動かすと、衛星砲から飛び立った。
《私たちを根絶しようというのですね》
白い鳥が回転を繰り返し紅く尾を引きながら旋回すると、急加速。封鎖ステーションの地面を切り裂きながらわたしたちのいた地点を通り過ぎていく。
煙の向こうで白い人型の機体が全方位シールドを展開。
《レイヴン。あなたは私が止めます》
エアが、わたしの名前を呼びながら立ち上がる。
《この
太陽のような頭部デバイスの中央を強く発光させたエアが、わたしたちを睨んだ。
メインシステム、戦闘モード起動。頭部のバイザーが降りてデバイスを保護し、エアをカメラ中央に捉える。
衛星砲とザイレムが激しい砲撃戦を広げる光景を背景に、わたしたちの戦いが始まろうとしていた。
《あなたを倒し…そしてザイレムを止める。この機体に乗せられた…人々とコーラルの意思と共に》
機体を…人の形を自分に慣らすようにゆっくりと歩くエアに向かって、わたしとオルクスがアサルトブーストで接近。バーストライフルを放った瞬間、エアの姿がかき消える。
《人とコーラルの共生。私はあなたに、その可能性を見たのです。あなたなら…ともに歩めると》
ターゲットアシストを振り切るほどの速度で側面へ回り込んだエアがミサイルを展開。空中で静止したミサイルはわたしたちを捉えると、4発ずつに別れて一斉に襲いかかる。
『…俺があのアーマーを破る、追撃は任せた!』
「まかせて…!」
ミサイルを躱したオルクスが再び足を止めたエアに向けてパルスミサイルをバースト発射。PA干渉によってアーマーを構成するコーラルが僅かに乱れた。
次々と放たれるミサイルは高速で移動を繰り返すエアに食らいついて着実にアーマーを削ぎ落としていく。
2段階の加速で背後に回り込んだエアのブレードに向かってクイックブーストで飛び込んだオルクスのパルスブレードが、意趣返しといわんばかりにエアの背中を切り裂いた。
アーマー突破。ACS負荷限界に陥ったエアをパイルバンカーで突き上げる。
オルクスのミサイルとわたしの射撃武器でダメージを蓄積させていくが、高速移動で距離を離したエアはアーマーを再展開。バルテウスとは比べものにならない復旧性能で仕切り直される。
《…レイヴン。あなたは強く、そして危険です。だからこそ…まずはオルクスを…!》
飛び上がったエアが白い鳥へ変形し、ブレードを展開してオルクスへ突撃するが逆関節の跳躍力を乗せたクイックブーストで回避、上空でレーザーを放つが射角の内側に潜り込まれて届かない。
急加速と停止を繰り返しながら射撃とミサイルを放ち、時折ブレードを展開して急襲するエアをオルクスが的確に捌き、ミサイルでシールドを削っていく。
戦闘経験の豊富なオルクスに対し、自分自身で戦闘するのは不慣れなエアではやはり分が悪い。
手数に優れる射撃とミサイルで弾幕を形成し、機体性能を活かした圧倒的な速度で翻弄しようとするも簡単にあしらわれて再びアーマーを削がれていく。
飛び上がったエアは再び白い鳥へと姿を変えて、脅威を貫こうと紅く点滅しながら加速。
『…後輩ッ!』
唐突に、わたしの機体を強烈な衝撃が襲う。逆関節の跳躍力が上乗せされたアンフォラMRのブーストキックが、わたしの機体を蹴り飛ばした。
「…おるくす?なん…で………ッ!?」
オルクスからの攻撃に動揺したわたしの目が、つい先ほどまでわたしがいた場所を通り抜けていくエアの姿を見届ける。
…わたしと入れ替わる形でその場所へ飛び出したオルクスの機体を貫くエアの姿を。
エアを追いかけることで精一杯のわたしとは違う、一方的な戦闘。
…そんな状況に追い込まれたエアが、目標をわたしに切り替えるのも時間の問題であることは想像に容易いはずだった。
コーラルブレードに貫かれながら上空へ運ばれていくオルクスの機体が、悲鳴を上げている。
エアは理解していた。独立傭兵オルクスの殺し方を。彼が、窮地に陥ったわたしを捨て身で庇うことを。
『ッ…ぅ…ごめ…こうはい…さいご…まで…は…』
オルクスが、苦悶の声を上げながらわたしへ謝罪をして…エアの機体の腹部に当たる部分に向けて、パルスブレードを突き立てる。
三度のパルス爆発の後、封鎖ステーションの上空で橙色の炎が爆ぜた。
冷却を無視して放たれた三度のアサルトアーマーとジェネレータの爆発によって地面に叩きつけられたエアが立ち上がり、再びわたしを見据える。
《…レイヴン…後は…私たちだけです》
…わたしたち…だけ…
…オルクスが死んだ。わたしを庇って死んだ、この戦いに呼んだから死んだ、再教育センターから助けにきたから死んだ。
本当なら今頃彼は星外で普通の人生を送っているはずだったのに…わたしと関わったから、死んだ。
立ち尽くすわたしへ、容赦なくエアの攻撃が迫る。2度の斬撃によって、わたしの機体が吹き飛ばされる。
ACS負荷限界。姿勢制御を失ったわたしの機体が封鎖ステーションを転がっていく。背面に載せていた散布ミサイルが根本から折れ、ウェポンハンガーに懸架していたバーストマシンガンのロックが外れて弾け飛んだ。
ACSが復旧して姿勢を立て直そうとするわたしの機体へ、両腕を交差させたエアが展開したブレードで切り払おうと迫る。リペアキットの使用も、回避も、アサルトアーマーも間に合わない。
このままわたしも…死ぬんだ。ウォルターに与えられた意味も、オルクスの挺身も、カーラの覚悟にも報いることが出来ないまま。何も為せずに。
エアの動きが、酷くゆっくりに見える。ただ振り下ろすだけの動作が、何かに阻まれているかのように。ブレードが弾かれたかのようにエアが後退した。
…違う、これは…実際に弾かれている。ターミナルアーマーが、エアのブレードからわたしを守ったのだ。
リペアキットが自動的に使用されたことで機体の損傷が修復完了。本来よりも出力が低いものだったのか、それと同時にターミナルアーマーも消失する。
アサルトアーマーを搭載したこの機体で、ターミナルアーマーが発動する筈がない。だとすればこれは…オルクスの仕込み?
