魔族に魔法を教えてもらおう!   作:PSコン

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Segen sei mit Lieb (3)

「なるほどね、大方は理解したよ」

 

 フリーレンは現在の街の状況を、弟子のフェルンから聞き鷹揚に頷いた。

 

 グラナト領城下町において、千年破られなかった結界が破壊された。

 同時に勇者ヒンメル没後から活動を再開していた、七崩賢断頭台のアウラからの和睦の使者を招待中、突如として彼らの前に、結界を破壊したと見られる大魔族が現れたのである(この時フェルン達もその場に居た)。

 結界を破壊した魔族、リープと名乗った魔族は全世界に向けた人探しを要求(この魔族については一切の情報なし)。グラナト伯爵はこの要求を呑み、アウラ配下の魔族も協力すると宣言(もっとも、魔族の活動は見られないが)。

 リープとアウラ配下の魔族との関係性については現時点では不明。アウラ配下の魔族の反応から、彼らとリープの間に直接的な関係はないと推測される。事実その後の調査でも両者の関連性は認められなかった。

 

 以上の結果から、正確なところは良く分からないが、感覚的に、悠長に構えていい状況では無い筈だと、フェルンは師の態度に憤った。

 

「うん、フェルンの感覚は正しいと思うよ」

 

 何やらしたり顔でフリーレンは言った。

 雑な師の態度にフェルンが声を荒げそうになったところで、旅の仲間であるシュタルクがずいと彼女を制止した。

 

「いや、話し合いで解決するならそれが一番じゃねえか?」

 

 もっともである。しかしフリーレンは彼の言葉を否定し、勇者と共に旅をしていた時のエピソード――とある村で殺戮を行った小さな魔族の顛末を話した。

 

 要約すれば、魔族が操る言葉とは、人を騙すだけの鳴き声に過ぎないという事だ。話し合いなど不可能であるとフリーレンは語ったのである。

 フェルンはたまらず言った。

 

「駄目じゃないですか」

「うん、まあ、そうなんだけどね?」

 

 フリーレンはどうにも歯切れが悪かった。自慢気に思い出話をしたのを後悔しているようでもあった。

 無言で突き刺さる4つの視線に、ついにフリーレンは観念したようである。やれやれと首を振った。

 

「フェルン、あの魔族に勝てると思う?」

 

 今度歯切れが悪くなるのは、フェルンの方だった。

 あの膨大な魔力の前では、足がすくみ、とても戦うどころではない。傍に居たアウラ配下の魔族すら、フェルンの遥か格上だったのだ。勝算などひとかけらもなかった。

 

「でも、フリーレン様なら別ですよね?」

 

 何せフェルンの師フリーレンは、魔王を倒した勇者一行の1人である。たかが野良魔族に負けるとは思えなかった。

 

「買い被りだよぉ……」

 

 フリーレンはしょんぼりしていた。しかしフェルンは引き下がらなかった。

 

「そんなことはありません。フリーレン様は魔王を倒した偉大な魔法使いです。もっと自信を持って」

 

 フリーレンは「魔王かぁ」と言い、続けて信じられないことを口走った。

 

「あの魔族、力だけなら間違いなく魔王を越えているよ」

 

 フェルンとシュタルク、両者が息を呑んだ。

 彼らにとって、魔王とはおとぎ話の、恐ろしい存在だ。まさか事も無げにそれよりも上と言われることなど予想だにしていなかった。

 

「フェルン、確かに私達は魔族を殺す事に特化した魔法使いだ」

 

 対魔族を想定し、常に魔力量を偽装する卑怯者の戦い方。フェルンがフリーレンから教わった戦闘術である。

 

「でも、それにだって限度はある。時には逃げることだって恥じゃない」

 

「必要なら土下座だってするよ」とフリーレンは自らの師であり、歴史に名を刻んだ大魔法使いフランメを例に出していった。フランメが土下座した等というエピソードは聞いたことがないが、弟子がそう証言するのならしたのだろう。

 

「幸い、その魔族も今は街に手を出すつもりは無いみたいだ。だから私達は当初の目的通り旅を続けて、力を付けよう」

 

 そうフリーレンは締めくくった。

 

 フェルンは顔をしかめた。

 それは良くないことだ。何かが起こってからでは手遅れだ。だから今すぐに、命を懸けてでも魔族を討伐するべきなのである。

 

(命を懸ければ、届くでしょうか……?)

