『そう、あの生徒がゲヘナの火薬庫です』
カリンが先程まで、イナの行動を追跡して考察していたように、通信相手でもあるアカネもイナの事について考察していた。
『爆発というワードに明らかな動揺を見せ、万魔殿の爆破、監視を行っている風紀委員会……となると可能性は高くなります』
アカネが考えたのはこうだ。
万魔殿爆破を実行したイナは、風紀委員会に捕まるも証拠不十分で解放。以前にも同じような事があった為、証拠を集める目的で風紀委員が監視を実行したと予想。
そして今回、メイド喫茶爆破事件が発生した。
『火薬庫というのは物ではなく、通称。噂については、足が付かない火薬の仕入れから、囁かれる事になったのでしょう』
あのヒナ率いる風紀委員会を欺く程の頭のキレ、先程見せた、カリンの狙撃を見ずに躱す実力……
(まだ可能性の枠ではありますけど)
あの生徒が火薬庫なのかは、まだ確定ではない。ただ、それと対峙していると思わなければ油断に繋がってしまう。
「しかし、あの生徒は『ゲヘナの火薬庫』と聞かれた時そんな仕草はなかったが……」
『そこなんですよね……』
ただ単に、知らなかったというのもあるが、あの反応は、演技なのかそうじゃないのか分からない。ただ、本人も知り得ぬ通称で呼ばれる事もある為、真偽は定かではない。
『まあ、爆破に関しては知っているみたいですし、メイド喫茶爆破の件についても聞き出さないと』
カリンは、アカネからの通信を終えると、スナイパーライフルで再びイナ目掛けて、銃弾を発射する。
(……どうやらこちらの位置はバレているらしい)
目標は、またもや紙一重の最低限の動きで躱していく。ここまで来ると、偶然ではなく必然だろう。カリンは、すぐさま場所を変えて、次の機会を伺うのであった。
* * *
「ほーん、そういう事か」
一方イナはというと、ネルと対峙しており、カリンが撃ち込んだ銃弾を見るとネルはそう呟く。
(どういう事で?!)
そして何故、C&Cに狙われないといけないのか分からないイナ。目の前にはミレニアム最強、そして自身はゲヘナよわよわ生徒であり、逆立ちしても勝てる訳がない。
(ここは、穏便に……)
今の状況に足りないもの、それは『対話』だ。同じキヴォトス人なんだ、話せば分かる。
「ネル先輩、私は戦いに来た訳ではなく、ゲヘナから買い物に来ただけなんですよ。」
買い物袋を見せるイナの発音に眉をひそめるネル。
「なんであたしの名前知ってんだ?」
「う゛……」
初対面で名前を知って、しかもC&Cのメイド服の着用、先輩呼びからネルの学年も知っている。自治区外で知っているとなると、ネルの事を調べたか、因縁があるようにしか思えない。
ふと、イナはアスナに教わっていた事にすれば解決なのではと閃いた。
「あ! アスナ先輩から教えて貰ってですね!」
「アスナが?」
どうやら、うまくいきそうだ。
「メイド喫茶で色々とお世話になって、この服もアスナ先輩から貸して貰ったんですよ」
「……あいつ何やってんだ」
やっぱり対話する事で分かり合えるんだと、改めて思う。
「はぁ、どうやら見当違いか。わりぃな」
(勝った! 口は銃よりも強し!)
そう思ったのもつかの間、調子に乗ったのがいけなかったのだろう。ネルが目線を離し、イナがメイド服を返そうと少し頭をズラしハンドガンに目をやると、またもや銃弾が横を掠める。
「チビッ!?」
「あ゛?」
びっくりして思わず口から出てしまった言葉に反応するネル。再びイナの姿を見ると、ハンドガンに目をやって手を添えている形で止まっていた。
端から見ると、イナが不意打ちをしようとした所をカリンからの射撃で防いだように見えた。
「おい、不意打ちとはいい度胸じゃねぇか」
「いや、違……」
口は災いの元であり、結局の所キヴォトスでは銃でのコミュニケーションが似合っているらしい。
残念! 対話失敗!
