誰か俺の狗竜を見てませんか?
『…エノメナ』
話を聞く余地もなく部屋を飛び出してしまった彼女について、俺が知っていることが全く無いという訳では無いはずだ。家事が得意なのは両親が解放戦線の戦士として忙しくしていたからで、面倒見の良さは集落で子供達の世話を任されていたから。若干依存傾向が見られるのは家族や知り合い諸共故郷を失ってしまったからだろうと想像すること自体は出来る。だけどこの仮定の前提となっている彼女の生い立ちはオペ子さんが調べてくれたものであって、本人から聞いた訳じゃない。
俺は彼女がどんな子かを知っているというだけで、彼女については何一つ理解できていない。彼女が何故俺に着いてきたのかも、何故力を求めているのかも、何故ACをあそこまで動かせるのかも、そして俺の話の何が認められなかったのかも。
それを理解しようにも俺は彼女を知らな過ぎるし、知ろうとするには付き合いがまだ短過ぎた。
『レイヴン、こんな状況で申し訳ないけれど、君と彼女の事情を聞かせて欲しい』
「うん…エア、すこしはずしてもらってもいい?」
《分かりました、レイヴン。その…エノメナの様子を見てみます》
エアって離れていると621とエノメナの片方としか交信できないのか。いや、それは今は置いておこう。
…あんまり良いやり方じゃないことは分かっているけれど、事情を把握していない今無理にエノメナと話しても溝が深まるだけのはずだ。ここはより長くエノメナと行動してきた621を頼るしかないだろう。
わたしたちは、ルビコンでの戦いをもう3回繰り返している。
はじめのわたしは、ただの道具だった。自分に残された機能で、ハンドラーに与えられた仕事を望まれた通りに熟せばそれで充分だと思っていた。
けれど、ルビコンでは出会いがあった。わたしを信じ続けてくれたウォルター、1番近くでサポートしてくれたエア、色んなことを教えてくれたオルクス、いち傭兵にナンバーを空けておいてくれたミシガン総長、わたしに自分で考えるきっかけを与えてくれたラスティ。
他にも沢山の出会いがわたしの価値観を変えていって、道具じゃない今のわたしを作っている。
それなのに、全員死んでしまった。殺して、取り零して、痕跡さえもルビコン諸共焼き尽くしてしまった。
導いてくれる人も居なくて、自分が何をしたいのかも分からないまま取り残されたわたしは、どういう訳かルビコンに密航してすぐの頃に戻っていた。理由はわからないけれど、こうして機会を得られたなら、みんなのことを助けられるんじゃないかと思った。
でも、駄目だった。確かに助けられた人もいたけれど、やっぱり立場はどうしようもなくて…全部を救うことの難しさを思い知らされた。
それでまた最初に戻って、自分ひとりじゃ変えられないと思っていた所でエノメナも繰り返していることを教えてくれた。わたしと全く同じ状況じゃないけれど、だからこそ彼女はコーラルの破綻を抑える方法を見つけた未来も知っていた。
わたしの望みは、わたしに良くしてくれたみんなを助けること。今ならきっと、違う結果を掴めるはずだから。
『………』
…それは、幼い容姿の彼女の口から出るには余りにも重い決意だった。ループ、それも3度目。確かにネットの創作とか反応集動画としては少なからずあった概念だけれど、彼女にとっては与太話ではなくて。その繰り返しの一つ一つがエンディング回収なんかじゃない現実だった。
「うまくまとめられなくて、ごめんね」
『…大丈夫、ちゃんと理解ったよ』
それなのに俺は、彼女の守りたい人々をNPC扱いして、保身の為に彼女に近付いて、余計なことをすべきじゃないと言い訳した挙句今更もっと良いエンディングを実現したいなどと宣っている。余りにも身勝手で…
「あなたに、もうすこしききたいことがある」
『…何かな』
俺のことは思い付く限り話したつもりだけど…まだ不審な点があっただろうか。
「あなたのいうシミュレーションは、よくにたせかいじゃなくてこのせかいそのものだよね」
『ッ…それは…君に、分かってしまうものなのか』
疑問ではなく、確信を持った問いかけ。君達の世界をゲームで知りました、なんて流石に言えないからぼかしたつもりなのに。俺はそこまで、人を人とも思わないような振る舞いをしていたのか。
「わかるよ、だってあなたは、わたしとおなじおもいをもってる」
『同じ?』
彼女も同じ状況の転生者って話じゃないよな?だったら何が?
