目が覚めるとそこは見知った天井だった。ガレージヘリの寝室スペース、随分と久しぶりの天井だ。俺はエノメナに負けて…でも、死んではいなかったらしい。
『痛っ…』
身体を起こそうとした所で、頭にずきりと痛みが走る。撃墜された時にぶつけてたのか。また痛くなるのも嫌なので目線だけで周囲を見まわして…エノメナが俺の手を握りながら、ベッドに突っ伏していることに気が付いた。
俺の仇を取ろうとしたらその仇も俺だった、というのは中々に衝撃的な状況だろう。本物かどうかも分からない俺を、彼女は生かしてくれたのか。彼女が起きたらちゃんと説明しないと。でも俺であることの証明ってどうすれば…
「ん………」
『…おはよう、エノメナ』
「あっ…お兄さ…」
目覚めたエノメナは俺を見てその顔に一瞬喜色を浮かべるが、すぐに真顔に戻る。やっぱり警戒されているようだ。
「…起きていたんですね」
『今さっきね。もしかして、ずっと見てくれてた?』
「起きた貴方が何をするか分かりませんから」
『その気があったとしても今は無理だ、頭ズキズキする』
また一瞬だけ、エノメナが申し訳無さそうな顔をしていた。俺の正体は抜きにしても気にしているってことかな。
『今言うことじゃないけど…やっぱり強いね、君は。完敗だった』
「…ありがとうございます」
隙も無駄も遊びもない、彗星のように研ぎ澄まされた居合斬り。本当にどこで覚えて来たんだか…一応ルビコニアンふつうガールだよね?もしかしてルビコニアン全員とは言わずとも彼女の居た集落はサムライの里だったりする?
「…ひとまず、レイヴンに連絡します。貴方が何者なのかは、彼女も交えて確かめましょう」
『分かった』
「貴方の正体がどうであれ、これだけは言っておきます」
『………』
「もう一度会えて良かったです、お兄さん」
『やあ、後輩。久しぶり…で良いのかな』
「オルクス……」
アイスワームの討伐後、わたしに黙ってあのHCの撃破していたエノメナからオルクスを見つけたと聞いた時はついに彼女が限界を迎えてしまったのではと思ってしまったけれど、なんとも居心地の悪そうな表情で聞き慣れた挨拶をする姿からして事実だったらしい。
「早速ですが本題に入りましょう。貴方は何者ですか」
少なくとも、見た目と振る舞いは彼そのものだけれど、彼はわたし達の目の前であのHCに殺されたはずだった。ならばここに居るオルクスが何者で、何を目的としているのかを明らかにしなければならない。
『俺は…ルビコニアンのアクス。その肉体を借りたコーラルに散逸した意識のひとつ…だと思う』
《…!?》
「それは…貴方がCパルス変異波形だと言うことですか?」
『正直言って、俺はCパルス変異波形の感覚がどういうものなのか分からないから断言できない』
「…それなら、なんでじぶんがそうだとおもったの?」
コーラルの織りなす潮流に生じたひとつの波形だと断言したエアと比べると要領を得ない回答。とはいえCパルス変異波形についてそれほど知らないのはわたし達も同じだし、彼等が肉体に取り憑くことがないと否定は出来ない。
『それについては随分と荒唐無稽な話になってしまうけれど…俺に、前世の記憶があるって言ったら、笑うかな?』
「は?」「え?」
…彼も、わたし達のように繰り返しているということ?思い返せば彼はわたしが一度目の頃から次に何が起こるか見えているかのように動いていた。それにブランチの一員であることを抜きにしても一傭兵としては明らかに企業や封鎖機構の内情についても情報が早くて…まさか彼はわたし達よりもずっと多くの繰り返しを?
「どういう意味ですか…?」
『少し長くなるけど良いかな?』
「…あなたのことを、きかせてほしい」
これまでのわたしは、彼の事を知ろうとしてこなかった。今の彼が誰であれ、しっかりと向き合わずに決断すべきではないと思う。もう、彼が死んでしまったときのような思いはしたくないから。
俺、折戸 久は21世紀の日本…よりも地球と言った方が伝わるか…?の大学生だった。
両親は健在で妹が1人の当時基準ではありふれた家族だけど、俺は大学進学にあたって親元を離れアパートで1人暮らし。
大学で講義受けて、大学終わったらバイトかゲームして、休みには友達と飲みに行ったり彼女とデートしたり。いやまぁ講義中にソシャゲのデイリーやってたし、レポートは期限前日の夜に提出してたし、講義は2,3回までなら休んでもセーフとか考えてたし、バイトの金は貯金せずソシャゲに突っ込んでたし、食事は基本レトルト弁当冷凍食品カップ麺とかで不真面目にも程があったけど間違いなく充実した人生………だったよ。
…あんな生活してたから多分鉄分とか睡眠足りてなかったんだろうね、風呂場で足滑らせてバスタブに頭ぶつけて死んじゃった。
それで次に目を覚ました時にはもうコーラルの井戸に転落して意識不明だったルビコニアンのアクスの身体だったんだ。俺としての記憶しかないのにこの身体の幼馴染とどう向き合えば良いか分からず逃げ出して、遭難していた所をブランチに拾われて、生活の為に傭兵になって…
『で、今に至るってワケかな』
「………」
「………」
『うーん…流石に反応悪いね。まあ荒唐無稽な話にも程があるし、そもそも転生とかの概念って伝わる…?』
前世?21世紀?日本?転生?…思ってたのと違う!さっきわたしが閃いたのはたまたま噛み合っていただけ?