…なら、やり遂げなきゃ。オルクスに貰ったものを…無駄には出来ない。エアを見据えてターゲットアシストを起動。再び頭部バイザーが降りて、デバイスを保護する。
「いくよ…エア」
《…レイヴン》
わたしの呼びかけにエアが応じる。パルスブレードを突き刺された彼女の機体の胴部は光を失っており、先程までのアーマーが展開不可になったことを示している。
ーー『…俺があのアーマーを破る、追撃は任せた!』
オルクスは最期に自分の役目を果たした。ここからは…わたしの仕事だ。
二段階の加速で背後に回り込んでからブレードを振るうエアに向かってクイックブーストで飛び込む。反転して再び振るわれるブレードも同じように回避して、彼女の背中にパイルバンカーを叩き付ける。
まだエアの高速移動にはついていけないけれど、その対処方法はオルクスが見せてくれた。フェイントされれば対処は出来ないけれど、エアにはまだそれができる余裕もないはず。
展開されてから順番に向かってくるミサイルをブースト移動で回避しながらバーストライフルで攻撃。ACS負荷限界に陥ったエアへ、アサルトブーストで飛び込んで、パイルバンカーで貫いた。
《…今なら分かります》
小爆発を起こしながら吹き飛んだエアが、高速移動によって分身と共にこちらへ斬りかかる。
《レイヴン、あなたこそが…!「ルビコンの戦火」そのものだったと!》
左右から迫る分身を後方に跳躍して躱し、自由落下でエアのブレードを回避。
「…そのせんかも、わたしがおわらせるよ」
エアとカーラ、そしてルビコンの人々の犠牲で、コーラルを巡る争いに終止符を打つ。この宇宙に生きる人々を、彼女の同胞が傷つける前に。
高速移動を繰り返しながらレーザーとミサイルで牽制してくるエアに食らいつき、ブーストキックとバーストライフルでACS負荷を蓄積。ブレードを回避した後はパイルバンカーで反撃していく。
《まだです…!同胞たちの
ブレードをアサルトアーマーで迎撃してACS負荷限界。すかさずパイルバンカーで突き上げる。
《この惑星の生命を焼き尽くす…人間の意思…!》
「このうちゅうをうめつくす…こーらるの“はたん”…!」
《あなたの火は…ここで終わらせます!》
「あなたたちに…ひとをきずつけさせはしない…!」
白い鳥へと姿を変えたエアはわたしへ向かって突撃した後、上空を旋回しながら分身による爆撃を仕掛ける。
そのままわたしの背後へ回り込んでレーザーを放った。
分身は上昇でやり過ごし、レーザーをクイックブーストで回避。攻撃後の隙をチャージによるバースト射撃で狙い撃つ。
《決着を…!レイヴン!》
背後に回り込んでからのブレード攻撃。何度も見せてきた攻撃でわたしへ迫るエア。照準はターゲットアシストに任せて、パイルバンカーを構える。
「…さよなら、エア」
わたしの間合いへ踏み込んできたエアがブレードを振るうよりも早く、鉄杭が彼女の機体を貫いた。
それと同時に、わたしの機体の左腕も衝撃に耐えきれず吹き飛ぶ。
ダメージ限界を迎えたエアの機体が爆発を繰り返す。爆発で怯む度に分身を残しては消えていく。
《レイヴン…それでも…私は…》
強烈な光の向こうで、わたしにむかって手を伸ばしているエアの姿が見えた。
《人と…コーラル…の…》
「えらべなくてごめんね…いまでも…だいすきだよ」
その手を取る者は無い。ジェネレーターの光が、わたしのコックピットの画面を埋め尽くした。
エアの機体から、光が消えた。
沈黙した衛星砲に船体を擦り付けながら、ザイレムがバスキュラープラントを目指す。
ほどなくして、ザイレムがバスキュラープラントへ突き刺さった。
外郭の隙間から、ザイレムの開けた穴から、コーラルが溢れ出し始め…
コーラルに、火が点けられた。
再びルビコンを呑み込まんと、炎と嵐が膨張していく。
わたしは炎から逃れるために、ボロボロの機体を動かし始めた。
サイドブースターの姿勢制御が思うようにいかず、ブースターの点火も遅い。
かろうじてアサルトブーストが間に合い、メインシステムを巡航モードに切り替えて離脱を開始した。
ここまで引っ張ってから雑にぶち殺せて満足です
次回エピローグやって2周目ー