「あなたは、ラスティのことをどうおもってる?」
『なんで今ラスティ…』
「いいから、おしえて?」
『えっと…使命を貫くかっこいい戦友で…ルビコンの解放者?』
「じゃあ、ミシガン総長は?」
『厳しいけれど仲間の命を何よりも優先する、ついて行きたくなるリーダー?』
「エアは?」
『優秀なのに天然で物騒で健気なかわいい脳内かn…じゃなくて友人』
「最後に…ウォルターは?」
『!?イグアスは?』
「…?いまイグアスのはなしひつよう?」
『えっあっはい。ウォルターは…手放せない使命と犠牲を背負ってきたはずなのに、たった一つの選択を尊重してくれた主人』
「ほら、あなたはわたしとおなじだった」
…どこが?さっきの621は皆に貰ったものの話をしてたのに対して俺はメタ視点も入った解釈と感想じゃない?
『えっと…さっき君の言った皆とは違うと思うんだけど』
「そんなみんなをすきになったから、たすけたいんだよね?」
優しく微笑みながら伝えられたその言葉は、否定できない。
『そうだね、同じだったみたいだ』
「でしょ?それでもうひとつ、わたしのことはどうおもってた?」
本人の前で答えるのは中々難しいな…
彼女、レイヴンは…機能以外は死んでいる、感情の起伏に乏しい第四世代強化人間。だけど今の彼女は自力で歩けるし、よく喋るし、笑うし、俺の内心もお見通しで、守りたいものだってある。それは全部彼女が物語を歩む中で人々から得たもので、プレイヤーである俺では知り得なかった画面の向こうの621だから自信を持っては語れない。
そんな中で、揺るがないものがあるとするならば。
『君はどれほど過酷な使命も、終わりの見えないの戦いも乗り越えていける強さを持った傭兵で…』
「ちょ、ちょっと…わたしぜんぜんつよくなんかないよ…!」
すごく困った表情で、621が俺の言葉を遮る。
『自分から聞いといてなんで遮るんだ…そもそも君が弱かったらこの惑星のAC乗りは全員それ以下になっちゃうだろ。やっぱり最強は君以外に…』
「わたしがなんでものりこえる“さいきょう”なら、なんでヘリからたすけてくれたの?」
『それは…恩を売るためで、後死なれたら困るとか…』
「わたしも、つよさにじしんがないわけじゃないよ?だけど
『…ごめん、また俺は君のことを』
「きにしないで、それよりもたすけてくれたりゆうをききたい」
俺が彼女を最強と見做していたことは間違いない。けれど、それはそれとして。
『俺は、あのヘリに苦戦して何度も負けたから。君も苦労するんじゃないかと思った。俺はリトライできたけど、君はシミュレーションじゃないから。その一度の機会に手助けが出来ればと思って…僚機に名乗り出たんだ』
「うん…ありがとう、せんぱい」
某SNSで[〇〇始めてみました!]と呟いた初心者を沼に沈めようと群がってお節介を焼いたり語りたくなってしまう
『後輩、君の言う通りだった。俺達は同じ思いを持っている。美しいけれど納得しきれない結末がある。生きて欲しかった人が居る』
「だったら、いっしょにみとどけよう」
『ああ!』
後輩に道を示されるような俺は、余り良い先輩ではないのだろう。それでも彼女たちが俺を慕ってくれるのならば、精一杯それに応えたい。だからこそ。
向き合わなければ。
『エノメナ、なんだな』
「…まだ、寝ていなかったんですね」
草木も眠る丑三つ時、音もなく俺の部屋に入り込んだかと思えば馬乗りになっている彼女と。
「…
…いや、なんで!?