彼も言う通り荒唐無稽なこの話とどう向き合えば良いのかは分からない。けれど…どこか遠くに想いを馳せるような、初めて見る彼の眼差しが出鱈目を言っているようには感じられない。
「あなたが、どんなそんざいなのかはわかったけれど…」
『上手く説明できるかはともかく、疑問があるなら答えるよ』
「ならあなたは、このほしでおこることをどこまでしっているの?」
『直接経験した訳ではないんだけれど、全体的な流れをなぞる程度には』
濁しているという訳ではないようだけど、なんだか話し辛そうな曖昧な答えだ。どう切り出すか考え込んでいるのかもしれない。
『…そうだね、俺は最初から知っていたよ。君が…C4-621がルビコンに密航してから、レイヴンのライセンスを手に入れて、壁越えを成し遂げて、エアの声を見て、レイヴンに力を示して、アイスワームを撃破して、コーラル集積地へ辿り着いて、再教育センターを脱出して……レイヴンの火を起こす可能性を、ルビコンの解放者となる可能性を、コーラルリリースのトリガーを引く可能性を見てきた』
「どうやって…?」
『事実とは違うけれど、それでも噛み砕いた言い方をさせて欲しい。俺は前世で、この惑星で起こることにシミュレーションのような形で触れてきたんだ』
「シミュレーション…」
『とある惑星でのある資源を巡る争いへ身を投じるひとりの傭兵…まさに君の視点のようなシミュレーションで、俺はさっき語った3つの結末に辿り着いた。あくまであのシミュレーションはどこかの誰かが創り上げたひとつの作品だとは分かっている。けれどこの惑星は、余りにもあの世界に似ていたから…怖かったんだ』
「なにが、こわいの?」
彼が何を恐れていたのかは彼の眼差しから簡単に分かってしまった。けれど、わたしはそれが勘違いだと思いたくて思わず問いかける。
『ただひとり、あの惑星の結末を選択出来る存在。そしてあらゆる障壁を叩き潰してその選択を実現出来る存在。そんな
…あぁ。
──なんとか間に合ったみたいだな、密航者。
俺は独立傭兵オルクス。手を貸そう。
武装ヘリ相手に窮地に陥った所へ助力してくれたのも。
──ここまで来たんだ。
俺は君の選択について行くよ、レイヴン。
アイビスの火を再現するという凶行について来てくれたのも。
──君の力になりたいって言った以上、
喜んで僚機申請は引き受けさせてもらうよ。
殆ど利益のない唐突なカーラへの裏切りに応じてくれたのも。
…彼はわたしの味方で居てくれたんじゃなくて、わたしの敵になろうとしなかっただけだったんだ。
『君と親しくなれば、敵対する機会が減る。君と親しくなれば、道を誤りそうになった時に止められるかもしれない。君と親しくなれば……敵対した時に躊躇ってくれるかもしれない。そんな打算だけで、俺は君に近づいたんだよ』
………本当に?
──君のやるべきことが終わったら遊びに来てくれ。
そしたらまぁ…また歌を教えたり、美味しいものでも食べにいこう。
……本当に、全てが嘘だったの?
──俺が、君の辿り着いた答えの力になれたら嬉しいな。
…違う。
──無理させてごめん…後輩。
本当なら俺が全部やるべきだった。
彼がわたしに対して思っていたことは本当なのだろう。それでも…これまでも今も、彼は間違いなくわたしの先輩だ。
だからこそ、知りたい。
「オルクス、あなたのもくてきはなに?」
今の彼が、何を選ぼうとしているのかを。
『この惑星で出来るだけ資金を貯め込んだら出て行って、後は細々と生きていければ良いと最初は思ってた。俺はこの世界の先を知っているのだから…余計なことをすべきじゃないと言い聞かせていたんだ』
彼の最初の目的は、1度目の頃にも聞いたことがある。あの時は堅実な傭兵だとしか考えなかったけれど、そんな想いを抱いていたんだ…
『…けれど、アクスの幼馴染と話して考えが変わった。自分に証明したいんだ。一度死んだ俺が、知識を持ってこの世界で生きていることで、変えられることがあるハズだってことを』
『俺が知っている結末は、物語としては間違いなく心を揺さぶられる良いものだった。けれど俺は…善い人が、より良い結末を迎えられたら良かったのにと考えている』
「それは…!」
それはきっと、わたしの望みと同じものだ。ならばわたしがすべきなのは、彼のことを守るべき人として生かそうとすることじゃない。
『俺はもう、とっくに終わった人間だからって、ずっと立ち止まっていた。だけどそんな俺にも今があった。だったら今を生きる君たちには、もっと良い、結末のその先を生きて欲しいんだ』
わたし達は、一緒に望みを目指せる。
『この話が君たちに俺を俺だと証明できた自信はない。けれどもし今の俺が信頼に値するのなら、もう一度………』
「…認めません」
ずっと沈黙を貫いていたエノメナが、オルクスの言葉を叩き折る。
「認められません…」
『…そっか。そうだよな…俺は君を庇った彼を…』
「貴方がお兄さんであることはもう疑っていません」
『………?だったら、なんで…』
「むしろこの話を聞いたからこそ、認める訳にはいきません…!」
『待っ…痛っ…!』
彼を拒絶して部屋を飛び出していくエノメナと、それを追おうとベッドから身体を起こそうとした所で傷が痛んだのか頭を抑えるオルクス。突然の展開に、わたしはそんな2人を見ていることしかできなかった。