魔族に魔法を教えてもらおう!   作:PSコン

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Segen sei mit Lieb (1)

 ――――光のない、静寂の深みに身を沈めていた。

 

 ドロドロとした空間に包まれ、上も下も定かではない。意識は朦朧としており、体の感覚もほとんど無かった。

 

(……ほとんど?)

 

 疑問が頭をよぎった。ほとんどという事は、少しはあるという事だ。

 

(なら、もう少し頑張ってみようかな)

 

 眠りにつきそうな意識を叩き起こし、体に力を込めた。

 すると世界に変化が起こった。

 

 ――――風が吹いた。

 

 生暖かい風から、触覚が蘇ったのだと理解した。

 鼓膜の震えから、聴覚が蘇ったのだと理解した。

 草花の香りから、嗅覚が蘇ったのだと理解した。

 湧き出た唾から、味覚が蘇ったのだと理解した。

 

 ――目を開けた。

 

 強烈な光。宙を舞う蝶々。青い空に浮かぶ雲。眼下に広がる花畑。

 

 

 

私は確かに、この世界に生きているのだと理解した。

 

 

 

 *

 

 

 

 グラナト伯爵の住まう城塞都市、その近くの荒野に魔族が佇んでいた。

 

 少女と成人女性の中間に当たる、若さと成熟さを兼ね備えた、ドレスを纏った魔族。しかし彼女の特徴を端的に表すなら、その左手に掲げられた天秤を示すだけで十分だろう。

 

 天秤を掲げる魔族。七崩賢、断頭台のアウラ。それが彼女の名前だ。

 

 彼女はグラナト伯爵と()()を行っていた。

 しかし戦況は膠着状態。圧倒的優位でありながら、敵の都市に踏み込めないでいた。

 

 都市を覆うように展開された防護結界。千年前の天才が作り上げたというそれに、彼女は二の足を踏んでいたのだ。

 

(………………暇ね)

 

 今は配下の魔族に、結界の術者に解除させる策略を命じており、自身は待機中である。

 そう長くは掛からないと思うが、手持ち無沙汰なのは変えようがない事実だった。

 

 背後に視線を向ける。

 甲冑を纏った多くの騎士。彼女の軍勢はしかし彼女の意を汲み、暇を紛らせるような真似はしなかった。

 

 だがそれは当然だ。彼らには一様に首が無く、死んでいるのは誰の目にも明らかだったからだ。

 

 この軍勢こそが彼女の魔法。服従させる魔法アゼリューゼの力である。

 彼女はこの魔法により自身よりも魔力の低い対象を操ることが出来る。例え死んだとしても、彼女の支配からは逃れられない。首を落としてなお力強く立つ騎士たちが、それを証明していた。

 

 個にして軍。それがアウラという魔族だった。

 

 

 ――――風が吹いた。

 何という事はない、ただの風だったが。何故かアウラの意識を支配し、彼女は風の行く末を目で追わざるを得なかった。

 

(仕方がないわ。暇だもの)

 

 少しの間、散歩する程度の時間はあるだろう。

 彼女は風を、緩やかな足取りで追って行った。

 

………

……

 

 風の向かう先には、初めて見る魔族が居た。

 

 乳白色に近い黄色の髪、その側頭部に埋もれた二対のねじくれた角。

 少女と言って差し支えない魔族が、花畑で佇んでいた。

 

 魔族というものを知らない者が見たら、その少女を妖精と見間違えるかもしれない。当然アウラには起こりえない誤解だったが。

 

 花畑を無遠慮に踏みしめ、その初見の魔族へと近づく。

 こちらの存在にはとっくに気がついていたのだろう。魔族は驚くことなくこちらに視線を向けた。

 

「何か用?」

 

 何とも不作法な物言いだった。しかしまあ、若い魔族なら仕方があるまい。アウラは寛大であった。

 

