魔族に魔法を教えてもらおう!   作:PSコン

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10.魔法を教えてもらおう!

「どうしてママには角が生えてるの?」

 

 5歳になったトロエが繰り出した疑問。

 いずれは来ると思っていたが、思ったよりも早く来たなと思いました。

 

(聞きに来たのが俺で良かった)

 

 もしリープなら『魔族だよ』と答えて。『魔族? う~ん、人を喰う化け物?』とでも言いかねない。

 

 まあ、子供心に頼りないと見抜かれているのか、質問をしているところは見たことがない。だからあまり危惧はしていなかったが。

 

 それはさておき。用意していた回答を口にしよう。

 

「ママはね、凄い魔法使いなんだよ」

 

 嘘はついていない。これからつくけど。

 

「魔法使い、どんな人か知ってる?」

「えっとね。おひげがぶわっ!てなってて、おっきなお帽子を被ってるの!あとね、すっごくふわふわしてるんだよ!」

 

 ふわふわ? いや気になるがスルーだ。

 

「魔法使いは何を持ってるかな?」

「えっとねえ、ん~とね......つえ! おっきいつえ!」

「そうだね! ママもね、杖を持ってるんだよ」

 

「え~見たこと......」頭に指を立てて誘導してみる。「あ、角! ママの角がつえなんだ!」

 

 一先ずはこれで良し。そのうちバレるが、大きくなれば受け止められるだろう。魔族については。

 

「あ、ママ!」

 

 扉の開閉音と共に、トロエが走り出した。洗濯を終えたリープが、折よく戻ってきたようだ。

 

「ママ! 魔法見せて! 魔法!」

「え、魔法?」

 

 状況を把握していないリープが視線で助けを求めてきた。

 

「見た目の良い魔法を見せてあげてくれ」

 

 曖昧な顔は状況把握が叶わなかったのが見てとれるが、言う通りに行動する事に決めたようだ。リープは指で輪っかを作り、息を吹きかけた。するとシャボン玉がふわふわと漂い出したのである。

 魔法で洗剤を張ったのだろうが、これが魔法かというと疑問が残る。

 

「ち~が~う~の~!!!」

「? シャボン玉好きじゃなかったっけ?」

 

 案の定顰蹙ひんしゅくを買った。

 

「パパ」リープのさっきと同じ視線。すかさず答える。

 

「派手な感じでやれないか?」

「むぅ……」

 

 リープは渋々といった様子で魔法を唱え直した。

 

溶解液を出す魔法レージミション

 

 彼女の周囲に、光沢のある液体が輪になって浮き始めた。液体金属。水銀だろう。

 

(危ないな。でも派手だとこうなるか)

 

 水銀は形を変え☆や♡のような単純な記号から、複雑な造形へと変わっていく。

 

「ねこさんだーーー!!!」

 

 トロエは猫が気に入ったとリープも判断したのだろう。変形を止め、猫が宙を舞うような操作を開始した。

 こなれてきたリープは猫に球乗りさせてみたり、二足歩行で漂わせ、人がするようなお辞儀をさせて魅せた。

 芸をするたびにトロエは歓声を上げ、興奮して触ろうとする彼女を抑えるのに苦労した。流石に水銀に触らせるわけにもいかない。

 

 こうして、トロエへの誤魔化しは大成功で終えたのであった。

 

 

 

 *

 

 

 

「何それ、誤魔化す必要あったの?」

「もちろん」

 

 無邪気にけたけたと笑い声を上げるリープに、冒頭の話をする。

 

 トロエを寝かしつけ、2人向かい合って座る。彼女と自分のグラスに深紅のワインを注ぎ、静かに持ち上げた。

 グラスを軽く触れ合わせ、済んだ音を響き渡らせる。

 

「ふふ……」

「楽しそうだな、飲まないのに」

「うん、お酒はあんまり好きじゃないけど、今のは好き」

 

 彼女は自分のグラスを俺の口に運び、強引に飲ませる。

 

「私が好きなのはこっち」

 

 リープは膝に座り、おもむろに唇を奪った。彼女は口内に残ったワインを舐め取り、舌を甘く噛んだ。食感を楽しむように、何度も何度も歯を動かす。

 一通り堪能し終えたのだろう。最後に唇を舐め、言った。

 

「ねえ、久しぶりに、良いでしょ?」

 

 トロエが来てからは、掛かりっきりでそういった行為は減っていった。

 彼女は大層不満な様子で、時に殺気立っていたことすらあったのだ。

 

「後悔してる?」

「全然」

「なら良かった」

 