 

 フェルンはイメージした。しかしどのように戦っても、何度繰り返そうとも、やっぱり勝てるイメージは湧かなかった。

 

 ――魔法使いフェルンは、あのリープと云う魔族に勝てない。それが揺るがしようのない事実だった。

 

「分かり……ました…………」

 

 フェルンは敗北を認め、師の意向に従うことにした。

 

(今は、勝てません)

 

 フリーレンは偉大な魔法使いである。師の知恵と経験を信じ、今は力を蓄えることが最善だと理解したのだ。

 

(今は)

 

 フェルンは大きく息を吸い、吐いて肩の力を抜いた。

 そして意識を切り替え、何やらホッとしている師に向かって言った。鉄格子を爪でこつんと弾きながら。

 

「それで、フリーレン様はいつ釈放されるのでしょうか?」

 

 フリーレンが勾留されてから5日目。未だ牢屋の住人である。彼女はしょんぼりしながら「わかんない」と言った。

 

 

 

 *

 

 

 

 時は遡り、リープが結界を破った日の事である。

 

 グラナト伯爵は自室の椅子に倒れるように腰かけた。

 

「はぁ~~~~~~~~~!!!」

 

 あまりにも深いため息だった。

 だがそれも仕方があるまい。今日は多くの事があり過ぎた。

 

 本来、断頭台のアウラの配下を招き入れ、一芝居打って向こうの出方を見る筈だった。

 

 本当に和睦を行うか、破棄するかを決める。

 それも大変な労力を払うはずだったが、予め決めていた事だ。覚悟はできていた。

 

 だがその目論みは怪物によって吹き飛んでしまった。

 奴の要求を呑むしかなく、しかもあろうことか、アウラの配下まで城に招くことになってしまった。

 

 大変な失態だ。このままでは先祖に顔向けできそうもない。

 

(どうするべきか……)

 

 だがこのまま手をこまねいている訳にもいかない。

 1つだけ、解決方法をグラナト伯爵は思いついていたのだ。

 

 

 ――――大陸魔法協会。あの組織に頼るという方法があった。

 

 おそらく世界で最も大きな武力を抱え、そして比較的しがらみのない組織である。借りを作る事になるが、他と比べればいくらかマシだ。

 

 だが問題はある。それはあの組織の理念である。

 

 曰く『強くなければ魔法使いでなし』。戦うための魔法こそが魔法であるという、誰が言ったか野蛮な考え。

 

 魔族と戦う身としては、同意すべき点も多い。事実、だからこそ大陸魔法協会は強力な魔法使いを多く抱え、繁栄しているのだ。

 聞くところによると、一級試験では死者が出るのは当たり前だという。何とも徹底しているものだと感心した記憶がある。

 

 だからこそ不安だった。

 あのリープという魔族を排するために、この街を戦場にしかねないという不安が胸をよぎるのだ。

 

 魔族は排除しましたが、街も壊滅しました。では意味が無い。

 

(……駄目だ。まだリスクは負えん)

 

 思議のため閉じていた目を開いた。今日はこれ以上考えても埒が明かなそうだったからだ。

 食事にしようと思い、そこでもまたリープという魔族がちらついた。

 

 いま彼女は食事中ではなかったか。一度様子をうかがうべきか。とグラナト伯爵は体に鞭を打って立ち上がった。

 

 

 場面は変わり、リープに割り当てられた客室では――

 

 

 ――――リープがスプーンを落としていた。

 

 テーブルクロスに落ちたそれは、あまり大きな音を立てなかった。代わりにスプーンに付着していたスープが、小さなシミを作っていた。

 

 彼女は食事について「お前たちと同じもので良い」と要求した。

 そのためグラナト伯爵と同じものを、給仕をしていた料理長は提供したのである。

 

 その料理、スープを一口飲んだ彼女が、スプーンを落とし口元を押さえていた。

 

 給仕初日のことである。背後に控えていた料理長は顔を青くした。

 

 彼は普段食卓まで出向くことは無いが、今回だけは別だ。

 リープという特大の爆弾に給仕するのは、彼にしか務まらない。もしも何かあった時、彼が責任を取らなければならないからだ。

 

 給仕初日である! 早くもその時が来てしまったのだ。彼はこの時ばかりは女神を恨んだ。

 

 しかし彼は強かった。崩れそうになる足に活を入れ、彼女に尋ねたのである。

 

「お口に、合わなかったでしょうか……!」

 

 彼の足を支えるのは、料理人としてのプライドである。

 魔族は味覚が人間とは違うのかもしれない。だとしたら、例え同じものを要求されていたとしても、字面通りに用意してしまった、己の責任である。

 

 リープは彼を睨みつけた。彼は心臓が止まりそうだったが、一字一句聞き漏らすまいと、意識だけは鮮明に保っていた。

 

 リープは言った。

 

「……()()()()()

 

 そう、美味しかったのである。彼女が自分で作った料理よりもだ。

 

 だがそれは当然だ。

 千年前に比べ、品種改良により食材の質は上がり、保存技術の向上が使える種類すら増やしている。調味料や香辛料も飛躍的な進化を遂げ、新たな調理器具や手法も出来上がっていた。

 

 千年という月日を、彼女は甘く見ていたのだ。

 故にスプーンを落とし、負けを認めるという屈辱を味わう羽目になった。

 

「…………後で、厨房に案内しろ」

「は、はえ……?」

 

 放心する料理長を無視し、食事に戻る。

 

 これは由々しき事態だ。

 ()と再会する前に! 現代の料理を凌駕しなければならないとリープは燃え上がっていた。

 

 

 

 グラナト伯爵はその光景――料理長と何やら料理談義をしている魔族を見て、もう寝ることに決めたのである。

 

 今日捕らえたエルフの処遇なんて、頭から完全に消しとんでいた。

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