トロエが旅立ち、また2人だけの時間がやってきた。
「ん……、あっ…………」
溜まっていた鬱憤を晴らすように、欠けた寂しさを埋めるように、2人は連日愛し合った。
「あ! んっ、んんんぅぅぅ…………っ!」
枕に顔を押し付け、絶頂を迎えたリープは荒い息を繰り返す。
これで6度目。少し激しすぎたのだろうか、リープはぐったりとしていた。
「ふぅ……」
気づけば既に日が登り切っている。最近はこんな生活が続いていたが、そろそろ改めるべきか。
「何か食べるか?」
息を整えたリープはそのまま枕に顔を埋めた。「寝る」くぐもった声はそう意思表示した。
「そうそう、手紙が来てたぞ」
夕食を終え、そういえばと切り出す。
2人の生活に戻ったが、全てが元通りと言う訳ではない。
彼らの元に、定期的に手紙が来るようになったのだ。差出人は当然トロエである。
旅をしている以上、こちらから手紙を出すことは難しい。何せ手紙は町に届くのだ。受け取った頃には、もう数か月は前の手紙である。タイムラグが大きすぎて、次の目的地を予測して出すことはできない。
リープは気怠げに手を差し伸ばした。相も変わらず枕に顔を埋めている。
「見せて」
「はいよ」
親愛なる父さん、母さんへ
お久しぶりです。元気にしていますか? 私の旅は順調に進んでいます。
最近ある村に滞在しています。ここはとても静かで、美しい場所です。村人たちが自分たちの手作りの工芸品や農産物を持ち寄って、賑やかに交流しています。私は得意の魔法で、見世物を出しました。これが大変好評で、ちょっとした贅沢が出来るほどのお金が稼げました。そのお金で購入した工芸品を同封しておきます。
ここで出会った人々とも仲良くなりました。特に宿屋を営む女将さんはとても優しく、地元の音楽会に招待してくれました。楽器の演奏は初めてでしたが、楽しい時間を過ごせました。
また、以前手紙で書いた仲間達と一緒に、古い城跡を訪れました。そこは歴史と伝説が息づく場所でした。昼間でも薄暗く、少し怖かったですが、探検するのはとても楽しかったです。城に住み着いたアンデッドを討伐したのは、大きな自信に繋がったと思います。
父さん、母さん、私はこの旅を通じてたくさんのことを学んでいます。毎日が新しい経験で、心が豊かになるのを感じています。お二人に感謝の気持ちを伝えたいです。いつも私を支えてくれてありがとう!
それでは、また手紙を書きます。この定型文は不要な気もしますが、でも一応書いておきます。どうかお元気で。
トロエ
「これが工芸品かな」
手紙と共に送られてきたのは小さな木の人形だ。
その地域特産の染め物だろうか。深い青紫色のブラウスと、明るい赤色のスカートを着ている。伝統を感じられる幾何学模様と、植物の蔓をイメージした刺繍が施されていた。
リープは無造作に人形を握り、不思議そうに眺めていた。
「子供用のおもちゃだよね? なんで送ってきたんだろう」
「そういう用途ばかりじゃないよ、人形は。飾って楽しむってのもある」
「ふ~ん」と言い、リープは棚の中段に人形を置いた。
食器に混ざって人形が腰かけているのは、どうにも違和感が強い。専用のケースを作るのは、流石にやり過ぎだろうか?
「元気そうで何よりだな」
「そうだね」
中々淡白な回答だったが、彼女の微笑みはとても穏やかだった。
こうして2人の日常は、たまに来る手紙に一喜一憂しながら続いていった。
そしてトロエが旅立ってから6年後、彼女は2人のもとに帰ってきた。一人の男を連れて。
「た~だ~い~ま~!!!!!」
久しぶりに姿を見せたトロエは随分と大きくなっていた。
リープと然程変わらなかった背丈は頭1つ分は大きくなっている。髪を染めたのだろう。髪色は淡い金髪になっており、肩で綺麗に切りそろえられていた。
旅立った時に着ていたマントも、蛇革の鎧も既に着けてはいなかった。旅の苛烈さを表すようだ。彼女の唯一この家から持っていった杖が、半分ほどの長さになっていることからも否応に理解させられた。
だが瞳には以前にも増して活力が宿り、旅の経験が彼女を一段と成長させたのを感じさせた。
「旅はどうだった?」
「最高でした!」トロエは惚れ惚れするような笑顔で言い、振り返りこう続けた。「何してんの? 早く来なよ」
彼女の背後から、おずおずと1人の男が現れた。
「紹介するね。わたしの彼ピッピのフォージ君で~す!」
「は、初めまして。フォージです」
手を握り締めながら自己紹介を始めたフォージは、あからさまに緊張しているのが見て取れたが、どうやらトロエも同様な様子。
(俺もだけど)
だがここに1人緊張とは無縁な女が居た。三人揃って玄関で立ち尽くしていたところに、リープが来たのである。
「入れば?」
リープの雑味ある提言に、やや持ち直したトロエが1つ咳をして、リープと部屋の奥へ入っていった。だがフォージは動かず、緊張とも違う面持ちで固まっていた。
「もしかして、リープの事聞いてなかった?」
「あ、いえ」
フォージはハッとして答えた。
「聞いてはいましたが、いざ目の前にすると、驚いてしまって。すみません」
「いやまあ、当然の反応だよ」
リープは魔族である。
既に人類にとって天敵と言って差し支えない存在となった魔族を、母と呼ぶなど正気の沙汰ではあるまい。
俺としては、この青年が何か企んでこの場に来たのか、それともこの問題に目をつむれるほどトロエにほれ込んだのか、見極めなくてはいけない。
