魔族に魔法を教えてもらおう!   作:PSコン

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1.小さな願い

「なあ、聞いたか? いなくなったライシャの話」

 

 通りすがり、噂話を耳にした。

 

「ああ、見つかったらしいな。狼にでも喰われたのか、見るも無残な遺体だったとか」

 

 よくある話だ。

 農耕というものに漸く慣れ始めた人類にとって、自然と人の境界線は曖昧だ。食物連鎖の一員になるのは、ありふれた話だった。

 

「いや、それがな。どうにもやったのは狼でも猪でも。ましてや熊でもないらしい」

 

 男は声を潜めて言った。

 興味を引く良い手だ。思わず俺の足も止まってしまった。

 

「じゃあなんだ。魔物って奴か?ありゃあ、つい最近エルフの一団が、粗方駆除したって話じゃないか」

 

 

 ――魔物。

 

 少なくとも神話の時代から生息する、人類の敵対者だ。

 通常の動物と異なり人に慣れることはなく、死ぬときには塵となって消え去る、不思議な動物たち。

 

 存在そのものが百害あって一理なしであるため、真っ先に駆除しなければならない。ならないのだが……。奴らは非常に強く獰猛。さらに魔法と呼ばれる不思議な力を扱う。

 

 そこで活躍するのがエルフだ。

 彼らは長い時を生きており、武芸に秀で、魔物たちの力である、魔法さえ扱う者も居る。

 

「討ち漏らしが居たらしい」

 

 男はそう言ったが。エルフは優秀で、執念深い。それこそ年単位で張り込むこともあるのだ。にわかには信じられないが。

 

 話相手の男も同様に考えたらしく、「そりゃないだろ」と笑っていた。

 

「嘘じゃねえよ」

 

 男は幾分気分を悪くしたようだが、話を打ち切る気はないようだ。

 

「新種の魔物だ。何でもそいつらは、人間と同じ姿で、同じ言葉を話すんだとよ。そいつらをエルフ共はこう呼んでたぜ」

 

 

 

 ああ、なるほど。つまり、ここにも現れたのか。

 

 

 

 俺と男は、同時にその言葉を口にした。

 

「魔族」

 

 

 

 *

 

 

 

 嗅覚はひょっとすると一番重要な器官かもしれない。

 ボロを纏った少女は、木の根で覆われた地面に這いつくばりながら考えた。

 

 鼻を犬のように鳴らす姿は、とても人間とは思えないものだ。

 だがそれも当然だろう。彼女の乳白色に近い黄色の髪。その側頭部に埋もれた二対のねじくれた角が、人間でないことを証明していた。

 

 魔族――彼女はそう呼ばれる存在だった。

 

 彼女は鼻をくんくんと鳴らし、漸く目的を発見したか、手を地面から離し駆けだした。

 しかし――

 

「……」

 

 目的である死骸(おそらくは鹿)には先客が居た。

 一匹の犬がくちゃくちゃと、啄むように噛みついていたのだ。

 

 犬は彼女の来訪に気がついているのだろうか。

 どちらにせよ、彼女の行動に変わりはないのだが。

 

「……はあ」

 

 溜息をついて、その場を後にした。

 

 悲しいかな、彼女は野犬一匹にも勝てない弱者だった。

 腹の虫が鳴った。されど食料はどこにも在らず。

 

 

 

 ややふらつきながらも歩き続ける。

 座っていても、食料が手に入る筈もないのだ。

 無論歩いているからと言って、手に入る訳でもないのだが。

 

 おそらく今日も虫や木の実で腹を満たすことになるのだろう。

 少女は再度溜息をついた。

 

 明らかに栄養が不足している。

 外敵の心配などせずとも、餓死は遠くない未来に訪れるだろうことが予測できた。

 

 

 木の枝を踏む音を、彼女の耳が捉えた。

 反射的にしゃがみ、慎重に音と反対側の木に隠れる。

 

 一連の流れは非常に洗練されていた。常人ならば彼女の存在に気がつくことは無かっただろう。

 加えて彼女は幼く、また飢餓により衰弱していた。魔力はほとんど残っておらず、エルフの探知も潜り抜けられるだろう。

 

 音のした方向を覗く。

 

「……気のせい?」

 

 どこか遠くで鳥が鳴いている、いつもの森がそこにあった。

 鼻を鳴らしてみる。湿った草の匂いがした。

 

 下した結論は、猿か何かがゴミを落としただけ。

 

「よう、何してんだ?」

 

 だから背後に何か居て、あまつさえ理解できる言葉で話しかけられた時はとても驚いた。

 振り返ろうとして、苔で足を滑らせた。木の幹に頭を打ち付ける。

 

 突如現れた男は、笑いながら「大丈夫か」と話しかけた。

 

 恨みを込めて男を睨みつける。

 

 エルフではない。黒ずんだ赤髪に隠れているが、耳が丸っこいからだ。

 ドワーフではない。横幅はあるが、背が高すぎる。

 当然魔族でもない。顔立ちは近いが、魔族の象徴たる角がない。そもそも同族なら魔力で判別できる。

 

 つまりはただの人間。見覚えが無いが、近くの里の男だろう。

 