 彼女は魔族を配下に持つが、それらには服従させる魔法アゼリューゼを使ってはいない。

 魔族とは基本的により強い魔族に従うものであり、必要が無かったからだ。

 強者には孤高を信条とする者も多い為、必ずしも群れる訳ではない。しかしアウラにはそのような拘りはなかった。弱ければ弱いで使い道はある。

 

(その点で言えば、この魔族は及第点ね)

 

 隠密が必要な状況でもないのに、魔力を隠しているからだ。

 

 魔族は人類を個では上回るが、種としては――遺憾だが劣勢である。

 ゆえに弱い魔族は力を隠しつつ鍛えなければならないが、その事実を理解している者は非常に少ない。この魔族は理解できる頭がある。もしくは極端な臆病者だ。

 先の物言いから、大胆不敵なのは察せられた(アウラほどの大魔族を前にすれば、跪くのが普通である)。人類に屈するようでは話にならないから、ある種の傲慢さは大事な要件だった。尤も、こちらを満たさない魔族は少ないが。

 

「別に、暇だから来ただけよ」

 

 ならば勧誘を掛けよう。力づくでも良いが、それは後でも出来る。

 何せ暇つぶしなのだから、時間が掛かるのは歓迎だった。

 

 魔族であるならば、当然人類への敵意を持っている筈だ。まずはそこを刺激しよう。

 アウラは意識して嗜虐的な笑みを浮かべた。

 

「それより、今グラナト領の街を攻めているの。あなたは興味ない?」

 

 黄髪の魔族は「ない」と否定した。

 しかしアウラが次の勧誘文句を考える前に、「でも」とこう続けた。

 

「人間には用がある。街はどこ?」

 

 身勝手な奴だ。だがアウラは許した。寛大なのだ。

 

「歩きましょうか。近くまで案内してあげる」

 

 歩いている間に僅かに言葉を交わしたが、この魔族はアウラが思っていた以上に若いようだと感じた。

 何せモノを知らなすぎる。魔王が死んだことは勿論、勇者の存在すら知らなかったのである。まさかと思い、かの賢老の人を殺す魔法ゾルトラークについて尋ねてみれば、これも知らないときた。当然ながら、七崩賢についても知らなかった。

 無知は構わないが、魔族でありながら魔法にあまり興味を示していないのは問題だった。

 

(判断を誤ったかしら……)

 

 後悔が頭をよぎったが、決断を下す前に、結界の境界に辿りついていた。

 

「これは?」

 

 案の定、結界についても知らなかった。

 溜息をつき、しかし説明はする。寛大ゆえに。

 

「フランメの大結界よ。千年前の魔法を、未だに魔族は突破できていないわ」

 

 不愉快だが、紛うことなき事実である。

 

(それでも私の魔法なら勝てるけど)

 

 アウラの魔法ならば、どれほど緻密な魔法を扱おうと、魔力量で上回っていれば勝てる。

 アウラは500年を生きた大魔族だ。その生の大半を魔法に捧げた自負がある。鍛えぬいた魔法、魔力を用いれば、誰であろうと土を舐めさせることができると信じていた。

 

 アウラは自慢の魔法によって、煮えくり返るような激情を抑え込んだ。

 

 黄髪の魔族はアウラの内心など知る由もないが、何故か千年という言葉を繰り返し呟いた。

 

「千年……そう千年か。そして千年前の()()魔法使いを、まだ誰も超えられていないんだ」

 

 魔族の少女はくすりと笑った。イメージとは不釣り合いな、妖艶な笑みだった。

 それが妙に癪に障り、アウラは思わず声を荒げた。

 

「人間の魔法使いはね! でも私は違う、この七崩賢、断頭台のアウラは――――」

 

 言葉が最後まで吐き出されることは無かった。

 

 ――魔力が溢れだす。

 

「じゃあ多少派手にやってもいいかな」

 

 膨大という言葉すら生ぬるい、魔力の洪水が――――

 

 

 

 ――――千年あらゆる害を防いだ結界を、破壊した。

 

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