 トロエも手の掛かる時期を超えたし、これからはもう少しリープに割く時間を増やせそうだ。

 

 なのでさっそく彼女の胸に手を添えた。

 

「きゃ……! も~やめてよ~」

「にやけながら文句言ってもな~」

 

 そろそろ服を「パパ? ママ?」中断した。

 

「トロエもおいでぇ」

「あ」

「? うん」

 

 呼び声に応じ、とてとてと軽やかにトロエは歩いてきてしまった。これ以上良からぬことを口走りそうな口は塞いでおく。

 

「何してるの?」

「ママとお酒飲んでたんだ。トロエもジュース飲む?」

「いいの!?」

「いいよぉ。一緒に地下に取りに行こーな」

 

 もごもごと何やら文句を言いたげなリープに耳打ちする。「えっちはトロエが見てない時にな」

 手を退けると案の定リープは「また?」「なんで」と口を尖らせた。

 

「子供に見せるもんじゃないから。頼むからこれで納得してくれって」

「む~……」

「パパ! 早く!」

「はいはい」

 

 まだむくれているリープを抱きかかえたまま、階段を先に降りる。"明かりを灯す魔法"を使う必要があるからだ。

 魔法の光をじっと眺めていたトロエに声を掛ける「トロエ?」。トロエはハッとして言った。

 

「ママ、トロエも魔法使いたい」

「ん、いいよ」

「魔法教えるの?」

「駄目だった?」

「いや、良いと思うよ。この辺も安全じゃないし」

 

 魔法の手ほどきは俺で経験済みだし、10年もあれば形になるだろう。

 

「明日から頑張れよ」

「うん!」

 

 ジュースを両手で持ちながら、トロエは元気よく答えた。

 そして翌朝、トロエは誰よりも早く起きたのである。

 

「ママ! 起きて!」

「う~ん、今寝たばっかなのにぃ」

 

 文句を垂れながらもベッドから這い出てくるリープ。寝ぼけながら、トロエに急かされながら朝食を食べ終え、顔を洗ったあたりでようやく目を覚ましたようである。

 

 2人は対面に座り、魔法のお勉強が始まった。事前にどう進めるかは聞いていたが、やはり不安が勝ったので、初日は見学することにした。

 

「じゃあまずは魔力を感じるところからだね」

 

「こっち来て」リープはトロエを抱き寄せた。

 

溶解液を出す魔法レージミション

 

 魔力の流れを作り出し、体感させるのが狙いの魔法である。生産したのは水。リープは周囲に浮かべるだけに留めていた。

 

「分かった?」

 

 分かるわけない。

 

「分かった!」

 

 分かるんだ……。天才か?

 

「じゃあ次は――」

 

 こうして、トロエは随分と魔法に魅了されたようで、のめり込んでいったのである。

 残念ながらトロエが最も使いたがっていた、溶解液を出す魔法レージミションは習得が叶わないようだったが。

 あれは人間では知覚し得ない精度の、物質への理解が求められるらしい。それでも熱意は失わなかったのだから大したものだ。

 

 日増しに魔法の腕を高めていくトロエ。そして彼女が15を少し過ぎた時、こう言い始めたのである。これを言った彼女は幾分か緊張しているようだった。

 

「わたし旅をしようと思う」

 

 いわく自分の実力を試したい。パパとママ相手じゃ良く分からない、とのこと。

 

(どっかで聞いた理由だな)

 

 しかし以前と違い、それが表向きの理由でしかないことは理解できた。

 

(何時までも、ここに閉じこもってるのは嫌だよな)

 

 何度か町に連れて行ったことはある。彼女が外の世界に目を輝かせ、あれこれ質問を投げかけてきたのを、ほかならぬ俺自身が良く知っている。

 

 トロエが自立する日。いつかこういう日が来ることは分かっていた。その日まで健やかに育て、そして()()が守られ続けることを祈っていたと言って良い。

 

(あ~。じゃあ魔族についても話さなきゃだよなあ)

 

 必然過去に埋めた爆弾、秘密の1つも何とかしなきゃいけないようだ。気が重くなるのを気合で防ぎ、努めて明るい口調で言った。

 

「魔族についてなんだけど……」

「あ、ママが魔族って話? あんな子供騙し何時までも信じてる訳ないじゃん?」

「……あ、そう」

 

「角が杖って」とトロエは笑いを堪えきれない様子でくすくすと笑い出した。笑い事ではない。だけれどそれを指摘する気力はなかった。

 

「あーおもろ。でも意外だな」

 

