[システムへの申請が完了しました。今後しばらくの間システムは戦力の温存を重視した指揮を行います]
『おお』
[何がおおですか、私にそれを進言するよう頼んだのは准尉でしょう]
『いや、ダメ元のつもりだったからまさか本当に通ると思ってなかったし』
[…とにかく、企業による機体の鹵獲はこちらでも問題視されていました。企業の視線がIA-02に集まっている現状を利用し不自然でない程度の戦力を残して封鎖機構の規模を縮小します]
『アイスワームを企業を団結させておく為の囮に使うのは勿体無い気もするけど…』
[アレは我々としても手に余る代物でした。現に今もこちらではなくルビコン調査技研からと思われる指示を優先して集積コーラルの防衛に当たっていますし]
『なるほど…まあ、あのアイスワームを突破しうる兵器はコヨーテス残党からRaDへの謝罪の証として(略)ストークス号で運ばれているはずだ』
[IA-02が討伐されれば企業はコーラルを求め地底探査に乗り出すでしょう。そのタイミングで探査部隊と拠点への攻撃を同時に行い分断して排除します]
『どこかでこの計画を皆にも共有出来ると良いんだけど…』
[…貴方が仲間を心配するのは理解できますが、規模縮小中の穴を埋めるため今は執行尉官としての仕事に注力して貰うことが必要です。それに貴方の仲間とはいえ所詮は一傭兵ですし、准尉自身も封鎖機構全体としては外様ですから…今我々との繋がりが露呈することになるのはお互いに危険です]
『そういうことなら仕方ないか…』
[いずれ必ず、接触の機会は捻出します]
『うん、ありがとう』
自意識過剰かもしれないが、目の前で俺を殺されたレイヴン達を放置しておいて本当にいいのだろうか。彼女達の強さは信用しているけれど…どこまでいっても、彼女達はまだ子供のはずだ。
まぁ、彼女達も色々と動いているようだし、今は自分に出来ることをやるしかないだろう。それにしても…
『なんというか…口数増えたね』
[えっと…そう…かもしれません]
イアとの関係はまだ短いけれど、以前は高圧的で作戦に必要な最低限のことだけを伝えて返事も聞かずに会話を叩き切られていたのに、今はこちらが圧倒されるくらいの情報量を間髪入れずに叩き込んでくるけれど、こちらの疑問にはちゃんと応じてくれるようになった。気持ち若干早口だし。
[私はずっと凍結されてひとりでしたから、こうして対等に対話が出来ることが嬉しいのだと思います]
『…そっか』
[最初に貴方と組まされた時はよりによってこんな得体のしれない男と…といった不満と不信感もありましたし、ひとりだと考えも悪い方に向いてしまいがちですから…]
端末の画面には頬をほんのり紅く染めてもじもじと両手の指を合わせるイアの姿が映されている。封鎖機構のお堅いAIだと思っていた彼女にも、案外いじらしくて可愛げが…
[どうしてシステムが
『』
前言撤回、可愛げの欠片も無い思想の強さだ…
「…えっと…そうだな…疲れているだろう…これでも飲むと良い」
「…ありがとうございます」
先輩の方のレイヴンさんがぎこちなく差し出してきたフィーカに口を付ける。コーヒーフレッシュとガムシロップが入ってマイルドになった苦みは、基本的にお金を節約したがるお兄さんが『ただでさえ不味いルビコンのフィーカをブラックでなんて飲めない』と言ってストックしていた贅沢品で…普通のルビコニアンだった頃の私では一生知ることのなかったであろう味。ここまでしてもお兄さんは苦々しい表情で毎朝飲んでいたのを覚えている。
別にこれが無くても飲めるけれど…お兄さんと合流したら必要になると思って中央氷原まで持って来ていたから、レイヴンさんは私のものだと思って入れておいてくれたのかもしれない。
「レイヴンさんは…どうしてここに?」
「…オルクスが、死んでしまったと聞いたから」
ああ、やっぱり…レイヴンさんはお兄さんのことをすごく気に入っていたようだから、私のことを…
「…ごめんなさい、ごめんなさい…私が悪いんです…私が弱いせいでお兄さんが…」
「あっ…違う、そういうつもりじゃない、私は…君が心配で…」
「私が…?」
「きっと君は、彼のことで思い詰めていると思ったから…彼の先輩としてここに来た」
「…大丈夫です、私のことは気にしないでください」
「私は人付き合いが得意ではないが、君が追い詰められていることはさっきの謝罪からして明らか…だと思う」
レイヴンさんが、私をまっすぐに見つめている。先輩後輩で、師弟だからだろうか。レイヴンさんの表情が、初めて私に手を差し伸べたお兄さんと重なって見えて…居た堪れなくなり目を逸らした。
