魔族に魔法を教えてもらおう!   作:PSコン

12 / 49
12.贈りもの

 トロエとフォージの関係を認め、晴れて2人は夫婦となった。

 とはいえ二夜連続での晩餐会は行われなかった。昨夜の再会を祝しての食事と、まとめてしまおうという運びになった。

 

 しかしまあ、2人の関係は当然手紙で知っていたのだし、来ることも分かっていたのだから、プレゼントもまた、当然用意してあった。

 

「まだ旅を続けるんだろ?」

 

 頷くトロエに魔法の本を渡す。分厚い緑の装丁で、表紙には白い地図とコンパスのシルエットが描かれている。

 

「これは?」

「無限にページが増える魔法の本だよ。日記付けてるんだろ?」

「おー……便利じゃんか。ありがとう」

 

 続いてフォージにも魔道具を渡す。銀のブレスレットで、ツタが巻きついたような彫刻が施されている。

 

「治癒能力を強化するブレスレットだ。前衛ならこういうのが役立つだろ?」

「凄っ、ありがとうございます……! 流石()()()()()()()()()()だ……!」

 

 感嘆するフォージに、トロエは「あ!」と大声を上げた。

 

「そう! マントとか鎧とか、オーバーパワー過ぎて色々大変だったんだからね!」

 

 ぎゃー、とトロエは騒ぎ立てた。王族と勘違いされたやら。やたら盗っ人に会うとか。

 確かに時代にそぐわない性能だったかもしれないが、命には変えられないだろう。

 

 トロエも理解しているのだろうが、それでも文句は言っておきたかったらしい。緩くなだめるフォージにも攻撃の矛先を向け、10分ほど騒いだところでようやく落ち着いた。

 しかし、からかいたくなる気持ちを抑えられそうもなかった。

 

「じゃあ今あげたのも上手に隠さなきゃな」

「この……! はぁ~~~」

 

 トロエはひと際大きな溜息をついた。

 

「まあ、有難く頂きますがね。あと近いうちにまた顔出すから」

 

「今度は他の仲間も連れてね」とトロエは言った。

 そろそろ別れの時が来たのだろう。場は少しだけしんみりした。

 

「トロエ」

 

 そしてリープがトロエに杖を渡した。リープは穏やかに微笑んでいる。

 

「この杖」

 

 トロエは杖を受け取ると、昔を懐かしむように目を細めた。その杖は彼女が旅立った時の、在りし日の杖に瓜二つだったからだ。

 

「同じ杉から切り出しておいたよ。これが好きなんでしょ?」

 

「ズレてるなあ……」トロエはそう言うが、非難する調子ではなく温かみのある言葉だった。「でもありがとう。頑張るよ」声は小さく、震えていた。そして背を向け走り出す。10歩ほど進んだ後、振り返りこう言った。

 

「じゃーねーーー!!!」

 

 トロエは誤魔化すように、大きな声で別れを告げた。

 フォージも「お世話になりました。お元気で」とこちらは礼儀正しく別れを告げた。

 

 2人が去った後、リープが呟いた。

 

「前より幼くなってなかった?」

「素直になったんだよ。それも成長さ」

 

 俺の声は、我ながら随分優しかった。

 

 

 ――それから、宣言通り2人は定期的に家を訪れた。孫を連れてきた時は心臓が止まるかと思ったし、2人目を連れてきた時なんて、もうどうにかなってしまいそうだった。

 リープも孫と遊ぶのが好きなようで、トロエの時以上に構っていた。

 

 しかし子供の成長につれ、訪れる頻度は落ちていった。数年に一度の再会で、子供の成長の早さに驚かされた。リープは子供が大きくなっても、小さな子に接するように振る舞っていた。これではまるで本物のおばあさんのようだ。

 

 ひ孫が出来た。孫は遠方に住んでいるため、中々会う機会は無いが。リープの問題さえ無いのなら、こちらから出向くことが出来るが、贅沢な悩みだと思って諦めようと、無為な思考を追い払った。リープはぼんやりする事が増えているように思えた。気のせいかもしれないが。

 

