魔族に魔法を教えてもらおう!   作:PSコン

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Segen sei mit Lieb (2)

 異変に真っ先に気がついたのは、地面に組み伏せられていたフリーレンだった。

 

 突如として現れた膨大な魔力の奔流。そして――――

 

「ば、馬鹿な……結界が…………!」

 

 次いで異変に気が付いたのは、フランメの結界を管理しているグラナト伯爵である。

 

 千年を誇るフランメの防護結界が破壊された。膨大な魔力による、単純な破壊行為によって。

 グラナト伯爵は吼えた。

 

「ただちに――――」

 

 その後に続く言葉は無かった。この場に居る全ての存在が呼吸すら止めた。

 

 ――その中でフリーレンだけが、辛うじてつばを飲み込めた。

 

「ねえ」

 

 言葉を発した者は、一体何者だろうか。

 乳白色に近い黄色の髪、その側頭部に埋もれた二対のねじくれた角。

 

 ――――そして、人知を超えた膨大な魔力。

 

 間違えようもない。結界を破壊した者が、対処を考える間もなく目前に現れたのである。

 

 魔族はこちらの事情など意にも介さず言った。

 

「この街で一番偉い人間は何処に居る?」

 

 この場に現れたのは、単純に魔力量を見て判断した故だろう。魔族らしい考え方だ。しかし今回に限り、それは間違いとは言い切れない。

 

 伯爵の護衛の1人が、無意識の防衛反応からグラナト伯爵へと視線を向ける。魔族はそれを見逃さなかった。

 

 魔族の視線が刺さるプレッシャーの中、グラナト伯爵は驚嘆すべき精神力を以って口を開いた。

 

「如何にも、儂がこの街の主だ」

 

 魔族は能面のような顔でじっと見つめ、そして言った。

 

「確かに、結界に近い気配を感じる。良いでしょう。お前に1つ頼みがある」

 

 それは到底人にものを頼む態度ではなかったが、指摘できる者などこの場には居なかった。

 

「人を探している。協力しろ」

 

 やっぱり、それは頼みではなく脅迫だった。

 それにしても、人を探している?

 

(……思い出した。こいつ、千年前に師匠せんせいが取り逃した魔族か)

 

 あの後一切消息が分からなかったから、死んだものだと思っていたが、まさか生きていたとは。あの時人間と一緒に居たが、まさか探し人とはその人ではあるまいな。

 

 グラナト伯爵は意図を読もうと必死だったようだが、時間切れを悟り、苦汁を舐めたかのような表情と口調で言った。

 

「…………分かった。その要求を呑もう」

「そう。なら見つかるまでお前の城に滞在する。部屋を用意しろ」

 

 そう言って歩を進めようとする魔族へ、制止の言葉を掛ける者がいた。

 

「お、お待ちください!」

 

 それは角を持つ者だった。フリーレンですら『ああ、そういえば居たな』と記憶の隅に追いやっていた、化け物とは別の魔族である。

 

 フリーレンは知らないが、彼は断頭台のアウラの配下、首切り役人のリュグナーである。

 

 彼はアウラの指令により、和睦の使者を装い防護結界を抜け、そして結界の解除を目論んでいたのである。

 図らずも結界の解除――破壊には成功したが、そんなものは問題にもならない事態に直面していた。

 

 件の魔族がアウラ配下の者でないことは火を見るより明らかなうえ、街の襲撃の邪魔になるだろう事が伺えた。

 流石にそれは看過できない。彼我の戦力差を鑑みると、戦いは無謀だと思われたからだ。

 

「なに?」

 

 魔族は足を止めた。どうやら耳を傾けるつもりはあるようだ。

 リュグナーは図らずも笑みを浮かべた。心の底から安堵したのである。

 

「わ、我々にもその人探しに協力させてください! 人ではできない事も、魔族ならば可能です!」

 

 無論、探す気など毛頭ない。

 今は取り入ることが先決。続いてグラナト伯爵から離れさせ、襲撃を邪魔させない、欲を言えば協力させる事が出来ればベストだ。

 

 とにかく彼女の気を引くためならば、何でも言うつもりだったが――

 

「良いよ。付いて来い」

 

 あっさりと同行を認められた。

 

「……グラナト伯爵、我々も同行してよろしいですね?」

 

 グラナト伯爵は本当に嫌そうな顔をしたが、渋々同意した。

 この男のことなどどうでも良いが、親交を深める必要はありそうだと、リュグナーは顔にはおくびにも出さず嘆息した。

 

 そして渦中の魔族とグラナト伯爵一行、首切り役人のリュグナー、彼に従う二体の魔族が去った後、フリーレンはやれやれと首を振った。

 

「全く大変なことになったね。早くこの街から離れた方が良さそうだ」

 

 彼女の弟子であるフェルン、仲間の戦士シュタルクは、彼女を見下ろすばかりで返事をしなかった。代わりにフリーレンを地面に押さえつけている兵士が答えた。

 

「……お前は仮にも和睦の使者へ杖を向けたのだ。どさくさ紛れに逃がすわけがないだろう」

 