(おのれ美食研究会ィ!)
イナはその場を離れて、路地裏の陰へと逃げていく。イナがさっきまで居た場所は、銃弾で蜂の巣になっていた。
幸いな事に、路地裏の遮蔽物は多いので、なんとか痛い思いはしていない。しかし、相手は近接戦最強であり、スナイパーのカリンも居るので時間の問題だろう。
(どうにかしないと……どうやって?)
取り敢えず、ハンドガンを構えて最低限の自衛を行う。大人しく捕まれば早いが、黒パンちゃんの件もあったので、問題を起こすと面倒な事になりそうである。
(せっかく買ったフライパンと鍋が……)
銃弾によって、所々穴が空いている調理器具。イナの事を守ってくれたのはいいが、後で買い直さなければならない。
シュン
「うわぁ!」
こちらの位置がもうバレており、更に奥へと追い込まれるイナ。
「居るんだろ? そこによ」
狭い所は、近接戦を得意とするネルの独壇場である。
(これ以上隠れていても不利になるだけ……)
ここは郊外とはいえ、ミレニアムに近い場所。C&Cにとっては慣れ親しんだステージであり、この路地裏も把握されているだろう。
「お? やっと出てきたか」
イナがハンドガンを構えて、ネルの少し離れた所に姿を現す。
(何もしないよりも、何かした方がいい)
そう思ったイナはハンドガンの引き金を引き、フルオートでネルに向かって撃ち込む。しかし、安定のイナエイムはことごとく外れていく。そして銃弾は、ネル以外の路地裏の障害物の全部に当たっていく。
「どこ狙ってん……うお! なんだ『こいつら』!?」
あちらの様子がなんだかおかしい。よく見ると、緑と紫色の見覚えのある生物がネルに向かって襲い掛かっている様子。
(『はぐれパンちゃん』!? なんでこんなところに……)
はぐれパンちゃんとは、ジュリが生成したパンちゃんがゲヘナ学園で処理しきれず、自治区外へ逃げてしまった個体をイナが勝手に付けている個体の事だ。他のパンちゃんよりもやや知性があり、体が小さくなっているのが特徴である。
(今がチャンス! ……あれ、何の匂い?)
今が逃げるチャンスなのだが、何処からかガスの臭いがしてくる。そういえばと、給食部でフウカ先輩に教えて貰った事を思い出す。
『コンロを使う時は、ガス漏れに注意する事! 少しでも臭いがするなら換気をして、コンロを付けたらダメ! 勿論、銃火器もダメよ』
(銃火器……?)
ガス臭の原因はおそらく、イナが撃った銃弾が路地裏にあるプロパンガスボンベに穴を開けたせいである。
普段ならば、屋外なので爆発する事は無いだろうが、路地裏という狭い空間と無風、大量の破損したプロパンガスボンベは十分に爆発の危険性を有していた。
銃火器を使ってしまえば、大きな爆発は免れないので、ネル先輩に伝えなければならない。
「ネル先輩! 銃は使わな……」
「おらぁ!」
(あ……)
はぐれパンちゃんに向かって銃を向け、今にも発砲しそうな勢いである。
もうダメかと思ったその時、イナが居る所、すぐ横の裏口のドアが開き、避難経路及び逃走経路が見つかる。ネル先輩とその建物の所有者には申し訳ないが、避難させて貰う。そのドアに飛び込んだ瞬間、大きな爆発と音と共にイナの体はその建物の奥へと飛ばされる。
「痛ててぇ……」
「大丈夫?」
建物の中の人から声を掛けられる。助けてくれたかは定かではないが、おかげで助かったのでお礼をしようと顔を上げた瞬間、その人物を見て固まってしまう。
「あ、アスナ先輩!?」
なんと声の主は、C&Cのアスナであった。
「いやビックリしたよ! いきなり爆発するーとか言って本当に爆発するんだもの!」