 フォージが死んだらしい。病気だというが、年を考えれば仕方がない。トロエは我が家に住むことになった。孫に世話をさせるより、こちらで面倒を見た方が良いだろう。老いた子の面倒を気兼ねなく見られるのは、不死の特権だ。久しぶりの3人の暮らしに、リープは生き生きとしていた。

 

 だがトロエの命もそう長くないだろう。別れの時が来たら、笑顔で見送ろうとリープと決め合った。

 

 

 

 *

 

 

 

 命の灯が消えゆくのを自覚した。トロエという名の老婆は、自らの死期を悟ったのだ。

 

 走馬灯のように、自らの人生を振り返る。

 

 不老不死の父親と、魔族の母に育てられた。

 魔法を学び旅に出て、数多くのダンジョン、魔物、そして魔族に挑み打ち勝った。

 出会いに恵まれた。フォージと結ばれ、子供たちを愛した。

 

 ――――そして今、人生の終わりを故郷で迎えようとしている。

 

(数奇な人生だった。最高のアガリね)

 

 後悔など無かった。だが、たった1つだけ、心残りがあったのだ。

 

(わたしは父と母の、本当の娘ではない)

 

 少し考えてみれば、当然の帰結だった。

 何せトロエは魔族ではない。純粋な人間である。父は兎も角、母が産みの親である筈がなかった。

 

 それとなく父に尋ねた事がある。自らの出自について。

 

 その時父はほんの一瞬だが、罰の悪そうな顔をした。すぐさま笑顔という仮面に隠れてしまったが、後ろ暗い背景があることは明らかだった。

 

 そして魔族の生態は、旅の中で嫌という程理解させられていた。

 

 

 

 ……だがそれも疑惑。真実に蓋をすることも出来た。

 

 しかしわたしは町で聞き込みを行った。そして雑貨屋の老人が、わたしの真実を話してくれたのだ。

 

「お節介かもしれないけどねぇ。お父さんも話しづらい事でしょうし。あんたもいい大人なんだから、知っておいた方がいいでしょう」

 

 そう言って、わたしの生家があった場所と、そこで何があったのかを教えてくれたのだ。

 

 真実を知った。顔も名前も知らぬ両親の悲劇を知ったのだ。

 

(今更、恨み事なんて垂れる気はないけどね)

 

 恨みを持つには、あまりにも多くの愛を受け取り過ぎた。

 だからこれはわたしが、墓場まで持っていく秘密である。

 

(でも何もしないのは、不誠実よねえ)

 

「母さん」

 

 枯れ切った喉を震わせ母を呼んだ。既に起き上がる力もない。老いに犯されきった我が身はもう眠ることしか出来ず、そしてこの強烈な睡魔が、死をもたらすことも直感してしまったのである。

 

「どうしたの? トロエ」

 

 母はいつまでも若く、美しいままだった。

 魔族という種はただの魔物ではない。その衰えることない美を以って人を魅了し、時に死すら生ぬるい悲劇を作ることもあった。

 

 

 一つの王国があった。

 かの国の女王は国一番の美女であったという。

 

 だが人の美貌は永遠ではないのだ。日に日に衰え、損なわれていく美しさに女王は絶望した。それを見かねた家臣の1人が、不老不死の魔法に大きな懸賞を掛けたのである。

 多くの者が挑んだが、誰一人として至らなかった。遂に女王が失意の底に沈もうとした時、ある者がこう言った。

 

「魔族というのは、永遠の美貌を持つらしい」

 

 女王は直ぐに魔族の捕獲令を出し、数体の魔族が捕らえられた。その際多くの犠牲が出て、女王は大層心を痛めたという。

 捕らえた魔族のうちの一体がこう言った。その魔族は格段に美しく、まるで若き日の女王のようであったという。

 

「永遠の若さが欲しいのね? 教えてあげる」

 

 女王はその美しい魔族を檻から出した。枷も外すよう言った魔族に対し、女王は決して応じなかった。遂に説得を諦めた魔族は、観念してこう言ったのである。

 

「人を食べれば良いのよ。私達は人を喰うことで、その命を吸収し、永遠の若さを保っているの」

 