「ふうん、本当に人間そっくりなんだな」

 

 呑気に観察し返している男を見て、魔族の少女は考えた。

 

 これはチャンスだ。上手くやれば、数日分の食料が手に入る。

 

 如何に首筋に歯を食い込ませるか考えていると、男は何ら警戒する様子もなく、手を差し向けた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()、男は言った。

 

「喰えよ。見たところ空腹だろう? 話はそれからだ」

 

 何を考えているのだろうか。理解はできないが、目の前に差し出された食料を拒否するほどの余裕はなかった。

 小指に噛みつき、関節を噛みちぎる。骨を削るように咀嚼し、削ぎ落した肉を喉に流し込んだ。

 

「それだけじゃ足りないだろ? もっと喰え」

 

 そう言って男は変わらず手を差し向ける。

 嚙み千切った筈の、小指もそのままに。

 

「いくら喰ってもいい。俺は不死身だ。絶対に喰い足りないなんて事は起こらないさ」

 

 男はそんな、夢のような言葉を吐いた。

 

 

 

 *

 

 

 

 思ったよりも、食事に時間が掛かった。男の肉は硬く、顎に違和感が残っている。

 

 木々の隙間から漏れる光は、既に月明かりになっていた。

 月明かりと、地面に点在するヒカリゴケ。揺らぐように飛ぶ光虫。

 コントラストの異なる明かりを受けた男は、自身の胸を叩いて言った。

 

「俺が提供するのは、無限の食料だ」

 

 手の平を私に向け、続けてこう言った。

 

「俺は魔法を覚えたい。だから俺に魔法の使い方を教えてくれ」

 

 知り合いのエルフには断られたしな、と。男は聞いてもいない補足を付け加えた。

 

「……」

 

 取引としては、悪くない。むしろ出来過ぎているくらいだ。

 

「どうだ?」

 

 男が問いかける。

 怪しい。怪しいけど。

 

「……いいよ」

 

 私は伸ばされた手を掴む。確か人間はこうする筈だ。

 思った通り、男は私の手を握り返した。

 

 硬い手の平だ。大きな手の平だ。血管が脈打つのを感じる。夜露で冷めた体が温まるようだ。

 

「よし、それじゃあ行こうか」

 

 男が手を放す。

 

「……」

「どうした?」

 

 男が尋ねた。

 

「……どこに行くの?」

 

 とりあえず、思ったことを口にした。

 

「ああ、流石に人里には行かないよ。魔族がどう扱われるかは知っている。

 ちょっと遠いけど、俺のセーフハウスに行く。10年くらい前に住んでたから、まだ残ってる筈」

 

 多分、と男は付け加えた。

 

「あそこは人間は勿論、エルフも避ける場所だ。確実に安全だよ」

 

 一般的に。

 人が寄り付かない場所は危険地帯である。

 

 その辺りの感覚が不死身故に男は麻痺しており、魔族の少女は無知故に気がつかない。

 だから「ふーん」という、適当な相槌を返すだけだった。

 

 男は一歩踏み出した後、「そういえば」と口を開いた。

 

「名前を言ってなかったな。俺はゼイゲンだ。君は?」

 

 名前――そういえばそんなものもあったなと、最古の記憶へ思いを馳せる。

 

 この森だったのは覚えている。確か昼間で、空気は蒸し暑かった筈だ。

 

 私を見下ろす存在が居た。でもそれが、どんな姿だったのかは思い出せなかった。

 人間で言う、母と呼ばれる存在。確かあれはこう言った筈だ。

 

「――リープ。うん、私の名前はリープだ」

 

 良い名前だなと、男は言った。

 

 

 木の根を跳びながら進む。

 ひと際大きな段差に出会う。男の手を掴み、大きく跳んで飛び越えた。

 

 掴んだ手は離さずに、そのまま進み続けた。

 

 そして月が隠れ、太陽が顔を出し始めた頃。

 

 

どこまでも続くような草原が、目前に広がった。

 

 

 見たこともない短い葉が、太陽の光を受けて輝いている。

 上を見上げれば、そこには見慣れた木々は無く、暖かなオレンジが、白いグラデーションを伴って夜を塗りつぶしていった。

 

 少しづつ広がる朝と、後退する夜。

 夜が完全に消え去った頃、男が言った。

 

「そろそろ行こうか、リープ。まだまだ先は長いしね」

 

 握られた手を、力一杯握り返して返事とした。男に先んじて一歩踏み出す。

 

 

風が吹いた。嗅ぎなれた、木々の青い匂い。振り返ることなく男に尋ねる。

 

 

「ねえ、どれくらいで着くの?」

「そうだなあ」

 

 額に滲んだ汗を拭い、無限に広がるかのような草原に目を向けた。

 

 旅人の前で里の人間たちが座り、耳を傾けていた冒険譚という物語。

 きっとこれから私が歩むのは、そういうものの筈だ。

 

4年くらいかな。このペースならそんなもんだろう」

「…………」

 

 足を止める。そろそろ足が痛くなってきたからだ。4年?

 

 私はゼイゲンと名乗った男の脛を蹴った。




命名規則は原作に倣っているのですが、被らないかと戦々恐々しております。
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