 トロエはひとしきり笑い終え、緊張もほぐれたか、実にリラックスした様子だった。

 そんな彼女の様子に、確かに救われたと思う。ひっそりと深呼吸し、波打つ心臓を落ち着かせる。

 

「パパは反対するかと思ってた」

 

 ここからはもう雑談みたいなものだ。口は軽やかに動いた。

 

「そんな気難しい感じだったか?」

「う~ん、というか、過保護?」

「基準がおかしいってそれは」

 

 リープは「へぇ~」とか、「ふ~ん」とか、「いってらっしゃい」とか。とにかく適当なので、何度か肝を冷やしたことがある。

 

 あれは3年前の事だ。

 トロエの姿が見えないのに気がついて、リープに所在を確かめたことがある。

 彼女は生クリームを泡立てながら、

 

「竜の巣に行ってくるって」

 

 のんきに手を動かし続けていたのである。カチャカチャと。

 

 ドラゴンと追いかけっこしているトロエを保護できたのは、不幸中の幸いだった。身のこなし方も教えていて本当に良かったと思う。

 

「あれも3年前か」

あ”!(高音) その話はやめろ!」

 

 トロエさん顔を真っ赤にさせながらの右フック。彼女のあまりの慌てっぷりに、少しからかいたくなってきた。

 

「そんなへなちょこパンチで旅できんの?」

「うっさいな。魔法使いだからいいの!」

 

 そう言ってトロエは

 

水を操る魔法リームシュトローア

 

 人間トロエでは魔族リープの魔法は使えない。

 だからトロエはダウングレードした魔法を扱うことにしたのだ。水のみに限定し、魔力の消費を抑えるため、自らが生み出した水以外を操作するよう調整した。

 

 彼女が水筒から取り出した水は青色に着色されていた。魅せ技の側面が強いのである。繊細さを重点に修練してきたが……

 

(ん? 大丈夫か?)

 

 戦いはもっと大雑把で良い。美麗さより泥臭さ。勝ち筋は考えられているのか? どうしよう不安になってきた。

 

「ちょっと、戦い方について考えてみようか」

「は?」

 

 それから半年間。不貞腐れトロエをなだめつつ戦略を詰めていった。

 基礎から変える気はない。あくまでトロエの魔法を軸に、有効な戦略を考えていった。

 

 昔リープが主力にしていた、高圧での射出が切り札で良いだろう。普段使い用の、持続性を意識した、水を保持しながらの戦い方を考える必要がありそうだ。

 これは魔法の専門家に相談した方が良い。

 

「私?」

 

 リープならどうするかと言うと。

 

 実演のために3人揃って外に出る。リープは昔畑から掘り出した、巨大な岩を指差した。

 その岩を丸々水で覆い、水圧で圧し潰したのである。

 

「こんな感じかな」

「出来そう?」

「う~ん」

 

 駄目そう。

 トロエは繊細な技術の方が得意なので、そっちで考えるべきだろう。ふと名案が浮かんだ。

 

「隙を見て肺に水を流し込もう」

「え、こわ」

「めんどくさくない?」

 

 結局水を手元に保持し、武器と同じ要領で振るう事になった。勢いを付けて叩きつける……ハンマー?

 まあ、悪くはないだろう。狼型の魔物を一撃でノックダウンさせる程度。威力は十分である。当て勘もそれなりにあるようだ。

 

 そして出立の前日、大きなケーキを作り「わたしそれで喜ぶ年じゃないけど」門出を祝った。

 

 トロエは白銀に輝く蜘蛛糸のマントを纏っている。これはシルクのようでいて、並の武器では傷1つ付けられない優れたマントだ。更に脚や胸部には、蜘蛛糸よりも遥かに丈夫な、バジリスクの蛇革が急所を保護している。そして手には幼少の頃より共に在った杉から拝借した、魔法の杖が握られていた。

 

 旅支度を終えたトロエに声を掛ける。

 

「町まで一緒に行くか?」

「いい」

「お弁当を」

「いい」

「あ、杖の補修「いいって!」

 

「心配し過ぎじゃない?」リープはそう言うが、いや確かに彼女の言う通りかもしれない。いやでも。

 

「いってらっしゃい。気を付けてね」

「うんママ、行ってきます。パパも! 行ってきます」

「あ、ああ。行ってらっしゃい」

 

 こうして、旅立つ彼女の背を見送った。晴れやかな空模様だが、朝露が残り、地面はまだぬかるんでいた。日陰には霜柱が残ってさえいる。

 肌寒い風がさっと吹いた。鳥肌が立ち、思わずリープと身を寄せ合った。

 

 それでも遠ざかっていくトロエの背を、いつまでも眺め続けていたのである。

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