 女王は、それはできないと諦めようとした。しかし魔族の巧みな話術によって、遂に罪人ならばと受け入れたのである。

 

 料理人が何度も嘔吐し作り終えたその料理は、酷い出来だった。女王は何度も喉をつかえさせたが、死に物狂いで完食した。すると何という事であろうか。確かに女王は若返ったのである。

 

 だがその若さも長くは持たず、魔族の甘言により女王は再度罪人を処刑し、その肉を喰らった。しかしその若返りは、先と比べて明らかに短かった。

 

「弱っていたのよ。健康な人間を食べないと」

 

 健康な罪人など居なかった。牢の中で弱り切った彼らでは、美貌を保つことができないと女王は絶望した。その女王の様子に、魔族は心底不思議がって尋ねた。

 

「どうしてわざわざ罪人を食べるの? もっと若く、健康的な人間が大勢いるでしょう?」

 

 罪のない者をどうして殺せようか。だが魔族はやはり疑問を口にした。

 

「貴女は女王でしょう? なら国の者は貴女の物じゃない。何を遠慮する必要があるのかしら。躊躇っていたら――」

 

 そう言って、魔族は鏡を指差した。そこに居たのは、何という醜い老婆だろうか!

 

 タガが外れた瞬間だった。

 

 女王は適当な若者を捕らえ、適当な罪で処刑し、そして喰らった。

 鏡に映った姿の何と美しいことか!

 

 捕らえ、殺し、喰い。何度も何度も女王は外道を繰り返した。もはや国の事など頭に無かった。あるのは美しい我が身だけ。

 

 そして、決起した国民に女王は捕らえられ、彼女を唆した魔族は、動乱に紛れ姿を消していた。

 その後処刑台に登った女王の姿は、かつて鏡に映った醜い老婆そのものであったという。

 

 

 魔族の恐ろしさを伝える物語である。

 だがこの物語には、1つ大きな誤りがある。

 

(永遠では、ない)

 

 魔族は決して永遠を生きる者ではないのだ。

 

「初めの違和感は、息切れでした」

「うん?」

 

 怪訝な声を上げたが、耳を傾けるようだ。リープの顔には変わらず笑顔が張り付いていた。

 

「思ったよりも、長く走れないのです。疲れが溜まっている訳ではありません。次第に日常的な動作でも、息が上がるようになりました」

 

「体も固くなっていきます。肩が上がらなくなり、関節も痛み始めるのです」

 

「食欲も無くなって来ましたね。以前ほどには食べられないばかりか、消化の悪い物は、胃が受け付けなくなってくるのです」

 

 ひと息に話したせいで、疲れてしまった。だが、ここで終わるわけにはいかない。

 最後の力を振り絞り、言葉を続ける。

 

「母さん、心当たりはありませんか?」

 

 しわに覆われた指をリープの美しい指に重ねる。その指がピクリと震えた。

 震えたのは指だけではない。リープの口元は、震えわなないていた。貼り付けた笑顔の仮面に、ひびが入る。

 

「魔族には、寿命がある」

 

 口にした特徴は、老化の表れである。

 リープには心当たりがあったのだ。しかし彼女は外見だけは変わらないため、それが老化であるという事実を自覚できていなかった。

 

 今、違和感が確かな形になって、彼女を襲い始めたのだ。

 

「わたしと母さんの間に別れがあるように、父さんと母さんにも、別れがある」

 

 そして老化による衰えがもたらす最も大きな影響、死の恐怖がリープに突きつけられた。

 もはや笑顔の仮面など跡形もない。彼女の顔は絶望に染まり切り、生気を失っていた。

 

「先に、無に帰ります。どうかお元気で」

 

 これにて、産みの親への義理立てが完了した。

 

 

 

 ――――ああ、だからこそ、願わくば。

 

(どうか母に、安らかな眠りが訪れますように)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トロエがこの世を去ってから100年後。

 それはゼイゲンとリープが出逢ってから、約3000年後のことである。

 

 リープがゼイゲンの前から、姿を消した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。