「ま、無理に仲良くする必要はないさ。正直俺も、あいつの事を全て理解できてる訳じゃないからな」
「いえいえ! そんなわけには……」
冷や汗を流しながらフォージは言った。
……まあ、何をするにしても。今は将来の義理の息子候補と親睦を深めよう。
リビングに入ると、トロエがにこやかに部屋を見渡していた。そして棚に目を付ける。
「お、見覚えのある人形が」
トロエが人形を手に取った。以前彼女が送ってきた物だ。人形の置いてあった棚は、かつては食器が並べられていたが、今では奇妙な石や異国の陶器、アクセサリー類が所狭しと並べられていた。それら全てがトロエが旅先から送ってきた物である。
「懐かしいね。ねえフォージ、これ覚えてる?」
「ああ、アルタトゥム城の時の」
2人はその時の事を話した。大まかには手紙で知っていたが、書かれていない以上の大冒険を経験していたようだ。トロエとフォージ、そしてこの場にはいない2人の仲間たちとの冒険譚が続いた。
話すトロエはとても楽しそうで、充実した日々を送っていた事が見て取れる。
リープがキッチンからひょっこり顔を出した。
「ご飯できたよ」
手伝おうとするトロエとフォージを制止し、食卓に料理を並べていく。
まず中央には焼き立ての、ローストされたウリ坊がどうどうと鎮座していた。ハーブとガーリックの風味が香ばしく、外はカリカリで、切り取ると肉汁が溢れ出した。肉の周りには色鮮やかな野菜の付け合わせが、綺麗に並べられている。
その隣には遠く港湾都市から塩漬けで取り寄せたとされる、巨大なロブスターが盛り付けられていた。茹で上がったロブスターの赤い殻が照り映え、その隣には新鮮なレモンの輪切りと、香草バターのソースが添えられている。
さらにチーズと果物の盛り合わせもテーブルを彩っていた。独特な香りを放つブルーチーズや、スライスしたばかりのパルミジャーノ・レッジャーノ*1が並び、果物は干しイチジクや瑞々しいリンゴ、ブドウが彩りを添えてある。
パンの籠には香ばしいライ麦パンや大麦パンがぎっしりと詰められ、その隣には蜂蜜やバターが置かれている。
「おお、めっちゃ豪華じゃん」
トロエの口から感嘆の言葉が漏れる。リープも誇らしげだ。
「ワイン取ってくるよ。せっかくだし、トロエが旅に出た日に醸造したのにしよう」
トロエが疑問を投げかけた。
「6年でしょ? 若くない?」
「それも良い物だよ」
そうして4人での晩餐会が始まった。話題はやはりトロエ達の冒険譚である。
険しい山岳地帯の中腹にある、古代の秘宝が眠ると言われる洞窟である。
「最初はただの洞窟かと思ってたんだけど、妙に入り組んでてさ。あ、これ人工物だなって気づいたんだよ」
「秘宝があるって噂でしたから、ある程度は予測してましたけどね」
奥へ進むと罠、魔物、石像に扮した防衛機構。様々な困難が待ち受けていたのである。
「わたしもほとんど魔力無くなっちゃって。もう本当に駄目かと思ったよ」
「あの時は本当にヤバかった……」
そして遂に見つけた秘宝は、
「錆っサビだったんだよねぇ」
「地下水が染みてたからなぁ」
しみじみと2人は語った。
おそらく本来は保護魔法が掛かっていた筈だ。地殻変動か何かで結界が崩れたのだろう。
「災難だったな」
「錆は取れなかったの?」
リープがこめかみに指を添えて言った。トロエは「残念ながら」と笑い、こう続けた。
「中まで完全に錆びてたから、そのまま置いてきちゃったよ」
「ふ~ん。表面だけならと思ったけど、それならただのゴミだね」
「ゴミって……懐かしいなノンデリカシー」
苦笑いを浮かべるが、それもまた楽しんでいるようだった。小さかった頃は、心無い発言に良く泣かされていたのを覚えている。
リープは首をかしげたが、理解をあきらめたようで立ち上がった。皿に盛られていた料理はもう綺麗さっぱり無くなっている。片付けを始めようとしているらしい。
「ママ手伝うよ。パパは座ってな!」
「え、当たり強。なんで? いやいいけど」
フォージと2人きりになってしまった。少し気まずいが、無言でいる訳にもいかないだろう。
「ワインはまだ残ってる。2人で少し飲もう」
とはいえ、リープに関する無粋な話をする気はもう無い。夕食の間に彼の誠実さは理解できたし、魔族に対し強い恨みを抱いているようには見えなかった。
交わすのは、義理の親子としての些細な会話で十分だった。
「不思議な感じです」
酔いが回り、フォージは少し饒舌になっていた。
「あなたはオレよりずっと長生きなのに、年下に見える」
「ああ、フォージ君は26だったか。俺が不老になったのは19の時だったからなあ」
既に瓶の中身は空っぽだった。新しいワインを取りに行っても良いが、もう終わりも近い。グラスを眺めるだけに留めた。
「たまに夢に見ることがある。普通の人間のままだったなら、俺はどんな人生を送ってたんだろうなって」
酔いはないが、感傷には浸っているようだと、他人事のように推察した。
「だからこうして、普通の親みたいに振る舞える機会が貰えて、楽しかったよ」
「ゼイゲンさん……」
何かを言いかけ、しかしフォージは口をつぐんだ。
「これからも、俺に夢を見せてくれ」
「――――はい、必ず」
ここは乾杯をしたかったなと、空のグラスに後悔した。フォージも似た事を考えていたらしい。顔を見合わせ苦笑いしあった。