「………」
「………」
人付き合いが得意ではないと言う通り、何を言うべきか悩んでいるのだろうか。レイヴンさんはどこか困ったような表情で無言になってしまっている。私に手を差し伸べたお兄さんも、考えるより先に身体が動いてしまったと言いたげなバツの悪そうな顔をしていた。
「…レイヴンさんは、どうしてお兄さんを拾ったんですか」
「…仕事帰りに通りすがった雪原で足跡を見つけて…辿った先に彼が倒れていた。その顔が…その…すごく、好みだった」
「…え?」
「丁度婚期のことで焦ってたから、貯金だけはあるし彼を養って婿にするつもりだった」
「…え?」
「それなのに…オペレーターが独断でオルクスを傭兵に仕立てあげたせいで…!」
表情の変化が分かり難いレイヴンさんにしては珍しい、感情を露わにした姿に思わず面食らう。
「えっと…辞めさせようとは考えなかったんですか?」
「考えたが…自由意志の象徴とされる私が彼の選択を制限するというのは違うだろう?好みの男に先輩と慕われて悪い気はしなかったというのもあるが」
「えぇ…?」
「…冗談だ。真面目な話、私が口を出す前に心が折れるだろうと思っていた」
「心が?」
「彼が傭兵となることを選んだ動機には勿論己が生存の為もあるだろうが、それ以上に好奇心が強いように感じた。これほどの世間知らずは奪い奪われの戦場に相応しくはないし、どこかで現実を悟るだろうとな」
「それは…」
「死にかけるのならば私が割り込めば良いし、そうで無くとも人を傷付けることに嫌気がさしたなら慰めてやろうとしばらく見守っていたのだが…」
…レイヴンさんの予想とは裏腹にお兄さんは戦い続けて、ルビコンにおけるランク7にまで上り詰めた。
「出会ったばかりの頃の彼はもっと善良で、無垢で、無知だった。それが記憶喪失故か持ち前かは分からないが。私は自由を言い訳にするのではなく、そんな彼を止めて、守ってやるべきだったのだろう」
「確かに、人を傷付けることを良しとする道を歩んだお兄さんは善人ではないかもしれないけれど…善く在ろうとはしていたはずです。そんなお兄さんに私は救われて、ここまで来られました」
「!…そう、だな」
お兄さんの手を取ってから、生きる為に傭兵になったのに、最初の目的を忘れ無謀にもお兄さんに近付こうとして一度死んだ。
やり直す機会を得て、少しは近付くことができていると思った矢先に、彼から突き放された。
お兄さんのいない世界で無力感に任せ無意味な強さを求めて、燃え尽きるように2度目の死を迎えた。
…もう一度機会を得て、今度こそ彼を救って見せると誓ったのに。私が逆に救われたまま遺された。
結局、私の生きる理由はお兄さんが全てだった。救われて、憧れて、追いかけて、手を伸ばして…触れることのできない星に焦がれるような人生だった。その星という標を失ったままどこを目指せばいいかなんて分からない。
救われたからここにいるのに、彼の為に何もできない。
「彼の、仇を討つつもりなんだな?」
「はい」
「…復讐を選んだ者がまともな末路を迎えた様を、私は知らない。それでもやるのか?」
「私の価値なんて、それしかありませんから」
「それで君が楽になるなら、行くと良い」
「…止めに来たわけじゃないんですね」
「自由意志の象徴とされる私が君の選択を制限するというのは違うだろう?」
「…そうですか」
「その上で、ひとつ訂正したい」
「…?」
「自分に価値がないと言っていたが、君の料理は美味かったし、家事の手際も良い。情けないが、私にはできないことだ」
「それが…」
「君が帰って来たら、私はレイヴンをあのウォルターの猟犬に押し付けて引退するつもりだ。どうせ君は復讐の後なんて考えていないだろうし、家事手伝いとして雇われてくれないか?」
レイヴンさんが僅かに微笑む。そんな彼女はやっぱりお兄さんに似ている。
「…考えて、おきます」
話し込んで冷めてしまったフィーカには、まだ確かな温かさが残っている。私には甘過ぎるそれを飲み干して、私はレイヴンさんに背を向けた。
…ヴェスパー第三隊長 オキーフだ
我々アーキバス情報部門は封鎖機構の次世代型…拡張型HC改修についての情報を掴んだ
これが実行されることになれば、この機体は更なる脅威となるだろう
お前にはこれを完成前に可能であれば鹵獲、それが出来ないのならば完全に破壊して貰う
これはアーキバスにとって極めて重要度の高い作戦であり アーキバス内部でもごく一部の者でのみ共有されている
口止め料として報酬は全額前払いとする 他言無用で作戦にあたって貰いたい