話を聞くとどうやら、メイド喫茶でイナが出ていった後に荷物を確認しようとし、近づいた瞬間爆発したという。その間、アスナは数分間気を失っていたが、覚醒してここに来たのだという。
(もうお手上げ……)
アスナの行動にお手上げ状態のイナは、諦めて万魔殿の爆発について話していく。さすがに、ジュリとイナの生物兵器生成は伏せたが……
「『謎の生物』が万魔殿で暴れて爆破、風紀委員長が討伐したってこと?」
「そ、そうです……後自分の周りで『ゲヘナの火薬庫』なんて本当に聞いたこと無いです」
ひとしきり話した後、アスナから質問がくる。
「そういえば、その風紀委員が居たんだけど、お友達?」
「あー……多分それ、美食研究会の監視かもしれないですね。今回のメイド喫茶の爆破も、美食研究会のハルナ先輩のせいですし」
自分が監視されているとは、微塵も思っていないイナ。
実際、美食研究会はゲヘナだけではなく、様々な自治区に出没し、今回と同じく爆破している。ミレニアムも当然この諸行を知っている為、美食研が監視されていると言われても、違和感はない。
「情報提供ありがとう!」
「いえいえ、ネル先輩大丈夫ですかね……」
今血眼になってイナを探しているとは思うが、あの爆発に巻き込まれて、無事で済むとは思えない。
「リーダーは大丈夫! 多分!」
「えぇ……」
その答えに若干の不安を覚えるが、取り敢えずゲヘナに戻って調理器具を購入し、給食部の所へ戻らなければならない。
「それでは! また会った時は他の料理でも……ちょっと手伝って貰いますが」
「うん! パンケーキ美味しかったよ! またねー」
アスナと別れて、他のC&Cにバレないかビクビクしながら駅に着き、ゲヘナへ向かう。
(なんかジロジロ見られるんだけど……気のせいか)
ゲヘナに向かう最中から、調理器具を購入する時までずっと見られている気がする。イナが周りを見渡すと、他の人にスッと顔を避けられてしまう。
(何なんだろう……もしかして風紀委員の監視って自分の事だったとか!?)
正解なのかそうではないのか分からないが、急いでゲヘナに戻る。
「ただいま帰りましたー!」
給食部へ帰還すると、フウカ先輩とジュリが出迎えてくれる。
「おかえりな……」
「イナちゃん! スマホどう……わぁ!」
二人に声をかけて貰うが、何故かイナを見るなり固まっている。すると、フウカ先輩から
「……どこまで行ってきたの?」
「え? ミレニアムの郊外までですけど……ああ! 遅れたのは少し銃撃戦に巻き込まれちゃって、でもこの通り買ってきましたよ!」
イナは買い物袋を二人に見せるが、フウカ先輩の顔が優れない。
「ど、どうしたんですか?」
体調が優れないかと思い、声をかけるとフウカ先輩はイナに近づいて言う。
「どうしたも無いわよ! イナこそなんで『メイド服』なのよ!」
改めて自身の服装を見ると、紛れもなくC&Cのメイド服であった。一瞬思考停止し、ここに戻るまでジロジロ見られていた理由が分かってしまった。
「本当だああああああ!!」
「気が付かなかったのね……」
「でも、イナちゃん可愛いです!」
フウカ先輩にサボっていたのかと、あらぬ疑いを掛けられそうになるが、必死の弁明で疑いは晴れた。
「ちゃんと、おつかいしているのは最初から分かってるけど、本当に気を付けてね?」
「はい! フウカ先輩!」
着替える前に、ジュリとフウカ先輩とでメイド服姿のイナと写真を撮ったり、新しく買ったスマホの話をしたりなどして時間は過ぎていく。
一方、ゲヘナ学園に近づく大人が……
「"ここがゲヘナ学園……よし!"」
キヴォトスの砂は、まだ飛ばされてはいなかった。
読んでいただき、また感想等ありがとうございます!
ゲヘナと給食部に休息はありません……
次回もよろしくお願いします!