 

 ――――フリーレンは街中に魔族がいたので、つい杖を向けたのである。それが和睦の使者として訪れていたリュグナーだったので、フリーレンはたちまち御用となっていた。結界が破壊される直前の出来事である。

 フリーレンは「だよねえ……」と言い残し、兵士に連れられ城へ――ただし彼女は牢屋へと連れていかれた。

 

 

 

 *

 

 

 

 グラナト伯爵が住まう城、その応接室は異様な雰囲気に包まれていた。

 

 机を挟んで向かい会い対座するのは、グラナト伯爵その人と魔族リープ。そして彼らの中間、やや離れた位置に首切り役人達が整列し立っていた。

 

「椅子は?」

「黙っていろ」

 

 首切り役人が1人リーニエが文句を垂れたが、リュグナーはバッサリと切り捨てた。

 攻撃されていないだけ有難いと思うべきなのだ。

 だがこの2人はいまいち考えが及んでいないのだろう。特にドラートは不満が大きいようだった。

 

「まどろっこしい。結界は壊れたのだから、交渉など必要ないでしょう」

「……ドラート、口を開くな。そして間違っても先走るなよ。私に殺されたくないのならな」

 

 本気の殺意は確かに効果があったようで、ドラートは怯えを含んだ瞳を隠すようにそっぽを向いた。

 

「――――ふむ、これでよろしいか」

 

 探し人の似顔絵がようやく完成したようである。

 

 やや癖のついた赤毛の男だ。人間にしては顔立ちが整っていると感じるが、似顔絵からでは重要性は読み取れそうもない。

 

 リープと名乗った魔族は悩まし気に唸っていたが、最終的には首を縦に振った。

 

キラキラが足りないけど、こんなもので良いでしょう。所詮似顔絵だしね」

 

 なるほど。似顔絵では表せない特徴に、彼女が執着する何かがあるのだろう。リュグナーは密かに納得した。

 長い間描き直しを強要されていた画家は、解放されて安堵したようである。そそくさと立ち去った。

 

「我々も外の仲間に渡したいので、もう一枚作成して頂いても?」

「これを基に版画を作る。それまで待っていただきたい」

 

 グラナト伯爵が素っ気なく答えた。

 主に知らせるには、暫しの時間が掛かりそうだ。

 

(先にリーニエかドラートを帰らせるべきか? しかしグラナト伯爵が妨害を考えているのなら、2人では途中で排除されるかもしれんか)

 

 明らかに彼はこちらを疎んでいる。

 繊細な対応が必要な状況だ。不安要素を排除したいと考えるのは、ごく自然な発想である。

 

(アウラ様も子細は分からずとも、この魔族の存在は認知している筈だ。申し訳ないが、待っていただく他ないか)

 

 アウラは偉大な魔法使いだとリュグナーは考えているが、想像の範囲内の強さである。

 リープのような、気まぐれ1つで全てを覆すことができる、埒外の存在では無い。

 

 だからこそアウラならば、冷静かつ適切な行動を取れるだろうとリュグナーは考えていた。

 

 

 ――――しかし実際には。

 

 結界が壊された後アウラは暫しの間呆然としていたが、正気を取り戻し次第、胸中を支配した感情は"怒り"だった。

 

「…………ありえない」

 

 幽鬼のように彷徨い歩くアウラは、脳裏に浮かんだ思考をそのまま口に出していた。

 

「わ、私を越える魔力を、あんな小娘が……?」

 

 人に知られていない魔族だって、魔族ならば知っているという例も多い。知らぬのなら産まれて間もない魔族だという事だ。

 

「そ、それもあの結界を……や、破るなんて……!」

 

 そして七崩賢たるアウラでさえ破壊を断念した結界を、ただの魔力放出で破るなど……!

 

「あ、ありえないぃ~……!!!」

 

 食いしばった歯の隙間からは、唾液が泡となって溢れだしていた。目は見開かれ、焦点は定まらず宙をさまよっている。鼻孔は限界まで広がり、美貌を誇っていた常日頃のアウラとは別人のようであった。

 

 もしこの場に首切り役人が居ても、誰一人として声を掛ける事はないだろう。

 もしそんなことをすれば、それだけで相手を八つ裂きにしてしまうだろうからだ。

 

「可愛い顔が台無しよ?」

 

 ――だがそれも、アウラよりも弱ければ、である。

 アウラは咄嗟に振り上げた拳を、掲げたままピタリと止めた。

 

 そこに居たのは彼女も知る魔族である。

 

 額に生えた、左右対称の小ぶりな2本の角。きめ細やかな長髪に飾りは無く、服装も人間の町娘のような装いだった。

 だが魔力は絶大。目撃者を全て殺し尽くしたために、二つ名は無し。

 

 ――――無名の大魔族、ソリテールが無害を装いアウラの前に立っていた。

 

 そしてアウラでさえ嫌悪感を感じる、不気味な笑みを浮かべながらこう言った。

 

「困っているの? 助けてあげましょうか?」

 

 ソリテールはアウラに手を差し伸べた。

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